ミルクチョコほど甘くない

るー

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9 深雪

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「深雪の口の中にあるチョコを俺に食べさせて。もちろん手は使うなよ」


手を使わずに一ノ瀬くんに食べさせる?
つまり……口移し…?

私の口の中ですでに溶け始めている食べかけのチョコを食べさせるなんて……。キスしろと普通に言われた方がどれだけマシか。

無理……!

できないといくら首を振っても一ノ瀬くんは許してくれなかった。


「早くしないとチョコ溶けちゃうだろ」


低い声に部屋の中の空気が張り詰めた。
どうしよう。ちょっと怒ってる。
恐怖が蘇り涙が出てきた。

「深雪」

息がかかるほど近くで名前を呼ばれ、もう覚悟を決めるしかないと腹をくくった。
キス自体したことがないのに口移しなんて私にはレベルが高すぎる。それでもやらないといけない。

顔を近づけ唇を少し触れさせて舌でチョコを押し当てた。極力唇がくっつきすぎないようにして、唇の隙間から落とさないように気をつけた。


「甘いな」

チョコを受け取った唇はそうボソッと呟いた。

「……っう、うう」

やり遂げた安心からか涙が一気に溢れ出した。一ノ瀬くんはチョコの箱から一粒摘むと私の鼻先に持ってきた。

「チョコ半分溶けてたな。次、これにしようか」

もう嫌だ!!

抗議の声を出した隙を突いてチョコを口に入れられた。逃げようとしたけどあっという間に捕まった。一度捕まってしまうと力の差で絶対に逃げられないというのは頭でわかっているけど、でも逃げ出したかった。私とは違う体温と香りを感じ息を飲んだ。一ノ瀬くんの懐にぴったり寄り添うように私は密着させられていた。

男子というより男の人だ。

肩幅や胸板の筋肉質な感じ、更に私の腕を力強く捕らえる大きな手。

身体で感じた異性というものに、私は初めて性的な意味で一ノ瀬くんを意識した。


「さっきと同じ事をするだけだよ」

耳にまとわりつくような囁きが聞こえ、上を向かされた。先程より穏やかな口調なのに一ノ瀬くんの瞳はギラギラと輝いて見える。
自分の中でさっきのはチョコを渡すための接触だった。でも彼を異性と認識してしまった今、唇が触れるのが躊躇われる。


「終われないと帰れないよ?」


さっさと済ませちゃえば?みたいに軽く言われた。箱にはまだチョコがたくさん残っている。あとこれ一回で終わらせてくれるのかはわからないがこれ以上待たせて一ノ瀬くんを怒らせたくない。

私はもう捨て身で唇を寄せた。さっきはわからなかった一ノ瀬くんの唇の温度を感じながらチョコを送り込んだ。その途端頭を固定され唇に圧力を感じた。そして甘い塊が口の中に入ってきて思わず飲み込んでしまいそうになった。

キスされてる……!

一ノ瀬くんの唇はしっくりくる場所を探すように何度か角度をずらすとより一層押し当ててきた。逃げられない彼の腕の中で、どこかに抜け道はないかといたるところに神経を張り巡らせる。だけどこの後今度は逆に口だけに気をとられることになった。

ぬるりと舌が入ってきた。ぞわぞわと身体の中を何かが弄っているような感覚が走り身構えた。私の口の中を調べるようにあちこち動いた後集中的に舌を刺激された。その度に何とも言えぬ感度が生まれ勝手に身体がピクピク反応してしまった。


「……深雪、チョコありがとう。美味いよ」


感想言えるほど一ノ瀬くんは食べてない。一粒目の半分溶けたチョコだけなのに。私が何かを言う間は与えられず、また元のように唇がくっついた。先程よりもゆっくりとしかも強弱をつけて彼は動いた。

一ノ瀬くんの動きに集中していないと息継ぎが上手くできない。ちょっとした隙間から胸を上下させながら酸素を取り入れる。彼は自分の舌をひたすら私の舌に擦り付けるように絡めた。

脳が焼きつくような痺れと、疲れてもいないのに身体から力が抜けていくのは自分ではどうにもできなかった。気づくと私も舌を動かしていた。腰を強く押さえつけるようにしていた一ノ瀬くんの手は私の背中を支えるように添えられ、もう片方の手ではふわりと頭を撫でた。強い刺激だけでなく身を委ねたくなるような安心感に包まれた。

そのまま眠ってしまいそうなくらい気持ちがふわふわしていると不意に一ノ瀬くんが唇を離した。そして私の様子を伺うように覗き込んで、彼は笑った。


その時の一ノ瀬くんが見せた笑った顔はいつもの含み笑いではなく、柔らかそうな暖かさを感じさせるものだった。そういう顔もできるんだと眺めていたらそっと抱き締められ耳元にいつもと違う熱のこもった声が届いた。


「俺の深雪は可愛いな」


……俺の?

ああ、そっか。付き合ってるんだからそういう表現になるんだ。今まで友達の恋愛話を聞く側で自分では何一つ経験してこなかったからわからないことだらけだった。さっきのキスだって正直驚いて腰が抜けそうになった。あんな濃厚なキスは映画の中の外人さんだけだと思ってた。

目まぐるしい出来事にボーッとしているとまた低い声が耳に響いた。その内容に私はまた顔を強張らせた。


「深雪、ブラウスのボタン外して」

「…………え、なん…」

上手く言葉が出てこなかった。一ノ瀬くんの顔はまたどこか冷たいような瞳になって私を見据えた。視線で早くと促されて私は震える指先で首元のボタンを外した。

モタモタした手つきで一つ外し一ノ瀬くんを見る。まだだと鋭い視線が返ってきてもう一つ外す。それを何度か繰り返し結局全てのボタンが外された。

「もう一枚着てるんだな。まぁいっか。じゃあ上全部脱いで」

「い、一ノ瀬くん……。お願いだからもうやめて……!」


初めて泣き叫ぶように楯突いた。でも一ノ瀬くんには逆に喜びを与えてしまったみたいで口角を上げると深く口付けた。同時に口内には私が流した涙の味が広がった。


「俺が脱がせようか?俺だと上だけじゃなくどこまで脱がせるかわからないけどね。深雪が自分で脱ぐなら上だけでいい」

指示する内容と顔の表情は非道なのに私に触れる手と唇と声質は優しい。
彼の事は怖いけど本当に酷いことはしない人というのは頭のどこかでわかっている。
だから、やっぱり逆らえない。

私は嗚咽を堪えながらブレザーとブラウスを脱いだ。ブラウスの下に着ていたインナーを脱ぐと一気に肌が露わになるため躊躇いながらインナーを脱いだ。一ノ瀬くんは黙って側でジッとそれを眺めていた。ひしひしと彼の視線を感じる中、どうしてもブラを外すことができずに手が止まってしまった。俯いていた私に一ノ瀬くんはこれでもかと優しい声色で囁いた。


「外してやろうか?」


俺だとどこまで脱がせるかわからないと言われた事を思い出しゆるゆると首を横に振った。恥ずかしくて正面にいる彼から少し身体をずらした。背中のホックを外して手を下に下げるとブラは肌から離れパサリと私の腿の上に落ちた。

耐えきれずに胸を手で隠そうとした腕を止められた。

「何で隠すの。綺麗なのに勿体無い。もっと見せて」

もう一ノ瀬くんの顔を見れなかった。ただ横を向いて恥ずかしさに耐えた。部屋には私のしゃくり声が響いていた。

「髪が胸にかかるとエロいね」

そう言って彼は私の髪を指で肩にかけて後ろへ流した。そしてその肩をペロリと舐めた。

「……!」

舐めた後、震える私の肩を強く吸った。チリッと痛みに近いものが走り私は顔をしかめた。そしてこれから起こるかもしれない出来事を想像して身を縮こませた。
しかしその後急に腕を解放された。


「これ以上見てると手を出したくなるからもうやめるよ。深雪が頑張って脱いでくれたからお礼に俺が着せるよ」

一ノ瀬くんはブラを手に取ると不慣れな感じで私の身体につけ始めた。肩を見ると赤く痣みたいになってた。これは、いわゆるキスマークというものだろうか。

「ホックはどうなってんだ?見えないとできないな。背中向けて」

何事もなかったようにそう言われ、私はキョトンとしたまま背中を向けた。呆気なく元どおりに服を着せられ私は拍子抜けした。
てっきり……あちこち触られるのかと思ってた。

ホッとした顔がモロに出たのか一ノ瀬くんは私の頭をポンポンとすると意外なことを口にした。

「俺、深雪が初めての彼女なんだよね。付き合うなら好きな子って決めてたからキスも今日が初めて」

「え?」

思いの外大きな声が出てしまった。
あんなにモテていた人だから本当の事かはわからない。だけど私を見る瞳にほんの僅かに照れが滲んでいるように感じでしまい、私は素直に顔を赤らめ俯いた。その視界にチョコの箱があり、最初のキスを思い出した。



怖かったり優しかったり。
一ノ瀬くんはよくわからない。
あのチョコのようにビターとスイートな面々に私は煩労させられる。

でも彼は絶妙だ。ビターを与えた後スイートを僅かに与える。どう考えてもスイートが引き立つに決まってる。

私がチョコを眺める姿が物欲しそうに見えたのか一ノ瀬くんは「食べる?」と勧めてきた。彼が手に取ったのは一番最初に食べたミルクチョコ。

私の口にチョコを差し込んだ彼のその顔はミルクチョコより甘くない少しビターを含んだ笑顔だった。



「深雪好きだよ」

泣き顔が特にね、と唇に触れる直前小さく続いた言葉は深雪には届いていなかった。
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