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しおりを挟む「凛斗、土曜日何してた?」
月曜日の朝、賢治から大学の教室で会うなり質問されて、凛斗は「おはよう」と返したばかりの笑顔が固まった。
土曜日だって?忘れたくても忘れられない最悪な出来事があった日だ。男に襲われてましたなんて天地がひっくり返っても誰にも、ましてや親しくなったばかりの賢治には絶対言えない。いっそうの事ショックで記憶喪失にでもなってくれればよかったのに。実際はそんな都合よくいかず嫌な感情が蘇り、みぞおち辺りが捻れたように締め付けられた。なんとか平常心を装い賢治に返事をした。
「……なんで?」
「急に合コンの話がきたから凛斗にも連絡入れたんだけど、全然返事が来なかったから結構しつこくメールしちまった。可愛い子ばっかりだったし、おまえ彼女欲しがってただろ」
「そっか、悪りぃ。携帯の電源落としたまま忘れてた。また誘ってくれよ」
あの日、凛斗は愁の家を出てまっすぐ自宅に帰り、起こった出来事を現実として受け入れたくなくてベッドに潜って全てをシャットアウトしていた。
隣に座っている賢治に謝ると、黙ってジッと見返された。
「ん?何?顔に何かついてる?」
「そうじゃないけど、凛斗なんかあった?」
「な、なんかって?」
目を見開いて若干裏返った返事は肯定だと答えたようなものだった。賢治は「やっぱりな」と机に頬をついた。いつも通りにしていたつもりだったが、凛斗はどこか落ち着きがなく、自分でも知らぬうちにため息ばかりついていた。そんな姿をいつも一緒に授業を受けている賢治が見逃すわけなかった。
「悩み事か?学科…じゃないよな。凛斗学年でもトップクラスだもんな。まさか……」
「な、なんだよ……」
賢治は深刻な顔で周りを気にするように視線を巡らせた後、顔を寄せてコソッと言った。
「金か?」
「は!?」
「男の悩み事なんて女か金に決まってんだろ。で、借金でも作ったのか?」
見当違いな内容だったが、賢治は凛斗をからかってるのではなく真剣に心配している様子だった。ため息をつく事になった原因があんな恥ずかしい事じゃなければ、すぐ賢治に相談したかもしれない。専攻した授業で、たまたま隣に座ったのがきっかけで仲良くなったが、いい奴と友達になったとしみじみ思う。
大学に入ってから凛斗にとって賢治は一番仲がいい友達で、地方から出てきたばかりの賢治からしても凛斗は最初にできた友達みたいでとても親しくしてくれている。
どうしよう、話してしまおうか。気持ちがぐらつくが、男にイかされたなんて情けないことを打ち明けて、賢治に嫌悪感を抱かれ距離を取られたくない。あの事は誰にも言わずに、さっさと忘れてしまおう。
「そんなんじゃねぇよ。大したことないから」
「本当か?無理すんなよ。まぁ、貸すような金はないけど話くらいは聞くからさ。何でも言えよ!」
笑って大丈夫だと訴えたところ賢治にバンバンと背中を叩かれた。彼なりに励まそうとしているらしい。気持ちは嬉しいのだが、凛斗の薄っぺらな上半身は前のめりになった。
「痛ってぇよ。力を加減してくれ」
「これが普通だよ。凛斗が細すぎるんだろ」
「何食っても太らないんだよなぁ」
「おまえ、女子の前で絶対それ言うなよ」
高校までバスケをやっていたという賢治は凛斗より少し背が高く、わりと細身だが力もあるし確実に体力もあるだろう。一重でつり目がちだから人相が悪いと本人は気にしているが、笑うとちゃんと優しい雰囲気になるし、よく気が利いていい奴だ。
「それで、その合コンで好みの子いたか?」
「いたけど他の奴に持っていかれた。俺キャピキャピした子よりサバサバした子の方が好きなんだよなー」
「俺も。思った事その場ではっきり言ってくれる子とかいいよな」
「そうそう」
賢治と好みの女の子のタイプが一緒だと判明。これでは合コンなどでいいなと思う女の子がいても、男っぽい賢治に負けてしまうだろうなぁ、としょげかえる。
その後、忘れたまま放ったらかしにしていたスマホの電源を入れた。たまに来る迷惑メールに混ざって賢治からの合コンのお誘いメールと着信が数件。愁からは日曜に一度だけ着信が入っていた。スマホの着信履歴を見ただけでも未だ動揺してしまう。何のつもりの電話だっただろうか。謝罪?言い訳?
思い起こせば、最初からやたら密着されていたし、必要以上に触れられていた気がする。 初めて会った時から惹かれたと、本気だといっていたがそんな事言われても男相手に理解できない。どちらにしろもう話すつもりはない。凛斗はさっさと愁の連絡先を削除すると、スマホをテキストが入ってるリュックに放り込んだ。
***
その日の夜、家で夕食を食べてると紗希から家の方へ電話がきた。電話をとった母親が「この前久々に紗希ちゃん見たけど更に可愛くなってたわ」と笑っていたが俺には中学の時からの違いがわからない。紗希は昔から人一倍身だしなみに気を使って着飾っていて可愛かった。先日偶然会った時もその可愛さは健在だなと思ったところだ。
固定電話で話すのなんてかなり久しぶりだ。一体何の用だろうと受話器を耳にあてる。
「紗希?何だよ」
『携帯持ち歩いてないの?何度も電話したんだけど』
「あー…鞄に入れっぱだ。で、何?」
『もうお風呂入った?今から時間ない?』
「風呂?……ちょっと待て、もしかして」
『当たり!この前愁くんの練習に付き合ったでしょ?私にも練習させてよ。人数にノルマがあるのよ』
愁から家でシャンプーの練習台になったことを聞いたんだろう。余計な事まで聞いたんじゃないかとヒヤヒヤとしたが紗希の態度は特に普段と変わらない。何も知らないようでひとまず安心だ。
(自分の彼氏が男に手を出したなんて知ってたらこんな普通に会話できるわけないもんな)
『ちょっと凛斗、聞いてる?適当な時間でいいからこっちに来てよ』
「あ、ああ…。今メシ食ってるから終わったら行くよ」
『やった!じゃあ後でね!』
勢いよく受話器を置く音が聞こえ通話は切れた。シャンプーの練習台なんて愁を連想させるので本当は乗り気じゃなかったが、愁の練習に付き合ってしまった以上紗希を断るのは不自然だ。
夕食を済ませた後、凛斗はしぶしぶ紗希の家へ行った。家に上がるのなんて中学ぶりだ。しかも風呂に入るだなんて、記憶の程遠い小学生の低学年の時に泊まりに来た時以来。
紗希の両親と軽く挨拶を交わした後、紗希に風呂場に引っ張っていかれた。
愁の時は腰にタオルを巻いて湯船に入ったが、紗希は女の子だしタオルだけでは心もとない。凛斗は体を洗った後、用意してきた海水パンツを履いて湯に浸かった。
「紗希、入って来てもいいぞ」
「はーい」
凛斗が声をかけると紗希は遠慮なくガチャっと浴室に入って来た。因みに多少濡れてもいいようにタンクトップと短パンだ。
(おいおい、男が風呂場にいるっていうのにもうちょっと恥じらいを持てよ)
紗希は凛斗が海水パンツを着用していることは知ってるし幼馴染の間柄だから今更だ。それに、変に照れられてもこちらも気まずくなるので紗希の態度はある意味正解だ。
愁の時と同じように浴槽の縁に置かれたタオルに首を乗せ仰け反ると、紗希は凛斗の目が隠れるように薄手のタオルを置いた。
「ん?目隠しすんの?」
「え?愁くんやらなかった?」
「ああ」
「そうなの?忘れたのかもね。髪濡らすわよ。言っとくけど私は愁くんみたいに上手くないからね」
「別に比べたりしないから思う存分練習してくれ。その代わり細かい感想とか聞くなよ」
「思う存分って言ったわね!じゃあ技術テストの前にまた練習させてもらおっと」
紗希のシャンプーはたどたどしくて作業にまだ慣れていない手つきだった。しかし一生懸命さと丁寧さはとても伝わってきて、紗希が美容師の勉強を真剣に取り組んでいるのが感じられた。紗希には悪いが愁と比べるというレベルではない。素人の凛斗でもわかってしまうほど愁のシャンプーは別格に思う。
愁の指先、気持ちよかったな……。
あんな事されたくせに、シャンプーとブローの気持ち良さが蘇る。愁の事なんて早く忘れたいのに、喜びを覚えてしまった体はそう簡単になかったことにはしてくれそうになかった。情けなくて惨めな気持ちに押し潰されそうになる。
「なぁ……あいつとは上手くいってんの?」
「愁くん?普通だけど……どうかした?凛斗が私の彼氏について何か言うの初めてだよね」
「問題ないなら別にいい」
「何よ、気になるじゃない。もしかしてこの前練習した時に愁くんが私の事何か言ってたの?」
「何も言ってねぇよ。聞いただけだから気にすんな」
余計な事を言ってしまった。紗希と愁が拗《こじ》れたらどうしようと心配したが、紗希にあんな奴と付き合って欲しくない気持ちもある。かといって何があったかを話す訳にもいかず無理やり会話を切って誤魔化した。
風呂から上がった凛斗は家から持って来た寝巻きに着替えた。といってもぶかぶかのTシャツと膝丈のスエットだ。もう十時を回っていたから部屋に帰ってこのままベッドに入れる。濡れた髪のまま帰ろうとしたのを紗希に捕まり、ブローもされた。
ゆっくり練習できて満足そうな紗希の笑顔に見送られ、凛斗は紗希の家を出た。
紗希の家から自分の家までは目と鼻の先、歩いて数歩だ。その数歩の間に凛斗は物陰に隠れていた人物に捕まった。
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