お姫さまのお花摘み

志月さら

文字の大きさ
16 / 16

初めての公務⑤

しおりを挟む
 廊下に出ると、扉の脇にカイルが控えていた。
 彼も男性職員の制服に着替えていた。鍛えている彼の身体にはサイズが小さいのか、袖が少し足りていない。足元はブーツで隠れているが、ズボンの丈も足りないのかもしれない。腰にはいつもと同じように剣を携えていた。

「……カイル、あの、ごめんなさい。服を汚してしまって」
「姫様が謝罪される必要はございません」

 リーシャの謝罪に対し、カイルは柔らかい声で応えた。
 汚してしまった廊下はすっかり綺麗になっていた。誰かが掃除をしてくれたのだろう。落ち着いたはずの頬の熱が再び戻ってくる。
 リーシャが広間に戻ると、子どもたちが微かにざわついた。

「姫さま、お着替えしたのー? なんでー?」

 傍に来た小さな男の子が、彼女の姿を見て首をかしげた。

「えっと、このほうが、動きやすくて、皆さんともっと遊べるかと思いまして、お借りしました」
「じゃあ、お外で遊べるの?」
「はい、遊びましょう!」

 リーシャが頷くと、男の子は目をきらきらと輝かせた。
 ほかの子どもたちもわあっと声を上げる。
 着替えをした理由について、もしかしたら察しのいい子にはばれてしまったかもしれないが、それを指摘するような子はいなかった。

「姫さま、こっちだよ!」
「はい、いま行きますねっ」

 庭に出て、子どもたちと一緒に、鬼ごっこやボール遊びに興じる。こんな風に外で遊ぶのはリーシャも初めてだった。
 貸してもらったエプロンドレスは、たくさんの布が使われた普段のドレスとは比べものにならないくらい、動きやすくて、走りやすい。

「ねえ、騎士のおにいちゃん、だっこして!」

 ふいに小さな女の子にせがまれ、カイルは戸惑った表情を浮かべていた。そんな彼に、思わず提案する。

「カイルも、一緒にみんなと遊びませんか?」
「……姫様のお望みとあらば」

 カイルは少しだけ苦笑して頷いてくれた。
 子どもが剣に触れないように気を付けながら、抱き上げたり、肩車をしたりしてあげている。ほかの子にも次々とせがまれ、カイルは順番に相手をしてあげた。子どもたちのはしゃいだ声が庭中に響き渡る。
 子どもたちが遊び疲れる頃には、すっかり空が夕焼けに包まれていた。

***

「本日は誠にありがとうございました。子どもたちも良い時間を過ごすことができたと思います」
「いいえ、こちらこそ、お世話になりました」

 門前まで見送りに来た院長に深く頭を下げられ、リーシャも会釈を返した。
 二人の服装が変わっていることに、ほかの兵たちは不思議そうな顔をしていたが、カイルがなんとか誤魔化してくれたようだ。城に戻ってからも同じような説明をしないといけないと思うと気が重くなるが、仕方ない。

 汚れたドレスは、申し訳ないけれど魔術師のフィンに綺麗にしてもらおうと決める。恥ずかしいけれど、汚したまま洗濯係の侍女の手に渡すのはもっと恥ずかしい。
 借りた衣服は後日カイルが返しに来るということで話をつけてもらった。そのときには改めてお礼をしないといけないだろう。何か孤児院の役に立てるようなことができないか、城に帰ってから相談してみようとリーシャは決めていた。
 おもらしをしてしまったことは、内緒、だけれど。

「よろしければ、また是非いらしてください。子どもたちもきっと喜びます」
「……はい。また、必ず」

 微笑みながら頷き、リーシャは馬車へ乗り込んだ。

 多少のハプニングがありながらも、初めての公務はなんとか無事に終わらせることができたのであった。

END
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

自習室の机の下で。

カゲ
恋愛
とある自習室の机の下での話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ナースコール

wawabubu
大衆娯楽
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

処理中です...