ミルクチョコほど甘くない

るー

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2 智

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その日、さとるは朝から機嫌が最高潮に悪かった。原因はもうすぐくるバレンタインのせいだ。日頃から女子から手紙やプレゼント、さらにどこで手に入れたのか携帯のメールやラインのメッセージなども届く。そんな日常で、年に一度のバレンタインは智にとって一番嫌いなイベントになっていた。


「……うざ」


着信の多い携帯の画面を見ながら顔をしかめ、電源を落とした。数日前から頬を赤らめた女子が、そわそわしながら寄ってくる。手には明るい色のリボンのついた包み紙や紙袋。もうウンザリだ。

俺だって年頃の男子として彼女は欲しいと考えた事くらいある。しかしイマイチ胸にグッとくる女子がいない。顔の好みをいってるんじゃない。実際、男子に人気のある綺麗な顔立ちの女子を見ても特に何も感じない。

せっかくなら好きになった子と付き合いたい。男のくせに女々しいかもしれないが昔からそう思っている。これは仲のいい友達にも言った事がない。

思い足取りの中自分の席につくなり自分を呼ぶ声が聞こえた。


「一ノ瀬くん」


遠くから僅かに聞こえるようなその声に、辺りを見回すがそれらしき人物はいない。智は見回していて隣の席の橘と目が合った。

よくいる黒髪ロングの、普通の女子だ。
今まで一度として視線が絡む事がなかったのに、橘は何かを言いたそうな表情をこちらに向けている。今の蚊の鳴くような声の出所はこいつか?


「……何?」


机の上の鞄に目線を落として素っ気なく返事をした。相手が女子というだけで自然と声が低くなった。


「あの……これ」


そう言って遠慮がちに俺に伸ばした片手には、明らかにバレンタインチョコだとわかる包装の箱があった。


「いらない」


条件反射のように出た俺の言葉に、たちは身体をピクッと止めた。隣の席になって橘から今までそんな素振り一度だって感じた事がない。俺の席は橘以外周りは男だから、俺に気の無い橘に安心していた。過去の記憶を辿ってもこれ程の席順が楽なことはなかった。視界に入る隣や前の席に女子がいると何度も振り返って見られたり話しかけられたりずっと視線が刺さり、授業中でも気の触る事ばかりだった。せっかく今回は気が楽だと思っていただけに余計に腹が立った。

鞄を開けるとこなくその席を後にした。とにかくこのイライラをなんとかしなければ落ち着いて座っていられない。どこか一人になれる所、と考えを巡らせながら廊下を歩き出すと、すぐに後ろから橘が追いついてきた。パタパタと細かな足音を立て、少し息が上がった声で呼び止めようとお俺の名を呼ぶ。


「一ノ瀬くんっ」

「しつこい!!」


自分でも驚くぐらい声を上げてしまった。女子どころか男友達にもこんな態度を見せた事がないかもしれない。それ程今の俺には余裕がなかった。こんなにイラついている原因は自分でわかっている。去年まではなかったのに、今年は携帯にまで連絡を入れられたからだ。きっと男友達の誰かが悪気もなく情報を漏らしたのだろうが、もう番号を変えたい程酷い有様だ。目の前にいるのが橘じゃなくても俺は同じように周りの目を気にせず大声を上げただろう。

橘は落としたチョコをそのままに青くなって固まった。ジリ、と一歩下がって止まった足が、その場から立ち去りたいのに動けないと物語っていた。目線を落として何もできなくなった橘をこれでもかと睨んだ。この様子を見た女子達はもう俺にチョコを渡したいと思わなかっただろう。咄嗟にそんな事も頭をよぎり、この後決定的な否定の言葉を演出するように言えばいいと口を開きかけた所で邪魔が入った。


「どうした?」


俺の後ろから明るい声で間に入ったのは担任の原センだ。さすがに教師に楯突くわけにいかず「別に」とその場を濁した。突っ込んで質問されると厄介だと思い、すぐに教室に戻ることにした。橘の横を通る際、わざと聞こえるように舌打ちをしておいた。もうこれで俺に見向きもしないはずた。



時間より少し遅れて原センが教室に入ってきた。同じタイミングで教室の後ろから橘が戻ってきたことから、原センから何か言われていたのかもしれない。原センが俺と席に着く橘をさり気なく目線で確認した。


その後、俺は今までと同じように隣には一切顔を向けなかった。橘も同じように、いるのかいないのかわからないような存在感で授業を受けた。


「一ノ瀬、すまんがこれを運ぶのを手伝ってくれ」


明るさが持ち味の原センは、授業の終業チャイムが鳴ると爽やかに俺に声をかけてきた。

ああ、今朝の事で何か言われるな……。

予想は的中し、教材室へ入るなり原センの顔つきが変わった。


「今朝の橘との事だけど、本来トラブルは本人同士に解決して欲しいと思っているが、今回は僕が口を挟んだ方がいいと判断した。一ノ瀬からも話を聞かせてもらえるとありがたいが」


もう三十にもなる大人が僕って……。
そんな事を頭の片隅で思いながらも、真剣な表情で俺に向かう原センに渋々口を開いた。


「トラブルという程では……。橘がチョコを渡してこようとしつこかったから」


やましい事はしていないのに、言い訳しているようで思わず視線を巡らせた。ただ、感情的になって大袈裟にした自覚はある。そこを突かれたら気をつけますと謝ればいい。そういった流れを考えていたのに原センからは予想外な事を言われた。


「あれは橘からじゃない。一ノ瀬宛の物が橘の机に入っていたからお前に渡そうとしただけたそうだ」



「……え?」

「誰かが机を間違えたんだろうが、贈り主の名前がなかったから一ノ瀬に返せばいいと思ったらしい」


俺は頭が真っ白になった。


「本当ですか……?」

「その場を繕うための橘の話だと?僕は一年の時も橘の担任だったから今朝の話す様子を見てそのまま信じた。だからと言って一ノ瀬にも同意を求めてない」


判断するのはお前だと、原センは隠すように教材の間に入れていた、床に落ちたあの箱を出して俺に渡した。力なくそれを受け取り改めてじっくり見ると、挟まれた宛名カードの字が目に入った。俺のフルネームを書き綴った字は丸文字の癖のあるものだった。


こんな所でこんな物を渡されても困る。俺はブレザーの内側にこっそりしまうと下駄箱まで行き、自分の靴箱の奥へしまい込んだ。蓋を開けた拍子に何個か同じような物があるのに気づいたが構わず突っ込んだ。

原センの話が……、橘の言ってる事が事実だとするならおれは橘に対してとんでもなく酷い仕打ちをした事になる。橘の気持ちを考えたら一気に血の気が引いた。よりによって大勢の生徒の前で恥をかかせてしまった。そうだ、俺自身がよくわかっていた筈なのに、咄嗟の事で勘違いをしてしまった。


朝からあったイライラはいつの間にかモヤモヤとした後悔に変わっていた。

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