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「はい、これで拭いて着替えて。着替えここに置いておくから」
「すみません……」
「気にしなくていいのよ」
ぬるま湯で絞ったタオルを渡されて、ベッドの上に着替えを置かれる。周りのカーテンを閉められて、一時的に個室のような空間になった。
上履き代わりに持ってきた体育館シューズを脱ぎ、汚れてしまった白いハイソックスも脱いで素足になる。幸い、靴の中までは濡れていなかった。ホックを外して、重たくなったスカートを脚から抜く。濡れたスカートを床に置くと、ぴちゃと飛沫が跳ねた。
「うぅ……」
ぐしょぐしょになってしまった下着も脱いで、濡れたところをタオルで拭う。保健室で着替えを借りるなんて小学生のとき以来だ。しかも、見学に来た高校で粗相をしてしまうなんて。
(高校の保健室にもパンツとか置いてあるんだ……)
借りた下着を穿きながらぼんやりと思う。ジャージを穿いて、素足のまま体育館シューズを履き直した。濡れてしまったシューズの外側はタオルで拭かせてもらう。
上はセーラー服で、下はジャージ。これではどう見てもおもらししたのがバレバレだ。ベッドの上にはTシャツも置いてあったので、その気遣いをありがたく思いながら着替えさせてもらう。
着替え終わってから、はたと気付いた。
これ、返すときはどうしたらいいのだろう。
(返しに来ればいいのかな……は、恥ずかしい。学校に連絡とかされたらどうしよう……)
見学に来た生徒がおもらしをしたので着替えを貸しました、などと中学校に連絡されることを想像してしまい、綾音は震えた。
担任の先生に呼び出されて注意されるかもしれない。もしかしたら受験にも響くのではないかと、悪い想像ばかりが次々と浮かんでくる。
「着替えられたー?」
カーテンの外から声をかけられて、びくりと肩が竦んだ。
「は、はい……っ」
タオルや汚れた衣類を拾い上げて、そっとカーテンを開ける。養護教諭の先生は口元に柔らかな笑みを浮かべていた。
「サイズ大丈夫みたいね。ビニール袋あげるから、汚れたものはそこで洗ってね」
水道のほうを指し示される。綾音はおずおずと疑問を口にした。
「あ、あの、中学校に連絡とか……」
「え? そんなのしないしない。心配しなくて大丈夫よ」
「そうですか……!」
よかった、と安堵して水道を使わせてもらう。
水洗いして軽く絞ったスカートや下着などを渡された大きめのビニール袋に入れる。紙袋ももらったので、セーラー服の上衣とともにその中にしまった。
「あの、これ、どうやって返したらいいですか?」
Tシャツを軽く摘んで訊ねる。
「洗って返してくれたらいいよ。学校に持ってきてもらえば一番いいけど……来るの恥ずかしい?」
「……はい」
問われて、正直に頷いてしまう。
「そうだよねぇ。どうしようか……」
先生が顎に手を当てて思案を始めると、突然保健室のドアが叩かれた。思わず身体が竦む。
「入っても大丈夫ですか?」
聞こえてきたのは、先ほどの先輩の声だ。
「どうぞー。あ、そうだ」
何かを思いついたように、先生は室内に入ってきた男子生徒に顔を向けた。
「ねえ、一条くんって東中出身だったよね? この子に会いに行ける? あとで体操着受け取ってきてもらいたいんだけど」
「えっ、あの……」
「いいですよ」
戸惑う綾音をよそに、彼はあっさりと引き受けた。
(この人、同じ中学だったんだ……)
まったく見覚えがない。
学年が違う生徒など関わりがなければ知らない人のほうが多いが、こんなにかっこいい人がいたなんて全然知らなかった。
「俺、一条柚樹。君は?」
「桜木綾音、です。えっと……」
「綾音ちゃんね。じゃあ連絡先教えておくね。スマホ持ってる?」
「あ、いま、鞄の中で……体育館にあって……」
しどろもどろになりながら応える。先ほど恥ずかしい姿を見られたばかりなのもあって上手く視線を合わせられない。挙動不審な綾音の様子を気にすることなく、彼は先生に紙とペンを借りて何かをメモした。
「はい」
渡されたメモ用紙を見ると、メールアドレスと携帯番号、メッセージアプリのIDが書かれていた。
「いつでも連絡して。都合がいい日に行くから」
「は、はい。ありがとうございます……」
「どういたしまして。というか俺のせいだしね、このくらいしないと。もう校内見学始まってるみたいだから、急いで体育館戻ろうか」
そう言われて時計を見ると、とっくに休憩時間は終わっていた。
慌てふためく綾音に、彼は優しく微笑みかけた。
「大丈夫だよ、遅れた理由は俺が上手く言うから」
手を取られる。羞恥心以外の理由で、頬が熱くなった。
保健室の先生にお礼を言い、彼に手を引かれるまま小走りで体育館へ向かった。
「一条くん!? どうしたの!?」
時間に遅れたうえ、体操服に着替えて戻ってきた綾音と連れてきた柚樹を見て、校内を案内することになっていた女子生徒が目を丸くした。他のグループはすでに出発したようで、綾音のいるグループだけが体育館に残っていた。
「ごめん、この子と廊下でぶつかってバケツの水かけちゃって、保健室で着替え借りてた」
「もうっ、後輩になるかもしれない子になにしてるの!? ちゃんと謝った?」
「謝ったって。ねえ?」
話を振られて、こくこくと頷く。「ほら」と柚樹は笑みを浮かべた。
「綾音、大丈夫ー?」
「う、うん」
友人に心配されて、どきりとしながら頷く。
「災難だったねぇ。……ね、でも、いまの先輩かっこよくない?」
「……そう、だね」
柚樹の横顔をそっと見つめて、綾音は小さく頷いた。
――そのときから柚樹のことが気になっていた。
粗相をしてしてしまったことは物凄く恥ずかしかったけれど、優しくされたことはとても嬉しくて。その後も何かと気にかけてくれた彼に惹かれるのに時間はかからなかった。
彼と同じ学校に通いたくて、受験勉強を頑張ってなんとか合格した。
入学してから彼が今年度の生徒会長だと知り、少しでも近付くために生まれて初めて自分から生徒会役員に立候補した。面倒くさそうな役割を自分からやりたがる人は一年生の中にはほとんどいなかったようで、綾音は無事に生徒会に入ることができた。
そして、五月の大型連休が明けたばかりのつい先日。放課後の生徒会室で偶然二人きりになったとき――柚樹に告白したのだ。
半年以上、一人で抱え続けていた想い。伝えるのはいましかないと思った。
ほんの少し面識があるだけの入学してきたばかりの後輩に、勝算があるとは考えていなかったけれど。それでも、どうしてこの高校に入学したのか。どうして、生徒会に入ったのか。その理由を彼に知ってほしかった。
必死に言葉を紡いで、そして、告げた。――好きです、付き合ってください、と。
正直、断られるかもしれないと思っていた。突然告白なんかして、彼のことを困らせてしまったかもしれないとも。けれど彼からの返答は信じられないことにOKで、思わず泣き出してしまって、結局彼のことを少し困らせた。でも、本当に泣いてしまうくらい嬉しかったのだ。
こうして、晴れて恋人同士になり、この週末に初デートの日を迎えたわけなのだが――。
「すみません……」
「気にしなくていいのよ」
ぬるま湯で絞ったタオルを渡されて、ベッドの上に着替えを置かれる。周りのカーテンを閉められて、一時的に個室のような空間になった。
上履き代わりに持ってきた体育館シューズを脱ぎ、汚れてしまった白いハイソックスも脱いで素足になる。幸い、靴の中までは濡れていなかった。ホックを外して、重たくなったスカートを脚から抜く。濡れたスカートを床に置くと、ぴちゃと飛沫が跳ねた。
「うぅ……」
ぐしょぐしょになってしまった下着も脱いで、濡れたところをタオルで拭う。保健室で着替えを借りるなんて小学生のとき以来だ。しかも、見学に来た高校で粗相をしてしまうなんて。
(高校の保健室にもパンツとか置いてあるんだ……)
借りた下着を穿きながらぼんやりと思う。ジャージを穿いて、素足のまま体育館シューズを履き直した。濡れてしまったシューズの外側はタオルで拭かせてもらう。
上はセーラー服で、下はジャージ。これではどう見てもおもらししたのがバレバレだ。ベッドの上にはTシャツも置いてあったので、その気遣いをありがたく思いながら着替えさせてもらう。
着替え終わってから、はたと気付いた。
これ、返すときはどうしたらいいのだろう。
(返しに来ればいいのかな……は、恥ずかしい。学校に連絡とかされたらどうしよう……)
見学に来た生徒がおもらしをしたので着替えを貸しました、などと中学校に連絡されることを想像してしまい、綾音は震えた。
担任の先生に呼び出されて注意されるかもしれない。もしかしたら受験にも響くのではないかと、悪い想像ばかりが次々と浮かんでくる。
「着替えられたー?」
カーテンの外から声をかけられて、びくりと肩が竦んだ。
「は、はい……っ」
タオルや汚れた衣類を拾い上げて、そっとカーテンを開ける。養護教諭の先生は口元に柔らかな笑みを浮かべていた。
「サイズ大丈夫みたいね。ビニール袋あげるから、汚れたものはそこで洗ってね」
水道のほうを指し示される。綾音はおずおずと疑問を口にした。
「あ、あの、中学校に連絡とか……」
「え? そんなのしないしない。心配しなくて大丈夫よ」
「そうですか……!」
よかった、と安堵して水道を使わせてもらう。
水洗いして軽く絞ったスカートや下着などを渡された大きめのビニール袋に入れる。紙袋ももらったので、セーラー服の上衣とともにその中にしまった。
「あの、これ、どうやって返したらいいですか?」
Tシャツを軽く摘んで訊ねる。
「洗って返してくれたらいいよ。学校に持ってきてもらえば一番いいけど……来るの恥ずかしい?」
「……はい」
問われて、正直に頷いてしまう。
「そうだよねぇ。どうしようか……」
先生が顎に手を当てて思案を始めると、突然保健室のドアが叩かれた。思わず身体が竦む。
「入っても大丈夫ですか?」
聞こえてきたのは、先ほどの先輩の声だ。
「どうぞー。あ、そうだ」
何かを思いついたように、先生は室内に入ってきた男子生徒に顔を向けた。
「ねえ、一条くんって東中出身だったよね? この子に会いに行ける? あとで体操着受け取ってきてもらいたいんだけど」
「えっ、あの……」
「いいですよ」
戸惑う綾音をよそに、彼はあっさりと引き受けた。
(この人、同じ中学だったんだ……)
まったく見覚えがない。
学年が違う生徒など関わりがなければ知らない人のほうが多いが、こんなにかっこいい人がいたなんて全然知らなかった。
「俺、一条柚樹。君は?」
「桜木綾音、です。えっと……」
「綾音ちゃんね。じゃあ連絡先教えておくね。スマホ持ってる?」
「あ、いま、鞄の中で……体育館にあって……」
しどろもどろになりながら応える。先ほど恥ずかしい姿を見られたばかりなのもあって上手く視線を合わせられない。挙動不審な綾音の様子を気にすることなく、彼は先生に紙とペンを借りて何かをメモした。
「はい」
渡されたメモ用紙を見ると、メールアドレスと携帯番号、メッセージアプリのIDが書かれていた。
「いつでも連絡して。都合がいい日に行くから」
「は、はい。ありがとうございます……」
「どういたしまして。というか俺のせいだしね、このくらいしないと。もう校内見学始まってるみたいだから、急いで体育館戻ろうか」
そう言われて時計を見ると、とっくに休憩時間は終わっていた。
慌てふためく綾音に、彼は優しく微笑みかけた。
「大丈夫だよ、遅れた理由は俺が上手く言うから」
手を取られる。羞恥心以外の理由で、頬が熱くなった。
保健室の先生にお礼を言い、彼に手を引かれるまま小走りで体育館へ向かった。
「一条くん!? どうしたの!?」
時間に遅れたうえ、体操服に着替えて戻ってきた綾音と連れてきた柚樹を見て、校内を案内することになっていた女子生徒が目を丸くした。他のグループはすでに出発したようで、綾音のいるグループだけが体育館に残っていた。
「ごめん、この子と廊下でぶつかってバケツの水かけちゃって、保健室で着替え借りてた」
「もうっ、後輩になるかもしれない子になにしてるの!? ちゃんと謝った?」
「謝ったって。ねえ?」
話を振られて、こくこくと頷く。「ほら」と柚樹は笑みを浮かべた。
「綾音、大丈夫ー?」
「う、うん」
友人に心配されて、どきりとしながら頷く。
「災難だったねぇ。……ね、でも、いまの先輩かっこよくない?」
「……そう、だね」
柚樹の横顔をそっと見つめて、綾音は小さく頷いた。
――そのときから柚樹のことが気になっていた。
粗相をしてしてしまったことは物凄く恥ずかしかったけれど、優しくされたことはとても嬉しくて。その後も何かと気にかけてくれた彼に惹かれるのに時間はかからなかった。
彼と同じ学校に通いたくて、受験勉強を頑張ってなんとか合格した。
入学してから彼が今年度の生徒会長だと知り、少しでも近付くために生まれて初めて自分から生徒会役員に立候補した。面倒くさそうな役割を自分からやりたがる人は一年生の中にはほとんどいなかったようで、綾音は無事に生徒会に入ることができた。
そして、五月の大型連休が明けたばかりのつい先日。放課後の生徒会室で偶然二人きりになったとき――柚樹に告白したのだ。
半年以上、一人で抱え続けていた想い。伝えるのはいましかないと思った。
ほんの少し面識があるだけの入学してきたばかりの後輩に、勝算があるとは考えていなかったけれど。それでも、どうしてこの高校に入学したのか。どうして、生徒会に入ったのか。その理由を彼に知ってほしかった。
必死に言葉を紡いで、そして、告げた。――好きです、付き合ってください、と。
正直、断られるかもしれないと思っていた。突然告白なんかして、彼のことを困らせてしまったかもしれないとも。けれど彼からの返答は信じられないことにOKで、思わず泣き出してしまって、結局彼のことを少し困らせた。でも、本当に泣いてしまうくらい嬉しかったのだ。
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