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しおりを挟むーー彼女が欲しかったのに、なぜか男と付き合う事になってしまった。
朝、目が覚めてすぐに昨夜の事が思い出された。愁からの告白ととろけるようなキス。いくら夜の公園で人目がないからといっても、野外でスウェットの下を触るなんてやりすぎだ。
(愁の奴、なんて事をしてくれたんだ……)
凛斗は恥ずかしさで一人顔を赤らめた。
***
大学の教室でお決まりの席を陣取って授業が始まるのを待っていると、賢治が隣に座るなり楽しそうな声で訊ねてきた。
「凛斗っ、今日の夜空いてないか?」
「ニヤニヤしてどうしたんだよ。今夜何かあんの?」
「この前さ、また声かけてって言ってただろ?また何人か女の子が集まるみたいだから誘われたんだけど一緒に来ないか?」
そういえばこの前、合コンに誘ってくれと頼んだな……。
本来なら喜んで頷くところだが、残念なことに昨夜からそれが出来ない身になった。愁という相手ができた以上、合コンと名のつく集まりに参加はできない。愁に『二股か?』と怒った手前そんな不義理はできないからだ。
「ごめん。今日は約束があるんだ」
「そっか、またタイミングが合わなかったな。残念」
また誘うよ、と肩をポンポンと叩かれハッとした。合コンにはもう参加出来ないと伝えておかないとまた誘われてしまう。でも何と言えばいいのだろうか?付き合ってる人がいると言えれば一番いいが、そうなると賢治は会わせろとしつこく言うだろう。だけど相手が愁《おとこ》だなんて絶対に言えない。凛斗は他の理由を作ろうとしたがその場でパッとは浮かんでこなかった。仕方なく、しばらくは予定が合わないと言って断る方向に決めた。
「じゃあさ、今週はいつ空いてる?どっかで遊ぼうぜ」
「そんなに予定入れて大丈夫か?課題もあるし賢治、バイトもしてるだろ」
「バイトは土日だけだって言っただろ。課題は……凛斗が手伝ってくれたら片付く予定だ!」
自信満々に訴えられ、凛斗は呆れるのを通り越して吹き出して笑った。課題の締め切りが近くなると賢治はこうやって甘えてくる。いいように使われているのかもしれないと思った時もあったが、今では賢治は甘え上手なのだと認識している。
「最初っからそっちが目当てだろ。しゃーねぇな、明日賢治ん家な」
「えー。凛斗の家がいい。おばさんのご飯が食べたい!めっちゃ美味いもん!」
「明日は親戚が来るとか言ってたから俺が家に居たくないんだよ。明後日にするか?」
「じゃあ明日は俺ん家で課題して、明後日は凛斗の家で新作のゲームして遊ぶ」
決定!と賢治は白い歯を見せて笑った。
賢治とはいつもこんな感じで約束を交わしたり、講義が終わったその場で行き先を決めて一緒に遊んだりしている。
***
凛斗は大学の授業が終わり、愁との待ち合わせ場所に向かった。凛斗の大学と愁の専門学校の中間地点の駅の改札口だったが、すでに愁の姿がそこにあった。スタイルのいい身体に整った顔は、人混みに紛れても遠目からでもわかるくらい周りから浮いていた。当然若い女性はアイドルにでも遭遇したような顔で愁を見ている。
愁本人も多少自覚があるのか黒のキャップを深めに被っているが、愁は背が高いので顔が周りからはしっかり見えている。少し柄の入った白のシャツにグレーのアンクルパンツ。肩にかけている大きめのトートバックは専門学校の教材が入っているのかちょっと重そうだ。
(あんな目立つ奴に声かけるのやだなぁ……)
気後れしてしまい、わざとゆっくり歩きながら近づいていると、二人組の女子高生が愁に何やら話しかけた。きゃっきゃっと可愛らしい声を飛ばしながら女子高生達は積極的に愁に接近している。どんな会話をしているのかはわからないが、愁は笑顔で首を横に振っている。
(うわぁ。なんか誘われてるっぽいな。あんなの日常茶飯事なんだろうな)
男として羨ましい気もするが、実際しょっちゅう話しかけられるとそれはそれで大変かもしれない。それを証明するように愁の笑顔は明らかに作り笑いだ。まだ数回しか会っていない凛斗にもわかるくらいの偽物の笑顔。
作り笑いとはいえ無視したりせず、ちゃんと相手をしているのを見ると愁は根っから優しい奴なんだろうなと感じる。凛斗は改札口を出て近くの壁に凭れれながら愁と女子高生達のやりとりを眺めていた。しばらくすると愁がこちらに気づき、えっ?と驚いた。
「凛斗!いつからそこにいたんですか?」
愁は女子高生達を残して凛斗のもとまで駆け寄ってきた。さっきまでの作り笑いは消え、若干不満そうな顔つきが凛斗を見下ろした。
「ずっとそこで見てたんですか?どうしてすぐに声かけてくれなかったんですか」
「女の子達がいなくなったら声かけるつもりだったよ」
邪魔しないようにしたのにどうして責められるんだ?
愁の不満の理由がわからず、凛斗はキョトンとした。愁の後方には女子高生がまだ話足りなさそうにして立っている。「あの子達待ってるぞ」と凛斗が教えても愁は振り返らずに凛斗の手首を掴んでスタスタと歩き出した。
「まだ付き合いたてだし、多くを求めるのは間違ってるとわかってますがちょっとは妬いて欲しかったです」
「なるほど……」
愁が女子高生と話しているのを、凛斗が顔色一つ変えずに眺めてたもんだから愁は機嫌を損ねたという事か。
凛斗に恋愛感情がないと愁が求める現象は難しい。愁の事はかっこいいと思うし、身体なんかは凛斗が憧れる男性像で憧れる。近くに来られるとドキドキしたりはするが、嫉妬するほどの独占欲ははっきり言って、ない。
凛斗は男同士で付き合う事に具体的なイメージはなく、お互い性器を触り合うくらいだろうという以外は普通の友達より少し仲がいいくらいの感覚でいた。
しかし愁の『妬いて欲しかった』という言葉で、愁としてはメンタルの部分も含めて付き合っているのだと把握した。
「ごめん。次からは見てないでちゃんと声をかける」
「謝らないでください。僕のは完全にわがままのいいががりです。……ごめん」
立ち止まり、凛斗と向かい合った愁はしゅんと目を伏せると凛斗の手首をするりと離した。付き合いたてだけど本音をちゃんとぶつけてくるあたりは好感が持てる。凛斗の顔色ばかりを伺って気をつかうようではこちらもいずれ疲れるだろうが、こうやって思った事を言葉と態度で表してくれると凛斗からも気兼ねなく色々言える。
「腹ん中に溜められるよりは言ってくれた方がいい。だからお互い謝るのナシにしようぜ」
「凛斗……」
凛斗が笑いかけると愁はホッと顔を緩ませた。その安心した笑顔に凛斗も安心する。会ってすぐ険悪な雰囲気になってしまってはこの後の食事で居た堪れない思いだ。
夕食は凛斗の希望でパスタがある洋食屋に入った。
「パスタ好きなんですか?」
「パスタだけじゃなくて麺全般が好きだよ。毎日麺でいいくらいだな」
「前に食べた時は特に食べたい物がないって言いましたよね?その時も言ってくれれば麺類にしたのに」
愁は不満そうに視線をぶつけてきた。
「あん時は一緒にメシ食ったの初めてだっただろ。いきなり自分の好みを言えるかよ。それよりおまえは何が好きなの?」
「凛斗みたいに強い嗜好はありませんが、丼物とか好きですよ」
「丼物か……。もしかして白いご飯より味がついてるご飯がいいタイプ?」
「そうですね」
「プッ…子供みてぇ」
クスクスと笑いながらお互いの食べ物の好みや好きなお菓子などを教え合った。それだけでもかなり親密になった気がするもので、店を出るときには完全にリラックスしていた。
愁は相変わらず敬語のままだが凛斗に気をつかってるとか、カッコつけているわけではなさそうだ。初めて会った時から割と素のまま接してきていたのが伺える。
そして愁の家へ二度目の訪問。前回は誰も居ない時に上がり込んだが、今回は愁の母親が出迎えた。愁の後ろにちょこんと立っていた凛斗を見てかなり驚いていた。
「愁が人を連れてくるの初めてじゃないの?」
「そう?」
心なしか嬉しそうな母親と、心なしか照れてる息子。ちょっと待って。この構図、初めて彼女を連れて来た息子とその母親みたいになってないか?
「ええと、凛斗くんだっけ?私もう一度店に戻っちゃうから留守にするけどゆっくりしていってね!」
「あ、はい。ありがとうございます」
スタイリストという職業柄か、綺麗に化粧された顔とサラサラの長い黒髪、すらっとしたスタイルのいい姿はファッション雑誌からそのまま飛び出してきたようだった。
「愁って母親似なんだな」
「よく言われます。昔、父がふざけて店にあったウイッグを僕に被せたんですが、母の若い頃にそっくりだったらしくて、女の子の服着せられたりしました」
「服まで? マジか」
スカート姿の愁を想像して顔がにやけてしまった。幼さののこる中学生くらいならスカートを穿いても可愛らしく見えるかもしれないが、今の愁は肩幅も広く胸板も厚い。女物の服なんか着せたら文化祭の出し物みたいで面白い。
「なに一人で笑ってるんですか」
愁の部屋に入った途端抱き寄せられた。柔らかく頬にあたる愁の服からは愁の体温がジワリと伝わってくる。
「いや、おまえの家族楽しそうだなって思ってさ」
「そうですね、父も母も基本楽観的なので家の中はいつも明るかったです。そんな事より凛斗……キスしていいですか?」
「ん?ああ、どうぞ」
愁が甘く囁くように言ってきたのに、凛斗はあっけらかんと軽く返事をしてしまった。ムードぶち壊しだな、と反省しつつ愁に向かって瞳を閉じた。
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