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3 深雪
しおりを挟む生きた心地がしない。
今の自分の気持ちを表すならその言葉が妥当だと思う。一限目の授業は黒板どころか前をまともに向けなかった。一ノ瀬くんと反対側にある運動場に面した窓をひたすら眺めている。私の席が窓際でよかった。そうひしひし思いながら、酷く長く感じた授業も二限目に差し掛かると私はその変化に気づいた。
な、なんか隣からめっちゃ視線を感じる……。
それに気づいた深雪は身体を強張らせた。
一ノ瀬くんはまだ怒っているのだろうか。きっとみんなの前で渡したのが失敗だった。彼が席にいない時にこっそり机に返しておけばこんな事にはならなかった。
深雪は先生に預けた箱が気になっていた。あんな状態になってしまい、もう深雪からはすんなり渡せなくなった。理由を話して原田先生から一ノ瀬くんへ渡してもらえるように、頼んだが、無事に彼の元へ着いたのだろうか。自分の失態のせいであの贈り主に悪い事をした。よりによって床に落としてしまったのだ。もし中身が繊細な造りのチョコだったりしたら割れているかもしれない。
コンコン、と机を何かが叩く音で思考を止め、音のする方を見た。深雪は瞬時に顔を強張らせ仰け反った。一ノ瀬が自分の机をシャープペンシルでノックしていたからだ。一ノ瀬は深雪を覗き込むように顔を向けると探るような視線を送ってきた。
な、なに……?怖い。
今朝に比べ怒りは見えない表情だが、あの時のイメージが強く残り、深雪は思わず身体ごと顔を背けた。すると再び深雪を呼ぶようにコンコンと机をノックされた。深雪は仕方なくそっと顔を戻すと一ノ瀬の口が小さく動いた。
「ごめん」
音はなかった。唇の動きでそう読み取り、深雪は怯えながらも軽く頷き、また顔を逸らした。
よかった。一ノ瀬くんが謝ってきたという事は誤解は解けたということになる。さすが担任だ。頼りになると深雪は原田先生に感謝した。
「なあ」
「えっ……?!」
三限目が終わり、周りがガタガタと動き出すと一ノ瀬は深雪に声をかけてきた。低い声だが男性特有の低さで、機嫌が悪いからとかではなさそうだった。だが深雪は誰が見てもわかるほど怯えた。
今度は何!?さっき謝られてちゃんとわかったと頷いた。だからもう何も用はない筈……と考えハッとした。
もしかして私が落としたせいで中身が破損していたとか……?
「な、なんですか……?」
席に着いたまま、身体ごと深雪に向かいじっくり眺めてくる一ノ瀬に小さく返事をすると、一ノ瀬は黙って深雪の机に開きっぱなしになっていたノートを掻っ攫っていった。突然の出来事に声も出せずにそれを見守った。
「今の授業、全然ノートとってないじゃん」
ちょっと冷たいと思われるくらいの口調で一ノ瀬はノートをペラペラとめくった。一ノ瀬が怖くて窓ばかり眺めて黒板を見ていなかったからノートが白いのは当たり前だった。
「俺の見る?」
「え?け、結構です」
何を言い出すんだと慌てて首を振るが、一ノ瀬は僅かに口元を上げるとサッと自分のノートを差し出した。そして深雪の机に広げて置くと、ガタンと椅子を引っ張って近寄ってきた。
「ええっ、ちょっ……結構です!」
聞こえなかったのかともう一度声を張って断るが、一ノ瀬はお構いなしに深雪の机に肘を置いて寛ぎモードになった。深雪が声を上げた事で教室内がシーンと静まり返り、周りは何事かと目を丸め二人を見ている。女子にとってはあり得ない一ノ瀬の姿に不満そうな声が聞こえ出した。その状況に深雪が困り果てた顔をすると一ノ瀬が振り返り、みんなに向かって一言放った。
「こっち見ないで」
見ないでと言われると逆に気になる。そんな人間心理をわかっているのか一ノ瀬は一瞬フッと面白そうに笑って再び深雪に向かった。
急かされるように促され、結局深雪はノートを写し始めた。一ノ瀬はそれを黙って側で見ているが、深雪の頭には疑問しか浮かんでこない。
何で?何で?場面場面で変化が大き過ぎてるついていけない!意味がわからない!
何で……一ノ瀬くんは私の顔をジッと穴が空くほど見てくるの……!?
「そんなに見ないで……」
「ちゃんとノートも見てるよ」
も?
いや、そうじゃなくてそもそも見ないで欲しいし、自分の席に戻って欲しい。
青い顔で冷や汗を滲ませながら深雪は要点だけを拾って自分のノートに書き写した。全部写そうとすると休み時間を潰すだけでなく、次の昼休みまで持ち越しそうだった。
「お、終わりました」
「早いね」
やっとの事で深雪が綴ったノートをヒョイっと手に取ると一ノ瀬は確認するように見た。一瞬目つきが鋭く細まった気がしたが、何を考えているかわからない元の表情に戻りノートをパタンと閉じた。
「二限のは?そっちも見る?」
「いえ、もう十分です……」
もう本当勘弁してと首をこれでもかと横に振る。一ノ瀬からの視線だけでなく教室内の女子の目線が痛すぎる。深雪はもしかして……と、そうっと一ノ瀬の顔を覗き見るような形で見た。こちらを向いていた瞳とぶつかり、一ノ瀬はさらに口元に弧を描いた。
やっぱり……。
私は一ノ瀬くんに仕返しされている。
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