4 / 14
*4
しおりを挟むある夜、バイトが終わって私が帰るためお店を出ようとしたら、裕君がエプロンを外して私の後をついてきた。きっとまた送ってくれるんだろうと思って、慌ててそれを制したが「今は忙しくないから」と結局並んで歩いている。
「ほのちゃんにお願いがあるんだけど」
「えっ、何?私にできる範囲なら何でもするけど」
「女の子が何でもするとか簡単に言っちゃダメだよ。変な事だったらどうするんだ」
「……変な事なの?」
目を細めて2、3歩離れると裕君は慌てて、違う違うと顔の前で手を振った。
「これ、食べて感想教えてくれる?」
そう言って裕君は私の前に小さなケーキの箱を差し出した。いつも手ぶらなのに珍しくケーキの箱を持っているから、もしかしたらお母さんのお見舞いのケーキかな、と思っていたのに違ったようだ。
「……これは?」
「俺が作ったケーキ。いつも俺が作るのは父さんのレシピなんだけど、これは俺のオリジナル。今色々考えてる途中でまだ試作段階なんだけど食べてみて」
「えっ、そんな大事なケーキいいの?感想言えるほど私ケーキ詳しくないけど……?」
「いいよ、よろしく」
気恥ずかしそうに笑う裕君から、私は両手でケーキの箱を受け取った。その箱はケーキが2つ程入る小さな箱だったけど、裕君のケーキに対する想いがたくさん詰まっていそうで、私にはとても重く感じ、慎重に扱った。
「裕君の夢ってあのお店を継ぐ事?」
高校卒業してからすぐ製菓専門学校に行くぐらいだから、きっと昔からそうなんだろうとは思ったけど、何となく裕君の口からそれが聞いてみたくなった。
「まぁ、店を継ぐ事は夢っていうか当たり前のような感覚かな。その中でやってみたい事があってそっちの方が夢って呼べるかも」
「へぇ、それって何?」
「ウエディングケーキを作ること」
「結婚式でよく見るあのでっかいやつ!?」
「んー、ちょっと違うかな。俺の場合は新郎新婦からこういうのがいいってリクエストしてもらって、その夫婦の為だけのケーキが作りたい」
「……すごいね。それ、すごい素敵」
幸せな日にみんなで食べるケーキ。それが自分の希望した形に作って貰えるとしたら更に幸せな気分が増えて、いい思い出になる。
「父さんにも話してないんだから誰にも言うなよ」
「わかったよ。指りきげんまんする?」
「そうだな、ほのちゃんの事は信用してるけど一応しておこう」
「えっ……」
私が冗談で差し出した小指に裕君の長い小指が絡んで軽く上下に揺れた。自分の夢を私に話した事が少し照れ臭いのか裕君の笑顔には照れが混じって見えた。
「じゃあ、私が結婚する時にウエディングケーキ作って貰える?」
「……その前にほのちゃん結婚できるの?」
「……何気に酷い事言うよね」
そして部屋に戻った私は早速ケーキの箱を開けてみた。入っていたのはクッキー生地のシュークリームとベイクドチーズケーキだった。
***
翌日は定休日だったけど、お昼のお弁当を届けにお店に足を運んだ。裕君には事前に連絡を入れたので、私が勝手に入れるように店の鍵は開いていた。カランカラン、と聞き慣れた鈴の音をさせて中に入りそのまま奥の厨房へ向かった。そこは焼きたての甘い香りが常に充満していて、いつもまるで別世界のようだ。でもそこにいつもいるはずの人達は見当たらない。
「あれ?お家の方かな?」
改めて玄関まで回り込むのも手間だったので、お店側の扉から声をかけた。すると奥から裕君がいつものTシャツ、デニム姿で、スリッパをペタペタと音をさせながら現れた。
「ウッス、次からは勝手に入ってきていいぞ」
「じゃあ、声かけて入っていくね。あと、昨日頂いたケーキ美味しかった!ベイクドチーズケーキは私が好きって言ったから作ってくれたの?」
「うん、そう。もう少し細かく感想言って?」
そう、って……。あんなたわいもない会話で作っちゃうなんて、お仕事根性凄いな。
「シューの方はクッキーシューだったから食感が満足度を高めたのと、大きさがちょうど良かったかな。チーズケーキの方は私の好みどストライクだった。、クリームチーズの濃厚さと口当たり、外のグラハムクラッカーの塩分がいいバランスで私は好きよ」
「…………いっぱい褒めてくれて嬉しいけど、逆に引っかかった部分は?」
「う、それを言わせますか」
「できればそっちの方が聞きたいから食べさせたんだけど」
「そうだよね……えっと、シューは中のクリームかな。もう少し甘さを抑えてもいいかも」
「チーズケーキは?」
「さっき言ったように、私にはどストライクなので特には」
「……そう、ありがとう。また試作する時、付き合ってくれる?」
「私でよければ、いつでも」
裕君は嬉しそうに笑うと「おいで」と廊下を歩き出した。その背中についていくとダイニングキッチンに店長の寛ぐ姿があった。
「店長、こんにちは」
「ほのちゃん、いらっしゃい。休みの日までわざわざ悪いね」
そう言うと店長さんが、緑茶を飲みながら私に斜め前の椅子に座るように手で促した。素直にそこに座って、持ってきたお弁当箱を差し出しすと、店長さんはにっこり笑って、早速手にとって食べ始めた。裕君はアイスティーとチョコレートケーキを私の前に置くと、私の向かい側に腰を下ろして、嬉しそうにお弁当箱の蓋を開けた。私といえばお昼ご飯は食べてきたのにやはり甘いものは別腹で、お礼を言ってありがたくケーキに手をつけた。
「…………ん?」
一口食べてチョコレートケーキを見つめたまま手が止まった私に、店長さんが怪訝な顔でこちらを見た。
「ほのちゃんどうかした?」
「店長、これって前と同じケーキですか?」
「どうしてだい?」
「なんか前とちょっと…どこか違いますよね。チョコレート……?」
「…………ほのちゃん、君……」
そう言うと店長さんは私をジッと見たまま暫く考え込んでしまった。裕君に助けを求めるように視線を送ると、首を捻るだけで、理由はわからないようだ。店長さんはおもむろに箸とお弁当箱を置いて立ち上がると「ちょっと待ってて」と店の方へ行ってしまった。何かまずい事を言ったのかと青ざめていると店長さんはお客様用のお水用コップを3つトレーに乗せて帰ってきた。コップにはお客様に出すのと同じように水が入っていて、店長さんはそれを私と裕君の間に並べた。
「2人とも一口づつ飲んでみて」
「え?父さん、何これ?」
「いいから」
言われるがまま、裕君と私は端から順に一口づつ飲んだ。最後のコップの水を口にした瞬間、私が顔を顰めると店長さんはやっぱりと納得した顔をした。
「裕はわかったか?」
「……いや、全部同じ水だと思ったけど、なんか違うのか?」
裕君は店長と私を不思議そうに見た。私は最後に飲んだ水を指差して感じたままに説明した。
「この水には、塩が入ってる」
「塩?嘘だろ?全然わかんなかったぞ」
「ああ、普通ならわからないだろうね、本当に極微量、何粒かの量だよ。ほのちゃんがわかったのは絶対味覚の持ち主だからだよ」
「「え?」」
裕君と私が驚くのと同時に店長さんを見た。
絶対味覚……?何それ?
「絶対音感とかよく聞くだろ?それの舌バージョンだよ。ほのちゃんは今まで自分で気づいてなかったようだね。さっき違いを感じたチョコレートケーキだけどあれは今回からチョコレートの産地を変えたんだよ」
店長さんの知り合いの同業者に同じ絶対味覚の人がいて、それで私の事もピンときたらしい。先ほど私がチョコレートケーキで気づいたのと同じように、その人も材料の量や質など少し変えただけですぐに言い当てるとか。
「このお弁当、味付けが美味しいわけだよ」
店長さんはそう言って1人で納得した後、何事もなかったかのように再びお弁当を食べ始めた。
一方、裕君と私はキョトンとしてお互い目を合わせた。
***
「あの……今日はバイトじゃないし、まだ明るいから送ってくれなくてもいいよ?」
「いいよ、ついでに母さんの病院に寄るから」
え?病院の方がついでなの?
裕君は隣を歩きながら複雑な表情で私を見下ろした。
「絶対味覚か……。俺からしたら羨ましい才能だな。そんな人にケーキの味見頼んじゃって俺、恥ずかしいよ」
「えっ、何で恥ずかしいの?あんな美味しいケーキ食べさせて貰えて私は嬉しかったのに……」
「ほのちゃんってさ……お菓子とか作らないの?料理があんだけ上手いんだからお菓子作ったらすげー美味しくできそう」
「私作業に時間がかかるからお菓子とか苦手なの。何グラムとか大さじ何杯とか測るのも実は嫌いなんだよね」
シフォンケーキとかモタモタしてるとせっかくあわ立てたメレンゲが萎んでしまったりと、何度か試したが成功した試しがなかった。
「え?じゃあ料理する時どうしてんの?」
「調味料は全部勘でぶっ込んでる」
「マジ!?」
急に私の行く先に回り込んだ裕君は立ち止まって、たまに見せる真剣な表情で私をじいっと見てきた。
「裕君?」
「やっぱ、ほのちゃん面白い!」
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。
※「小説家になろう」にも投稿しています
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる