蜂蜜色のみずたまり

志月さら

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ふたりきりの初詣

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 一月四日。昼過ぎに家を出て待ち合わせの駅前に向かうと、既に早瀬さんは到着していた。ふと顔を上げた彼女がこちらに気付いて、ぱっと表情を明るくする。

「拓夢くん……!」
「は……鈴香さん! ごめん、待った?」

 彼女に駆け寄り、うっかり苗字を呼びそうになってから、慌てて名前を口にした。クリスマスの少し前から念願の名前で呼び合うことができるようになったのだった。二人きりのとき、だけだけど。さすがに皆がいる学校ではなんとなく気恥ずかしいので苗字呼びのままだ。そもそも僕たちが付き合っていることを知っている人もほとんどいないだろう。

「ううん。いま来たばっかり。あけましておめでとうございます」
「あ、おめでとうございます。今年もよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 年が変わってすぐメッセージでのやりとりはしたけれど、改まって新年の挨拶をするのはなんだか気恥ずかしかった。目が合って、鈴香さんがはにかむように微笑む。僕は思わず頬を掻きながら口を開いた。

「なんだか、ちょっと照れるね、こういうの」
「……うん。でも、直接言えて嬉しい」
「僕も嬉しいよ! じゃあ、行こうか」

 ふわりと笑う鈴香さんの表情が可愛くて、頬が熱くなる。差し出した手を彼女はすぐに握り返してくれた。
 二人で並んで、神社までの道のりを歩く。夏の蒸し暑い夕方に二人で歩いたのと同じ距離の道のり。けれど僕たちの距離はあの頃よりも確実に近くなっていた。
 見慣れた鳥居に出迎えられ、境内に足を踏み入れる。
 夏休みにも訪れた神社に鈴香さんとふたりで新年早々来られるとはおもっていなかった。

 小さいながらも毎年三が日の間は参拝客が多いのだが、さすがに新年を迎えて四日目となると人の姿はまばらだった。出店ももう出ていないけれど、構わない。鈴香さんはあまり人混みが得意ではないみたいだから、二人で相談して三が日は外して初詣をすることに決めたのだった。
 手水で手と口を清めてから参拝をする。お賽銭はいつもより気持ち多めに入れて鈴を鳴らす。ええと二礼二拍一礼だっけ。願い事はもちろん決まっている。

 ――今年も来年も、ずっと鈴香さんと一緒にいられますように。

 心の中で唱えてから再び頭を下げ、顔を上げる。ふと横を見ると、隣で同じように礼をしていた鈴香さんと視線がぶつかった。

「なんてお願いした?」
「ないしょ。願い事って人に話しちゃいけないんだよ」
「そ、そっか。そうだよね」

 同じことを願っていたらよかったのになとつい思ってしまったのだが、確かに願い事は人に喋ってはいけないものだと聞いたことがある気がする。なんとなく残念に思いながら拝殿から離れて歩き出すと、鈴香さんはふっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「でも、拓夢くんには教えてもいいかな。拓夢くんとずっと仲良くできますようにって、お願いしたの」
「……僕も、同じことお願いしたよ。鈴香さんとずっと一緒にいられますようにって」
「ほんと? じゃあ、絶対叶うね」

 うん、と頷く。好きな人が同じことをお願いしてくれることがこんなにも嬉しいだなんて知らなかった。
 神社をあとにする前におみくじを引く。鈴香さんは中吉で、僕は小吉。ものすごく縁起がいいわけではないけれどそんなことは気にならなかった。

「このあとどうしようか。映画でも見る? でも混んでるかな」

 初詣のあとの予定はとくに決めていなかったけれど、このまま解散するのはなんとなく寂しいので提案してみる。鈴香さんは頷きを返してくれた。

「ちょっと気になってる映画があるの。席が空いてたら見たいな。だめだったら、どこかでお茶しよう?」
「そうだね。じゃあそうしよう!」
「あっ、でも、ちょっと待って……」

 はりきって歩き出そうとすると、ふいに袖を引かれた。どうしたのかと思うと、鈴香さんは少しだけもじもじしながら口を開いた。

「……あ、あのね。ごめんね、ちょっとお手洗い行ってきてもいい?」
「うん。その辺で待ってるね」

 トイレに向かう鈴香さんを見送る。夏祭りでは長蛇の列ができていた女子トイレも今日は完全に空いている。
 ほどなくして戻ってきた鈴香さんはほっとした表情を浮かべていた。

「ごめんね、お待たせ」
「大丈夫だよ。じゃあ行こうか」

 手を繋いで歩き出す。彼女と過ごす新しい一年への期待に胸を膨らませながら、ふたりきりの初詣を終えたのだった。

END
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