知ってるけど言いたくない!

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その5

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クリフォードは眉間に皺を寄せながら昨夜の事をずっと考えていた。

結局紫銀の女は現れなかった。
何故現れなかったのだろうか。女性とベッドにいるという条件は満たしていたはずだ。女性といっても、今までのタイプと全く違う子供のような奴だったが……。もしかして幼女が子供過ぎるからか?いや、あんな幼く見えて確か20歳になったばかりだとハンクが言っていた。
となると俺が寝てしまったからだろうか?

「なぁ、どうしてだと思う?」

クリフォードはすぐ側で朝食後のお茶を淹れていたハンクに問いかけた。質問の主語がないため普通の人ならわからないだろうが付き合いの長いハンクはすぐに理解した。

「紫銀の女が現れなかった理由ですか?クリフォード様がいつもしている事をしていなかったからじゃないでしょうか?」
「いつもして?……ああ、ヤってなかったからか?」
「おそらくですが。それ以外はいつもと同じでしたので」


紫銀の女が一番最初に部屋に入って来たのは10日程前だった。その時は夢だったのかと思うくらい一瞬に感じた。
ベッドにいたクリフォードが人の気配で振り返るといつの間にか寝室の扉の辺りに紫銀の女が立っていた。人形のような感情のない瞳でクリフォードを見た後、扉を開けて寝室を出ていった。クリフォードはすぐに後を追ったがすでにどこにも姿形はなかった。その時クリフォードに抱かれていた娼館のおんなは紫銀の女が来た事に全く気づいていないようだった。

その日以降、同じ事が何日置きかにあったが特に何かをされたわけでもなかったのでクリフォードは様子を見る事にした。だが紫銀の女は寝室に来るたびにクリフォードのいるベッドへ距離を縮めるようになったのでさすがにハンクに相談した。
ハンクから聞いたエティの珍しい髪の色を決め手にエティが紫銀の女かと思ったが見当違いだった。また降り出しに戻ってしまった。


「人の気配に似た部分は持ってるが人間とは違う。それに俺に対して殺気があるわけじゃない。あの得体の知れない奴は一体何者だ……?」

クリフォードは誰に尋ねる訳でなく一人呟き、眼差しを強く変えた。


***



かんっぜんに寝不足だ……。

エティは微睡みを強く感じながらも口をモグモグ動かしていた。料理の味どころか、口の中に何の食べ物が入っているかもわかっていない。咀嚼は本能で動いているようなものだった。

「エティ……。面白いし可愛いから眺めていたいけど、そのままだとシチューに顔が埋まっちゃうわよ」
「ん……」

使用人の休憩室、女中達皆んなで賄いの昼食をとっていた中、エティの向かいに座っていたアネットが心配して声をかけたが残念ながら遅かった。こっくんこっくんしていたエティの頭は見事にシチューの皿へ沈んだ。

「エティ!!」
「ぷっ!!」

前髪と額を白くベトベトに汚したエティの姿を見て、アネットを含め他の女中達は一斉に腹を抱えて笑った。小さな子供でも滅多にしないドジっぷりでも、エティなら笑い飛ばせてしまう間柄だ。
一気に目が覚めたエティは自分の頭で殆ど溢れてしまった昼食が大好物のホワイトシチューであったことに気がつくと悲しげに顔を歪めた。

「あーん。シチューがぁ……」
「その前に自分を心配しなさいよ……」

クスクス笑いながらアネットはエティをすぐ隣の厨房の水場まで連れて行き、シチューまみれになった前髪と顔を甲斐甲斐しく綺麗にした。目を瞑って甘えたようにアネットに身を任せていたエティは、また眠気がぶり返してふらふらし始めた。

「そんなに眠いなんて、昨夜は何時に帰って来たの?」
「……覚えてない」
「残りの休憩時間で少し寝たら?」
「……うん、そうする」

早朝、アネットが目を覚ますとすぐ横に丸まって熟睡しているエティがいた。朝帰りではない事に安心を覚えたアネットだったが、エティの眠そうな様子からベッドに入ったのは朝帰りに近い時間帯だと伺えた。そんな時間までご主人様の部屋で一体何をしているのかとアネットが問いかけても、エティは紫銀の女を待ち伏せしてるだけ、と繰り返すだけで細かく教えない。

アネットがそれを少し不満に思っているのを感じ取っていたが、エティがアネットに説明できないのは当然だった。箱入り娘に近いお嬢様のアネットにクリフォードの卑猥な話などしたら、きっと卒倒してしまうんじゃないか。エティはアネットから尋ねられるたびに上手く誤魔化していた。




仮眠をとったおかげで脳内がすっきりしたエティは馬小屋にいた。いつもは上機嫌で仕事をこなすエティだがこの時はやる気が半減していた。何故ならばこの日は大好きなレオが不在だったからだ。エティが朝イチで餌を与えに来た時、既にレオの姿はなかった。こういった事は時々あって、それはクリフォードがレオに乗って外へ出ているからだった。クリフォードに乗って貰うためにレオがいるのだから仕方のない事だし、当たり前の光景なのだが、レオと会える時間を楽しみにしていたエティにとっては残念で仕方がない。


「あっ!ラズ!そんなに藁を引っ掻き回したらダメよ!せっかく綺麗にしたのに~!」

エティが文句をつけてもラズは新しい藁を機嫌よく脚でフミフミすしながら散らかす。綺麗に敷き詰められているより少し散らかっている方がラズは好みらしい。人間と同じで馬にもそれぞれ性格があるようで、綺麗好きで几帳面のレオと違ってラズは大雑把で気が短い。

「さっ、今度はブラッシングよ」

ラズは自らエティの前に黒い馬体を差し出し、早く早くと催促して鼻先をエティに擦り寄せた。普段我儘で手を焼くのが帳消しになってしまう程の威力で可愛くスリスリされ、エティはレオに会えなかった寂しさが和らいだ。




夜になりエティは身支度を済ませると、置いていかれる仔犬のような寂しい瞳をしたアネットに見送られて、クリフォードの部屋へ向かった。置いていかれるのも寂しいだろうが、置いていくエティも後ろ髪を引かれる思いなのだ。寝る前のおしゃべりタイムがなくなって寂しいのはエティも同じだった。

紫銀の女のカタがつくまでこの部屋に通わないといけなくなってしまい、エティは苛立ちながらクリフォードの部屋を荒くノックした。間をおかずにハンクが扉を開け機械のように「どうぞ」と室内へ案内する。まるで死刑囚になった気分で足を踏み入れると、執行人はバスローブ姿で踏ん反り返ってお茶を啜っていた。

「おう、座れよ。幼女、お前も食うか?」
「……ご遠慮します。こんな時間にそんな甘いお菓子食べたら太ります。あと幼女って呼ばないでください」
「そんなプリプリ怒るな。取り敢えず座れ」

白いテーブルの上には丸いクッキーが小皿に綺麗に並べられていた。小腹が空いているのかクリフォードは次々とクッキーを口に放り込んでいる。そのクッキーが美味しい事は厨房で作っている最中つまみ食いしたエティは知っていた。調理人のジェレミーが干しぶどうを入れたクッキーは一段と美味しいと味見させてくれたのだ。
クリフォードに言われたままハンクが椅子を引いた席に座ったエティは、ハンクが差し出したお茶に口をつけながら少し離れた席のクリフォードをチラ見した。

どうやらお風呂上がりらしく髪はしっとり濡れていつもより濃い金色だ。そして露出している上気した胸元。その逞しい身体と、男らしいと言うより綺麗な顔立ちに、普通の女性ならば胸が高鳴るだろうがエティの視線には恨めしい思いしかなかった。

こんな奴がレオに乗るなんて……。

レオは自分が良い馬なのを知っていてプライドが高い。そのレオが唯一背中を許す主人がクリフォードだ。きっと両者にしかわからない繋がりや絆があるのだろうが、エティには到底納得できなかった。

「何だ?やっぱり欲しいのか?」
「いえ、結構です」

エティの視線を感じてクッキーを勧めてくるクリフォードに冷たく言葉を返して、エティはハンクが出してくれたお茶に遠慮なく口をつけた。

何でこんなゆっくり寛いでんだ……?

微妙な表情でエティがお茶を飲み終わるとクリフォードは席を立ち、エティの手首を掴んで寝室へ引っ張って行った。

「な、何ですか、急に!」
「じゃあハンク、そっちは任せた」

クリフォードはハンクにそう言いつけると寝室の扉を閉めてエティを無造作にベッドへ放り投げた。
クリフォードはのろりとベッドに上がると、エティに跨り頭上で手首を押さえつけた。

「ちょおっ……!」
「さあ、いい声を聞かせてもらおうか」

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