私とあなたの相乗効果

るー

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「ほのちゃん、昨日ウチのキッチン片付けてくれた?」

朝、8時。もう自分の部屋より長い時間滞在するようになったバイト先の厨房に、朝の挨拶をしようと入ったら「おはよう」より先に裕君から質問が飛んできた。昨日、お弁当箱を探しにキッチンへ行った際に散らかったキッチンを見て、どうしても気になって、夜帰る前に食器とフライパンだけ勝手に洗ってしまった。勝手に触って怒られるかと思ったのに、裕君の顔はいつも通りにこやかだったが、私は頭を下げて謝った。

「……勝手にすいませんでした」
「いやいや、なんで謝るの!?たくさんあったから大変だっただろ?ありがとな」
「いえ、別に……」

確かにたくさんあったけど、洗うのは好きなので楽しかったくらいだった。

「ほのちゃん!今日はお弁当作ってくれたんだって?お昼が楽しみだよ」

あれ?店長さんはお弁当今日だけだと思ってる?まぁ、いいか。お弁当箱勝手に持って帰って、また作ってこよう。

その日は世間も夏休み期間で、お天気もいいためか割と店内はゆとりがあった。これは、チャンスかもしれない。

「裕君、2番テーブルのドリンク、私持って行ってもいい?」
「え?大丈夫?無理しなくていいよ」

出来上がったドリンクのトレーを受け取ろうとした裕君は不安な表情で私とお客様を見比べた。お客様は30代の女性が一人。相手が団体客だと緊張しちゃって絶対無理だけど、一人ならなんとか頑張れそうだった。私のその意思が見えたのか裕君は微笑んで背中をそっと押してくれた。
ゆっくりとした足取りで目的のテーブルまで行くと軽く息を吸い、気持ちを整えた。コースターを先に置いて、縦長のグラスをそっとその上に乗せた。ストローとガムシロップ、ミルクをグラスの横に置いて、問題はその次だ。

「アイスコーヒーです。ごゆっくりどうぞ」

お客様は目が合うと、ニコッと笑って小さく頷いた。


カウンター内に戻ると、ずっと見ていた裕君は「やったな!」と私の頭をポンポンした。気が抜けたように笑うと
裕君が不思議そうな表情で尋ねてきた。

「人見知り気味なせいで、高度な接客は難しいのはわかるし、作業も時間はかかるけど丁寧で失敗はないよな?時間かければ何でもできるのに、何をそんなに否定的でいるんだ?」
「その時間がかかるってところが問題なのよ。今までどのバイト先でも『いつまでたっても遅いから向いてない、使えない』って言われて、結局どれも長続きしてないもん」

この店は私に対して『急いで』とは言わない。厨房の洗い物もどれだけ時間がかかっても何も言わずに見守ってくれた。色々なバイト先を経験したからこそ、店長さんと裕君が私に気を遣ってくれたのがわかる。

「多分、だけどほのちゃんは几帳面すぎるんだろうな。その上どんな場面でもマイペースを崩さない。スピードを求められる職種には向いてないだろうね。まぁ、ウチはスピードより一人一人のお客様を大事にするから、ほのちゃんは今のままでも大丈夫だよ」

そう言って裕君は和やかに笑った。最初は頼まれて渋々な部分もあったけど、こんな風に働けて逆にありがたい。やれる範囲で精一杯やらなければと更に気合が入った。


「一歩前進したご褒美に、今日の賄いケーキ今の内に選んでいいよ」
「えっ!そんな勝手な事して大丈夫?」
「いいよ、言っとくけどこのケーキ達俺も少しは作ってんだからな」
「そうだった……!因みにどれ?」

裕君が指差したのはマンゴームースだった。

「じゃあ、それにする」


***


「弁当美味かった!」

閉店後、店内の清掃を済ませ休憩室で帰り支度をしていると、裕君が空のお弁当箱を2つ持って来た。

「次からこの部屋に置いといてくれれば勝手に持って帰るよ。裕君のマンゴームースも美味しかったよ」

休憩中に食べたマンゴームースの味を思い出して顔が綻んだ。受け取ったお弁当箱をせっせと自分の鞄につめながらハッと我に返った。

「あっ、お弁当って無理して食べたんじゃないの!?お弁当のおかず私の好きな物しか入ってないだった!」
「いや?どれも本当に美味かったけど?」
「裕君と私じゃ食べ物の好みが合わないの忘れてた。今後は食べたい物をリクエストしてくれる?よく考えたら私のお弁当はいつもあんな感じなのよ」
「……わかった」

よく見たら裕君はまた顔と前髪に小麦粉っぽいものがついていた。直前まで厨房で何かを作っていたんだろう。

「裕君、また粉がついてるよ」
「え?どのへん?」

前回裕君が自分で粉を払うのに凄く時間がかかったのを思い出し、この方が早いと、私は背伸びをして裕君の頬に手を伸ばした。指先でささっと粉を払って、そのまま髪についていた粉も落とした。

「うん、落ちた」
「……サンキュ」

少し気の抜けた顔をしていた裕君はおもむろに屈んで私と顔の位置を合わせた。

「裕君……?」

同じ目線の高さになる事なんてないから、凄く不思議な感覚が襲った。
もう粉はついてないのに、何故そんな顔を近づけてくるんだろう。
黙ったままこちらを見続ける裕君の行動がよくわからず私が首を傾げた瞬間、その固かった表情がふわりと和らいだ。

「じゃあ明日はミートボール入れて」

お弁当の具材を考えていたのか。

「……了解」


***


バイトに行き始めてもうすぐ1カ月になろうかという頃、仕事が終わって私が帰ろうとすると裕君が一緒に出かけるようになった。それはコンビニだったりお母さんの病院だったりと、なんだかんだ理由をつけて私の家の近くまで一緒について来る。もしかして……。

「もしかして送ってくれてるの?」

最初は気づかなかったけどさすがに連日だとそうとしか言いようがない。

「あ、ん……バレたか」

白い作業着からTシャツとジーンズに着替えた裕君はポリポリと頭を掻きながら苦笑いした。その笑い顔にまた白い粉がついていたので、裕君に屈んで貰ってこめかみについていた粉を私が指で払った。店長さんもよく顔につけているが、接客はあまりしないのでそのままだけど、裕君は接客が多いので最近は気づく範囲で私が粉を払うようになっていた。

「気を遣ってくれなくても大丈夫だよ。帰ったらまた仕事なんでしょ?もう、ここでいいから戻りなよ」
「ここまで来たら家の前まで行くよ」
「……ありがと」

実は最近帰り道でチカンが出たと聞いたので正直有り難かった。


「ここか?部屋はどれだ?」
「いちばん左上だよ。わざわざありがとう。そうだ、往復の電車賃出すよ」

ごそごそと鞄から財布を出そうとした手を裕君に止められた。
「俺が勝手に送っただけだからいらないよ。それより部屋の明かりがついてないけど親御さんはまだ仕事か?」
「今は私一人暮らしだよ」
「え?ここマンションだよな?じゃあ、親御さんは?」
「父の転勤で母と2人で海外に行ってる。期間が決まってるから部屋の中はそのままだよ」
「へぇー、そりゃ寂しいな」
「今はお店にいる時間の方が長いから寂しくないよ」

毎日少しづつでも成長しようと必死になってると、1日過ぎるのもあっという間に過ぎていく。家に帰ってからも、食べてくれる人がいると思うとお弁当の下ごしらえも楽しい。それを考えていたら自然と顔が綻んでいた。少し前までは将来が見えずに悩んでいたけど、ケーキ屋にバイトに行くようになってからとりあえず目の前の目標ができて、信じられないくらい毎日が充実していた。

「女性ひとりだと物騒だし、何があったら遠慮なくウチを頼れよ」
 
高校の時から変わらない笑顔でそう言うと裕君は颯爽と帰って行った。

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