知ってるけど言いたくない!

るー

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その10

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「え?え?何で?どうして?」

半ばパニックになりつつエティはレオとラズを何度も見た。もしかしてこれは夢の中なのかもしれないと自分のぷにっとした頬を引っ張ってみたが特に変化はなかった。レオからは馬のいななきではなくダンディなよく通る渋い声が聞こえるし、ラズは子供っぽい少年のような明るい声だ。
自分も母親のように動物と話せたらと何度も思ったことはあるが、予告もなくそうなるとさすがに動揺してしまう。


『エティ、落ち着いて。君は魔女だろう?他の人とは違うオーラが出てるからすぐにわかったよ』
「えっ、魔女って知ってたの?でも今までは話せなかったのに……」
『今まではね』


声のトーンを落としたレオはすうっと冷たい空気を纏った。黒い大きな瞳はエティを力強く見ると不満そうに言った。


『クリフォード様に抱かれただろう?』
「……っ!!ちょっと何で知ってんのよ!」


エティは顔を真っ赤にして誰かに聞かれたら困るという風にキョロキョロした。


『他の人間には馬の鳴き声にしか聞こえないからそんなに心配しなくても大丈夫だよ』
「そ、そっか」


馬に向かってエティが一人で話しかけているといういつもの構図だ。ホッとしたものの、馬相手にベラベラしゃべってるというのはかなり滑稽で、それもどうかとエティは思った。

レオは脚を折り畳んで藁の上に座るとブラッシングを要求してきた。エティが来れなかった間も誰かがきちんと世話してくれていたようでレオの茶色の輝く美しい毛並はキープされていた。ラズには先に餌を与えて、エティはレオの大きな馬体のブラッシングを始めた。


『ああ、やっぱりエティにやってもらうのが一番気持ちいいよ。どうして知ってるかって聞いただろう?……エティが倒れた日にエティからクリフォード様の匂いがしたからすぐにわかったんだ。もともと微量な魔力のお陰でエティとは通じるものがあったからね。動揺したよ、ボクのエティだと思っていたのにクリフォード様のモノになってしまったと』
「レ、レオ……」


突っ込むところが満載だ。
馬なのに色々な事情に詳しそうなのは何故だろう。
確かにクリフォードに初めてを奪われたが、私は彼のモノにはなったつもりはない。それにボクのエティって……。

レオのあの避けるような態度は動揺していただけだとわかり、エティは心から安心した。


「違うから、レオのご主人様とはその、事故みたいなもので……」


そうだ、事故だ。あれは襲われたのではなく事故だった事にしよう!

その方が幾分気持ちが楽になる。見た目や行動が子供っぽいエティでも、やはり女性としてショックな出来事だった。暗い表情で無言なったエティを慰めるようにレオが鼻を擦り寄せた。


『エティ、何があったかは聞かないけれど、クリフォード様に抱かれてからエティの魔力が増大してる。話せるようになってボクは嬉しいよ。ボクは君が大好きだよ。ずっとこれが言いたかった』


「ありがとうレオ。私も大好きよ」


***



「……はぁ」


湿った溜息に周りの男達は顔色を伺うようにクリフォードを見た。
ここはクリフォードが騎士として勤めている宮廷の共同食堂スペースで、騎士をはじめ薬剤師や女中など様々な人が利用している。


「この間からどうしたんですか?ずっと上の空で溜息ばっかりですよね」


近くの席で昼食をとっていたクリフォードの後輩が見兼ねて声をかけた。いつも自信とフェルモンを溢れさせているクリフォードとは全く別人のように、椅子の背に身を預け憂いた表情で視線を落としていた。どんな表情でもその端麗さは変わらないのだと周りの人々は羨ましく思った。


「……ああ、ちょっとな。なあ、お前恋人はいるか?」
「え?は、はい。います」
「相手を傷つけてしまった時はどう償った?」
「傷つけて?傷つけてというか、怒らせてしまった時は許して貰えるまで謝りましたけど」
「そうか……、そうだよな、まずは謝って……ああ、そういえば約束の褒美の事もあるし……」


呪文のようにブツブツ言い始めた、今まで見た事ない様子のクリフォードに、周りの同僚達が「大丈夫か?」とざわついた。

同僚達の心配をよそにクリフォードの頭の中はエティの事でいっぱいだった。倒れたのを知ってから、エティの事が気掛かりで屋敷から出ずに、ハンクと同室のアネットの目を盗んで、クリフォードは何度もこっそりエティの様子を見に部屋へ行っていた。血の気のない顔色でベッドで横になっているエティを見て、クリフォードは生まれて初めて地に頭を付けて謝りたい気持ちになった。

今日で3日目、さすがに連日休むのはマズいからとハンクに宮廷に送り出された。渋々騎士団の剣練習に交じったものの、心ここに在らずで上官から怒られっぱなしだった。
そんな調子のせいで居残りまでされられ、クリフォードが屋敷に戻ったのはいつもよりかなり遅かった。

クリフォードは屋敷に帰り、自室に入ると真っ先にエティの容態をハンクに尋ねた。本当は自分の目で確かめに行きたかったが、女中達は仕事が終わって既に自室に戻っている時間帯だ。


「今朝意識が戻ったので医師に診せましたが元気そのものだと仰《おっしゃ》いました。その後皆んなが引き止めても、平気だからと何事もなかったかのように働いてましたよ。顔色も元に戻っていましたので体調についてはもう心配なさそうです」


クリフォードはハンクの言葉を聞いてて、近くのテーブルに手をついてホッと安堵の息を漏らした。


「そ、そうか。急に動いて大丈夫なのか?それで、他には?」
「聞きたいのは、エティ殿のメンタル面についてでしょうか?」
「……あ、ああ」


クリフォードはエティの身体だけでなく心も傷つけてしまい、気遣う気持ちと共に時間が経てば経つほど愛しさも増していた。肌触りの良さだけでなくエティの見せた照れるような表情や、怒った顔、容姿に似合わない色艶のある感じた声など思い出すたびにクリフォードの心を少年の様にときめかせた。だからエティが自分のせいできっと泣いているだろうという心配もしていた。


「あの夜の事についてエティ殿と少し話をしました。エティ殿はああ見えて芯の強い女性かもしれません。皆んなの前ではいつも通りの姿でした。クリフォード様に傷つけられた事を誰も話さないし、ここを出て行くつもりもないとはっきり私に言いました。涙を見せるどころか、かなり怒っていましたよ」


エティがこの屋敷に務め続けると聞いてクリフォードには安心と喜びが湧き上がった。深く傷つけた事を一刻も早く謝りたい。今日自分が屋敷にいない間にエティが出て行ってしまったらどうしようと不安で一杯だった。もしそうなっていたとしたら、どんなに時間がかかってもエティを探し出すだろうと、クリフォードは何の躊躇いもなく思った。
 

「聞いておきますが、あの夜は都合よくエティ殿が目の前にいたから手を出したんですか?それともエティ殿だったから手が出たんですか?」


あまり女性関係に首を突っ込んでこないハンクからの突然の質問にクリフォードは驚きながらも即答した。


「後者だ」


エティのあの肌質だったからこそ自分の身体が昂ったのだ。恐らくもう他の女には自分は反応しないだろう。ハンクの問いかけに、クリフォードは自分の中に揺るぎない想いが固まった。


「その答えを聞いて安心しました。もし前者だと言われたら、女性陣を全員男性に総入れ替えするつもりでした」
「俺が手当たり次第手を出すと?そんな事しない。それに手を出すならこの屋敷を継いだ時に行動してるだろう?」
「……そうですね」


最後までしない、と言いながらエティを押し倒したのは誰だとハンクは思った。



翌日の早朝、クリフォードを起こすためハンクが寝室を訪れると既にその姿はなく、ハンクは呆れた溜息をつく事となる。


「ああ、そういえば次にエティ殿に会った時には気をつけるよう助言するのを忘れていました。まあ、自業自得という事で仕方ないですよね」


ハンクはいつもの無表情な顔で寝室の窓からまだ薄暗い外を眺めた。

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