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第8話:メイドのシャル6
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日のあるうちにベッドシーツを乾かさなければならないこともあり、洗い場にたどり着いた私とソフィアは、懸命に洗い続けていた。
しかし、嫉妬オーラ全開のソフィアと共にシーツを洗うのは、非常に空気が重い。不仲なのかな、と思われても不思議ではないほど、静寂に包まれている。
思わず、洗い場を利用する他のメイドや騎士たちが、話してはいけない雰囲気になるほどに。
大量のベッドシーツを洗う私たちとは違い、多くの人がササッと用を済ませて去っていくので、誰もが関わりたくないような状況だ。でも、これはこれで人払いができてありがたい思いでいっぱいだった。
見晴らしの良い洗い場では隠れることができないし、聞き耳を立てられることはない。仮に誰かが来たとしても、すぐに気づくことができるだろう。
「ソフィアさん。洗い場は人の出入りが多い場所ですか?」
「……少ない方かな。夕方になったら、騎士で混むけど」
ムスッとしたソフィアに状況確認が取れたので、私はメイドらしいニコやかな微笑みを作る表情筋の力を抜いた。
「じゃあ、いい加減に機嫌を直しなさいよ、ソフィ。未練タラタラなのがバレバレよ」
声のトーンと口調をいつものシャルロットに戻した影響もあって、ソフィアは呆気に取られている。それでも気づかれないのは、特徴的だった長い黒髪が存在しないからだろう。
「話し声は聞こえなくても、遠くからでも表情はわかるわ。シーツに目を向けて、そのまま作業は続けて。でも、周囲の警戒だけはお願い」
「えっ……う、うん。……えっ?」
半日過ごしたにもかかわらず、彼女がまったく気づかなかったのであれば、今後もバレることはないと思う。ロジリーに見破られたことだけが特殊ケースだったと判断するべきだ。
「もしかして、シャルロット……?」
「こんなに口調のきつい女、他に誰かいる? うまく潜めて嬉しい気持ちはあったけれど、ソフィには気づいてほしかったわ」
「だ、だって、髪が……。いつも大事にケアしてたよね? えっ……き、切ったの?」
「……また伸びるわ。髪より大事なものくらい、持っているつもりよ」
正直にいえば、あの日、怒り任せに髪を切らなければ、髪型を変える程度に留めていただろう。でもそんな甘いことをしていたら、大事な人を奪い返せないとわかっている。
だから、これでいい。悲しい気持ちはあったとしても、後悔はしていない。
しかし、私以上にソフィアは受け入れることができないのか、戸惑って手が止まっていた。
「時間がないから受け入れて。誰が味方で敵か判断できないし、あまり正体を知られるわけにはいかないの。ソフィを頼ってきた一面も大きいのよ」
「わかってる、わかってるけど……。そっか、元気そうで何よりだよ」
どれだけ心配してくれたのかは、ソフィアの目からこぼれる一粒の涙を見れば、すぐにわかる。良い親友を持てて嬉しい気持ちはあるものの、今は喜んでいられる状況ではなかった。
「率直に言うわ。ウォルトン家が王族を操っている可能性が高いの。悪事を暴くためにも、協力してちょうだい」
涙を手で拭ったソフィアは、教育係としての顔ではなく、一人の親友としての顔をしていた。
「うん、協力する。今回の件はあまりにも唐突だもん。ボクの家でもおかしいと思ってるし、不審感を抱いている貴族は多いはずだよ」
ソフィアのルーサム家は王族に近しい家系だし、領地経営もうまくいっている。そのため、ウォルトン家が付け入る隙はないだろう。過度な接触は控えるにしても、洗いざらい話して、しっかりと協力してもらうべきだ。
彼女に限って、裏切ることはないと思う。何より、信じたい気持ちが強い。
「今はとにかく情報がほしいの。メイドの視点で構わないわ。何か違和感を覚えたら、すぐに教えてちょうだい。タイムリミットは、一か月よ」
「一か月? さ、さすがに早くない?」
実際にどれくらいの猶予があるのかはわからない。でも、最悪の事態を想定して動きたい。
「ルーサム家にも、国王様の容態が良くない話はいってるわよね」
「うん。ボクも何度か国王様の部屋を掃除したことがあるけど、今は意識もない日が多いみたいだよ。治療は……大臣が監視の下で、グレース様がしてるはず」
「でも、容態は一向に良くならない。だから、レオン殿下の即位を早める予定なのよ。今月末の本会議が勝負になると思うし、来月をタイムリミットと見るべきね」
婚約破棄のタイミングを聞いた時、レオン殿下は『今しかないと思っているよ』と言っていた。その言葉が妙に引っ掛かる。
単純に夜会という場所を表していたのか、ウォルトン家の準備ができたことを表していたのか、即位の時期を表していたのか。
その真意を探るためにも、ソフィアの協力は不可欠だった。
「部屋の担当次第では、レオン殿下と接触できると思うよ。でも、監視の目があると思うし、会話できるかわからないかな」
「十分よ。私もレオン殿下と接触したいけれど、会話は控えるべきだと思っているの。悟られない程度に動いてくれると嬉しいわ」
うんっ、と力強く頷くソフィアは、何とも頼もしい存在だった。彼女がいてくれて本当によかったと思う。
しかし、嫉妬オーラ全開のソフィアと共にシーツを洗うのは、非常に空気が重い。不仲なのかな、と思われても不思議ではないほど、静寂に包まれている。
思わず、洗い場を利用する他のメイドや騎士たちが、話してはいけない雰囲気になるほどに。
大量のベッドシーツを洗う私たちとは違い、多くの人がササッと用を済ませて去っていくので、誰もが関わりたくないような状況だ。でも、これはこれで人払いができてありがたい思いでいっぱいだった。
見晴らしの良い洗い場では隠れることができないし、聞き耳を立てられることはない。仮に誰かが来たとしても、すぐに気づくことができるだろう。
「ソフィアさん。洗い場は人の出入りが多い場所ですか?」
「……少ない方かな。夕方になったら、騎士で混むけど」
ムスッとしたソフィアに状況確認が取れたので、私はメイドらしいニコやかな微笑みを作る表情筋の力を抜いた。
「じゃあ、いい加減に機嫌を直しなさいよ、ソフィ。未練タラタラなのがバレバレよ」
声のトーンと口調をいつものシャルロットに戻した影響もあって、ソフィアは呆気に取られている。それでも気づかれないのは、特徴的だった長い黒髪が存在しないからだろう。
「話し声は聞こえなくても、遠くからでも表情はわかるわ。シーツに目を向けて、そのまま作業は続けて。でも、周囲の警戒だけはお願い」
「えっ……う、うん。……えっ?」
半日過ごしたにもかかわらず、彼女がまったく気づかなかったのであれば、今後もバレることはないと思う。ロジリーに見破られたことだけが特殊ケースだったと判断するべきだ。
「もしかして、シャルロット……?」
「こんなに口調のきつい女、他に誰かいる? うまく潜めて嬉しい気持ちはあったけれど、ソフィには気づいてほしかったわ」
「だ、だって、髪が……。いつも大事にケアしてたよね? えっ……き、切ったの?」
「……また伸びるわ。髪より大事なものくらい、持っているつもりよ」
正直にいえば、あの日、怒り任せに髪を切らなければ、髪型を変える程度に留めていただろう。でもそんな甘いことをしていたら、大事な人を奪い返せないとわかっている。
だから、これでいい。悲しい気持ちはあったとしても、後悔はしていない。
しかし、私以上にソフィアは受け入れることができないのか、戸惑って手が止まっていた。
「時間がないから受け入れて。誰が味方で敵か判断できないし、あまり正体を知られるわけにはいかないの。ソフィを頼ってきた一面も大きいのよ」
「わかってる、わかってるけど……。そっか、元気そうで何よりだよ」
どれだけ心配してくれたのかは、ソフィアの目からこぼれる一粒の涙を見れば、すぐにわかる。良い親友を持てて嬉しい気持ちはあるものの、今は喜んでいられる状況ではなかった。
「率直に言うわ。ウォルトン家が王族を操っている可能性が高いの。悪事を暴くためにも、協力してちょうだい」
涙を手で拭ったソフィアは、教育係としての顔ではなく、一人の親友としての顔をしていた。
「うん、協力する。今回の件はあまりにも唐突だもん。ボクの家でもおかしいと思ってるし、不審感を抱いている貴族は多いはずだよ」
ソフィアのルーサム家は王族に近しい家系だし、領地経営もうまくいっている。そのため、ウォルトン家が付け入る隙はないだろう。過度な接触は控えるにしても、洗いざらい話して、しっかりと協力してもらうべきだ。
彼女に限って、裏切ることはないと思う。何より、信じたい気持ちが強い。
「今はとにかく情報がほしいの。メイドの視点で構わないわ。何か違和感を覚えたら、すぐに教えてちょうだい。タイムリミットは、一か月よ」
「一か月? さ、さすがに早くない?」
実際にどれくらいの猶予があるのかはわからない。でも、最悪の事態を想定して動きたい。
「ルーサム家にも、国王様の容態が良くない話はいってるわよね」
「うん。ボクも何度か国王様の部屋を掃除したことがあるけど、今は意識もない日が多いみたいだよ。治療は……大臣が監視の下で、グレース様がしてるはず」
「でも、容態は一向に良くならない。だから、レオン殿下の即位を早める予定なのよ。今月末の本会議が勝負になると思うし、来月をタイムリミットと見るべきね」
婚約破棄のタイミングを聞いた時、レオン殿下は『今しかないと思っているよ』と言っていた。その言葉が妙に引っ掛かる。
単純に夜会という場所を表していたのか、ウォルトン家の準備ができたことを表していたのか、即位の時期を表していたのか。
その真意を探るためにも、ソフィアの協力は不可欠だった。
「部屋の担当次第では、レオン殿下と接触できると思うよ。でも、監視の目があると思うし、会話できるかわからないかな」
「十分よ。私もレオン殿下と接触したいけれど、会話は控えるべきだと思っているの。悟られない程度に動いてくれると嬉しいわ」
うんっ、と力強く頷くソフィアは、何とも頼もしい存在だった。彼女がいてくれて本当によかったと思う。
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