私とあなたの相乗効果

るー

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白いブラウスに黒のスキニーパンツ、黒エプロン。ブラウスと黒エプロンはとりあえず裕先輩のお母さんのを借りている。肩までのセミロングの髪は後ろでひとつに纏め、最後の仕上げに鏡の中の自分をひと睨みする。

うん、今日も頑張るぞ!

自分で自分に気合いを注入して甘い香りの漂う店内へ向かう。
裕君の家のケーキ屋さんでバイトを始めて早1週間。ほぼつきっきりで裕君から作業を教えて貰っている。お客様からの注文を受けるのは裕君で持ち帰りのケーキを箱詰めしたり、イートインのケーキをお皿に乗せたり、ドリンクの用意だったりを私が担当した。手が空いたら厨房で食器や製菓道具の洗い物をする。
仕事の流れや内容は頭では把握できたし、失敗なくできるが、宣言した通り私は作業のスピードが遅かった。

『提供までに少し時間がかかります』いつもはお母さんと裕君が2人でやっていた接客を、裕君一人で対応するようになってメニュー表にそう案内してあるせいか、私がモタモタとしていても裕君からは急かされる事はなかった。
今までのバイト先だとしたら、こんなに細かく教えてもらえないし、周りについていけなくてもう辞めた方がいいかなと考え出す時期だけど、今回は裕君のおかげで諦めずに続けていけそうだ。


「すいません、これってどんな味ですか?」

不意に飛んできた声に振り返ると、女性のお客様の目線は私を捉えていた。
ヤバイ……。
カウンターにいれば当然声をかけられる。しかしその都度、ささっと裕君が代わりに接客してくれていて、私が対応したことは一度もなかった。助けを求めるようにちらっと横を見ると、裕君は他のお客様の相手をしていた。

困った……。
でも注文ではなく質問だ。お客様が指したショーケースの中のケーキは偶然にも前日、賄いで食べたものだった。味の質問なら答えられるかも、そう思ってかなり緊張しながら、そのお客様に答えた。

「えっと、中はチョコのムースになっていて……最初はチョコの甘さとコクがきて、その後ブランデーの風味が抜けていく感じです。……甘ったるくなくて後味が楽しめます」

昨日の舌の記憶を必死に思い出しながら説明した。上手く伝わったか心配になったが、お客様はふんふんと頷いたあと「じゃあ、それを2つ」と注文してくれた。ホッとしたものの注文になってしまって、焦って裕君呼ぼうと身体の向きを変えると、いつの間にか真横に立っていた。

「うわっ、びっくりしたぁ。……裕君?」
「あ、なんでも無い。2つだな」

一瞬、呆けたように立っていたが、すぐにいつものテキパキとした動きに戻った。

***

「これは?」
「えっと……確か、カスタードが濃厚だけどトッピングのフルーツの酸味が強いから口の中で混ざるとバランスがいい……かな?」
「じゃあ、こっちは?」
「それは食べた事ないのでわかんない。裕君、さっきから一体何?」

閉店後、片付けも済んでないのに、裕君は私をショーケースの前に連れていくと、ケーキを指名して味の感想を聞いてきた。どれも綺麗に飾られて、きっと想像以上に手間と時間がかかっているんだろう。ここにバイトで来るようになって1週間、約束通り賄いとして毎日1個づつケーキを食べさせてもらっている。これがまたどれも美味しくて……って、今はそれどころじゃなかった。昼間お客様に勝手に説明したのがまずかったのか、裕君は難しい顔つきのままだ。怯えながら答える私をジッと見下ろして「へぇ」と腕組みをした。

「父さんから何か聞いたの?わざわざ覚えた?」
「食べさせて貰ったのを覚えていたんだけど、もしかして間違えて説明しちゃった?」

ヤバい、やらかしちゃった!?と頭を抱えると、大丈夫と否定してきた。

「いいや、ちゃんと合ってたよ。ただ俺の知ってる奴でケーキの感想をそんな風に言う奴はいないからさ」
「ん?どういう事?説明が変だった?」
「逆だよ。ほのちゃんは味の説明が明確なんだよ。すげーな」

よくわからないが失敗はしていないようなので、ホッと胸を撫で下ろした。
味の説明が明確と言われても、思ったことをそのまま言ってるだけで、何が凄いのかわからない。


「明日から朝早いけど大丈夫?」

明日から大学が夏休みに入るので、開店前からバイトに来ることになった。

「うん、時間が長くなる分ご迷惑かけますがよろしくお願いします」
「何、その他人行儀。ほのちゃん相変わらず面白いね。どうしてほのちゃんがよろしくなのさ。無理に頼んだのコッチだよ?」
「だって、あんまり役に立ってないし……」
「思考がネガティヴだなぁ。ウチは凄く助かってるよ」

にっこりといつもの笑顔で言われたが、それはさっきまで使ってた営業スマイルではないかと疑ってしまう。今まで『この仕事合ってないよね』と何回も言われたことはあっても『助かってる』なんて言葉初めてだった。お世辞だとしても、その言葉にほんのり心が温まった。


***


「いらっしゃいませ」

カラン、カランと扉の上部にぶら下がっているアンティーク風の鈴が鳴り、若い女性が団体で入ってきた。お迎えの声をかけたのはもちろん裕君で、私は顔を向けて軽くお辞儀をする。裕君が注文を受けて私に作業の指示を出す。
「ほのか、アイスティー3つとホット1つ」
「はい」
たまに忙しいと呼び方が『ほのか』になる。別にいいけど、自分の父親以外の男性に呼び捨てにされるのは裕君が初めてで、なんだかドキッとしてしまう。
やっとまともに飲み物を用意できるようになったが、それを各テーブルまで運ぶのはまだやった事がない。

「裕君、3番テーブルのドリンク用意できました」
「サンキュー」
私が知る限り、裕君はずっと店に出ずっぱりで、更に閉店後は店長さんであるお父さんと一緒に次の日の仕込みをしている。全く疲れを見せない裕君が不思議で仕方ない。あんなに動きっぱなしだから、身体が細いんだな。背は裕君のほうがうんと高いけど、体重は私の方が重いんじゃないかな……。

飲み物の用意ができるようになってきたから、次はテーブルまで運べるようにしたい。そう思って、裕君が運んでいく様子を観察している。要は真似すればいいんだもんね。

「ほのちゃん、休憩しておいで」

裕君とよく似た声で後ろから声をかけられ振り向くと、厨房から出てきた店長さんがにこやかな顔で立っていた。この親子は本当、営業向きな人種だな。チラリと店内を見渡すと忙しさのピークは一旦済んだようだった。お言葉に甘えて店の裏、つまり裕君のお家へ入った。 さほど動くわけでもないし、食べ物の匂いにずっと囲まれているせいで、実はそんなにお腹は空いてない。でも今食べておかないと、きっと夜までノンストップだし、何より作ってきたお弁当が勿体無い。休憩室になった部屋は畳のひかれた和室で小さめのローテブルがひとつ置かれている。きっと普段から荷物置き場になっていたんだろう。部屋の隅には段ボールがいくつか積まれ、他にも中身はわからないが色々物が置いてあった。私は部屋の奥の壁にもたれ、足を投げ出して座ると黙々とお弁当を食べ始めた。

「ほのちゃん、開けるよ?」
「どうぞ」

扉がノックされ、もしかして店が忙しくなって呼び戻されるのかと思い、お弁当をテーブルに置いた。

「俺、コンビニ行くけど何かいるもんある?」
「特にないけど」

違ったようだったので少しあげた腰を戻した。エプロンを脱いでるし、裕君も休憩なのだろう。そういえばすぐ近くにコンビニがあったな。帰り道なのに寄ったことがないな。

「弁当?なんか渋いおかずばっかだな。お母さんか?」
「渋くて悪かったですね。私が自分で作ったんです」

裕君が弁当の中身を覗きに側にやってきた。渋いって言われたけど、ひじきもこんにゃくも、切り干し大根も好きなんです。

「マジか、料理できんの?意外!玉子焼き食べていい?」
「いいよ、はい」

玉子焼きを箸で摘んで弁当箱を覗いていた裕君の口元に持っていった。裕君が私を見て目を丸くして固まっているので首を傾げた、ど同時に気づいた。自分が使っていた箸で、はい、あーんをしている事に。なんて事を!と手を引こうとした瞬間、裕君が玉子焼きをパクっと箸から奪っていった。
自分で仕掛けといてかなり恥ずかしい……!
裕君はモグモグと味わうように食べて、カッと目を見開いた。

「ウマ!!味付け絶妙だな!」

驚いた顔でそう言うと、再び目線が弁当箱を探っている。次の獲物を選んでいるようだ。

「もう少し食べたいが、ほのちゃんが食べる分が減っちゃうな」
「あんまりお腹空いてないから食べてもいいよ」
「いや、待て。いい案がある!俺がコンビニで何か買って来るからほのちゃんはそっちを食べて、俺がこの弁当を貰う。どう?」

そこまでして食べたいのかな?さっき渋いと言っていたひじきの煮物弁当だぞ?男子が好きな鶏の唐揚げは入ってないぞ?

「私は構わないけど……」
「やったね!好き嫌いある?あ、一緒に行って自分で選ぶ?」
「いえ、何でもいいよ。任せる」

行ってらっしゃいと手を振る。この部屋何だか居心地良くてあんまり動きたくないのが本音だ。

コンビニからあっという間に戻ってきた裕君と、なぜか並んでお昼を食べている。テーブルの周りめっちゃスペースありますけど、なぜ隣?
裕君が買ってきたのはオムライスだった。美味しかったけど量が多かったので少し裕君に食べてもらった。

「もしかして裕君いつもお昼はコンビニ弁当?」
「そうだよ、母さんが入院しちゃったからさ」
「……え?じゃあ、夜は?」
「夜もだよ。コンビニが近くでラッキーだよ」
「あの……店長さんも?」
「ああ、同じ弁当だけど?」

そっか、男二人だと自然とそうなるのかな。最近の男子は料理ができる人も多いみたいだけど、二人場合はできたとしても作る時間がないんだろうな。裕君のお母さんの入院はもう少しかかるみたいだし、食事以外にも大変なんだろうな。

「明日もお弁当作ってくる?作ってくるならまたコンビニ弁当と交換してくんない?」
「そんな面倒なことするくらいなら私が3つお弁当作ってきた方が良くない?」
「えっ、美味しいから嬉しいけどさすがにそれは悪いよ」
「自分のついでだから。それにおかずはいつも大量にできちゃうから食べてくれた方が助かるよ。好き嫌いある?」
「……唐辛子。あとピーマン。親父も同じ」
「ん、わかった」

『ピーマン』の部分は恥ずかしそうに目線をそらした裕君がなんだか可愛かった。
あんなに苦手だと思っていた裕君だったけど、1週間以上一緒にいたらそんな考えはどこかにいってしまった。逆に何でもテキパキこなす自分には無い姿を羨ましく思えた。

私の家はお弁当箱がひとつしかないので、裕君のと店長さんのを預かる事になった。『なんだか申し訳ない』といいつつ嬉しそうにお弁当箱をとりに行った後ろ姿に少し安心した。仕事で足りてない分、何かで補いたかったから丁度いい。暫くして裕君が頭を掻きながら戻ってきた。「どこにしまってあるのかわからないから一緒に探してくれ」と頼まれ、探す羽目になった。裕君がわからないのに他人の私がわかるわけないでしょ、と思ったのにやはりそこは女同士、裕君のお母さんが収納したお弁当箱を私はあっさりと見つけ出してしまった。私だったらここにしまうかな、と開けた棚にあった。

それよりも、裕君のお家のキッチンで、凄い光景を見て私の身体は固まった。

「……何これ。すごい……」
「しゃーねぇーだろ、面倒だからどうしても後回しになるんだ」

開き直って堂々としている裕君が立つキッチンのシンクには、使い終わった食器が大量に積まれていた。よく見たらガス台の上には使った後そのままのフライパンもある。いつから洗ってないの……?
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