sideBの憂鬱

るー

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「……え?」

「この前、俺途中で逃げちゃっただろ。今日は絶対逃げないから最後までしよう」


 愁が目を点にしたまま固まった。当たり前だろう。別れ話を切り出されると思っていたところに、ムードも前ぶれもなくセックスしようと言われたら誰だって引く。でも言わずにはいられなかった。回りくどくベッドに誘うよりストレートに言ったほうが楽だった。


(愁がその気にならないなら、その気になるように襲ってやる)


 勢いづいた気持ちは止まる事なく、凛斗は向かい側に座っていた愁に寄ると懐にするりと入り込み抱きついた。愁は身体を一度ビクリと震わせた後、躊躇いがちではあったが優しく背中に手を回してきた。遠ざけてしまっていた腕に包まれ、安心と嬉しさが込み上げる。ところが、せっかくくっつけたと思ったのに、両肩を掴んで上半身をべりっと離された。形のいい瞳が驚きに揺れて凛斗を見下ろした。


「もう一度……もう一度言って貰えますか?」

「今日は最後までセックスする!」

「いえ、そっちじゃなくてその前の……」

「その前? あ、ああそっちか」


 息を飲んで続きを待つ愁を見上げ、しっかりと視線を合わせた。さっき告げた時は気持ちが焦ってて、少し早口だったかもしれない。今度は「は?」と聞き返されないようにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「愁のこと好きになった。責任取れよ」


 愁に押し切られて付き合って、満更でもない態度を示した事はあったが、明確に言葉にしたのはこれが初めてだった。


「……凛斗!」


 今にも泣きそうに顔を歪めた愁に、息が詰まるほど強く抱き締められた。苦しさより喜びの方が上回る。この腕の中に戻れてよかった。


「おまえさ、昨日までしつこく連絡してきてたのに今日は音沙汰なしだったろ。だからちょっと焦った。怒って、呆れて見放されたのかなって」


 怒ってるならまだいい。謝る余地がある。もう興味ないなんて言われたら、もうひたすら振り向いてくれるまで追いかけるしかない。それこそ愁がアプローチしてきたみたいに。


「あ! さっき怒ってるって言ったのは凛斗を引き留めるための嘘ですからね!」

「ンなのわかってたよ」

「どうしても別れたくなかったんです……!面と向かって別れを言われるのが怖くて会いにも行けなくて、結局ストーカーみたいに電話して……本当にすみません」


 昨夜携帯をいじりながら寝落ちしたせいで、今日は充電切れだったそうだ。凛斗の心配がただの杞憂とわかり、心の奥にあった塊が溶けて気持ちが楽になった。

 愁の腕の中、温かさと匂いに想いを馳せていると、ふと拘束が緩み顔が近づいた。


「キス、してもいいですか?」

「聞くなよ。それとも俺からしたい時も、いちいち確認とったほうがいいのか?」

「いいえ。無許可で触れられる関係ですよ。でも僕はこの前みたいに一方的な行為で凛斗を傷つけたくないです」

「あれは……俺が勝手に臆病になっただけで、傷ついてなんかない」


 頬を擦りつけ凛斗から唇を寄せた。そっと触れるだけの、子どみたいなキスをして、次をねだるように愁に向かって目を閉じた。小さく名前を呟きながら降ってきた唇は優しく啄ばみ、愁の気持ちを表すような熱を送り込まれた。


「……ん、愁。これ」


 深くなり始めたキスを中断させ、テーブルの上に置いてあったコンビニの袋を手繰り寄せ愁に渡した。不思議そうに受け取った愁は凛斗に促されて中を覗いた。


「パンとサンドイッチ? こんなにたくさん……今食べろって事ですか?」

「違う。よく見ろ、その下」


 サンドイッチは日持ちがしないから二つだが、パンは色々な種類をたくさん買ってきた。愁ならどれでも食べれそうだったが数ある中からどれを選ぶのか興味もあって揃えた。そして、次に買う時参考にできたらとも思った。

 愁はガサガサと袋の中を漁って、下の方から小さな箱を見つけ取り出した。箱の中身がわかると愁の顔はじわじわと赤く染まっていった。


(散々エロい事したくせに、何を今更頬を染めてるんだよ)


「持ってるかもしれないけど、もし無かったら困るし……。男同士でも使った方がいいってネットに書いてあったから……!」


 押し倒す気満々だったのに、ゴムの箱一つで急に照れが回ってきてしまった。愁につられて顔を真っ赤にした凛斗は、しどろもどろになりながらもビニール袋を漁り、もう一つ必要な物を出した。それは小さなチューブ型のハンドクリームだ。女性が使うような可愛い花のイラストがついたパッケージ。ちなみに甘い香りらしい。凛斗としてはゴムよりもこちらの方が重要だった。


「あと、する時これ使って欲しんだけど。滑りが良くなってスムーズに入るみたいだから。その……これで、俺のあそこをほぐしてくれる……?」

「ああ、もう! 凛斗可愛すぎる!!」


 ガバッと再び強く抱き締められ、愁の厚い胸板に顔が埋まった。さすがに息苦しくてもがくと、今度は柔らかく抱きしめ直された。肩口に落とされた愁の頭から盛大なため息が聞こえた。


「いったいどんな顔してこんなの買ってきたんですか。見たかった! 今度買う時は一緒に行きます!」


(別に普通に買ってきたけど……?)


 レジも若い男のアルバイト店員で、特別変な反応もされずレジ袋に放り込まれた。何でも売ってそうなコンビニでも、さすがにローションは置いてない。男同士のセックスについてネットで調べた時に、クリーム状のものなら代用になるとあったのでハンドクリームを選んだ。


「あ、でもこういう物は僕が用意するべきですよね。気を遣わせてすいませんでした」

「二人で使う物だから、どっちが用意してもいいんじゃね?」


 二人で、というワードにジーンときたらしい。愁は嬉しそうに微笑むと凛斗を縦抱きしたまま立ち上がりベッドに向かった。同じ男なのに、こうも軽く持ち上げられると情けなくなる。壊れ物を扱うようにベッドに横にされ、腰のあたりから差し込まれた手が肌を滑る。愁の手は相変わらず気持ちがよく、身体中を撫で回して欲しいという気持ちが逸《はや》る。

 しかし、気持ちが和らいだせいか急に空腹感が戻ってきてしまった。人間の三大欲求の二つを同時に味わうとはなんだか決まりが悪い。


「俺、途中で腹が鳴るかも」

「そんなの気づかせないくらい夢中にさせます」

「ンッ……」


 さっきの続きと言わんばかりに差し込まれた舌が、凛斗の欲情を誘い出す。服を脱がされ、止まないキスと優しく高みに誘導する愁の手にトロトロに溶かされていく。二人でする行為なのに、自分ばかりがこんなに気持ちよくてはいけないと、凛斗からも手を伸ばすが唇を重ねられると途端に力が抜けて腑抜けになってしまう。さらに愁の手が下半身に触れると、もう色づいた声を漏らすことしかできない。

 腹の音どころではなかった。前より全く余裕がない。愁が与えてくる快楽に追い込まれて逃げ場がない。前回探られて知られた弱い所を遠慮なく攻められている。気が急いているのは凛斗だけではなかったようだ。早く凛斗とひとつになりたい。触れられる度に、そう言われているように感じた。

 凛斗の前を弄っていた愁の手が離れ、少し間を置いて後ろにヒヤリとしたものを感じた。どうやらハンドクリームを塗られたようだ。甘い香りが辺りに広がり、さらに凛斗の気分を掻き立てた。

 しかし、クリームを塗られた瞬間思わず身構えたのを愁は見逃さなかった。


「凛斗……もしかして怖い? 前の時『無理』って言ったのは怖かったから?」

「怖いっていうか……あのさ、実は俺……痛いのが人一倍苦手なんだ」


 簡単に言うとビビリだ。
 子供の頃からそうだった。他の子が怖がる高い場所や暗闇、早い乗り物などはものともしないが、痛みだけはどうしても背筋が凍るほどの恐怖を感じた。特別何かがあってトラウマになったわけではないと思う。ただ単純に痛みに対して過敏に反応する。予防接種の注射ではビビりすぎて何度か倒れた事がある。大人になれば少しはマシになると思っていたのに、大学生になってもこのザマだ。


「そういえばピアス勧めた時、痛いからヤダって言ってましたね」


 愁は思い出したのか軽く頷いた。その後何かを考える素振りを見せると、凛斗を横向きからうつ伏せにし腰を上に引き上げた。膝を立てられ凛斗の後ろは愁に丸見えだった。いずれは見られると覚悟はしていてもやはり恥ずかしいものは恥ずかしい。凛斗は手元のシーツを握り締めながら、羞恥に染まった顔を隠すように頭を伏せた。


「こ、この格好恥ずい」

「でもこの体勢がここをほぐすのに一番適してますので、ちょっとだけ我慢してください」


 指先で後ろの入り口をくるりと撫でられたと思ったら、チュッと音を立ててお尻に柔らかい物が触れた。


「ちょっ……?! そんなトコにキスなんてすんなよっ」

「どうして? 可愛いですよ。凛斗はどこもかしこも肌が白いし綺麗ですね。知ってました? ここにすっごく小さなホクロあるんですよ」

「ひゃっ……あっ…」


 左のお尻と脚の境界線付近をペロリと舐められ、少し強めに吸い付かれた。そんな場所自分では見えないから、ホクロがあるなんて初めて知った。


「……ふ…ン」


 腰や背中を中心にキスをされ、舐められ、吸われた。腰の窪みの辺りを舌で這われた時には、身体の奥からゾクゾクして大きく震えた。その間、愁の指先は巧みに後ろの穴を徐々にほぐしていて、気づけば指一本余裕で入っていた。


 気構えると余計に怖くなる。愁は気を紛らわすためにあちこち同時に攻めてきたに違いない。優しく気を遣われて嬉しいが、愁の器用さに改めてこの男のランクの高さを知る。顔も身体も申し分なくて、その上セックスも上手いなんて嫌味すぎる。恨めしい思いで愁を振り返ると、涙目だったせいか痛いと勘違いして指を抜こうとした。


「っあ、抜くな。大丈夫だからっ……」

「無理してない?」

「う…ん。へいき……」


 はぁ、と体内に篭った熱を逃がすように息を逃す。中で指が動くと変な感じはするが、クリームを使っているせいか全然痛みはない。


「…愁……ゆび、増やせ」

「わかった。じゃあ入れるよ。少しでも痛かったら教えて」

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