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しおりを挟む「……凛斗」
「おまえ……!」
暗がりの中、後ろから腕を掴んできたのは愁だった。
喉から出そうになった怒鳴り声をグッと堪えた。ここは住宅街で夜遅い時間。普通に会話しているだけでも声が周りに響いてしまう。街灯の明かりが愁の思いつめた顔を照らしていたのが目に入り、凛斗は湧いた怒りを抑えながらも周囲を気にしながら小声で話した。
「何の用だ。顔見せんなって言っただろ」
「話がしたいです。さっき紗希ちゃんから、今夜凛斗が彼女の家に行くことを聞いたので待ち伏せしました」
「腕を離せ。家の前でこんな事するな」
「少しだけでいいんです。話を聞いてくれないならここでキスします」
「……!!」
掴まれてる腕を引き寄せられ愁と顔が近くなる。愁に力で敵わない事はすでに身をもって知っている。凛斗はギリと奥歯を噛みしめると「わかった」と降参した。
「ここじゃダメだ。場所を変える。荷物置いてくるから待ってろ」
「来るまで待ってますから」
脅しでなく本気だろう。愁から伝わってくる重みのある空気を背中に感じながら家に入った。持っていた服を脱衣所に置いて、母親にコンビニまで出てくると告げて外に出た。玄関のすぐ近くで立っていた愁は、玄関から凛斗が出て来るのを見て強張っていた顔をホッと緩めた。
この前の事を紗希に言わないように口止めに来たのか?だとしたらもっと早い段階でメールか直接言いにくるだろうから違うか……。
凛斗が愁の横を通り抜け、スタスタと歩き出すと愁は後ろから慌てて追いついて隣を歩いた。
「どこへ向かってるんですか?」
愁が尋ねてきても凛斗は無視した。行き先を一度聞いただけで、愁は黙って凛斗について来た。
まさか待ち伏せされるとは思ってもおらず、凛斗は内心動揺しまくっていた。愁が現れて込み上げたのは怒りだけではなかった。快楽と羞恥。色んな感情がごちゃ混ぜになり、凛斗は当惑したまま家から一番近い駅の裏にある小さな公園まで行った。時刻は既に十一時を過ぎていたが、公園には若者の姿がちらほらあった。あまり声が大きいと何を話しているか聞こえてしまう。凛斗はなるべく人がいない公園の奥へ足を進めた。公園内に点々とある明かりがギリギリ届く場所だが、時間が時間なだけに薄気味悪い暗さだ。一人だったら絶対こんな所に来ない。
「……話って?」
嫌々話をすると分からせるためにぶっきらぼうに低い声で言った。愁は凛斗の態度を気にすることもなく正面に立つと刹那な声で言った。
「あなたが好きです」
「……は…?」
いきなりの告白に凛斗はポカンと口を開けた。愁は一目惚れみたいな事を言っていたが、凛斗をその気にさせるための口から出まかせかと思っていた。まさか初っ端からそのセリフを聞くとは思わなかった。
「僕が直感型だと言ったのを覚えていますか?凛斗と初めて話した時に『この人』と思いました」
「そうかよ。俺は思わなかった」
「でも僕にキスされてまんざらでもなさそうでしたよね」
畳み掛けるように言われて言葉に詰まった。あの日、愁に迫られて逃げ出せず快感を受け入れたのは確かだが、その後はっきりと怒りを向けたはずだ。
「僕と付き合ってください」
その言葉を聞いて凛斗は愁を睨みつけた。紗希と付き合ってるくせに何を言ってんだ。気があるようなことを言って身体を触ったりするなんて不誠実で最低だ。
世の中好んで三角関係の泥沼に飛び込む人や、気づいたらそうなってたという状況があるのは知ってるが、凛斗はその手のトラブルが嫌いだった。過去に特別何かあったわけではないが性格的に受け付けない。人の恋愛に関して口は出さないが、自分はそうならないようにしてきたつもりだ。それなのに愁によってあっさりと渦中に巻き込まれてしまった。
「紗希と二股かける気か」
「それは今から解決させます」
そう言うと愁はスマホを取り出しどこかへ電話をかけた。
「紗希ちゃん?愁です。遅い時間にすみません。僕たちが付き合う時にしたあの約束、覚えてます?……ええ、それです」
電話の相手は紗希だった。愁は紗希と会話をしながら凛斗を真っすぐ見つめてきた。まるで話している内容を凛斗に聞かせるように大きく、はっきりした声だ。嫌な予感が頭を掠めたその時、愁の口から驚愕な言葉が発せられた。
「紗希ちゃん、僕と別れてください」
「おい!何言ってるんだよ!!」
カッとなった凛斗は愁の胸ぐらに掴みかかった。勢いよく向かっていったせいか、愁はよろめいて手にしていたスマホを手から落とした。落下した先は運良く芝生の上だから壊れる事はなかったのだが、凛斗は愁が落としたスマホを気にする余地もないほど頭に血がのぼった。
「おまえ何したかわかってんのか!?」
「もちろんですよ。凛斗もちゃんと聞いてましたよね。今、紗希ちゃんと別れたのでもう二股ではありません」
愁は平然とそう答えると、凛斗の手を掴み近くの木の幹に押し付けた。太い木へ囲うようにして追い込まれた凛斗は途端に逃げ場を失った。殴ってやろうと思ったのに、両手は肩の高さでしっかりと拘束され、蹴りを入れようにも愁との距離が近すぎて無理だ。
「僕と付き合ってもらえますよね?」
「男と付き合うわけないだろ!!俺はノーマルだ!」
落ち着き払って堂々としている愁に、信じられないという目で見上げると、唐突にキスをされた。強引に当てられた唇は最初から優しかった。下唇、上唇を舌と唇で愛撫され、全身の力が抜けるほど口の中を貪られた。
「凛斗、こんな顔してるくせにまだ僕を突っぱねるの?」
顔を包む手がそっと頬をなぞり、口の端から溢れた唾液を拭った。
……こんな顔って何だ?
止まっていた思考が動き出し、我に返って力の抜けた顔を腕で顔を隠した。
信じられない。何やってんだ俺!しっかりしろ!
またもや愁のキスに流されてしまった言い訳を、真っ赤になりながら考えるが、焦りも加わって結局逃げるように背を向けただけになった。
「そんな事しても今さらですよ。もう観念したらどうですか?体は素直に僕に反応してますよ」
ほら、と後ろから首筋をチュッと吸われ「あっ」と声が漏れる。キスひとつで体の感度を上げられてしまい腹が立つ。腹が立つのに、愁に触れられると身を委ねたくなる快楽を求めてしまっている自分がいる。心が体の本能に引っ張られて抗えない一方、わずかに残る理性が言葉となって防御に回る。
「あんな一方的な別れ方して紗希を泣かすな」
「どうしてそんなに紗希ちゃんを気にするんですか。まさか彼女の事が好きなんですか?」
「幼馴染なんだから心配して当たり前だろ。しかも俺が二股だと言ったから紗希に別れるなんて電話したんだろ」
「そっか、自分のせいで僕と紗希ちゃんが別れたと思ったんですね。凛斗は優しいですね。大丈夫ですよ。紗希ちゃんとは初めから条件付での付き合いだったので彼女も納得している筈です」
「条件……?」
何だよそれ、と振り返って避けていた愁の顔をまともに見る。薄暗い中、街灯の明かりで浮かび上がる表情はとても穏やかで、凛斗だけが感情的になっているのがバカらしくなる。
「簡単に言えば付き合ってるフリをしてたんですよ。どちらかに好きな人ができたら関係を解消するって条件で」
「どうしてフリなんか……」
「気になります?」
愁は焦らすような言い回しで耳元に声を落とし、後頭部に向けて髪の間に指を滑り込ませてきた。ぞくっと震えた体は急所を突かれたように力が抜け、喉の奥から熱い息がしおらしく漏れた。
偽装カップルなんて、漫画やドラマみたいな事する奴ら本当にいるんだな。二人の関係の経緯が気になると言えば気になる。
話の先を促すように凛斗が視線を送ると、息がかかるほど寄せられている整った顔が満足そうに形を変えた。
「話すと長くなるのでまた後で説明しますね。今は僕との事に集中してください」
「っ……う」
また唇を塞がれ舌を絡め取られた。最初のキスで十分体温を上げられていた体は二度目のキスでひとたまりもなく降参した。
脱力していく凛斗の腰や頭を愁の手が支え、しっかりと抱きとめられる。崩れ落ちそうな脚を愁の服にしがみついて、なんとか立っているのを保つのが精一杯だった。
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