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第30話:グレースの臨時講師2
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王城から馬車で進んだ私たちは、臨時講師として招かれた学園に到着した。
広々とした校庭と、まだ新しい校舎が懐かしいと思うのは、去年まで私たちがこの学園の学生だったからだ。
もう来ることはないと思っていたのに、こんな形で訪れることになるとは。
魔法が苦手なローズレイ家は、臨時講師として呼ばれることはない。学園の関係者が悪事に手を染めない限り、二度と関りを持たなかっただろう。
それなのに、まさかメイド姿でやってくることになるなんて。気づかれないと思うが、担任の先生とは会いたくない……。
一方、魔導士の家系であるウォルトン家は違う。定期的に若い魔導士の育成に関わり、特別講師として足を運び、国に貢献している。
大きな権力を持つ学園長が、わざわざ出迎えてくれるほどに。
「おお……。ダメ元で依頼したのじゃが、まさか本当にグレース様が来てくださるとは」
色んな意味で腰の低いヨボヨボのおじいちゃんに対して、グレースはいつものような強気な態度とは違い、優雅な礼を見せた。
「とんでもございません。お呼びいただき光栄です。若い魔導士の育成に貢献できるのであれば、いつでも参ります」
中身が変わったのかしら、と思うほどの豹変ぶりに、私とソフィアは顔を合わせている。
奇跡的に王妃教育の成果が出ているわけではない。元から外面だけは良かったグレースは、権力のある人には逆らわないスタンスなのだ。
「いやはや、さすがは聖女と呼ばれるお方じゃ。身も心も美しく、我が学園の誇りとも言える存在じゃな」
埃の間違いではないでしょうか。この女、国家転覆を狙う大悪党ですよ。
当然、そんなことは言えないので、学園長とグレースの姿を見守ることしかできない。
「私はまだまだ実力不足です。本日は若い魔導士たちに指導いたしますが、私自身も良い刺激をもらい、新たに学びを得ることができたら嬉しく思います。よろしくお願いいたします」
「うむ。こちらこそよろしく頼もう。すでに各クラスの先生方には伝えておるのでな。厳しく教えてやってくれ」
こういった信頼関係が築かれているうちは、ウォルトン家を軽視してはならないと思いつつ、私はグレースと共に教室へ向かうのだった。
***
聖女と称賛されるグレースが教室に現れ、在校生たちはとても緊張していた。
現役で活躍する最上位魔導師にマンツーマンで教えてもらえるなんて、普通に考えてあり得ない。基礎的な魔力操作の実習とはいえ、国に対する貢献度は大きいと思う。
「もう少し先端まで魔力を流す意識をしてみて」
「は、はいっ!」
意外に教えるのが上手いというべきか、腐っても聖女というべきか。とても丁寧に教えてあげるグレースは、私が婚約者を奪われるまで信頼していた、三大貴族のグレースだった。
若くして聖女と呼ばれ、あらゆる魔法を使いこなす百年に一人の天才児。いつも学園の授業でも褒められ、先生からの評価は高かった印象がある。
しかし、本性がわかっている私とソフィアは遠い目で眺めていた。なぜなら、完全に体で誘惑していると理解しているからだ。
「どうしちゃったの? さっきよりも魔力が乱れているわ」
「そ、その……グレース様、ち、近いです」
グイグイと体を押し付けるだけでなく、前かがみになって胸の谷間を見せつける姿は、若い男目当てで仕事を受けたとしか言いようがない。
「あっ……もう、エッチなのね」
あんたがビッチすぎるのよ、と誰か突っ込んでほしい。
もし私が魔法を使えたら、今すぐにでも地中に埋めてやるわ。人から婚約者を奪っておいてやることなのかと、懇々と説教したいくらいよ。
「す、すいません。そう言うつもりはなくて」
「ううん。私の方こそごめんなさい。魔法のことになると、他のことに集中できなくなっちゃうの。だから、あなたも気にしないで」
魔法に集中しているのではなく、間違いなく男に集中しているわね。若い男の子の初心な対応が堪らないわ、なーんて思いながら、弄んでいるのだろう。
あわよくば、連絡先を聞いて個人レッスンまで始めそうで怖い。
この光景を眺めている私はどうするべきなのか、先輩メイドのソフィアに聞いてみようと思う。
「ソフィアさん、どう思――」
「ボクに聞かないで。メイドの仕事をやるだけだよ」
さすがに関わり合いたくないと思ったみたいだ。私もソフィアも、絶対に浮気を許さない主義なのだから。
熱心なマンツーマン指導を終えたグレースは、顔を真っ赤にした男の子から離れ、今度は女の子グループに足を運ぶ。その表情を見れば、いつものグレースに戻っていることがわかった。
「ここのグループは教えることがなさそうね。基礎をしっかりやって、勉強に励みなさい」
将来性のある良い男にしか教えない。それはとてもグレースらしい姿である。何が問題かといえば、グループの女子たちが嬉しそうなところだ。
聖女に認められたとなれば、魔導士を志す者として、自信に繋がるに違いない。
たった一言で良い影響を与えられるのであれば、評価されるべきことなのだろうか。納得はいかないが、魔導士の育成に貢献するのであれば……。
そんなことを考えていると、突然、グレースの目が細くなり、一人の女の子を睨みつけた。取り乱すようにズカズカと歩いていくと、その女の子の前で立ち止まる。
そして、魔力を流す練習をしていた彼女をバシーンッ! と叩いた。当然、そんなことが急に起これば、教室は静寂に包み込まれる。
「あなた、魔法の才能がないわ。退学した方がいいんじゃない」
敵意をむき出しにするグレースに、誰も動くことができなかった。
広々とした校庭と、まだ新しい校舎が懐かしいと思うのは、去年まで私たちがこの学園の学生だったからだ。
もう来ることはないと思っていたのに、こんな形で訪れることになるとは。
魔法が苦手なローズレイ家は、臨時講師として呼ばれることはない。学園の関係者が悪事に手を染めない限り、二度と関りを持たなかっただろう。
それなのに、まさかメイド姿でやってくることになるなんて。気づかれないと思うが、担任の先生とは会いたくない……。
一方、魔導士の家系であるウォルトン家は違う。定期的に若い魔導士の育成に関わり、特別講師として足を運び、国に貢献している。
大きな権力を持つ学園長が、わざわざ出迎えてくれるほどに。
「おお……。ダメ元で依頼したのじゃが、まさか本当にグレース様が来てくださるとは」
色んな意味で腰の低いヨボヨボのおじいちゃんに対して、グレースはいつものような強気な態度とは違い、優雅な礼を見せた。
「とんでもございません。お呼びいただき光栄です。若い魔導士の育成に貢献できるのであれば、いつでも参ります」
中身が変わったのかしら、と思うほどの豹変ぶりに、私とソフィアは顔を合わせている。
奇跡的に王妃教育の成果が出ているわけではない。元から外面だけは良かったグレースは、権力のある人には逆らわないスタンスなのだ。
「いやはや、さすがは聖女と呼ばれるお方じゃ。身も心も美しく、我が学園の誇りとも言える存在じゃな」
埃の間違いではないでしょうか。この女、国家転覆を狙う大悪党ですよ。
当然、そんなことは言えないので、学園長とグレースの姿を見守ることしかできない。
「私はまだまだ実力不足です。本日は若い魔導士たちに指導いたしますが、私自身も良い刺激をもらい、新たに学びを得ることができたら嬉しく思います。よろしくお願いいたします」
「うむ。こちらこそよろしく頼もう。すでに各クラスの先生方には伝えておるのでな。厳しく教えてやってくれ」
こういった信頼関係が築かれているうちは、ウォルトン家を軽視してはならないと思いつつ、私はグレースと共に教室へ向かうのだった。
***
聖女と称賛されるグレースが教室に現れ、在校生たちはとても緊張していた。
現役で活躍する最上位魔導師にマンツーマンで教えてもらえるなんて、普通に考えてあり得ない。基礎的な魔力操作の実習とはいえ、国に対する貢献度は大きいと思う。
「もう少し先端まで魔力を流す意識をしてみて」
「は、はいっ!」
意外に教えるのが上手いというべきか、腐っても聖女というべきか。とても丁寧に教えてあげるグレースは、私が婚約者を奪われるまで信頼していた、三大貴族のグレースだった。
若くして聖女と呼ばれ、あらゆる魔法を使いこなす百年に一人の天才児。いつも学園の授業でも褒められ、先生からの評価は高かった印象がある。
しかし、本性がわかっている私とソフィアは遠い目で眺めていた。なぜなら、完全に体で誘惑していると理解しているからだ。
「どうしちゃったの? さっきよりも魔力が乱れているわ」
「そ、その……グレース様、ち、近いです」
グイグイと体を押し付けるだけでなく、前かがみになって胸の谷間を見せつける姿は、若い男目当てで仕事を受けたとしか言いようがない。
「あっ……もう、エッチなのね」
あんたがビッチすぎるのよ、と誰か突っ込んでほしい。
もし私が魔法を使えたら、今すぐにでも地中に埋めてやるわ。人から婚約者を奪っておいてやることなのかと、懇々と説教したいくらいよ。
「す、すいません。そう言うつもりはなくて」
「ううん。私の方こそごめんなさい。魔法のことになると、他のことに集中できなくなっちゃうの。だから、あなたも気にしないで」
魔法に集中しているのではなく、間違いなく男に集中しているわね。若い男の子の初心な対応が堪らないわ、なーんて思いながら、弄んでいるのだろう。
あわよくば、連絡先を聞いて個人レッスンまで始めそうで怖い。
この光景を眺めている私はどうするべきなのか、先輩メイドのソフィアに聞いてみようと思う。
「ソフィアさん、どう思――」
「ボクに聞かないで。メイドの仕事をやるだけだよ」
さすがに関わり合いたくないと思ったみたいだ。私もソフィアも、絶対に浮気を許さない主義なのだから。
熱心なマンツーマン指導を終えたグレースは、顔を真っ赤にした男の子から離れ、今度は女の子グループに足を運ぶ。その表情を見れば、いつものグレースに戻っていることがわかった。
「ここのグループは教えることがなさそうね。基礎をしっかりやって、勉強に励みなさい」
将来性のある良い男にしか教えない。それはとてもグレースらしい姿である。何が問題かといえば、グループの女子たちが嬉しそうなところだ。
聖女に認められたとなれば、魔導士を志す者として、自信に繋がるに違いない。
たった一言で良い影響を与えられるのであれば、評価されるべきことなのだろうか。納得はいかないが、魔導士の育成に貢献するのであれば……。
そんなことを考えていると、突然、グレースの目が細くなり、一人の女の子を睨みつけた。取り乱すようにズカズカと歩いていくと、その女の子の前で立ち止まる。
そして、魔力を流す練習をしていた彼女をバシーンッ! と叩いた。当然、そんなことが急に起これば、教室は静寂に包み込まれる。
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