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その8
しおりを挟むいつの間に来ていたのか、紫銀の女はいつものようにただ立ってクリフォードを見ているだけだった。ただし前回よりも立ち位置は近かった。さらに後方に目線をやると、寝室の扉は僅かに開いてそこから中に入ろうか迷っている様子のハンクが確認できた。迷うのも当然だろうな、と思いながらクリフォードは、来なくていいと意味を込めて首を小さく横に振った。
ハンクが知っている限りで商売女以外にクリフォードが女性を抱いたのはエティだけだ。勢いで無理矢理押し倒しているのをハンクは壁の向こうで聞いていたに違いない。きっと止めに入ろうか迷ったはずだろう。よりによって女中に手を出したとなると後でハンクにグチグチ怒られるかもしれない。
それよりも、とクリフォードはすぐ近くの紫銀の女に目線を戻した。睨み合いの様な時間が流れた後、紫銀の女はふわりと身を翻して寝室から出て行った。
紫銀の女は俺が女と繋がってる時に現れる。まさか俺の身体のあの症状と何か関係があるのか……?
難しい顔つきで紫銀の女が消えた扉を眺めて考え込んでいると、抱え込んだ腕の中から呻き声にも似た苦しそうな声が聞こえた。覗き込むとエティは病人のようにぐったりとしていた。
「エティ?どうした?」
「……ぬ、抜いて。いたい……」
「あ、……そうか。すまん」
クリフォードは腰を浮かせてまだ質量を保ったままの自身をスルリと抜くと再びエティに身体をくっつけた。本当はエティの中で動いてみたかったが、こんなに痛みを訴えるようでは到底無理だろう。せめて肌だけでも味わいたいとクリフォードはエティの頬に手を伸ばした。
***
アネットよりも暖かい。
自分の脚に絡む筋肉質で固いクリフォードの脚と、毎晩のように添い寝するアネットの脚を現実逃避するように思い比べていた。
エティが紫銀の女を見て顔を引きつらせた瞬間、クリフォードの腕に抱き締められ、周りが見えなかったのでその後どうなったのかはわからなかったが、恐らく前回のように紫銀の女は何もする事なく出て行ったのだろう。
固く太い杭からは解放されたが残った痛みは中々引いてはいかない。今までの疲れが一気に襲って来たように力が入らない身体を、ベッドに沈むように預けていると頬に何かが触れた。薄く瞳を開けると心配そうにこちらを伺うクリフォードがいた。
「大丈夫か?」
「……触らないで」
頬を包む手から逃げるようにエティは顔を背け、冷たくあしらった。
大丈夫か?だと!?自分がどれだけ酷い事をしたのかわかってるの!?
「エティ、無理をさせてすまなかった。 だが、お蔭で希望が持てた」
「……?」
希望?そういえばさっきも身体が回復するとかどうとか……。
言っている意味がわからないと眉を寄せると、クリフォードはエティに覆い被さったまま説明を始めた。
「俺はイかないんだ。ちゃんと勃つし、女とするとほんの少しだがちゃんと感じる。だが絶対に達したりしない。いや、達することができないんだ」
クリフォードの深刻な表情は冗談なんかではないのを物語っていた。エティの少ない知識の中で、行為の執着点が達する事だとは認識している。エティはただ単純にクリフォードは変わった病気なのだと捉えた。
クリフォードとは何の関係もないのにどうしてお悩み相談の時間が始まってしまったのか。エティは投げやりに答えた。
「別にそれでもいいんじゃないの?死ぬわけじゃないし」
「……子供が作れない。俺は自分の子が欲しい」
寂しそうに呟いた後、クリフォードは期待を込めたような瞳でエティを見た。嫌な予感たっぷりの眼差しにエティはギクリと身構えた。
「お前に触れると驚くぐらい感度が上がって気持ちいいんだ。もしかしたら最後まで出来るかも」
逃げられないように顔を固定されて、頬や鼻先にキスが降ってくる。エティは拒否するために咄嗟に口を手で覆ったが、その手の甲にもチュッと唇が触れられた。
「ん?お前、何か臭いぞ」
クリフォードの唇が額に移動した際、頭をくんくんと嗅ぎ出した。
恐らく昼食のシチューだ。簡単に洗い流しただけなので時間が経って異臭を放ち出したらしい。
どうだ、臭い女は嫌だろう。早く離れろ。
そう念じたのにクリフォードはエティをシーツでぐるぐる巻きにすると横抱きにしてベッドから降りた。
「ちょっと何すんの!?」
「俺が綺麗に洗ってやる」
「結構です!もう嫌!離して!」
どこか嬉しそうな様子で浴室に向かうクリフォードに敵うはずもなく、エティはハンクに哀れな目で見送られ、浴室に消えて行った。
翌朝、エティはふらつきながら馬小屋に辿り着いた。寝不足のせいでふらふらしているのではない。昨夜クリフォードに挿れられたせいで痛みと異物感がまだ残っているせいだった。それに心なしか体調もよくない。胃は気持ち悪いし身体があちこち軋むように痛い。
「全部あいつのせいだ……」
頭の中に浮かんだクリフォードを、考えたくもないと強制に思考から押し出して、愛しいレオに弱々しく朝の挨拶をした。
「レオ、おはよ」
いつものように嬉しそうにエティに擦り寄ったレオは急に動きをピタリと止めると何故か後ずさりした。
「どうしたの?さ、おいで」
エティが手を伸ばしてもレオは動揺するようにウロウロして近寄ってこない。エティの方から近づいても一定の距離を置いて離れてしまう。エティは首を傾げて今度はラズの方へ向かった。ラズはいつもと変わりなく餌を強請っている。
「…………レオ?」
大好きなレオに触れないどころか、まるでエティを避けるように離れられた。急変したレオの態度にエティは困惑して涙を浮かべた。その涙のせいか視界がグニャリと歪んだ。
***
「言いたい事はわかっていますね?」
表情を変えないままいつもより声を低い静かに怒るハンクは非常におっかない。幼い頃から付き合いがありそれを知っているクリフォードは仕方なく長いお説教に付き合う事にした。いつもの席に座っているクリフォードに対して、ハンクは見下ろすような形で椅子のすぐ脇に立っていた。
「ああ。女中に手を出したのと、それが無理矢理だったって事だろう?」
「綺麗に言葉を並べないでください。あなたのした事は強姦ですよ」
「……そうだな」
今までになく声を強めるハンクにクリフォードは改めて自分の犯した罪を突きつけられる。やめてと何度も訴えていたエティを押さえ込んで、自分のものにした事は紛れもない事実。今ならその行為の酷さがわかるが、あの時は目の前のエティに夢中になっていて自分の欲を優先してしまった。
「どう責任を?エティ殿の性格から他に悪く言いふらしたりはしないでしょうが、ここを辞めて出て行くかもしれません」
「……エティの望むように責任はとる」
しかし、出て行って欲しくはない。
その言葉は自分の心の中だけで反芻した。自分の身体がエティだけに強く感じるせいなのか、抱いて情が生まれたのかは定かではないが、エティを手離したくない気持ちは確かなものだった。
重い空気が二人を纏う中、コンコンとノックの音が部屋に響いた。邪魔が入ったと言わんばかりにハンクが溜息を吐いて扉を開けた。
「御機嫌ようアネット殿、どうされました?」
瞬時に通常運転に戻ったハンクにクリフォードは末恐ろしい奴だと視線を送った。そのついでに目に入ったのはエティと同室だと言っていたアネットという女中だった。
「厨房でトラブルがあったので行ってきます」
ハンクはクリフォードに部屋から出ないようにと強く言い残して出て行った。
「俺も見くびられたもんだな……」
ハンクはいつもの無表情だったが、アネットの酷く慌てた様子でエティに何かあったのはすぐに勘付いた。
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