sideBの憂鬱

るー

文字の大きさ
10 / 33

10

しおりを挟む


 ーー彼女が欲しかったのに、なぜか男と付き合う事になってしまった。



 朝、目が覚めてすぐに昨夜の事が思い出された。愁からの告白ととろけるようなキス。いくら夜の公園で人目がないからといっても、野外でスウェットの下を触るなんてやりすぎだ。



 (愁の奴、なんて事をしてくれたんだ……)


 凛斗は恥ずかしさで一人顔を赤らめた。



 ***



 大学の教室でお決まりの席を陣取って授業が始まるのを待っていると、賢治が隣に座るなり楽しそうな声で訊ねてきた。


 「凛斗っ、今日の夜空いてないか?」

 「ニヤニヤしてどうしたんだよ。今夜何かあんの?」

 「この前さ、また声かけてって言ってただろ?また何人か女の子が集まるみたいだから誘われたんだけど一緒に来ないか?」


 そういえばこの前、合コンに誘ってくれと頼んだな……。

 本来なら喜んで頷くところだが、残念なことに昨夜からそれが出来ない身になった。愁という相手ができた以上、合コンと名のつく集まりに参加はできない。愁に『二股か?』と怒った手前そんな不義理はできないからだ。


 「ごめん。今日は約束があるんだ」

 「そっか、またタイミングが合わなかったな。残念」


 また誘うよ、と肩をポンポンと叩かれハッとした。合コンにはもう参加出来ないと伝えておかないとまた誘われてしまう。でも何と言えばいいのだろうか?付き合ってる人がいると言えれば一番いいが、そうなると賢治は会わせろとしつこく言うだろう。だけど相手が愁《おとこ》だなんて絶対に言えない。凛斗は他の理由を作ろうとしたがその場でパッとは浮かんでこなかった。仕方なく、しばらくは予定が合わないと言って断る方向に決めた。


 「じゃあさ、今週はいつ空いてる?どっかで遊ぼうぜ」

 「そんなに予定入れて大丈夫か?課題もあるし賢治、バイトもしてるだろ」

 「バイトは土日だけだって言っただろ。課題は……凛斗が手伝ってくれたら片付く予定だ!」


 自信満々に訴えられ、凛斗は呆れるのを通り越して吹き出して笑った。課題の締め切りが近くなると賢治はこうやって甘えてくる。いいように使われているのかもしれないと思った時もあったが、今では賢治は甘え上手なのだと認識している。


 「最初はなっからそっちが目当てだろ。しゃーねぇな、明日賢治ん家な」

 「えー。凛斗の家がいい。おばさんのご飯が食べたい!めっちゃ美味いもん!」

 「明日は親戚が来るとか言ってたから俺が家に居たくないんだよ。明後日にするか?」

 「じゃあ明日は俺ん家で課題して、明後日は凛斗の家で新作のゲームして遊ぶ」


 決定!と賢治は白い歯を見せて笑った。
 賢治とはいつもこんな感じで約束を交わしたり、講義が終わったその場で行き先を決めて一緒に遊んだりしている。



 ***



 凛斗は大学の授業が終わり、愁との待ち合わせ場所に向かった。凛斗の大学と愁の専門学校の中間地点の駅の改札口だったが、すでに愁の姿がそこにあった。スタイルのいい身体に整った顔は、人混みに紛れても遠目からでもわかるくらい周りから浮いていた。当然若い女性はアイドルにでも遭遇したような顔で愁を見ている。

 愁本人も多少自覚があるのか黒のキャップを深めに被っているが、愁は背が高いので顔が周りからはしっかり見えている。少し柄の入った白のシャツにグレーのアンクルパンツ。肩にかけている大きめのトートバックは専門学校の教材が入っているのかちょっと重そうだ。


 (あんな目立つ奴に声かけるのやだなぁ……)


 気後れしてしまい、わざとゆっくり歩きながら近づいていると、二人組の女子高生が愁に何やら話しかけた。きゃっきゃっと可愛らしい声を飛ばしながら女子高生達は積極的に愁に接近している。どんな会話をしているのかはわからないが、愁は笑顔で首を横に振っている。


 (うわぁ。なんか誘われてるっぽいな。あんなの日常茶飯事なんだろうな)


 男として羨ましい気もするが、実際しょっちゅう話しかけられるとそれはそれで大変かもしれない。それを証明するように愁の笑顔は明らかに作り笑いだ。まだ数回しか会っていない凛斗にもわかるくらいの偽物の笑顔。

 作り笑いとはいえ無視したりせず、ちゃんと相手をしているのを見ると愁は根っから優しい奴なんだろうなと感じる。凛斗は改札口を出て近くの壁に凭れれながら愁と女子高生達のやりとりを眺めていた。しばらくすると愁がこちらに気づき、えっ?と驚いた。


 「凛斗!いつからそこにいたんですか?」


 愁は女子高生達を残して凛斗のもとまで駆け寄ってきた。さっきまでの作り笑いは消え、若干不満そうな顔つきが凛斗を見下ろした。


 「ずっとそこで見てたんですか?どうしてすぐに声かけてくれなかったんですか」

 「女の子達がいなくなったら声かけるつもりだったよ」


 邪魔しないようにしたのにどうして責められるんだ?

 愁の不満の理由がわからず、凛斗はキョトンとした。愁の後方には女子高生がまだ話足りなさそうにして立っている。「あの子達待ってるぞ」と凛斗が教えても愁は振り返らずに凛斗の手首を掴んでスタスタと歩き出した。


 「まだ付き合いたてだし、多くを求めるのは間違ってるとわかってますがちょっとは妬いて欲しかったです」

 「なるほど……」


 愁が女子高生と話しているのを、凛斗が顔色一つ変えずに眺めてたもんだから愁は機嫌を損ねたという事か。

 凛斗に恋愛感情がないと愁が求める現象は難しい。愁の事はかっこいいと思うし、身体なんかは凛斗が憧れる男性像で憧れる。近くに来られるとドキドキしたりはするが、嫉妬するほどの独占欲ははっきり言って、ない。

 凛斗は男同士で付き合う事に具体的なイメージはなく、お互い性器を触り合うくらいだろうという以外は普通の友達より少し仲がいいくらいの感覚でいた。

 しかし愁の『妬いて欲しかった』という言葉で、愁としてはメンタルの部分も含めて付き合っているのだと把握した。


 「ごめん。次からは見てないでちゃんと声をかける」

 「謝らないでください。僕のは完全にわがままのいいががりです。……ごめん」


 立ち止まり、凛斗と向かい合った愁はしゅんと目を伏せると凛斗の手首をするりと離した。付き合いたてだけど本音をちゃんとぶつけてくるあたりは好感が持てる。凛斗の顔色ばかりを伺って気をつかうようではこちらもいずれ疲れるだろうが、こうやって思った事を言葉と態度で表してくれると凛斗からも気兼ねなく色々言える。


 「腹ん中に溜められるよりは言ってくれた方がいい。だからお互い謝るのナシにしようぜ」

 「凛斗……」


 凛斗が笑いかけると愁はホッと顔を緩ませた。その安心した笑顔に凛斗も安心する。会ってすぐ険悪な雰囲気になってしまってはこの後の食事で居た堪れない思いだ。


 夕食は凛斗の希望でパスタがある洋食屋に入った。


 「パスタ好きなんですか?」

 「パスタだけじゃなくて麺全般が好きだよ。毎日麺でいいくらいだな」

 「前に食べた時は特に食べたい物がないって言いましたよね?その時も言ってくれれば麺類にしたのに」


 愁は不満そうに視線をぶつけてきた。


 「あん時は一緒にメシ食ったの初めてだっただろ。いきなり自分の好みを言えるかよ。それよりおまえは何が好きなの?」

 「凛斗みたいに強い嗜好はありませんが、丼物とか好きですよ」

 「丼物か……。もしかして白いご飯より味がついてるご飯がいいタイプ?」

 「そうですね」

 「プッ…子供みてぇ」


 クスクスと笑いながらお互いの食べ物の好みや好きなお菓子などを教え合った。それだけでもかなり親密になった気がするもので、店を出るときには完全にリラックスしていた。

 愁は相変わらず敬語のままだが凛斗に気をつかってるとか、カッコつけているわけではなさそうだ。初めて会った時から割と素のまま接してきていたのが伺える。


 そして愁の家へ二度目の訪問。前回は誰も居ない時に上がり込んだが、今回は愁の母親が出迎えた。愁の後ろにちょこんと立っていた凛斗を見てかなり驚いていた。


 「愁が人を連れてくるの初めてじゃないの?」

 「そう?」


 心なしか嬉しそうな母親と、心なしか照れてる息子。ちょっと待って。この構図、初めて彼女を連れて来た息子とその母親みたいになってないか?


 「ええと、凛斗くんだっけ?私もう一度店に戻っちゃうから留守にするけどゆっくりしていってね!」

 「あ、はい。ありがとうございます」


 スタイリストという職業柄か、綺麗に化粧された顔とサラサラの長い黒髪、すらっとしたスタイルのいい姿はファッション雑誌からそのまま飛び出してきたようだった。


 「愁って母親似なんだな」

 「よく言われます。昔、父がふざけて店にあったウイッグを僕に被せたんですが、母の若い頃にそっくりだったらしくて、女の子の服着せられたりしました」


 「服まで? マジか」


 スカート姿の愁を想像して顔がにやけてしまった。幼さののこる中学生くらいならスカートを穿いても可愛らしく見えるかもしれないが、今の愁は肩幅も広く胸板も厚い。女物の服なんか着せたら文化祭の出し物みたいで面白い。


 「なに一人で笑ってるんですか」


 愁の部屋に入った途端抱き寄せられた。柔らかく頬にあたる愁の服からは愁の体温がジワリと伝わってくる。


   「いや、おまえの家族楽しそうだなって思ってさ」

 「そうですね、父も母も基本楽観的なので家の中はいつも明るかったです。そんな事より凛斗……キスしていいですか?」

 「ん?ああ、どうぞ」


 愁が甘く囁くように言ってきたのに、凛斗はあっけらかんと軽く返事をしてしまった。ムードぶち壊しだな、と反省しつつ愁に向かって瞳を閉じた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あいしてるって言ってない

あた
BL
橘ヒロは超シスコンの17歳。ある日溺愛する妹が恋をしていることを知る。その相手は文武両道の完璧男、久我正行だった。性格が悪すぎる久我を成敗しようとするヒロだったが、逆に返り討ちにあい、気が付いたら彼のベッドに寝かされていて……。 最悪男とツンデレシスコンの青春BL。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

さかなのみるゆめ

ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。

流れる星は海に還る

藤間留彦
BL
若頭兄×現組長の実子の弟の血の繋がらない兄弟BL。 組長の命で弟・流星をカタギとして育てた兄・一海。組長が倒れ、跡目争いが勃発。実子の存在が知れ、流星がその渦中に巻き込まれることになり──。 <登場人物> 辻倉一海(つじくらかずみ) 37歳。身長188cm。 若い頃は垂れ目で優しい印象を持たれがちだったため、長年サングラスを掛けている。 組内では硬派で厳しいが、弟の流星には甘々のブラコン。 中村流星(なかむらりゅうせい) 23歳。身長177cm。 ストリートロックファッション、両耳ピアス。育ててくれた兄には甘えん坊だが、兄以外の前では──。 表紙イラストは座頭狂様に描いて頂きました✨ ありがとうございます☺️

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...