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しおりを挟むお店の定休日。
私は朝から裕君と一緒にお店の奥にある厨房にいる。
昨夜裕君が自分の部屋へ戻る前に思い出したように今日の試作品作りを誘ってきたので喜んで参加している。
今日作っているのはシフォンケーキだ。
「シフォンケーキって定番で並んでなかった?」
「秋用の期間限定のやつを考えてるんだ。無難にマロンと、シナモンアップルの2種類」
「いいね、どっちも美味しそう!」
茂さんがこの作業場を使うのは午後かららしいので午前中は裕君が自由に使える。手際よく材料を量っている裕君を何も手伝えない私はせめて邪魔しないようにと離れた所から見ている。
使う材料を並べて端から順に量り終えた後、小麦粉とベーキングパウダーを合わせて粉ふるいで降るっている。その時舞い上がった粉が裕君の顔に少しかかったらしく彼は腕で顔を拭った。
あ、なるほど。こうやって顔や髪に粉がついたんだな……。
裕君の髪に粉がついているのを見て、もう条件反射のように自分の手と足が動きそうになったが、今拭ったとしてもまたこの後ついてしまうだろうとその場にとどまった。
やがて裕君は十分に冷やしてあった卵白をハンドミキサーであわ立て始めた。自分が昔作った時より遥かに、早く卵白が細かく泡立っていくのを見て、もう別物を作ってるとしか思えなかった。
私もハンドミキサー使ったんだけどな……。やっぱりコツとかあるんだろうな。教えてもらったとしても到底私には出来ないだろうけど。
その後も裕君の手元を見ていたがそのうち自分の目が作業をする手元ではなく、彼の真剣な眼差しを追っていた事を裕君と目が合って気がついた。
「ん?どうした?」
「ううん、別に」
見惚れてたなんて恥ずかしくて言えない……。
「えっと、そのリンゴ煮は裕君が作ったの?」
「ああ、昨夜作ったから味が染みてると思うよ。味見してみる?」
裕君は大きなオーブンにシフォンケーキを2種類入れてひと段落ついたようで、使った調理器具を洗い場に運んだ。そしてスプーンを棚から持ってくると器からリンゴ煮を掬って私の所まで歩み寄ってきた。
黒糖とシナモンで煮たリンゴは小さめのサイコロ状になっていて、パンに乗せたりヨーグルトなんかに入れても美味しそう。シフォンケーキに使ってもまだ容器にはたくさん残っているせいか裕君が持ってるスプーンにはリンゴ煮が山盛り乗っていた。
そんなに?と目線を送るが御構い無しで当たり前のように私の口にそれを入れると裕君は満足そうに微笑んだ。
「ん、美味しい!」
「ほのかは美味そうに食べるから次々口に入れたくなるな」
「太っちゃうのでホドホドで……。そういえば私、シナモンはあんまり得意じゃないけど、こうやってリンゴと一緒なら食べれるんだよね。なんでだろ」
「へぇ、そうなの?多分シナモンとリンゴの相乗効果みたいなモンかな」
「相乗効果?」
「簡単に言うと、組み合わせる事でお互いいい所を引き出す、みたいな?」
組み合わせる事で、お互いいい所を引き出す?
「……なんか、いいね…それ。私は裕君と一緒にいる事で自分のいい所を引き出してもらった気がする」
私がしみじみと話し出したせいで裕君は少し真顔に戻ってしっかり耳を傾けてくれている。
「裕君はいい所既にいっぱい出ちゃってるけど、更に引き出せる存在に私もなれたら…嬉しい……です」
言い終わる頃に自分が告白紛いな事を言ってると気づき顔に熱が溜まってしどろもどろになってしまった。
私が恥ずかしさの余り俯いているせいで裕君の反応は全くわからない。
さほど間をおかずに目の前にいた裕君が覆い被さるように抱きしめてきたが、いつもより強目の抱擁で裕君の仕事用のエプロンで窒息しそうになるほどだった。苦しさからもがいているとぽつりと自分の名前が降りてきた。
「……ほのか」
何とも切なそうに呟く声にドキリと心臓が反応する。裸で触れ合う時とはまた違う私への呼びかけに、どうしたのかと身を捩るが無抵抗に終わった。逃さないと巻きつく腕に私は身動きがとれなかった。
「嫌われてはないのはわかってるけど、俺が強引に攻めて、やっぱりほのかはそれに流されてるだけじゃないかとかちょっと不安だった。だから今の言葉めっちゃ嬉しい……」
「えっ!?不安ってどうして……?」
「俺が好きって言っても頷くだけでほのかからは言ってくれないし、プロポーズもちゃんとした返事はもらってない。それに……エッチが終わってからくっついてきてくれないし腕枕もさせてくれない」
「…………」
矢継ぎ早に言われて色んな記憶を呼び戻すために身体が固まった。それを変な方に捉えた裕君は腕を解放して寂しそうな瞳で私を見下ろして、それをポカンとした間抜けな顔で私は見上げる形になった。
「本当だ……。よく考えたら言ってない……!ごめん、わざとじゃないの!自分では伝えたつもりで……」
裕君の顔がえっ?と驚きに変わった。
そりゃ驚くよね。そんな大事な事自分でわかってなかったなんて。やっぱり私はどこか抜けてる。
「じゃあ他のは……?」
戸惑いがちに覗き込む裕君に抗議の意味も込めて少し睨むように見返す。
「くっつかないんじゃなくて余力がなくてくっつけないの。腕枕は……したくない。だって裕君の腕はお仕事で使う大事な腕だし……」
私の話を聞いて安心したのか裕君は目を伏せてホッと安堵の息を漏らした。
不安だったなんて、そんなそぶり……あったのかも知れないけど自分がいっぱいいっぱいでわからなかった。あんな寂しそうな瞳をさせしまったのが気がかりで裕君の側に寄ると、こちらを見た彼は急にぷっと吹き出した。
「っははっ、ほのか粉まみれ!」
「えっ、うそ!?どこ!?」
「ごめんごめん、俺のエプロンからついたんだな。とってやるよ」
目を細めてひとしきり笑った後、パタパタと顔をはたいていた私の前で、膝に手をついて屈み込むと大きな手のひらが優しく撫でるように粉を拭いはじめた。
うわ……!裕君が距離感がどうとか言ってたのがわかる気がする。付き合ってもない人にこんな事されたら確かに意識しちゃうかも……!
それに裕君っていつも笑ってる表情だからわかりづらいけど、真顔になると目鼻立ちくっきりしてるからかっこいいんだよね……。
「……裕君」
「ん?」
「好き」
「……え?」
「……好き、だよ」
「……ん?」
「だから好き…………って、もう!わざと言わせてるでしょ!」
最初、瞠いていた瞳が愛おしそうなものを見るように変わり、嬉しそうに緩みきった裕君の顔がゆっくり近づいてくる雰囲気で最後のは言わせられたと気づいた。
別に出し惜しみをしていたわけじゃないし、言わない主義とかでもない。裕君が私を想ってくれてる言動と、彼をいつも受け入れていた私の態度でこの気持ちをわかってくれているだろうという安心感があったからだった。
「……っんッ、ゆう、く…オーブン……鳴ってる……」
「んー、残念。続きは夜な」
「!!」
甘くて濃厚なキスの余韻を私に残し、濡れた唇を指で拭いながら裕君は軽い足取りでオーブンの扉を開けた。
その後日、私は裕君から指輪を貰った。
***
指輪を貰って約4ヶ月後のクリスマス直前、私はまたクリスマスの期間だけ泊まり込みでバイトをする事になり、大きな荷物を引っさげて裕君のお家にやってきた。
毎年クリスマス期間はケーキの予約注文とお店が地獄のように忙しいらしい。すっかり怪我が治った和恵さんも厨房に篭りっぱなしになるというのでまた私が家事を担当する事になった。
夏の住み込み以来、時間が合えば私が食事の支度をしたり、一緒に食卓に座るようになっていたので特に気構えなく寝泊まりできる。
昼間はお店とお家の家事など仕事はあるけど夜になると私の手伝える事がなくなり借りている部屋に先に戻った。
夏と同じその洋間には今回コタツが用意してあって、自分だけコタツでぬくぬくと悪いと思いつつ、その暖かさで微睡んでいると少し休憩だと言って裕君が部屋にやって来た。
私の近い場所でコタツに入った裕君は「話があるけどいい?」と真剣な面持ちで私を見た。
いきなり背すじが伸びるような雰囲気にさせられ戸惑いながら頷いた。
「ほのか、結婚して欲しい」
「?……指輪もらった時同じ事言われて、ちゃんと返事した、よね?」
「ああ、だから年末に帰国するほのかのご両親に挨拶したらそのまますぐ結婚したいんだ」
「へ?す、すぐ?」
「準備もあるし式はすぐは難しいだろうけど、籍だけでも先に入れてここで住まない?」
想像もしていなかった話で瞬きを忘れるほど目を丸くして裕君を見返した。
「ど、どうしたの?急に……。何かあった?」
「ほのかの事が好きだからいつも一緒にいたいっていうのは前提として、もう毎日店にも家にもほのかの姿があるのが当たり前になってるのに夜になると自分ン家に帰っていくだろ?寂しすぎる」
切ない眼差しを向けられこっちも胸が締め付けられた。私の生活の中心はすでにここになっていて、自分の部屋に戻ると私も寂しさを感じる事は多かった。
裕君の話に最初は驚いたが一緒に住む姿をちょっと想像してしまいジワジワと喜びが私を満たしていった。
すぐにでも頷きたいのを我慢して私は裕君に聞き返した。
「私の大学がまだ一年残ってるしお互いの親に早いって言われないかな?」
「今はほのかの気持ちを聞いてるんだけど?」
しかしすぐに質問返しにあい、感情が溢れそうになるのを誤魔化すようにコタツ台に目線を落としてポツリと答えた。
「……う、嬉しすぎる」
私の返事を聞いた後、裕君がコタツから出て自分の方へ躙り寄ったのが視界の端でわかった。それを追うように顔を向けたら両手で挟まれ、グイッと裕君の方へ向けられた。目が合った途端に重なった唇はとても優しく私に触れた。
瞼を閉じる直前に見えた裕君の表情は見ているこっちが恥ずかしくなるくらい緩みきった笑顔だった。
最近の彼は私に会えて嬉しいという気持ちを誰にも隠そうとしない。
私がバイトに来るからほぼ毎日会ってるというのに、まるで昨日今日付き合いたての彼氏のようだ。
私だって嬉しいけどさすがにご両親の前ではニヤけてしまう顔を抑えている。
で、気づいたらまた彼の膝の上で横抱きにされていてお互いの唇に夢中になっていたが、こんな事してる場合じゃないと我に返った。
「裕君!時間大丈夫?もうそろそろ戻らないと」
「時間?まだ大丈夫だよ。お、ちょうど12時超えたな。ほのか、誕生日おめでとう」
部屋の壁掛け時計を見ると確かに日付が変わったところだった。12月24日、私の誕生日だ。裕君の休憩時間を気にしていてそんな事すっかり頭から抜けていた。
裕君はちょっと待っててと部屋を出て行くと小さな紙袋を持って戻ってきた。
「はい、プレゼント。クリスマスと兼用になっちゃったけど」
「あ、ありがとう……。えっと、開けていい?」
裕君が笑顔でもちろんと頷いたのでちょっとドキドキしながら丁寧に紙袋を開くと出てきたのは小さめのジュエリーケースで、中には指輪が2つ並んでいた。
「これって……!」
「そ、結婚指輪」
シルバーのシンプルなデザインのものだけど見るからに高価そうなその指輪に、リングケースを持つのも躊躇って裕君の前に両手で差し出してしまった。
「指輪ならもうもらったよ!」
「アレは男避けのためだし結婚指輪にするには安いよ。それにペアじゃないだろ?」
そういいながら私が差し出したケースから小さい方の指輪を抜き取ると私の左手の親指にそれを嵌めた。しかも手の甲に軽くキスを落として微笑んだ。
男の人の方がロマンチストなのかな。
どこぞの王子様とお姫様のようなやりとりを、私はどう反応していいかわからず赤面したままひたすら彼の動きを眺めていた。
「俺にはほのかが嵌めて」
「は、はい……」
裕君の分の指輪を渡され、改めて指輪を見て気がついた。
「あれ?内側に何かついてる?」
「ああ、それ?小さいけど誕生石だよ。俺のは9月でサファイアでほのかのは12月でタンザナイト。ほのかは
あんまり派手なの好きじゃないみたいだから内側に入れたんだ」
「……ありがとう、凄く嬉しい……」
裕君の長い指に指輪を滑らせるとなんだかもう結婚式をしているみたいで目頭が熱くなった。
「どうしよう……今一番幸せかも」
「それは困るな。これからもっと俺が幸せにしたいし、ほのかも俺を幸せにしてくれるだろ?」
首を傾げて笑顔で尋ねてくる裕君に、
好きな人を幸せにして自分も幸せになるなんて、それもひとつの相乗効果なのかなと私ははにかんで頷いた。
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