ミルクチョコほど甘くない

るー

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1 深雪

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ある朝、自分の席に着くと机の中に身に覚えのない物が入っていた。

……?これは、もしかしてチョコ?

ああ、そういえばもうすぐバレンタインだ。そういったイベントに関して興味のない深雪は年頃の高校二年というのに本命どころか友チョコすら渡す予定はなく、当然貰う予定もない。

手の平から少しはみ出すくらいのその箱には小さなメッセージカードが添えられていた。女の子らしい可愛い丸字で書かれたそれを読んでみると、どうやら隣の席の男子へ宛てた物だった。きっと席を間違えて突っ込んだのだろう。差出人の名前はない。この人差出人はあわてんぼうなのだろうか。バレンタインはまだ三日後だし、忍び込ませた席も違う。深雪は何だか暖かな気持ちでクスリと笑って隣を見た。チョコの目的地の人物はちょうど教室に来て席に着くところだ。丁度いいとばかりに話しかけた。
 

「一ノ瀬くん」


深雪が出した声が小さかったからか、一ノ瀬は一瞬キョロキョロ見回した後深雪を捉えた。よく考えたら隣の席どころか同じクラスになって初めて声をかけた。一ノ瀬は深雪から話しかけられてかなり驚いた様子だった。

一ノ瀬は普通の人より色素の薄い、茶色の瞳で深雪を警戒したように見た。瞳と同じように彼の髪は染めてもいないのに綺麗な茶色た。顔立ちも中性的で、そんな見た目からかとても女子に人気があった。落ち着いた大人しい性格という理由もあり、深雪は隣の席にも関わらず一度も会話を交わした事がなかった。


「……何?」


不機嫌そうな低い声が届き、深雪はちょっと身構えた。どういう人か知らないが気配は棘があるように怖い。


「あの……これ」


机の中にあった箱をそっと差し出すと一ノ瀬は露骨に嫌な表情に変わった。


「いらない」


素っ気なくそう言い捨てると席を立ってどこかに行こうとした。これから授業が始まるというのにどこに行くつもりなのか。一ノ瀬の態度からどうやら深雪がチョコを渡そうとしたと勘違いされたようだった。一ノ瀬の机の中にこっそり入れたとしても、既に箱を見られているから突き返されるのが目に見えている。それはちょっと困る。


「ち、ちょっと待って」


慌てて深雪も席を立つと一ノ瀬の背中を追った。もちろん手には包みを持っている。側から見たら深雪が一ノ瀬に告白紛いな事を必死にやっているみたいた。変な誤解はこれ以上生みたくないと、深雪は手で箱を隠すように持ち変え、駆け足で一ノ瀬に追いついた。


「一ノ瀬くんっ」

「しつこい!!」


振り向いた一ノ瀬は遠慮なく怒りの声を上げた。それに驚いた深雪はビクッと身体を震わせると手からスルリと箱を離してしまった。
一ノ瀬が大声を出したせいで廊下にいた他の生徒は何事かと二人を注目した。


「……あ」


一ノ瀬の睨む視線と、周りのざわつきで深雪は一歩後ろへ下がった。


「どうした?」


その場の凍った空気を気にする様子もなく声をかけたのは、深雪と一ノ瀬のクラス担任の男性教師の原田だ。教室に向かう途中だったのだろう。珍しい組み合わせだと深雪と一ノ瀬を交互に見た。


「一ノ瀬と、橘?何かあったのか?」

「いえ、別に」


まだ怒りの残る声でそう答えると一ノ瀬は教室に戻ろうと身を翻した。深雪とすれ違う一瞬、とどめのように舌打ちをしていった。
深雪は身動き取れずに一ノ瀬の遠のく足音を聞いていた。


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