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5 深雪
しおりを挟む「……っふ、うう」
何でこんな仕打ちを受けなきゃいけないの?
私は一ノ瀬くんに対してそんな酷い事をしたの?
一ノ瀬くんが怖くて我慢しきれずに涙が出てしまった。顔を手で覆って下を向いて声を堪えるように泣いた。暫くそのまま泣き続けると溜まっていた淀みが抜けたように気持ちが落ち着いた。そのかわり何だか疲れきったような脱力感に襲われた。
しゃくりあげながら顔に当てていた手を外した。手のひらは涙でびしょ濡れになっていた。きっと顔も同じ、涙でぐちゃぐちゃだ。そんな顔をゆっくり上げると一ノ瀬くんが凭れるように机に腕を置き、その腕に頭を乗せてジッと私を見ていた。怖いというより正直不気味だった。
「橘って下の名前なんていうの?」
ボソッと呟くように質問され、深雪は素直に名乗った。逆らうとどんな目に合うかわからないと感じてしまった。それ程彼の視線には威力があった。
「み、深雪……っ、く」
「へぇ、じゃあ深雪。こっち向いて」
一ノ瀬は深雪をサラッと呼び捨てにすると机から身体を起こした。そしてあろうことか一ノ瀬は自分の両膝の間に、スカートから出ている深雪の両膝を挟んで座り直した。そんな状況では当然身体や顔が近い。脚を動かそうとしても一回り大きい一ノ瀬の身体でしっかり固定されて、さらに手首も捕まってもう身動きとれなかった。
「い、一ノ瀬くん。やだ……」
「泣き顔いいね」
一ノ瀬くんがニヤリと笑った。女子が騒ぐだけあるな。確かに男子にしては綺麗な顔立ちをしていて、どこか外国の血でも混ざってそう。
逃げられないと勘付いてから、余計な事が頭を横切るようになった。
一ノ瀬くんはずっと楽しそう。私が苦しむだけその楽しさが増すのかもしれない。この罰ゲームのような仕打ちがエスカレートしていきそうな予感がして、私は身震いした。
「もう……許して、下さい」
「何が?許してもらうのは俺の方だよね?朝のアレごめんね?怒ってる?」
もげそうな程首を横に振った。その拍子に髪が濡れていた頬に張り付いた。一ノ瀬くんは自分のポケットからハンカチを出して、まだ時々零れ落ちる私の涙と頬を拭いた。
顔に張り付いた髪を取った後、その流れで髪を触りだした。腕が何度も同じ動きを繰り返した事から、乱れた髪を指先で直してくれたみたいだった。その手つきはとても優しく私は困惑した。
「お弁当食べさせてあげようか?どれから食べる?玉子焼き?」
「じ、自分で食べます」
「さっきから何で敬語?俺達同じ歳だよ?」
一ノ瀬くんから発せられる妙な威圧感が、彼に支配されているとしか思えない。
一ノ瀬くんは私のお弁当を私の手に持たせると、自分のお弁当に手をつけた。膝はまだ捕らえられたままで、お互い向き合って食べている。一ノ瀬くんは私がお弁当をノロノロ食べるのをずっと見ていた。
「深雪の携帯貸して。番号交換しよう」
もう決定事項のように一ノ瀬くんは手を差し出して携帯を催促した。
私は仕方なくスカートのポケットに入っていたスマホを渡した。
「ロックかけてないの?落としたら危ないよ」
そう言いながら私の携帯を操作し始めた。一ノ瀬くんは自分の携帯を触る時、一度機嫌が悪そうに眉間に皺をよせた。
調理室に入って一ノ瀬くんとの距離感に少し慣れてしまっていた私は、再び身構えした。
一ノ瀬くんから携帯を返され、そのまま手に持っていると、すぐに着信の振動を感じた。見てみると画面にラインの着信表示がされていた。
『一ノ瀬智』
え?と前を見ると一ノ瀬くんが携帯片手に楽しそうにこちらを様子見ていた。早速何か送ってきたらしい。一ノ瀬くんの目が早くと促しているようだったので、私は渋々という感じでメール画面を開いた。
『今日一緒に帰ろう』
その文字の下には一ノ瀬くんからはイメージできない、可愛いスタンプが一つつけられていた。
文章《メール》の内容よりもそのスタンプを使ったという意外性に目を丸くした。そのスタンプは動くタイプで、猫が踊りながらクルクル回って可愛らしいものだった。私はちょっとだけ顔が緩んでしまった。
「泣いた後に笑うのもいいね」
一ノ瀬くんの声が近くで耳に届き私はハッとした。凄く顔が近い。覗き込むように顔を寄せて、一ノ瀬くんはまた私の髪を触った。今度は乱れた髪を直すのではなく、頭を撫でるように上から下へと何度も手を滑らせる。
恐怖と優しさを同時に感じ、私ははおかしくなってしまいそうだった。
調理室から教室に戻る時は手首ではなく手のひらが捕まった。初めて異性に手を繋がれ、どうやってもそこに意識が集中してしまった。私より大きくて厚みのある手が男子という部分を感じさせた。その頃になるともう「何で?」という考えは失せ、一ノ瀬くんを怒らせないようにしようと気を配った。
「あの、一ノ瀬くん。私行きたい所があって、その……手を離してもらえる?」
一ノ瀬くんの指摘が何度も入り敬語は頑張って外した。
一ノ瀬くんは目立つから本当は一緒にいるのも嫌なのに、よりによって手を繋がれている。周りにいる女子からは悲鳴に近いものが聞こえ、男子は冷やかしの眼差しでこちらを見ていた。
「どこ?一緒に行く」
「……お手洗い」
「ああ、そっか。じゃあ一緒は無理だな。俺は近くで待ってるよ」
先に教室に帰ると思ったのに待たれるなんて……。
私はトイレの個室に入った途端大きく疲れを逃すように溜息をついた。
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