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「そろそろ映画館に行こうか」
昼食を終えて、お腹を落ち着かせてから再び店内を見て歩いていたが、気が付けば上映時間が近付いていた。まだ時間には少し余裕があるが、ショッピングモールの中は広いので映画館までは少しだけ距離がある。
「飲み物買ってくるね。綾音ちゃんはいる?」
「私は大丈夫です」
売店に向かいながら訊ねられ、綾音は小さく首を振った。トイレが心配なのでいつも飲み物は買わないようにしている。柚樹がドリンクを買うのを待っていると、ちょうど入場開始のアナウンスが流れてきた。
「じゃあ行こうか」
「は、はい」
チケットを出し、スクリーンに向かって歩いていく。目的の五番スクリーンの手前に化粧室の案内表示を見かけ、綾音は歩調を緩めた。席に着く前にトイレに行っておきたい。
「あの、先輩……」
「ん?」
「え、えっと、私、その……」
先にお手洗いに寄っていきますね。そう、一言口にすればいい。けれど柚樹に見つめられると言葉が出てこなくなり、もごもごと唇を動かしてしまう。
「ああ、トイレ行っておく?」
少し恥ずかしいが、彼は綾音の言いたいことを汲み取ってくれたみたいだ。
「は、はい……」
「俺もこれ置いてから行くから、先に行っておいで」
柚樹に促され、綾音は小さく頷いてトイレに足を向けた。
女子トイレに入ると何人か順番待ちができていて少し焦ったが、タイミングよくいくつかの個室が空いたのでさほど待つことなく入ることができた。
下着を下ろして便器に腰かける。ほどなくして、水音が陶器を叩いた。
擬音装置の流水音に混ざって勢いのいい水音が耳に入ってくるのを感じながら、ほっと息をつく。そういえば、家を出る前に済ませたきりだった。
本当は食事の後からずっと尿意に気付いてはいたのだが、言い出すタイミングが見つからずにいた。映画を見る前にトイレに行けてよかったが、自分からきちんと言えたわけではないのでなんとなくきまりが悪い。
恥ずかしくても、トイレに行きたくなったらちゃんと柚樹に言えるようにならないと。
彼の前で去年のような粗相はもう二度としたくないし、するわけにはいかない。
ふと腕時計を見ると、もう上映時間が迫っていた。
膀胱の中を空っぽにして、綾音は急いでトイレから出た。
少しだけ急ぎ足でスクリーンの中に入るが、幸い場内はまだ明るかった。
チケットを見ながら指定された席に向かう。真ん中より後ろ寄りの端から二番目の座席。行ってみると、手元のチケットに書かれた数字の席には柚樹がすでに座っていた。
一瞬困惑してしまったが、人の気配に気付いたのか柚樹がこちらに顔を向けた。
「ああ、綾音ちゃん。席そこだよ」
「えっと、逆じゃ……?」
「ごめん、チケット間違えて渡しちゃったみたいで。端がいいって言ってたよね?」
「は、はい。言いました」
座席を取るときに希望を訊かれて、できれば端の席がいいと答えたら、柚樹は出入り口から近いほうの席を端から二つ取ってくれたのだ。そのとき綾音の分のチケットを渡してくれたが、どうやら手元のチケットは彼の座席のもののようだ。
「こっちの席のほうがいい?」
「い、いえ、こっちで大丈夫です」
腰を浮かしかけた彼に慌てて応え、隣へ腰を下ろした。頬が少し熱くなったが、ほどなくして場内が暗くなったので彼には気付かれずに済んだ。
映画の予告が映し出されるのを眺めながら、ちら、と横目で柚樹のほうを窺う。
(トイレ長いとか、思われてないかな……)
綾音のほうが先にトイレに入ったのに、彼よりも遅く出てきてしまったことがなんとなく恥ずかしいのだが、柚樹は気にしていないだろうか。女子トイレは少し混んでいたし、女の子のほうが用を足すのに時間がかかってしまうから仕方のないことだとわかってはいるけれど。
(あんまり気にしてちゃだめ、だよね。せっかくデートなんだから、楽しまなきゃっ)
気恥ずかしい気持ちを振り払うように気分を切り替え、綾音は目の前のスクリーンに集中することにした。
昼食を終えて、お腹を落ち着かせてから再び店内を見て歩いていたが、気が付けば上映時間が近付いていた。まだ時間には少し余裕があるが、ショッピングモールの中は広いので映画館までは少しだけ距離がある。
「飲み物買ってくるね。綾音ちゃんはいる?」
「私は大丈夫です」
売店に向かいながら訊ねられ、綾音は小さく首を振った。トイレが心配なのでいつも飲み物は買わないようにしている。柚樹がドリンクを買うのを待っていると、ちょうど入場開始のアナウンスが流れてきた。
「じゃあ行こうか」
「は、はい」
チケットを出し、スクリーンに向かって歩いていく。目的の五番スクリーンの手前に化粧室の案内表示を見かけ、綾音は歩調を緩めた。席に着く前にトイレに行っておきたい。
「あの、先輩……」
「ん?」
「え、えっと、私、その……」
先にお手洗いに寄っていきますね。そう、一言口にすればいい。けれど柚樹に見つめられると言葉が出てこなくなり、もごもごと唇を動かしてしまう。
「ああ、トイレ行っておく?」
少し恥ずかしいが、彼は綾音の言いたいことを汲み取ってくれたみたいだ。
「は、はい……」
「俺もこれ置いてから行くから、先に行っておいで」
柚樹に促され、綾音は小さく頷いてトイレに足を向けた。
女子トイレに入ると何人か順番待ちができていて少し焦ったが、タイミングよくいくつかの個室が空いたのでさほど待つことなく入ることができた。
下着を下ろして便器に腰かける。ほどなくして、水音が陶器を叩いた。
擬音装置の流水音に混ざって勢いのいい水音が耳に入ってくるのを感じながら、ほっと息をつく。そういえば、家を出る前に済ませたきりだった。
本当は食事の後からずっと尿意に気付いてはいたのだが、言い出すタイミングが見つからずにいた。映画を見る前にトイレに行けてよかったが、自分からきちんと言えたわけではないのでなんとなくきまりが悪い。
恥ずかしくても、トイレに行きたくなったらちゃんと柚樹に言えるようにならないと。
彼の前で去年のような粗相はもう二度としたくないし、するわけにはいかない。
ふと腕時計を見ると、もう上映時間が迫っていた。
膀胱の中を空っぽにして、綾音は急いでトイレから出た。
少しだけ急ぎ足でスクリーンの中に入るが、幸い場内はまだ明るかった。
チケットを見ながら指定された席に向かう。真ん中より後ろ寄りの端から二番目の座席。行ってみると、手元のチケットに書かれた数字の席には柚樹がすでに座っていた。
一瞬困惑してしまったが、人の気配に気付いたのか柚樹がこちらに顔を向けた。
「ああ、綾音ちゃん。席そこだよ」
「えっと、逆じゃ……?」
「ごめん、チケット間違えて渡しちゃったみたいで。端がいいって言ってたよね?」
「は、はい。言いました」
座席を取るときに希望を訊かれて、できれば端の席がいいと答えたら、柚樹は出入り口から近いほうの席を端から二つ取ってくれたのだ。そのとき綾音の分のチケットを渡してくれたが、どうやら手元のチケットは彼の座席のもののようだ。
「こっちの席のほうがいい?」
「い、いえ、こっちで大丈夫です」
腰を浮かしかけた彼に慌てて応え、隣へ腰を下ろした。頬が少し熱くなったが、ほどなくして場内が暗くなったので彼には気付かれずに済んだ。
映画の予告が映し出されるのを眺めながら、ちら、と横目で柚樹のほうを窺う。
(トイレ長いとか、思われてないかな……)
綾音のほうが先にトイレに入ったのに、彼よりも遅く出てきてしまったことがなんとなく恥ずかしいのだが、柚樹は気にしていないだろうか。女子トイレは少し混んでいたし、女の子のほうが用を足すのに時間がかかってしまうから仕方のないことだとわかってはいるけれど。
(あんまり気にしてちゃだめ、だよね。せっかくデートなんだから、楽しまなきゃっ)
気恥ずかしい気持ちを振り払うように気分を切り替え、綾音は目の前のスクリーンに集中することにした。
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