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冬乃こたつ

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序章 怪異の世界

放課後の帰り道

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 浅香夏澄はおよそ三ヶ月前――四月の始業式に、勝利たちのいる高校に転入してきた。



 新二学年ははじまって早々に、転入生の話題で持ちきりだった。とりわけ、クラスメイトになる勝利と千穂のいる六組は、お祭り騒ぎとなった。特に男子が。



 というのも、夏澄は、いわゆる美人だ。肌は白くて、整った顔立ちで、背中の中ほどまでに伸びた黒髪は、大人な魅力を醸し出していた。もちろん、高校生ならではの可憐さもある。



 そういった具合で、皆浮かれていた。勝利と千穂を含めた数人の男女は興味が惹かれる程度だったが、その他大勢は積極的に夏澄を囲んだ。これはクラス内に限った話ではなく、噂の転入生を一目見ようと、他クラスの生徒までもが詰め寄り、あっという間に二年六組の教室とその廊下は、人いきれのする空間となったのである。



 しかし、こうした状況は、おそらく転入生イベントとしては異常な速度で落ち着いていった。



 当初、夏澄の口数は少なく、緊張によるものとされていたが、転入初日の彼女の立ち振る舞いを見た者の中で、緊張している印象を受けた者はいないだろう。むしろ、毅然とした態度でいたので、寡黙なのはそういった性格なのだと理解された。それ以降の印象は「クール美人」に変わった。



 たしかに、夏澄はクールな美人ではあるが、あまり好まれるようなタイプの人間ではなかった。



 反応は乏しく、「ええ」とか「そう」といった生返事しか返さない。ひどいときには無視することも少なくなかった。相手がどんなに美人であっても、せっかくの好意を無下にされれば、人はそれを快く思わない。夏澄の周りから人の姿が消えるのに四日とかからなかったのは必然といえる。



 消えた人影の一人に、薫の姿もあった。人懐っこくて、愛嬌のある薫でも、夏澄とは相容れないようだ。



「もー、一体何なのさ、あの子は!」



 薫は握りこぶしを頭上に突き上げていった。



「いきなりはじめて喋ったと思ったら、絶対に行かないで、だって。せめて理由くらい教えてくれたってよくない⁉」



 勝利を肝試しに誘った日の放課後、三人は最寄りの駅までの帰り道を歩いていた。普段はそれぞれの部活の都合で帰る時間はバラバラなのだが、今日は珍しく三人の都合が合い、薫から「一緒に帰ろう」と誘われたのだった。



 薫の激昂げきこうは、肝試しの話題になった流れで出てきた鬱憤だ。



「まあ、たしかに。けどなんでそんなに怒ってんだ」と勝利がいった。



「薫がさ、浅香に話しかけて無視されたことがあることは知ってるだろ?」



 千穂は意外そうにいった。



「それをずっと根に持ってる」



 それなりの時間を共にした勝利でも――恋人として勝利以上の時間を過ごした千穂にしても――薫が何ヶ月も前の出来事で不機嫌にしているところを見たことがなかった。薫という人物は元気が取り柄で、ざっくばらんな性格をしているから、短く逡巡したうえですぐに「まあいっか」と開き直る。



 ある日、勝利が転んだ拍子に薫を押し倒してしまい、ゼロ距離で互いを見つめ合った時は流石の薫も顔を逸らしていたが、翌日の学校ではそんなことなど微塵も感じさせないいつも通りの「おはよ、勝利!」という挨拶をされたことがあった。戸惑いながらも「昨日は、ごめん」と謝ると、逆に「意識しちゃってんの?」といじってくるのだから、実際に意識していた自分がなんだか馬鹿らしく思えて笑った。



「ってことは、下手すると一生恨まれるってわけか」



 冗談半分だが、もう半分は不安だ。もしかしたら、許せるときと許せないときのギャップが激しいのかもしれない。



「そんなことしない!」



 薫は頬を膨らませた。



「誰かをずっと恨むなんて、ただ疲れるだけじゃん。そんなの、楽しくない」



 楽しくないことは嫌い、という感情は誰もが共感することだろう。だが、薫のそれは度が過ぎており、中間テストの結果がすべての科目で赤点をギリギリ回避する程度だったことはわかりやすい。それでも赤点を回避したのは、夏休みの補習を受けたくないという意地があったからだろう。



 「恨む」は流石に大袈裟だったかな。そう自省して、



「んで、忠告は無視するのか?」



「いや、せめて理由は聞こうと思う」



 千穂はいった。薫も頷いて同意した。



「人と関わりたがらなかった浅香が自分から口を開いたんだ。勝利と違って嫌がらせをしたがる人には見えないし、何かあるんだと思う」



「おい、余計なもん入ってたぞ」



「ま、そんなわけで、勝利、頼んだぞ」



 千穂は食い気味に遮って、強めに肩を掴んだ。この野郎、強引に締めやがった。



「はいはい、わかりましたよ」



 勝利は渋々といった様子でいった。



 この三人は他人の発言を軽く見るタイプではないため、夏澄のような理由も目的もはっきりしない忠告であっても無視することはない。



 そうして話しているうちに駅についてしまった。久しぶりに三人そろったのだから、もう少しいたいなと考えていると、



「まだ時間あるし、カラオケでも行かない? ついでにご飯も」



 薫からの提案だった。薫も、そして千穂も同じ気持ちだったようだ。



「いいね! 歌の練習を最近はじめてさ、聞かせてやりたいと思ってたんだ」



「ほお、それはワタシに対する宣戦布告かな?」



 薫の歌唱力は凄まじい。カラオケの採点で九十点を下回ったところを見たことがない。



「勝利じゃ勝てないと思うけど、勝負する?」



「今日の俺はいつもとは違うぞ。負けたらカラオケと飯おごりな」



 勝利は勢いに任せていった。万年、八十点も越えられないというのに。



「言ったね! 絶対だよ!」



「漢に二言はない!」



 そんな自信はすぐに打ち砕かれた。



 選んだ五曲の合計点数で競い、薫は当然のように全曲九十点を超えたが、勝利はたった一曲が八十点を超えただけだった。結局、カラオケとご飯は勝利の奢りになったのである。
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