知ってるけど言いたくない!

るー

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その11

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「な、何でいるの……!?」


レオやラズと会話ができるとわかってからエティは嬉しくて常時小躍りしていたい気持ちだった。
3日も寝込む程クリフォードにひどい事をされたのに、どうやらそれがきっかけで自分の魔力に変化が起きたとわかってエティは複雑な心境だった。とりあえず今は、レオ達と楽しい時間が過ごせる喜びがクリフォードとの事を上書きしていて、エティは軽い足取りで馬小屋に着いた。しかし最初に目に入ったのはレオの鬣を撫でるクリフォードの広い背中で、エティは思わず叫んでしまったのである。

「何でって、エティを待ってたんだ。身体は本当に大丈夫なのか?」

振り返ってエティを見つめた青い瞳は以前と違って、柔らかく包み込むような優しさが滲み出ていた。

あの夜以降顔を合わせるのは初めてで、エティは険しい顔でその場に固まった。相変わらずの綺麗な顔にあつらえたような金の髪を後ろで軽く束ねたクリフォードは、エティの元まで歩み寄ると白く柔らかい頬にそっと手を伸ばした。

強く腕を押さえつけられたのが嘘のようなその気遣った触れ方にエティは眉間の皺を深めた。

この男何考えてるの……?どういうつもり?
と視線を落としてエティは顔色を変えた。

「エティ、俺のせいであんなに寝込んだんだよな。すまなかった……エティ?」

青い顔で自分の全身をジロジロ見るエティにクリフォードは、かなり警戒されていると感じ肩を落とした。しかし実際のところは違った。
確かにエティは最初、クリフォードに対する処理しきれない感情の中から怒りが先に湧いたが、彼の全身を纏うある物に気づいて青ざめたのだ。

な、なにこれ……。
こんなの前までなかったのに……。

「エティ?どうした?具合が悪いのか?」

クリフォードは屈みこんでエティの額に手をあてた。熱でもあるのかと心配したのだろう。エティを気遣うクリフォードの表情が伺えた。その時不満そうな低い声がエティの耳に届いた。

『ちょっとお二人、イチャイチャしすぎじゃないか?』
「レオ!」

エティは遮るように叫ぶとレオの元まで駆け寄った。

『なに慌ててるんだい?他の人には鳴き声だって教えただろう?』
「そ、そうだった。ちょっと驚いて……」

エティの耳には普通の人間の会話と大差なく聞こえるので、他の人が居ると一瞬焦ってしまう。

「ここ何日かレオの機嫌が悪いんだよなぁ。どうしたんだ?レオ」
『ボクからエティを奪ったからだろう。ボクの目の前であまりエティにベタベタ触らないで欲しいな』

近寄って自分の頭を撫でているクリフォードにレオは悪態ついた。口調だけで態度は目立って悪びれることはないのにクリフォードはレオの機嫌が斜めなのを感じ取っているらしい。さすがレオの主人だとエティは真横に立つクリフォードを見上げた。そして先程から見える物が見間違いではないと確信した。


エティが黙々と馬小屋を掃除しているのをクリフォードは手伝いながらしつこく話しかけてきた。それをガン無視してエティがレオの餌の藁と果物を与えると、クリフォードも同じようにラズに餌を与えた。最初の頃と掌を返したようにクリフォードは馴れ馴れしくエティの名前を呼ぶ。そんな所もエティは気に入らなかった。
エティは餌を食べ始めたレオの顔の側に近寄るとレオのピクピクよく動く耳元で小声で囁いた。

「ねぇレオ、あのさ……レオのご主人様の身体についてる物ってレオにも見える?」
『身体についてる物?いつも通りに見えるが、エティには何かついて見えるのかい?』
「うん……蔓みたいなのが胴回りに絡まってるんだけど、その蔓が文字でできてるの」
『文字で、蔓?』
「で、その文字なんだけど……」
『シッ!エティ後ろ』
「さっきから何ブツブツ言ってるんだ?」

ラズの餌やりが終わったらしくクリフォードはエティの近くに立った。
エティは側に来ないで欲しいと、クリフォードの整った顔を不満気に見上げると、逆にクリフォードは視線が合ったのが嬉しいかのように微笑んだ。エティはすぐさま顔を背けるとレオの身体を撫でた。エティを眺めるクリフォードの熱い視線が気に入らないのか、レオは餌をそっちのけで、エティに擦り寄って甘え出した。それはもうクリフォードに見せつけるように、いつも以上に鼻先をスリスリと。そんな事を思いもしないエティの小柄な身体は、その圧に耐えられずに後ろによろめいたが、側にいたクリフォードがそれを支えた。

「おっと、大丈夫か?随分懐いてるな。レオがそんな風に甘えてるのを初めて見た。これならすんなり背に乗せてもらえるかもな。エティの次の休みはいつだ?その日にどうだ?」
『え?ボクに乗るって何の話?エティ?』

そういえばそんな約束してたな……。

エティは他の出来事のインパクトが強過ぎて約束の事をすっかり忘れていた。レオと会話が出来るようになって現状に満足している今、以前程乗りたいという強い要求はないが乗る権利を棄てるのも勿体無い。しかしクリフォードと口をきくのは嫌だったのでエティは無視を決め込んだ。ボディブラシを道具置き場に片付けると、レオにいつもの挨拶をする。

「レオおいで」
『色々聞きたい事残ってるけどクリフォード様がいるし、また次に』
「ん、また後でね」

レオにしかわからない程度に返事をすると、黒く輝く瞳に微笑んで頬にキスをした。その時レオが自慢気にクリフォードに目線を送った事も、自分には向けてくれない表情をレオに見せてキスを与えた事にクリフォードがムッとした事もエティは知らない。

『俺も俺も!エティ~』
「ああ、はいはい。ラズもね」

脚をバタバタさせたラズにも挨拶のキスをしてそのまま足早に馬小屋から出て行こうとするエティを、クリフォードは後ろから抱き締めて引き止めた。

「怒ってるのはわかるが無視しないでくれ。俺はお前が忘れられない」

覚えのある抱擁と耳元に囁かれる色めいた声にエティの身体はビクリと反応した。ベッドだけではなく浴槽で同じように何度も後ろから抱えられて名前を囁かれた。挿れられたのはベッドでの一度きりで後は、解放してくれなかったものの優しい手つきでエティは撫で回された。その記憶が蘇りエティは怒りで肩を震わせた。

娼館の女性が来なくなったからといって私で間に合わせようとするなんて最低な奴……!!

「なに……言ってるの?女の人なら私じゃなくても他にたくさんいるんでしょう?」
「それらは恋仲ではなかったし、お前を知る前の事だ。俺はお前がいい」
「私は嫌よ。離して」

エティが嫌がってクリフォードの腕から逃れようと?燧《もが》いててるのに気づいたせいか、突如レオがいななき暴れ出した。

「レオ!だめっ、柵が壊れちゃう!ちょっと離してよ!レオが怒ってるでしょっ!」
「レオ!!」

クリフォードの押さえつけるような強い声にレオは仕方なさそうに大人しくなった。腐っても飼い主なんだとエティは痛感した。一言でレオは、まるでクリフォードの威厳を保つように従った。しかしやり場のない怒りのせいかレオは二人に尻を向けた。

「……レオ」
「放っておけ。本当どうしたんだアイツ」

冷たく言い放つクリフォードにエティは感情を殺して声をかけた。

「クリフォード様。ひとつお願いがあります」
「なんだ?」

初めてエティの口から自分の名前を聞いてクリフォードは嬉しさのあまり思わず顔が綻んだ。先程まで無視され続けていたのにお願い事なんて、と期待してエティに向かった。

「軽く舌を出して、そう、そんな感じ。で、ちょっと屈んで貰えます?」

クリフォードは言われるがまま舌を出すと、エティが手で誘導する高さまで腰を折って屈んだ。その瞬間、パァンと乾いた音が馬小屋に響いた。

「……ったあ」

痛がって声を出したのはエティである。顔を顰めながら右手にふーふーと息を吹きかけている傍らで、クリフォードは見事に手をついて床に倒れ込んでいた。クリフォードの自室のような柔らかい絨毯のひかれた床ではない。清掃後とはいえ所々馬の糞や藁で汚れた、土が剥き出しの場所だ。何が起こったか理解できずに目を見開いて呆然としているクリフォードに、エティは捨て台詞すらかけず、その場を去った。




「叩く方も結構痛いのね……」

初めて人を叩いて赤くなった自分の小さな掌を眺めながら、エティは小さく呟いた。


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