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その9
しおりを挟む「……頭が痛い」
「熱が高いもの。お水飲む?」
「……うん」
少し身体を起こすと頭がズキズキとし、顔を顰めた。アネットが心配そうにエティの身体に手を添えて、水の入ったコップを口元にあてて飲ませた。
エティは馬小屋で倒れているところをアネットに発見された。
ハンクによって呼ばれた医者に風邪だと診断されたが、実際そうでないのはエティ自身とハンクはわかっていた。しかしアネットには真実を知られないようにエティは口を閉ざした。クリフォードに手篭めにされたと知ったらそれこそアネットはショックで倒れてしまうかもしれない。
「エティを置いて仕事に行くなんて心配だわ」
「大丈夫よ。頭痛だけだから大人しく寝てるね。それよりみんなに休んでごめんって伝えてくれる?」
「こういう時はお互い様だから謝らないの。みんな迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないわ。でも心配はしてたから早く元気になってね」
アネットはエティの額に濡れた布を乗せると頬を軽く撫で、心配そうに何度も振り返りながら仕事へ向かった。
エティは久しぶりに自分のベッドで丸まって目を閉じた。クリフォードの寝室の柔らかいベッドより使い慣れた硬めのベッドのほうが安らげる。
アネットを安心させるために頭痛だけと嘘をついたが、本当は頭痛だけではなく身体の節々が痛いし目も回る。熱が下がればいずれ痛みも引くだろうとエティは深い沼に沈むような感覚で意識を手放した。
どれだけ眠っていたのか、エティは額全体にひやりとした冷たさを感じて意識が浮上した。身体は怠く思うように動けないし、瞼を開けるのも億劫だった。目を閉じていてもベッドの横に誰かがいる気配を感じ取り、きっとアネットが帰って来たのだろうとエティは口を開いた。
「……み…ず」
消え入りそうな声だったがちゃんと相手に届いたらしく、首の後ろを支えられて浅く抱き起こされ、唇にコップらしきものがあてられた。力が入らず口に締まりがないせいか口の端から水が溢れた。元のように寝かされ濡れた口元を拭われると今度は唇に何かが覆った。少しずつ水が送り込まれ、エティは喉を鳴らして飲んだ。
「……もっと」
熱のせいで喉がカラカラだったので今のでは足りなかった。エティは再び唇から流れ込んで来た水を何度も飲んだ。
喉を潤した水に満足して、眠りについたエティが次に目を覚ましたのはそれから2日後だった。
死んでいるんじゃないかと思うくらい身動きせずに眠っていたらしく、アネットだけでなく厨房で一緒に働いている皆んなから涙目で抱きつかれた。
「もう1日くらい休んだら?ほぼ3日間何も食べてなかったのよ?また倒れちゃうわ」
「もう自分でもびっくりするくらい平気よ。ずっとアネットが看病してくれてたんでしょ?」
ありがとう、とアネットの柔らかな手を両手で握るとアネットは逆にエティを抱き締めて、当然よと微笑んだ。
「ああ、もうっ、こんなに痩せちゃって!今日からちゃんと食べるのよ!」
「わ、わかったからそんな力一杯締めないで。苦しいよ」
エティとアネットは顔を合わせて和やかに笑った。アネットの優しい笑顔はいつ見ても癒される。でもそれ以上にエティを癒す存在がある。
「そういえば、レオとラズの世話は誰がしてたの?」
倒れる前にレオに避けられたのを思い出し、胸が痛んだ。これから馬小屋へ向かうがレオと会うのはあれ以来なので不安で押し潰されそうになる。
「ああ、忘れてた!ハンクさんに頼まれていたわ。エティが馬を気にしたら『やるべき人にやらせてます』って伝えてって。誰の事?」
「わかんない。もしかしていつもの調教師さんにでも頼んだのかな?あの子達言う事聞かない時あって慣れてないと扱いが難しいから」
馬の爪を削ったり、体の健康チェックなどは街にいる馬の調教師の仕事だ。昔から定期的にこの屋敷に通っているので、プライドの高いレオとわがままなラズを上手く手懐けている。
時刻は既に午後を大幅に過ぎて、レオ達にとっては2回目の餌の時間だ。エティは重い足取りで馬小屋まで行き、入り口の所からそーっと顔だけ出してみた。すぐに気づいたレオと目が合った。
「…………レオ?ひ、久しぶり」
とりあえずご挨拶などしてみた。
レオは瞬時に尻尾を高く振って興奮すると、柵の中目一杯にエティの方へ寄った。
良かった、いつものレオだ!
エティは嬉しさのあまり走ってレオの鼻先に抱きついた。
「レオ!ああ、レオ~!!」
「心配したよエティ。もう身体は大丈夫かい?」
「え?」
「目の前で急に倒れた時は驚いたよ。今も十分驚いているけれどね。ボクの言葉がわかるだろう?」
エティは目を見開いて驚いた。思わず後ずさりして周りをキョロキョロ見回した。他に誰もいない。やはり今の低い声は目の前のレオから聞こえた。
「レオが……しゃ、しゃべってる!」
「ボクはいつもこうやって話しかけていたよ。エティの方がボク達の言葉を理解できるようになったんだよ」
「ボク達?」
「エティ~!全然来てくれないから寂しかったよぉ!」
「ラズ?!」
どうなってるの……!?
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