言えないヒトコト

志月さら

文字の大きさ
3 / 12

3

しおりを挟む
「はい、これで拭いて着替えて。着替えここに置いておくから」
「すみません……」
「気にしなくていいのよ」

 ぬるま湯で絞ったタオルを渡されて、ベッドの上に着替えを置かれる。周りのカーテンを閉められて、一時的に個室のような空間になった。
 上履き代わりに持ってきた体育館シューズを脱ぎ、汚れてしまった白いハイソックスも脱いで素足になる。幸い、靴の中までは濡れていなかった。ホックを外して、重たくなったスカートを脚から抜く。濡れたスカートを床に置くと、ぴちゃと飛沫が跳ねた。

「うぅ……」

 ぐしょぐしょになってしまった下着も脱いで、濡れたところをタオルで拭う。保健室で着替えを借りるなんて小学生のとき以来だ。しかも、見学に来た高校で粗相をしてしまうなんて。

(高校の保健室にもパンツとか置いてあるんだ……)

 借りた下着を穿きながらぼんやりと思う。ジャージを穿いて、素足のまま体育館シューズを履き直した。濡れてしまったシューズの外側はタオルで拭かせてもらう。
 上はセーラー服で、下はジャージ。これではどう見てもおもらししたのがバレバレだ。ベッドの上にはTシャツも置いてあったので、その気遣いをありがたく思いながら着替えさせてもらう。
 着替え終わってから、はたと気付いた。
 これ、返すときはどうしたらいいのだろう。

(返しに来ればいいのかな……は、恥ずかしい。学校に連絡とかされたらどうしよう……)

 見学に来た生徒がおもらしをしたので着替えを貸しました、などと中学校に連絡されることを想像してしまい、綾音は震えた。
 担任の先生に呼び出されて注意されるかもしれない。もしかしたら受験にも響くのではないかと、悪い想像ばかりが次々と浮かんでくる。

「着替えられたー?」

 カーテンの外から声をかけられて、びくりと肩が竦んだ。

「は、はい……っ」

 タオルや汚れた衣類を拾い上げて、そっとカーテンを開ける。養護教諭の先生は口元に柔らかな笑みを浮かべていた。

「サイズ大丈夫みたいね。ビニール袋あげるから、汚れたものはそこで洗ってね」

 水道のほうを指し示される。綾音はおずおずと疑問を口にした。

「あ、あの、中学校に連絡とか……」
「え? そんなのしないしない。心配しなくて大丈夫よ」
「そうですか……!」

 よかった、と安堵して水道を使わせてもらう。
 水洗いして軽く絞ったスカートや下着などを渡された大きめのビニール袋に入れる。紙袋ももらったので、セーラー服の上衣とともにその中にしまった。

「あの、これ、どうやって返したらいいですか?」

 Tシャツを軽く摘んで訊ねる。

「洗って返してくれたらいいよ。学校に持ってきてもらえば一番いいけど……来るの恥ずかしい?」
「……はい」

 問われて、正直に頷いてしまう。

「そうだよねぇ。どうしようか……」

 先生が顎に手を当てて思案を始めると、突然保健室のドアが叩かれた。思わず身体が竦む。

「入っても大丈夫ですか?」

 聞こえてきたのは、先ほどの先輩の声だ。

「どうぞー。あ、そうだ」

 何かを思いついたように、先生は室内に入ってきた男子生徒に顔を向けた。

「ねえ、一条くんって東中出身だったよね? この子に会いに行ける? あとで体操着受け取ってきてもらいたいんだけど」
「えっ、あの……」
「いいですよ」

 戸惑う綾音をよそに、彼はあっさりと引き受けた。

(この人、同じ中学だったんだ……)

 まったく見覚えがない。
 学年が違う生徒など関わりがなければ知らない人のほうが多いが、こんなにかっこいい人がいたなんて全然知らなかった。

「俺、一条柚樹。君は?」
「桜木綾音、です。えっと……」
「綾音ちゃんね。じゃあ連絡先教えておくね。スマホ持ってる?」
「あ、いま、鞄の中で……体育館にあって……」

 しどろもどろになりながら応える。先ほど恥ずかしい姿を見られたばかりなのもあって上手く視線を合わせられない。挙動不審な綾音の様子を気にすることなく、彼は先生に紙とペンを借りて何かをメモした。

「はい」

 渡されたメモ用紙を見ると、メールアドレスと携帯番号、メッセージアプリのIDが書かれていた。

「いつでも連絡して。都合がいい日に行くから」
「は、はい。ありがとうございます……」
「どういたしまして。というか俺のせいだしね、このくらいしないと。もう校内見学始まってるみたいだから、急いで体育館戻ろうか」

 そう言われて時計を見ると、とっくに休憩時間は終わっていた。
 慌てふためく綾音に、彼は優しく微笑みかけた。

「大丈夫だよ、遅れた理由は俺が上手く言うから」

 手を取られる。羞恥心以外の理由で、頬が熱くなった。
 保健室の先生にお礼を言い、彼に手を引かれるまま小走りで体育館へ向かった。


「一条くん!? どうしたの!?」

 時間に遅れたうえ、体操服に着替えて戻ってきた綾音と連れてきた柚樹を見て、校内を案内することになっていた女子生徒が目を丸くした。他のグループはすでに出発したようで、綾音のいるグループだけが体育館に残っていた。

「ごめん、この子と廊下でぶつかってバケツの水かけちゃって、保健室で着替え借りてた」
「もうっ、後輩になるかもしれない子になにしてるの!? ちゃんと謝った?」
「謝ったって。ねえ?」

 話を振られて、こくこくと頷く。「ほら」と柚樹は笑みを浮かべた。

「綾音、大丈夫ー?」
「う、うん」

 友人に心配されて、どきりとしながら頷く。

「災難だったねぇ。……ね、でも、いまの先輩かっこよくない?」
「……そう、だね」

 柚樹の横顔をそっと見つめて、綾音は小さく頷いた。


 ――そのときから柚樹のことが気になっていた。
 粗相をしてしてしまったことは物凄く恥ずかしかったけれど、優しくされたことはとても嬉しくて。その後も何かと気にかけてくれた彼に惹かれるのに時間はかからなかった。

 彼と同じ学校に通いたくて、受験勉強を頑張ってなんとか合格した。
 入学してから彼が今年度の生徒会長だと知り、少しでも近付くために生まれて初めて自分から生徒会役員に立候補した。面倒くさそうな役割を自分からやりたがる人は一年生の中にはほとんどいなかったようで、綾音は無事に生徒会に入ることができた。

 そして、五月の大型連休が明けたばかりのつい先日。放課後の生徒会室で偶然二人きりになったとき――柚樹に告白したのだ。
 半年以上、一人で抱え続けていた想い。伝えるのはいましかないと思った。
 ほんの少し面識があるだけの入学してきたばかりの後輩に、勝算があるとは考えていなかったけれど。それでも、どうしてこの高校に入学したのか。どうして、生徒会に入ったのか。その理由を彼に知ってほしかった。
 必死に言葉を紡いで、そして、告げた。――好きです、付き合ってください、と。
 正直、断られるかもしれないと思っていた。突然告白なんかして、彼のことを困らせてしまったかもしれないとも。けれど彼からの返答は信じられないことにOKで、思わず泣き出してしまって、結局彼のことを少し困らせた。でも、本当に泣いてしまうくらい嬉しかったのだ。
 こうして、晴れて恋人同士になり、この週末に初デートの日を迎えたわけなのだが――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

処理中です...