知ってるけど言いたくない!

るー

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その4

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指定された時間ぴったりにエティが扉をノックすると中からハンクが顔を出した。

「御機嫌よう、エティ殿。おや、今夜は準備がいいですね」

女中服の上に淡いピンク色の薄手の上着を一枚羽織っているエティを部屋に招き入れたハンクが「今夜は必要ないかもしれませんけど」と付け足したのをエティは聞き逃した。

昨晩と同じようにテーブルの下に潜り込もうとしたエティは何故かハンクに止められた。

「エティ殿は今夜はそこではないですよ。こちらです」

そう言ってハンクは寝室の扉を開けてエティに中に入るよう手で促した。

「どうぞ」
「え?でも……」

そうか!今夜は寝室の中で張り込む計画なのね。

エティは素直に寝室へ足を踏み入れたがハンクはリビングにとどまってエティと一緒に入ってくる様子がない。

「あれ?ハンクさんは……?」
「自分は昨晩と同じ場所で待機します」

そうか、そうか。挟み討ち作戦か……。なるほど。でもより近い場所でまたあの営みを聞くと思うとかなり憂鬱だわ。

「ハンクさん、場所交代して欲し…」
「おう、来たか幼女」

エティの後ろから低い声でゆっくり近づいて来たバスローブ姿のクリフォードは、エティの真後ろに立つと腕組みをしてエティを見下ろした。背の高さのせいかエティは物凄い勢いで睨まれた気がした。

「……幼女?」

エティは、なんだそれ?と眉を顰めて首をかしげた。

「お前の事だ。他に誰がいる?こっちだ、来い」

幼女!?幼女だとう?私はれっきとした20歳の大人だ!

クリフォードの言葉に腹を立てたエティは、さっき言いかけて妨げられた頼み事をしようと振り返ったが、目の合ったハンクに無言で扉を閉められた。

「何やってる。早く来ないか」

苛立ちの混じった声が寝室に響いた。キッと睨むようにエティがそちらを見るとクリフォードはベッドに腰掛けたところだった。ベッドにはクリフォードひとりだけだ。エティはキョロキョロと寝室を見回してクリフォードに尋ねた。

「あれ?化粧の濃い女の人はまだ来てないんですか?」

『化粧の濃い』の後に『お胸の大きな』と付け加えたかったが、また自分の胸に憐れみの眼差しを向けられるのが嫌でその言葉の部分は控えた。

「ああ、昨日の女はお前が気絶した後に大騒ぎして大変だったから今日は呼んでない。だから代わりにお前をここに入れた」
「…………」

……代わりに?
代わりという事は、つまり……。

「心配するな。幼女相手に俺のが勃つわけねぇだろ。お前はベッドにいるだけでいい」
「はあっ!?ベッドにいるのも嫌ですよ!何考えてんですか?!」
「紫銀の女が現れる条件は俺が女とベッドにいる時だけだ。いいから座れ」

澄ました顔で座れと言われても椅子じゃあるまいしそんな簡単にホイホイ座れるわけないじゃない!
しかもクリフォードはバスローブ姿で説得力ゼロだ。
自分が紫銀の女を捕まえると宣言してしまった手前仕方なく来たけど、こんな評判の悪い男と一緒にベッドに座るくらいだったら自室に帰りたい!

エティは動揺した表情で後ずさり扉に張り付いた。しかしクリフォードはエティの手首を掴むと力任せにベッドへ引きずって戻った。

「ちょっ……!わぷっ」

小柄で体重の軽いエティは易々と真っ白なシーツに沈んだ。冗談じゃないとエティは広いベッドの上を這って降りようとしたがあっさりクリフォードの腕に捕まった。腰を絡め取られクリフォードの膝の間に背中から抱え込まれた。

「やだっ!離してよ!」
「ベッドから逃げるならこのままだ。どうする?」
「わ、わかった!わかったから離してっ!」

エティが全力でジタバタしてもクリフォードは片手で余裕そうだった。クリフォードがパッと手を緩めた瞬間エティの身体はまたシーツに埋まった。エティはすぐに身を起こすとクリフォードから一番離れたベッドの端に膝を抱えて小さく丸まった。

「手は出さないって言ってるだろ。まぁ、いい。紫銀の女が来たら頼むぞ」

呆れたようにそう言ったクリフォードはベッドの中央にゴロンと寝転がった。背も高く逞しい肢体が横になってもまだ余白のある広いベッドに、これは身体に合わせて大きくしたのではなく絶対女と寝るためだとエティは思った。クリフォードは目を閉じて、まるで考え事をするように腕組みをしたまま寝息をたて始めた。

クリフォードの足元にいるエティはその様子にひどく驚いた。

信じられない……。もうすぐ紫銀の女が来るかもしれないのに寝る?
そういえば毎晩来ているとか言っていたからもう慣れてしまって怖くも何ともないのかも。

「…………。」

女とベッドにいる時に紫銀の女か現れる。それが毎晩という事は、クリフォードはこのベッドで毎晩飽きもせずに女を抱いているという事だ。

毎晩って……この男どれだけ性欲が強いんだ……。毎晩するくらいだから一晩で一回じゃ済まないんだろうな……。

エティは儚い外見に似合わず下品な事を考えながら自分は性欲が薄い女に生まれてよかったと実感した。

エティは時間を持て余す中、改めてじっくり部屋の中を眺めた。昨夜一度は足を踏み入れたクリフォードの寝室だが紫銀の女ばかり目で追っていたので、こんなに部屋の中が広いのに気づかなかった。寝室の扉から入って左側には壁に沿って、今エティとクリフォードがいるベッドがある。部屋の中央には木目を活かした円卓のテーブルと椅子が4脚あって、ベッドの反対側の壁側には4人、いや5人は余裕で座れるカウチソファーがある。その傍らにはお揃いの濃い茶色のサイドテールがあり分厚い本が2冊積んであった。

あんな分厚い本、読んでも読んでも終わりそうになくてすぐに寝てしまいそう。

それから待てども待てども目的の人物は現れず、エティの緊張感と気合いはすっかり抜けきってしまっていた。昨日は恐怖でどうにかなってしまいそうに……いや、実質気を失ったが、また紫銀の女が来た場合はきっとハンクが取り押さえるだろう。そんな考えがエティから恐怖を取り除いていた。
クリフォードといえば相変わらず身動きひとつする事なく寝息を立て続けている。静まり返った暖かい寝室でクリフォードの寝息だけが耳に入り、エティは徐々に眠気を感じ始めた。

だめだ……。このままだと寝ちゃう。

眉間に力を入れて瞼が下りるのを阻止していると視界の先にあるテーブルに置かれた水差しがふと目に入った。

喉乾いたな……。ご主人様のために用意された物だけどコップは2つあるし、少しだけならいいよね……?

エティがおもむろにベッドから降りた瞬間、クリフォードがガバッと勢いよく起き上がった。そのデカい図体が急に間合いに来てエティは心臓までもが凍ったように止まった。更に今まで見た事のないクリフォードの険しい顔と彼が右手に持つ小型ナイフの刃先が自分の首元に向けられているのに気づきエティの顔は青いのを通り越して真っ白になった。
クリフォードは大きく息を吐き、よく磨かれ切れ味の良さそうなナイフを下ろした。そして気の抜けた表情で周りを見回した。

「なんだ……幼女か。どうした?まだ紫銀の女は来てないのか?」
「なんだ、じゃないですよ……。私を殺す気ですか!!ただあそこのお水を飲もうと……!……ほんのちょこっと頂こうとしただけ、です……」

女中の中であまり行儀のよくないエティでも、主人のお水を勝手に飲んではいけない事くらいはわかる。最初怒って大きな態度をとっていたエティの声はそれを思い出して、段々大人しく小さくなっていった。

「そうか、悪かった。俺とした事が熟睡してた。気配が動いたから癖でつい……」

そう言って、ナイフを握っていた時とは別人の様なのんびりした動きで乱れた髪を掻き上げると、自らコップに水を入れてベッドにいるエティにそれを差し出した。
本来、女中が主人にする事をクリフォードは躊躇いもせず、さらりとエティにやってのけた。お詫びのつもりなのか単に女性慣れしている行為なのか、ナイフによって更に口の渇きを覚えたエティは素直に手を伸ばした。
だがすぐにハッとすると両手を背中に隠した。コップを受け取ろうとしたエティの手はそのまま掴むと中の水が溢れそうな程大きく震えていた。

何よ!そんなに警戒するくらいなら横でグーグー寝ないでよ!

そう怒りたいのをグッと堪えて、唇を噛んでそっぽを向いたエティに、クリフォードは少し間を置いて頭上から言葉をかけた。

「飲ませてやろうか?」

いつもの嫌味ったらしい言い方ではなく少し戸惑う様な口調にエティは余計に顔を下に向けた。普通の女性がナイフを向けられたら悲鳴のひとつを上げ、エティみたいに震えて怖がるのは当然だ。なのにエティは昨日気絶してしまった事や先程手が震えいたのをクリフォードに見られた事で自分の弱点を全て知られた気がして悔しかった。

しかも、思いきりからかってくれればエティも怒りに任せてクリフォードにもっと罵声を飛ばしたのに、そんな心配とも取れる言動をされるともう何も言えないではないか。
エティは唇を強く噛んだ。

「クリフォード様、どうかされましたか?」

ノックと同時にハンクの怪訝そうな声が聞こえた。エティが何度か叫ぶ様に喚《わめ》いたので中の様子が心配になったのだろう。クリフォードはハンクを寝室に入るのを許可するといつもの気だるそうな雰囲気で「今日は解散」と言った。

「こちらには紫銀の女は現れたせんでしだ。その様子だと寝室の中も同じみたいですね」

ハンクはそう言うとクリフォードとエティを交互に見比べた。エティの眉根を寄せた苦い表情をみて何かあったのは勘付いただろうがハンクは敢えて何も口にしなかった。

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