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第9話:ウォルトン家のメイド1
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王城に潜入して、一週間が過ぎる頃。ソフィアの協力もあり、私はすっかりメイドとして馴染むことができていた。
厳しいメイド業務に体力が奪われるが、先輩メイドたちが手伝ってくれることもあって、何とか仕事をこなせている。
まあ、本当に何とかって形なのだけれど。
正直、メイド生活二日目のことは思い出したくもない。筋肉痛で体が動かないなか、ロジリーに「早くも礼のやり方を忘れてしまったのかしら」と、目を付けられたからだ。
敵を欺くにはまず味方から、というけれど、厳しすぎるのはどうかと思う。誰が敵か味方かわからないし、特別扱いをされていないというアピールにはなっているだろう。
どうにも、王妃教育を受けてその程度なのかしら、と言われているみたいだった。婚約破棄されているのに、無駄に叩き直されている気がする。
しかし、一番過酷な状況に陥っているのは、ウォルトン家のメイドだ。
厳しいロジリーの監視が続くなかでも、何とかメイドの仕事を続けている。戦々恐々としている彼女たちを見れば、いつ辞めてもおかしくはなかった。
私も辞職に追い込まれないようにメイド業に勤しもう。自由気ままに動けるメイドの立場は、王城では有利に働くから。
どれくらい自由かといえば、連日続いている大荒れの会議でさえ、今はすんなりと入っていき、お茶出しを手伝っているほどだ。
ロジリーの作戦だったのかはわからないが、メイド不足の影響が大きくなり、会議室に入る条件が緩んでいる。そもそも、メイド程度になら聞かれてもいいと思っているのか、誰も反発することはなかった。
そして、今日の会議には、初めてレオン殿下とグレースが参加していた。
「レオン殿下! この難しい時期にどうしてこのようなことをなさったのですか!!」
声を荒げているのは、国王様の側近を務めるローズレイ派の人物だ。
一週間経っても熱が冷めないというのは、それだけ問題の大きさを表している。今までレオン殿下が話し合いの場につこうとしなかった影響もあるかもしれない。
「この大事な時期だからこそ、決意したまでだ」
「詳しく説明していただかないとわかりかねます! 今後、ローズレイ家の協力を得られなくてもいいとおっしゃるのですか!?」
「父上の現状を見る限り、聖女の力で改革する必要があると判断した」
ローズレイ派の人間がヒートアップするのは、それだけ時間がないと認識をしているからだ。ウォルトン家の根回しは完璧であり、会議に参加する貴族たちの態度を見ていれば、どちらについているのかハッキリとわかるようだった。
思っている以上にウォルトン派が多い。少しでも中立派が流れれば、過半数を占めることに繋がるため、ローズレイ派が焦るのも無理はないだろう。
でも、レオン殿下は落ち着いている。言葉一つ一つを選び、必死に何かを伝えようとしているのだが……、頭に血がのぼる側近たちは何も感じ取ることができないと思う。
不気味な笑みを浮かべる聖女グレースの手の上で踊っていることにも、気づいていないのかもしれない。
「王城の偉い人ってぇ、大声で怒鳴らないと会議もできないんですかぁ? えぇー、怖ーい」
火に油を注ぎ、冷静に考えられなくしているのは、さすがとも言える。グレースが不審な態度を取るたび、婚約者に選んだレオン殿下の信頼も下がっていくのだから。
こうやって見てみると、腹黒聖女が一番怖いわね。思っていた以上に計算高い女だわ。
あくまでメイドの身である私は、呑気に会議を傍観できる立場ではないので、怪しまれない程度に仕事をこなし、部屋を後にするのだった。
***
大荒れの会議が終わる頃に片づけにやってくると、予想外の展開が起こっていた。
「レオン殿下の考えには納得できん。今日限りで大臣の座を引かせていただきたい」
ティエール王国の歴史に名を刻むほど貢献してきたバークレス伯爵が、己の地位を犠牲にしてまで問題があると訴えたのだ。
彼が大臣の座から身を引けば、ドミノ倒しのように国が崩壊しかねない。とても影響力の高い人物である。
会場がザワザワと騒めくのも、無理はなかった。
「バークレス卿、世話になったな」
しかし、レオン殿下は引き止めない。いや、あえて、アッサリと許可を出した可能性もある。
こんな異常事態が起こるなんて……そう思わせることで、ローズレイ派の頭を冷やそうとしたのだろう。正しい思惑が伝わるかは、大きな賭けになってしまうが。
バークレス伯爵が席を立つと、大勢の参加者がその足を止めるように声をかけた。
しかし、結果は何も変わらない。そのまま流れるように会議が解散となり、参加した多くの貴族が重いため息を吐いていた。
このまま悪い方向に向かっていくのではないか、と。
ただ、ウォルトン家の人間だけは楽観的なもので、その象徴ともいえるグレースは呑気なものだ。
自分の家のメイドを捕まえて、笑みを浮かべて話しかけている。
「少しくらいなら時間があるでしょ? もうあんな質素な部屋は嫌なのよ。いい加減に模様替えがしたいわ」
質素な部屋で悪かったわね、と私が思うのは、婚約者として用意された部屋にグレースが寝泊まりしているからだ。つまり、私が使っていた部屋のセンスが悪い、と言われているのである。
あまりこだわったわけではないけれど、白と黒を基調にした落ち着く空間にしてもらったのに。こういう面でもグレースとは気が合いそうにないわ。
「グレース様、申し訳ありません。まだ仕事が……」
ウォルトン家のメイドたちが恐る恐る目線を向けた先には、地獄のメイド長・ロジリーがいる。王城内においては、聖女よりも地獄のメイド長の方が偉いという認識でいるようだ。
そして、待ち望んでいたかのようにロジリーはゆっくりとグレースに近づいていく。
「あらあら。部屋の模様替えが希望でしたのね。それでは、王城で雇っているメイドを行かせますわ」
「気持ちは嬉しいわ。でもね、慣れ親しんだメイドにやってもらいたいのよ」
「それは残念ですね。この子たちはとてもミスが多くて、たっぷりと指導しなければいけませんの。このままではいつ終わるかわからないし、やはりうちのメイドを向かわせますわ」
「なによ。ウォルトン家のメイドはしっかりして――」
「うちのメイドを、向かわせますわ」
王城という場所において、地獄のメイド長ロジリーに敵うものはいない。強烈な圧をかけてきたロジリーに、委縮したグレースは顔が引きずっていた。
「い、いや、忙しいのであれば――」
「遠慮なさらないで。レオン王子の婚約者なんですもの。ちょうどうちにセンスのある若い子がいるの。それとも……文句が、ありまして?」
「……お、お願いします」
いい気味だわ、と高みの見物をしていると、まさかのロジリーと視線が合った。センスのある若いメイドという言葉がどんな意味を指していたのか、なんとなく理解してしまう。
聖女の部屋に乗り込んで情報を集めてこいという、とんでもないロジリーのメッセージなのだから。
厳しいメイド業務に体力が奪われるが、先輩メイドたちが手伝ってくれることもあって、何とか仕事をこなせている。
まあ、本当に何とかって形なのだけれど。
正直、メイド生活二日目のことは思い出したくもない。筋肉痛で体が動かないなか、ロジリーに「早くも礼のやり方を忘れてしまったのかしら」と、目を付けられたからだ。
敵を欺くにはまず味方から、というけれど、厳しすぎるのはどうかと思う。誰が敵か味方かわからないし、特別扱いをされていないというアピールにはなっているだろう。
どうにも、王妃教育を受けてその程度なのかしら、と言われているみたいだった。婚約破棄されているのに、無駄に叩き直されている気がする。
しかし、一番過酷な状況に陥っているのは、ウォルトン家のメイドだ。
厳しいロジリーの監視が続くなかでも、何とかメイドの仕事を続けている。戦々恐々としている彼女たちを見れば、いつ辞めてもおかしくはなかった。
私も辞職に追い込まれないようにメイド業に勤しもう。自由気ままに動けるメイドの立場は、王城では有利に働くから。
どれくらい自由かといえば、連日続いている大荒れの会議でさえ、今はすんなりと入っていき、お茶出しを手伝っているほどだ。
ロジリーの作戦だったのかはわからないが、メイド不足の影響が大きくなり、会議室に入る条件が緩んでいる。そもそも、メイド程度になら聞かれてもいいと思っているのか、誰も反発することはなかった。
そして、今日の会議には、初めてレオン殿下とグレースが参加していた。
「レオン殿下! この難しい時期にどうしてこのようなことをなさったのですか!!」
声を荒げているのは、国王様の側近を務めるローズレイ派の人物だ。
一週間経っても熱が冷めないというのは、それだけ問題の大きさを表している。今までレオン殿下が話し合いの場につこうとしなかった影響もあるかもしれない。
「この大事な時期だからこそ、決意したまでだ」
「詳しく説明していただかないとわかりかねます! 今後、ローズレイ家の協力を得られなくてもいいとおっしゃるのですか!?」
「父上の現状を見る限り、聖女の力で改革する必要があると判断した」
ローズレイ派の人間がヒートアップするのは、それだけ時間がないと認識をしているからだ。ウォルトン家の根回しは完璧であり、会議に参加する貴族たちの態度を見ていれば、どちらについているのかハッキリとわかるようだった。
思っている以上にウォルトン派が多い。少しでも中立派が流れれば、過半数を占めることに繋がるため、ローズレイ派が焦るのも無理はないだろう。
でも、レオン殿下は落ち着いている。言葉一つ一つを選び、必死に何かを伝えようとしているのだが……、頭に血がのぼる側近たちは何も感じ取ることができないと思う。
不気味な笑みを浮かべる聖女グレースの手の上で踊っていることにも、気づいていないのかもしれない。
「王城の偉い人ってぇ、大声で怒鳴らないと会議もできないんですかぁ? えぇー、怖ーい」
火に油を注ぎ、冷静に考えられなくしているのは、さすがとも言える。グレースが不審な態度を取るたび、婚約者に選んだレオン殿下の信頼も下がっていくのだから。
こうやって見てみると、腹黒聖女が一番怖いわね。思っていた以上に計算高い女だわ。
あくまでメイドの身である私は、呑気に会議を傍観できる立場ではないので、怪しまれない程度に仕事をこなし、部屋を後にするのだった。
***
大荒れの会議が終わる頃に片づけにやってくると、予想外の展開が起こっていた。
「レオン殿下の考えには納得できん。今日限りで大臣の座を引かせていただきたい」
ティエール王国の歴史に名を刻むほど貢献してきたバークレス伯爵が、己の地位を犠牲にしてまで問題があると訴えたのだ。
彼が大臣の座から身を引けば、ドミノ倒しのように国が崩壊しかねない。とても影響力の高い人物である。
会場がザワザワと騒めくのも、無理はなかった。
「バークレス卿、世話になったな」
しかし、レオン殿下は引き止めない。いや、あえて、アッサリと許可を出した可能性もある。
こんな異常事態が起こるなんて……そう思わせることで、ローズレイ派の頭を冷やそうとしたのだろう。正しい思惑が伝わるかは、大きな賭けになってしまうが。
バークレス伯爵が席を立つと、大勢の参加者がその足を止めるように声をかけた。
しかし、結果は何も変わらない。そのまま流れるように会議が解散となり、参加した多くの貴族が重いため息を吐いていた。
このまま悪い方向に向かっていくのではないか、と。
ただ、ウォルトン家の人間だけは楽観的なもので、その象徴ともいえるグレースは呑気なものだ。
自分の家のメイドを捕まえて、笑みを浮かべて話しかけている。
「少しくらいなら時間があるでしょ? もうあんな質素な部屋は嫌なのよ。いい加減に模様替えがしたいわ」
質素な部屋で悪かったわね、と私が思うのは、婚約者として用意された部屋にグレースが寝泊まりしているからだ。つまり、私が使っていた部屋のセンスが悪い、と言われているのである。
あまりこだわったわけではないけれど、白と黒を基調にした落ち着く空間にしてもらったのに。こういう面でもグレースとは気が合いそうにないわ。
「グレース様、申し訳ありません。まだ仕事が……」
ウォルトン家のメイドたちが恐る恐る目線を向けた先には、地獄のメイド長・ロジリーがいる。王城内においては、聖女よりも地獄のメイド長の方が偉いという認識でいるようだ。
そして、待ち望んでいたかのようにロジリーはゆっくりとグレースに近づいていく。
「あらあら。部屋の模様替えが希望でしたのね。それでは、王城で雇っているメイドを行かせますわ」
「気持ちは嬉しいわ。でもね、慣れ親しんだメイドにやってもらいたいのよ」
「それは残念ですね。この子たちはとてもミスが多くて、たっぷりと指導しなければいけませんの。このままではいつ終わるかわからないし、やはりうちのメイドを向かわせますわ」
「なによ。ウォルトン家のメイドはしっかりして――」
「うちのメイドを、向かわせますわ」
王城という場所において、地獄のメイド長ロジリーに敵うものはいない。強烈な圧をかけてきたロジリーに、委縮したグレースは顔が引きずっていた。
「い、いや、忙しいのであれば――」
「遠慮なさらないで。レオン王子の婚約者なんですもの。ちょうどうちにセンスのある若い子がいるの。それとも……文句が、ありまして?」
「……お、お願いします」
いい気味だわ、と高みの見物をしていると、まさかのロジリーと視線が合った。センスのある若いメイドという言葉がどんな意味を指していたのか、なんとなく理解してしまう。
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