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第1話:婚約破棄1
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「婚約を破棄しよう、シャルロット・ローズレイ。共に歩む道を選べなくなった」
貴族が集まる夜会の途中、私は愛する婚約者のレオン・ティエール殿下に痛烈な一言を浴びせられた。
ワイワイと賑わっていた会場は物音が聞こえなくなるほど静まり返り、周囲の視線が集まってくる。
レオン殿下と見つめ合う私だけが、この止まった時間を動かせるみたいだった。
「わざわざこのタイミングで婚約破棄する必要はあるの?」
「今しかないと思っているよ。この場で言うことに大きな意味がある」
レオン殿下と婚約して、早八年。私たちはとても円満な関係を築いていた。
誕生日には花を送り合ったり、忙しい合間をぬって二人だけの時間を作ったり、交換日記をしたり。決して人前で愛し合うことはなかったが、長い月日を相思相愛で過ごし続けている。
それだけに、今回の婚約破棄は違和感が強い。
沈着冷静なレオン殿下らしくない印象が残るし、彼の真剣な眼差しが気になる。
これは何か裏があるのではないか……そう考えていると、一人の女性がレオン殿下に近づいていく。
我がローズレイ家と並ぶ三大貴族の一角、優れた魔導師を輩出するウォルトン家の長女、グレース・ウォルトン。愛らしいルックスで可愛がられ、回復魔法のスペシャリストとして活躍する聖女だった。
その彼女の優越感たっぷりな微笑みを見れば、黒幕が誰なのかすぐに察する。
「レオン殿下という婚約者がいるのに、シャルロットは浮気してるのね。私、あなたが異性と二人だけで食事しているところを見ちゃったの」
貴族たちの視線が険しくなり、会場全体がざわめき始めると、恐る恐る手を挙げる者が現れた。
「私も見ましたわ。先月の夜に男性と仲睦まじく過ごされているところを」
「俺が見たのは、三か月ほど前だな」
「見間違いだと思いたかった。だが、あの黒髪は間違いなくシャルロット様だ」
黒い薔薇を家紋にするローズレイ家は、必ず黒髪で生まれる特徴がある。別に黒髪が珍しいわけではないが、私みたいに腰まで伸ばしている人はいない。
亡くなったお母様がロングヘアーだったから、髪が長いと近くで見守ってくれる気がして、ずっと伸ばし続けたのだ。よって、私を見間違えることはないだろう。
次々に証言者が現れるため、どんどんと私の立場が悪くなる。グレースの勝ち誇った表情が、それをよく物語っていた。
「言い逃れできる? 何人もの人が浮気現場を目撃しているのよ」
いい加減なことを言わないで、と言い返せたら、どれほど楽だろうか。浮気している事実はなくても、そう見られてもおかしくない現場なら心当たりがある。
同じ三大貴族として信頼を寄せていたグレースに、嵌められたのだ。
次世代を担う公爵家の人間だけが集まる話し合いの場があるが、そこにグレースは何度も欠席して、私は男性と二人きりで過ごす機会が増えている。
もちろん、やましいことは何もない。内政のことを話し合っていただけ。むしろ、参加しなかったグレースに問題がある……けれど、そんな言い訳が通用するとは思えなかった。
「異性と二人で食事したのは事実よ。でも、仕事に関する話し合いをしていただけで、浮気はしていないわ」
「意地っ張りね。昔からシャルロットはそうだったわ。自分の男癖の悪さを私に押し付け、好き放題していたんだから」
まったく身に覚えのない言いがかりである。むしろ、学生時代に黒い噂の流れたグレースをフォローして、三大貴族の威厳を守ることに努力していた。
しかし、私が異性との食事を認めたこともあり、グレースの話だけが真実のような雰囲気になり始めている。
「シャルロットが悪に染まり始めたのは、いつ頃だったかな。学生時代の頃には、可愛くて愛される私に嫉妬して、いじめることに必死だったわね」
「冤罪もいいところね。変な噂が流れないように、グレースに注意したことがあるくらいよ」
「冗談はやめて。注意ではなく、罵倒の間違いよね。トイレで水をかけられたこともあったし、学園ではいじめのオンパレードだったもの」
とんでもない虚言に反発しようとしても、ウォルトン家に所縁のある貴族たちが間髪を入れずに声を上げた。
教科書を破られていただの、靴を隠されていただの、偽りの話だけがどんどんと広がっていく。
なによ、これ。まるで私が悪役令嬢だったみたいじゃない。名誉棄損もいいところだわ。
怒濤の勢いで叩かれる私は、逃げ場のない通路に追い込まれた気分だ。
グレースの印象を良くするエサみたいで、気持ち悪い。
「八年前、レオン殿下という婚約者を奪ったのも、可愛い聖女の私が妬ましかったんでしょう? レオン殿下とシャルロットの関係を見れば、みんなが納得するわ。だって、ずっと不仲なんだから」
グレースから婚約者を奪った事実はないし、不仲説は完全な誤解だ。
三大貴族の一角であるローズレイ家は、法の下で人を裁く役割を担う。そんな人がヘラヘラするわけにはいかないので、笑顔を見せることや、人前で異性と仲睦まじく過ごすことを禁じられていた。
そのため、周りからは典型的な愛のない政略結婚だと思われている……が、引き裂かれる筋合いはない。
「別に理解してもらおうとは思わないわ。でもね、私たちを陥れるなら、大きな代償を払うことになるわよ」
何があったのかわからないけれど、レオン殿下に婚約破棄を言わせたことくらいは、すぐにわかる。ずっと私を大切にしてくれる彼が、自らの意志で裏切ることはない。
王族の身でありながら、グレースに従わなければならない理由があるのだ。
「あはっ、人聞きの悪いことを言うのね。自分に魅力がないから、婚約破棄されただけのくせに」
大きな声で嘲笑うグレースには、もはや嫌悪感しか抱かなかった。
もう何を言っても無駄だと思うし、許すつもりもない。たとえ、この場で悪役令嬢の汚名を着せられたとしても、ハッキリと対立するべきだ。
自分に非があると認めたら、二度と戻ってこられない気がするから。
「愛嬌しか取り柄のない腹黒聖女が、随分な言い方ね。身の程を知りなさい」
グレースに反発したこともあり、周りから罵声を浴びせられるが、私はそれを無視して、レオン殿下の瞳をまっすぐ見つめ続けた。
その真剣な眼差しに込められた、彼の本当の想いを受け取りたくて。
「早く立ち去れ、シャルロット。婚約破棄した理由くらいは、もうわかるだろ」
「……そうね。この場所には用がないわ」
レオン殿下の隣で嘲笑うグレースを見たら、婚約破棄の理由など一つしか見当たらない。
私は、婚約者を奪われたのだ。人の不幸で快楽を得る腹黒聖女によって。
「グレース、一つだけ警告しておくわ。必ず裁きを与えに来る、と」
「そうやっていじめるのは良くないわよ。ね、ダーリン?」
グレースがレオン殿下に抱きついたところで、私は背を向け、会場の外に向かって歩き出す。
決して後ろは振り返ることなく、ただまっすぐ前だけを見て。
厳格なローズレイ家を敵に回したことを後悔するといい。望み通り悪役令嬢になって、あなたの前に戻ってくるわ。
「俺は新たに婚約を結ぶことにした。この国の未来のために、聖女の力が必要だからだ」
聖女の仮面を被った悪魔の女を断罪するために。
貴族が集まる夜会の途中、私は愛する婚約者のレオン・ティエール殿下に痛烈な一言を浴びせられた。
ワイワイと賑わっていた会場は物音が聞こえなくなるほど静まり返り、周囲の視線が集まってくる。
レオン殿下と見つめ合う私だけが、この止まった時間を動かせるみたいだった。
「わざわざこのタイミングで婚約破棄する必要はあるの?」
「今しかないと思っているよ。この場で言うことに大きな意味がある」
レオン殿下と婚約して、早八年。私たちはとても円満な関係を築いていた。
誕生日には花を送り合ったり、忙しい合間をぬって二人だけの時間を作ったり、交換日記をしたり。決して人前で愛し合うことはなかったが、長い月日を相思相愛で過ごし続けている。
それだけに、今回の婚約破棄は違和感が強い。
沈着冷静なレオン殿下らしくない印象が残るし、彼の真剣な眼差しが気になる。
これは何か裏があるのではないか……そう考えていると、一人の女性がレオン殿下に近づいていく。
我がローズレイ家と並ぶ三大貴族の一角、優れた魔導師を輩出するウォルトン家の長女、グレース・ウォルトン。愛らしいルックスで可愛がられ、回復魔法のスペシャリストとして活躍する聖女だった。
その彼女の優越感たっぷりな微笑みを見れば、黒幕が誰なのかすぐに察する。
「レオン殿下という婚約者がいるのに、シャルロットは浮気してるのね。私、あなたが異性と二人だけで食事しているところを見ちゃったの」
貴族たちの視線が険しくなり、会場全体がざわめき始めると、恐る恐る手を挙げる者が現れた。
「私も見ましたわ。先月の夜に男性と仲睦まじく過ごされているところを」
「俺が見たのは、三か月ほど前だな」
「見間違いだと思いたかった。だが、あの黒髪は間違いなくシャルロット様だ」
黒い薔薇を家紋にするローズレイ家は、必ず黒髪で生まれる特徴がある。別に黒髪が珍しいわけではないが、私みたいに腰まで伸ばしている人はいない。
亡くなったお母様がロングヘアーだったから、髪が長いと近くで見守ってくれる気がして、ずっと伸ばし続けたのだ。よって、私を見間違えることはないだろう。
次々に証言者が現れるため、どんどんと私の立場が悪くなる。グレースの勝ち誇った表情が、それをよく物語っていた。
「言い逃れできる? 何人もの人が浮気現場を目撃しているのよ」
いい加減なことを言わないで、と言い返せたら、どれほど楽だろうか。浮気している事実はなくても、そう見られてもおかしくない現場なら心当たりがある。
同じ三大貴族として信頼を寄せていたグレースに、嵌められたのだ。
次世代を担う公爵家の人間だけが集まる話し合いの場があるが、そこにグレースは何度も欠席して、私は男性と二人きりで過ごす機会が増えている。
もちろん、やましいことは何もない。内政のことを話し合っていただけ。むしろ、参加しなかったグレースに問題がある……けれど、そんな言い訳が通用するとは思えなかった。
「異性と二人で食事したのは事実よ。でも、仕事に関する話し合いをしていただけで、浮気はしていないわ」
「意地っ張りね。昔からシャルロットはそうだったわ。自分の男癖の悪さを私に押し付け、好き放題していたんだから」
まったく身に覚えのない言いがかりである。むしろ、学生時代に黒い噂の流れたグレースをフォローして、三大貴族の威厳を守ることに努力していた。
しかし、私が異性との食事を認めたこともあり、グレースの話だけが真実のような雰囲気になり始めている。
「シャルロットが悪に染まり始めたのは、いつ頃だったかな。学生時代の頃には、可愛くて愛される私に嫉妬して、いじめることに必死だったわね」
「冤罪もいいところね。変な噂が流れないように、グレースに注意したことがあるくらいよ」
「冗談はやめて。注意ではなく、罵倒の間違いよね。トイレで水をかけられたこともあったし、学園ではいじめのオンパレードだったもの」
とんでもない虚言に反発しようとしても、ウォルトン家に所縁のある貴族たちが間髪を入れずに声を上げた。
教科書を破られていただの、靴を隠されていただの、偽りの話だけがどんどんと広がっていく。
なによ、これ。まるで私が悪役令嬢だったみたいじゃない。名誉棄損もいいところだわ。
怒濤の勢いで叩かれる私は、逃げ場のない通路に追い込まれた気分だ。
グレースの印象を良くするエサみたいで、気持ち悪い。
「八年前、レオン殿下という婚約者を奪ったのも、可愛い聖女の私が妬ましかったんでしょう? レオン殿下とシャルロットの関係を見れば、みんなが納得するわ。だって、ずっと不仲なんだから」
グレースから婚約者を奪った事実はないし、不仲説は完全な誤解だ。
三大貴族の一角であるローズレイ家は、法の下で人を裁く役割を担う。そんな人がヘラヘラするわけにはいかないので、笑顔を見せることや、人前で異性と仲睦まじく過ごすことを禁じられていた。
そのため、周りからは典型的な愛のない政略結婚だと思われている……が、引き裂かれる筋合いはない。
「別に理解してもらおうとは思わないわ。でもね、私たちを陥れるなら、大きな代償を払うことになるわよ」
何があったのかわからないけれど、レオン殿下に婚約破棄を言わせたことくらいは、すぐにわかる。ずっと私を大切にしてくれる彼が、自らの意志で裏切ることはない。
王族の身でありながら、グレースに従わなければならない理由があるのだ。
「あはっ、人聞きの悪いことを言うのね。自分に魅力がないから、婚約破棄されただけのくせに」
大きな声で嘲笑うグレースには、もはや嫌悪感しか抱かなかった。
もう何を言っても無駄だと思うし、許すつもりもない。たとえ、この場で悪役令嬢の汚名を着せられたとしても、ハッキリと対立するべきだ。
自分に非があると認めたら、二度と戻ってこられない気がするから。
「愛嬌しか取り柄のない腹黒聖女が、随分な言い方ね。身の程を知りなさい」
グレースに反発したこともあり、周りから罵声を浴びせられるが、私はそれを無視して、レオン殿下の瞳をまっすぐ見つめ続けた。
その真剣な眼差しに込められた、彼の本当の想いを受け取りたくて。
「早く立ち去れ、シャルロット。婚約破棄した理由くらいは、もうわかるだろ」
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レオン殿下の隣で嘲笑うグレースを見たら、婚約破棄の理由など一つしか見当たらない。
私は、婚約者を奪われたのだ。人の不幸で快楽を得る腹黒聖女によって。
「グレース、一つだけ警告しておくわ。必ず裁きを与えに来る、と」
「そうやっていじめるのは良くないわよ。ね、ダーリン?」
グレースがレオン殿下に抱きついたところで、私は背を向け、会場の外に向かって歩き出す。
決して後ろは振り返ることなく、ただまっすぐ前だけを見て。
厳格なローズレイ家を敵に回したことを後悔するといい。望み通り悪役令嬢になって、あなたの前に戻ってくるわ。
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