【完結】聖女の仮面を被った悪魔の女に断罪を~愛するあなたが婚約を破棄すると言うのなら、私は悪役令嬢になりましょう~

あろえ

文字の大きさ
45 / 48

第45話:本会議4

しおりを挟む
   大勢の貴族たちに注目されることに慣れないルチアは、緊張した表情のまま、私のところまで推薦状と一つの報告書を持ってきた。

 すべての書類にサッと目を通していくと、の疑念が確信に変わる。

「ローズレイ家は何を企んでいるのかね。聖女と呼ばれるグレースでさえ、国王様を治せていない。そう簡単な病ではないのだよ」

 余裕の態度で対応するバルデスはさすがと言えるが、グレースは違う。明らかに顔色が悪くなり、焦りを感じ始めていた。

 聖女であるグレースは、学園でルチアの才能を正確に見抜いている。自分を超える危険な存在だと確信したから、魔力暴走するというをつき、陥れようとしていたのだ。

「先ほどレオン殿下が話された通り、国王様の容態はよくありません。回復魔法が有効であることしかわかっておらず、グレース並みの力がないと意味をなさないでしょう」

 だから私は、学園長の知り合いを通じて、上級魔導士の権威者たちに協力要請を出した。隠居している老魔導士には申し訳ないが、ウォルトン家と繋がっていない魔導士には限りがある。

 山奥に住んでいたり、森に住んでいたり、小さな村に住んでいたり。多くの支持を得ようとした結果、時間ギリギリで間に合う形になり、ルチアの服を準備する暇がなかったのだ。

「我がウォルトン家に婚約の話が来たのも、聖女としての力が必要だからだ。回復魔法は術者にも負担が大きいため、レオン殿下も献身的に支えたいと思われたのだろう。これはグレースにしかできないことなのだよ」

 まだ立場が逆転していることに気づいていないバルデスは、自ら墓穴を掘っている。

 不穏な動きを見せるローズレイ家に焦り、つい口走ってしまったのだろう。それはとても愚かなことであり、逃げ場のない道に迷い込んだのと同じだった。

「ここにいるトリンド男爵家のルチアは、グレースと同等の回復魔法が使えます。彼女はすでにローズレイ家の保護下に入りました」

 会議室がザワザワとするのも無理はない。百年に一度の天才児と呼ばれたグレースと同等以上の回復魔法が使えるとなれば、国王様の治療に期待が高まる。

 しかし、ウォルトン家は違う。陰で計画的に動き続け、ようやく天下を取るチャンスを得たにもかかわらず、たった一人の男爵家の娘に阻止されるなど、我慢できるはずがない。

 レオン殿下に媚薬まで盛り、引き返せないところまで来ているのなら、なおさらのこと。

「馬鹿げた話だ! グレースは天賦の才を持って生まれた唯一無二の存在だぞ! そんな男爵家の娘ごときに、国王様の治療などできるはずがない!」

 上級魔導士たちからの推薦状をもらったとなれば、実力は証明されたと同じ意味がある。それなのに、事実確認しようともせずに否定するのは、明らかに間違った選択だった。

 哀れな男ね、バルデス。自分の娘が可愛いあまりに、冷静さを欠いてしまうなんて。私が同じ立場だったら、協力的な雰囲気を出してやり過ごし、裏で両親を人質にして脅す方法を選んでいたわ。

 状況を把握している腐りきった聖女グレースは、同じ考えにたどり着いたと思うけれど。

「落ち着いて、パパ。あの子は私の次に回復魔法が上手だと思うわ。国王様の治療がうまくいくのなら、任せてみるのもいいんじゃないかしら」

「グレースの次……か。うむ、それが妥当であろう。神に選ばれたといっても過言ではないグレースと同等など、絶対にあり得ぬことだ」

「そう。だって、私はこの世でたった一人の聖女だもの。私以上に回復魔法を使いこなせる人は存在しないわ。このままあの子に治療させて、間違って国王様を殺してしまったら、ローズレイ家の大失態じゃ済まされないわね」

 何やら恐ろしいことを考え始めた気がするので、自分たちのことばかり考える二人に近づき、ルチアが持ってきた一枚の報告書を見せる。

「ウォルトン家が心配される気持ちもわかりますが、安心してください。すでに治療は無事に終えていますので」

 国王様の治療をウォルトン家が先導している以上、下手な動きはできない。だから、本会議に集中している間に動き、二つ目の疑念を解消させたのだ。

 国家転覆を狙うウォルトン家がまともに国王様の治療をするはずがない。回復魔法と同時にバレない毒を併用していたのだろう、と。

 この出来事に最後まで異を唱えたのが、ウォルトン家を信頼していた学園長だった。その本人がルチアの治療に付き添い、結果を証明するサインをしてくれている。

「病が治ったかどうかはわかりませんが、ルチアの回復魔法によって、国王様が意識を取り戻されたそうです。衰弱して話せない状況ではあるものの、回復する可能性が高いと判断されました」

 大勢の貴族たちが安堵のため息をこぼすと、春でもやってきたかのように会議室が賑わい始める。この一か月間の殺伐とした雰囲気はいったい何だったのか、と言いたくなるほどの明るいニュースだった。

 報告書を眺めるウォルトン家にとっては、最悪のニュースだが。

 もはや、没落必須。魔術師を多く排出してきた三大貴族の権力はいま、信用と共に失われようとしていた。

「グレース。一つだけ確認したいのだけれど、ルチアが魔力暴走をする恐れがあると言ったのは、どういう意味だったのかしら。上級魔導士たちからは、そんな傾向が一切見られないと報告を受けているわ」

 国王様を回復させたルチアを迫害しようとしていたのなら、それは途轍もない罪になる。国王様の生死に関わる大問題であり、反逆といっても過言ではない。

 当然、国家転覆を狙ったウォルトン家は大罪なのだけれど、このまますんなりと捕まえることは難しいだろう。ウォルトン派に反抗されてしまえば、国が二分化する。

 それを封じ込めるためにも、婚約者を奪い返すためにも、聖女の仮面を被った悪魔のような女を逃がすつもりはなかった。

「は、はぁ? 何のことを言っているのかサッパリわからないわ。魔力暴走するなんて私が言った? 記憶にないわね」

「本人が言われたと証言しているの。とぼけるつもりかしら」

「私は聖女だもの。才能があることくらいは、パッと見ればわかるわ。残念なことに、彼女が聞き間違えたみたいね」

 本会議をやり過ごすために適当なことを言い始めるグレースは、貴族の会議というものをよく知っている。参加した貴族たちの一定の割合、もしくは身分の高い人の意見が優先されるのだ。

 よって、男爵家のルチアの言い分など無視しても、痛くも痒くもない……はずだった。

「それともなに? 私が言った証拠でもあるわけ? 何時何分何秒? ねえ、証拠でも証人でもいいから早く出してよ! このままだと濡れ衣だわ。シャルロットが言うくらいなんだし、ちゃ~んと誰かが記録しているんでしょう?」

 ここがグレースの運の尽きというか、年貢の納め時というか。同じ三大貴族を証人にさせてしまったのだから、言い逃れなんてできるはずがない。

「証人ならいるわ。あなたの目の前にね」

 そう言った私は、付けていたウィッグを引きちぎるような勢いで取っ払った。

 もうこんな茶番に付き合う必要はないし、最初から情けなどかけるつもりはない。ローズレイ家を陥れるなら、裁きを与えに来ると伝えていたのだ。

「私が証人よ。ルチアには魔法の才能がないと言い切ったことまで、ハッキリと記憶しているわ」

「……へっ?」

 情けない声を上げたグレースは、驚きすぎて固まっている。まさか王城で世話をさせていたメイドが私だとは、まったく思っていなかったのだろう。

 可哀想だと思うのは、共に過ごしたメイド仲間たちが真っ青になっていることだ。後輩だと思って可愛がってくれていたのに、実は格上の貴族令嬢だったと知れば、ホラーとしか言いようがない。

 見守る大勢の貴族たちもどういう心境で見ればいいのかわからないみたいで、会場は静まり返っていた。

「状況が理解できたわよね、グレース。証人だけじゃなくて、時間があれば証拠も出せるのよ。学園で書類を作るように言ったのは、グレースなんだもの」

 まさに自業自得はこのことか。学園の特別講師として呼ばれた時、若い男の子と戯れたグレースは、私とソフィアに書類作成の仕事を押し付けて帰宅したのだ。

 私がメイドとして同行していたことはロジリーによって記録されているし、学園には書類がある。絶対に言い逃れができない状況を、グレース自身が作り上げてしまっていた。

「何か他にも言いたいことがあれば聞くわよ。他人の人生を壊した罪は、あなたが考えている以上に重いの。何人の人生を壊したのかは、もうわからないけれどね」

 言い逃れができないと悟ったであろうグレースは、とても可愛らしい笑顔を向けてきた。

「わ、私は公爵家であり、聖女よ。もう~、シャルロットも嫌だわ。冗談を真に受け――」

 この期に及んで、自分は可愛いから許される、などという陳腐な発想にたどり着くことが許せない。まったく反省などしていない証拠である。

 なので、右手でグレースの両頬を挟み、タコみたいな口にして話せなくした。

「ローズレイ家は断罪する家系よ。可愛いで許される罪はないの。この騒動が終わったら、たっぷりと罪を償わせてあげるわ」

「……ひゃい」

 グレースを撃沈させた後、レオン殿下の元に近づいた私は、ルチアが持ってきた書類をすべて渡した。

 何気なく目線が重なるだけでも、意思疎通ができたと思う。

 裏でウォルトン家と取引していたとしても、国王様という人質が無くなったいま、無理をする必要はない。後はじっくりとウォルトン家を追い詰めていけばいいのだから。

「国王様の容態については、改めてレオン殿下にご確認いただきたいと思います。今は本会議中ですので、こちらの報告書で判断願います」

 レオン殿下が書類を眺めるなか、窮地に立たされたバルデスは、自らを落ち着けようとしたのか、大きく深呼吸をした。

「一つだけ問いたい。ローズレイ家は婚約者の座に執着し過ぎではないかね。とてもではないが、国のために行動していたと判断できない。先にその不純な目的を問いただす必要があるだろう」

 レオン殿下に判断される前に、バルデスは最後の賭けに出たのだろう。

 まだウォルトン家を断罪する術はないし、大勢の貴族がウォルトン家を支持している。この場で少しでも良い立ち位置にならないと、ウォルトン家に未来がないのだ。

 でも、ウォルトン家を追い込むのはお父様の仕事である。無策でバルデスに挑むほど、私は馬鹿ではない。

 今は婚約者に返り咲くことだけを考えよう。たぶん、王妃という地位に執着した女だと誤解されていると思うし。

 私はレオン殿下と顔を合わせた後、子供の頃から守り続けてきたローズレイ家の仕来たりを破り、初めて大勢の人の前で微笑んだ。

「八年前に婚約したあの日から、今も昔も変わらず、レオン殿下を愛しています。婚約者に戻りたいと思うのは、人として普通のことではないでしょうか」

 八年間にわたって私とレオン殿下の間に不仲説が流れていたこともあり、会議室は混乱した。質問したバルデスさえ、何を言っているのかわからないと、再び言葉を失っている。

 だから、私はあえて言おう。私たちが相思相愛だと知ってもらうために。

「裁きを与える厳格なローズレイ家にも、幸せの花が咲くものです。婚約者の座を奪い返すこと以外、何も考えていませんよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

婚約破棄されましたが、おかげで聖女になりました

瀬崎由美
恋愛
「アイラ・ロックウェル、君との婚約は無かったことにしよう」そう婚約者のセドリックから言い放たれたのは、通っていた学園の卒業パーティー。婚約破棄の理由には身に覚えはなかったけれど、世間体を気にした両親からはほとぼりが冷めるまでの聖地巡礼——世界樹の参拝を言い渡され……。仕方なく朝夕の参拝を真面目に行っていたら、落ちてきた世界樹の実に頭を直撃。気を失って目が覚めた時、私は神官達に囲まれ、横たえていた胸の上には実から生まれたという聖獣が乗っかっていた。どうやら私は聖獣に見初められた聖女らしい。 そして、その場に偶然居合わせていた第三王子から求婚される。問題児だという噂の第三王子、パトリック。聖女と婚約すれば神殿からの後ろ盾が得られると明け透けに語る王子に、私は逆に清々しさを覚えた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。

パリパリかぷちーの
恋愛
「ミイーシヤ! 貴様との婚約を破棄する!」 王城の夜会で、バカ王子アレクセイから婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢ミイーシヤ。 周囲は彼女が泣き崩れると思ったが――彼女は「承知いたしました(ガッツポーズ)」と即答!

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

処理中です...