それは春の光の中で

リゲイン

文字の大きさ
上 下
6 / 7

雨の季節が運んできたもの

しおりを挟む
梅雨の走り。雨量は多くはないけれど、しっとりと纏わりつくような湿気が不快で、でも風が吹けばまだ耐えられる。そんな季節。
生徒会は学園祭やその他もろもろの業務に追われています。押上会長、霧島副会長をはじめ加納先輩、森田先輩と一丸となっててきぱきとこなしていきます。みんな一応に平然とこなしていますが。気になるといえば森田先輩の飴ガリがふえているような・・・ひょいひょい飴を口に放り込んではがりっがりっと嚙み砕いています。歯もそうですが、のどか湧かないのでしょうか・・・
「むぅ。飴が湿気る・・・梅雨はやだねぇ」
少し怪訝な顔をしながら飴を齧ってます。

中間考査もあったことでなかなかみんなとの交流は進んでません。同室の真由さんともあまり会話は進展せず、何なら話すことといえば事務的なことばかり。
せっかく同室になったのだからいろんなお話をしてみたいのですが、真由さんは寡黙で常に学習机に座り音楽プレイヤーをイヤホンで聞きながら黙々と勉強しています。割と宿題や課題の多いカリキュラムなのでそうなるのも必至ですし、私も生徒会一員として学力を落としたくないから授業についていくため自習も必要です。時たま真由さんに話しかけますがイヤホンのせいか勉強に集中しているのか、なしのつぶてです。時折、がたっと脱力して虚ろに天井を見つめています。何かとても寂しそうな不安そうな眼をしていて、そのたびに声をかけるのですが生返事程度の答えが返ってきます。少し休憩したり、リフレッシュできればなぁと思う事も度々。それでも真由さんは一息大きなため息をつくとまた参考書に齧りついていきます。

日々の猛勉強の成果か中間考査では真由さんは堂々学年一位でした。日々の努力の結果であれば当然の結果かと思いますが、真由さんには笑顔はなくただただ淡々と結果を見てすぐに教室へ入っていきました。そんな真由さんに声をかけることも出来ず、まぁ一応学年10番目という成績に我ながらの満足感もありまた次の試験に向けて、そして生徒会の一員としての矜持を保ちつつ私も胸を下ろしながら、教室に入っていきました

「東乃さん!!すごいね、忙しいのに学年10位なんて、生徒会もあるのにすごいよ」
クラスメートから声をかけられました。
「うん。なかなか大変だったよ。でも生徒会も楽しいし、それが原因で成績は落としたくないからね。頑張るよ。私」
「すごいなぁ。東乃さんすごいよ。」
「そうかな?へへ、うれしいな」
「東雲さんは学年一位・・・すごいね。東乃さん寮の同室なんでしょ?勉強教えてもらってるの?」
「ううん、真由さん、かなり集中して勉強しているから・・・なかなか声かけられないんだ」
「ふーん。東雲さんなんか影があってクールビューティーだからちょっと話しかけにくいんだよね。私」
「そうかなぁ、まじめで静かだけどきっといい人だよ」
「そうなんだねぇ」
でも正直本当に真由さんの事は同室の私なのにあまり多くを聞きません。ここまで一緒に生活してきて知っていることといえば小食でお肉が苦手らしく食堂でもよく残していたりするぐらいです。たまに思いつめたように窓の外を見ているときがありますが話しかけにくいそんな雰囲気です。真由さん、もう少しお話ししたいです

中間考査も終わりまたいつもの生徒会活動も本腰を入れて動き出しました。学園祭もだんだん近づいてきて私たちもだんだんその作業に没頭してきました。
それでもたまに中庭を通ると会長と副会長がお茶会しています。私も度々鉢合わせしては霧島先輩の淹れる紅茶に心を落ち着かせてはいます。そんな中、初めて会長、副会長のほかにもう一人お茶に興じている役員がいました。
生徒会のムードメーカー丸井先輩でした。

丸井先輩は生徒会書記の一人。まじめで静かな加納先輩とは正反対で常に明るく朗らか、けれど決して仕事は雑ではなく、いつもニコニコしながら。たいへんだぁ~たいへんだぁ~と言いながら謎の動きを駆使しながら作業をしています。一見雑で遅く見える動きなんですが終わってみればきちっと仕事が終わっており、机に突っ伏して足をバタバタさせながら「おなかすいたー・・・ハンバーガー食べたひなぁ」なんて大きな独り言をつぶやいています。そして
「さわちん~あめーたーべさーせーてー」と森田先輩に絡んでいるような関係。森田先輩も
「しょうがないなもぅ」なんて言いながらさしずめ雛へ餌を与える親鳥のようにぽかんと空いたお口にひょいっと投げ入れてます
「けほけほ・・・さわちん~やさしくしてよぉ~」
なんてやり取りはもはや日常といえます。

そんな丸井先輩と押上会長と霧島副会長が中庭でお茶していました。
「おやぁ~そこにいるのは、東乃君だねぇ。どうだい?寄っていきなよぉ。というか、よってって?」
「丸井先輩がここにいるなんて珍しいですね。」
「そぉ~?私だってここはお気に入りの場所だよぉ~静かで落ち着くぅ・・・会長と副会長がきれー・・・はぅ」
「まるで日向でくつろぐ柴犬みたいだな丸井君」
霧島先輩がクスッと笑って、つられて押上先輩もきれいに微笑みながらそっとティーカップに手をのばします。
「丸井さんは本当にかわいいわ。いつも明るくて元気で、なんだかんだで皆に愛されてるわ」
「はい!丸井先輩は楽しいです。丸井先輩がいるとみんなほっとします」
「はぅ?そーなの?えへへ、うれしいなっ」
「生徒会に入った時も一人底抜けに明るかったな。それでいてきちんと仕事をこなせるから頼りにしているよ」
「えへ・・・もっと褒めてもいいんですよ」
「調子に乗りすぎちゃうのがマイナスだな」
「あふぅ・・・」
テーブルに突っ伏してへにょってなった丸井先輩
「でもね・・・私もなかなか根暗なんだよ。でも押上会長と霧島副会長がいるから、私楽しく頑張れるんですよー」
突っ伏した顎に会長がのどをころころ触ります
「あふふ・・あふふ」
「犬みたいね。東乃さんもやる?」
「え?いや?え?さすがにそれは・・・」
「あふっ・・・ええよええよ東乃ちゃんもかわいがってぇ~」
「あの・・・あの・・・また今度で!」

雲の切れ目から夏の夕方の日差しが降り注ぎます。中庭での楽しいひと時。ここは本当に学舎の中なんでしょうか。夏の錯覚なのかもしれないと思って寮に帰宅しました。

いつものように部屋へ戻ります。真由さんのいると思いノックをしますが返事がありません。「いないのかな?」
私は自分のカギでドアを開けて・・・・部屋に戻ります。部屋に入るまでにトイレや洗面所がありますが、洗面所に人影を見ました。そしてそこに・・・
真由さんが倒れていました。左手首からはおびただしい出血。右手にはカッターが握られてました。
「真由さん!!真由さん!!しっかりして」
呼吸が浅く呼びかけには応答しません。
「真由さん!!なんで?どうして!!」
あとは無我夢中でしたあまり大きな声を出したのでみんなが集まってきてたちまちあたりは騒然となりました。遅れて霧島先輩が駆けつけてきて出血部分にタオルをきつく当て圧迫止血を試みます。寮母さんや先生も駆けつけて騒然とした現場を収めていきます。あまりの出来事に泣き出す子もいます。私は一体目の前で何が起きているのか、現実感があやふやになっていくのを覚えつつ・・・私もその場で意識を失うことになりました。

梅雨のしけった空気があたりを包む不穏な夜でした
しおりを挟む

処理中です...