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その30
しおりを挟む飲食店を出た2人は、宿を探すため馬を引いて歩いていた。
「本当にシロをレオと同じ小屋に置かせてもらっていいの?」
「ああ、今積んである藁をもう少し端に寄せて、柵をつければ余裕でシロは入れるだろう」
「ありがとう。あの、お金はちゃんと払うから」
「そんなのいらないが……。そうだ、提案がある。時々遠乗りに付き合ってくれないか?それでチャラにする」
エティはそんな事でいいの?と驚きながら軽く頷いた。
「あ、ねぇ、あそこに宿屋が見える。入れるか聞いてくるね」
「待て、俺も行く」
この周辺は宿屋がそこしかないらしく宿が混んでいて、一人部屋が一つしか空いていなかった。
「仕方ない、もう少し先に進んで他をあたるか……」
「もう夜だしここでいいよ。おじさん、その部屋二人で借りてもいい?お金はちゃんと二人分払うから」
エティは自分の荷物からお金を出すと、宿屋のおじさんに交渉をした。
エティの隣で呆気に取られたようにやり取りを見ていたクリフォードは、慌てて自分のお金を出そうとした。だが、その手をエティは制した。
この旅でエティは一度もお金を出させて貰えなかった。そんなつもりで同行させたのではないとクリフォードに訴えても「俺の顔をたててくれ」の一点張りだったのだ。
「最初からずっとお世話になってるから、最後の宿代くらい私に払わせて」
意思を貫き通す強い眼差しのエティに、クリフォードは負けたと笑って一歩下がった。
さすがに二人分は取れないからと、宿屋のおじさんは宿代を少しまけてくれた。
「やはり一人部屋だと狭いな。ベッドも一つしかないのに、本当に良かったのか?」
通された部屋は普通サイズのベッドと、脇に小さなテーブルが置かれていた。部屋は狭かったがきちんと浴室も付いていて、エティは「十分よ」としれっと答えた。
「ベッドが二つあったとしても、どうせいつもみたいに私の方に潜り込んでくるんでしょう?だったら最初からひとつでいいわよ」
半ば呆れた口調でそう言うと、エティは強く付け加えた。
「変な事はしないでよね!」
エティの最後のセリフに隠そうとしている必死さが滲み出ていて、クリフォードは笑い出すのを肩を震わせて堪えた。
「先に浴室使うから!」
居たたまれなくなったエティは、着替えを持つと浴室へ逃げ込んだ。
狭い部屋でひとりになったクリフォードは、ベッドの隅に座るとここ数日間の記憶を思い返した。
最初よそよそしかったエティは、一緒にいる時間が増えると共に色々な面を見せた。特に胸を焦がしたのは、泉がある森まで遠乗りした時の笑顔。あの時のエティはとても眩しかった。
その笑顔が目の前にあるかのように、クリフォードが緩み切った顔をしていると浴室からエティが出てきた。
「…………空きました。どうぞ」
まだ笑っていたのか、とエティは冷たい反応をした。クリフォードはひとりで口元を緩めていたのを見られたのが恥ずかしかったのか、珍しく顔を赤らめ浴室へ入って行った。
暫くして、浴室から出てきたクリフォードは、すでにベッドの端で横になっていたエティに提案した。
「明日だが、夕刻時までここに滞在しないか?」
「……え?どうして?」
エティは急に何を言い出すのかと、目を丸くした。上半身を起こすと、すぐ側に座っているクリフォードにもう一度問いかけた。
「……な、なんで?」
「レオとシロのお陰で帰路に遅れは出てない。明日の早朝にここを出たとすると昼頃には屋敷に着くはずた」
「そう、だけど」
「エティの休みは七日間だろ?明日で六日目だがお前の事だから一日休みを繰り上げて仕事に戻るだろ」
図星だ。
エティは念のために七日間休みをもらっていた。最初から、六日で戻れたなら翌日から仕事をするつもりでいた。
「それでは身体が辛いだろ?明日はここで身体を休めてから戻ろう」
言い聞かせるように淡々と話していたクリフォードから出たのは、エティを気遣っての言葉だった。クリフォードはエティの返事を待たずに何故か部屋から出て行った。
クリフォードの動きを目で追っていたエティは、彼が出て行った扉を見つめたまま微動だにできないでいた。
えーっと……、クリフォードはどこに行ったの……?上半身裸だったから外じゃないだろうし、すぐに戻ってくるよね……?
エティがそう考えてから僅かばかり時間が経ち、扉が開くと先程と変わらぬ表情のクリフォードが戻ってきた。
「どうした?変な顔して」
「変な顔って何よ」
エティがムッとして答えると、クリフォードはベッドに潜り込みながら笑った。
「間の抜けたような、見たことない表情をしていた。ほら、寝ないのか?灯りを消すぞ」
急かされるように灯りを落とされ、エティは先程までと同じ端の方で、クリフォードに背を向けて身体を横たえた。暗闇の中、ベッドが軋み、布が擦れる音が近い。耳をそばだてていると強引に腰を後ろに引っ張られた。クリフォードに背後から抱き締められるように腕を回され、エティは身じろぎしながらこの体勢に文句をつけた。
「腕が重い」
「大丈夫だ、すぐ慣れる」
「慣れるわけないでしょ。……ねぇ、明日の事だけど、クリフォードの方は問題ないの?」
「ああ、エティと同じ日数休みをもらってある。さっき宿屋のおじさんに話をつけてきた。レオとシロに朝、餌をやってくれるそうだからいつもより長く眠れるぞ」
ああ、それでさっき出て行ったのか……。
クリフォードはエティのために休める時間と環境を用意してくれた。自分の方が遥かに疲れているだろうに、彼はそれを一切感じさせないようにしている。エティが休めば一緒にクリフォードも休めるだろう。それならば願ったりだとエティはクリフォードに礼を告げた。
「ありがとう。明日の事だけじゃなく、全部」
「まだ屋敷に着いてない。礼を言うのには早いな」
先程から、クリフォードが話すたびにエティの頭に息がかかり、互いの距離の近さを確認させられる。エティは胸が騒つく程のこの距離に、羞恥や照れよりも安心を覚えた。
エティはクリフォードが出て行った扉を見た時、初めて彼に置いていかれたと気づいた。今までエティがクリフォードを置いて行くことがあっても、その逆は一度もなかった。いつも手を繋いで隣に居るか、守るように後ろにいた。
最初の頃と同じ強引さに見えても、エティを包む腕は優しく、暖かさを感じさせる。
私は彼にとても大事にされている。
エティが何度も息を吸っては不器用に逃がしているのに気づき、クリフォードはフッと笑った。
「何だ?言いたい事があるなら言えばいいだろ。俺の悪口でも暴言でも、それがエティの本心なら受け止めるぞ」
「別に悪口じゃないけど……前に、子供が欲しいって言ってたけど、どうして?」
「ああ、あれは同僚の奴の影響が大きいな。子供が産まれたと見せてもらった赤ん坊が、小ちゃくて可愛かった。人の子でもあんなに可愛いく感じるんだから、自分の子なら無限の可愛さだろうな、と思った。単純だろ?」
柔らかさを含んだクリフォードの声で、優しく微笑む彼の表情が見えたような気がした。気づけばエティも同じ表情をしていた。
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