sideBの憂鬱

るー

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sideAの困惑 1

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 一目惚れした相手、伴野凛斗と付き合い出して約半年。その期間に対して「まだ」と付けるか「もう」と付けるか選ぶとしたら迷いなく後者だろう。

 凛斗と出逢ってもう半年も経った?
 顔を見れば初めて逢った時のように胸は高鳴り、抱くたびに可愛さが増してもっと欲しくなる。会う回数が増えても、凛斗と一緒にいる時間はまったく色褪せない。

 一方通行を覚悟した恋は奇跡的に実って、凛斗とはとても上手くいっている……ように見えて実は愁の心の中には常に不安がつきまとっている。急に会いたいと言っても嫌な顔したりせず時間を作ってくれるし、唇を寄せれば甘えるように腕を伸ばしてくれる。抱き締めた腕の中で見せてくれるはにかんだ笑顔は、二人の想いが通じ合っていると自信をくれる。しかし、その笑顔を無意識に他の人にも見せてるんじゃないか、最近色気を増した凛斗を誰かに盗られるんじゃないかと毎日ハラハラしている。

 厄介なのは凛斗本人にまったく自覚がない事だ。色白で細身の小柄というだけでも、愁のような背の高い男からしたら可愛らしく見えるのに、更に女顔という最高のオプションが付いている。二重のぱっちりとした瞳に、ふっくらとした厚めの唇。フェイスラインも綺麗で、うつむき加減の横顔は儚くて、見惚れている愁の口はいつも半開きだ。


「最近の凛斗大人っぽくなったよね」


 誰のせいかなー? と顔を覗き込んできたのは同じ専門学校に通う長谷川紗希だ。そもそも凛斗に出逢えたのは彼女のおかげなのだ。感謝の気持ちは尽きないが、時々二人の様子を伺うフリをして愁を揶揄ってくる。


「今朝ねー、凛斗に偶然会ったんだけどすっごく眠そうだったなぁ。昨日誰と何してたせいかなー?」

「紗希ちゃん……周りに人いるから」


 紗希のニヤニヤした顔は何してたかなんてわかってると物語っているのに、わざと含みのある言い方をして愁の反応を楽しんでいる。

 彼女の期待に添えず悪いが、それくらいでは動じたりしない。僕は。


「紗希ちゃん、もしかして凛斗にもそうやってからかってます?」

「もちろん! 真っ赤になって可愛かったよ!  凛斗はすぐ顔に出るよねぇ」


 真っ赤になって可愛いくなる姿は僕の前だけにして欲しい。いくら恋愛関係に発展しないとわかっている相手でも嫌だ。


「僕にはいいですが、凛斗にはやめてあげてください」

「事情知ってんの私だけなんだからひやかすぐらいいいじゃない。私にはその権利があると思うんだよね!」


 胸を張って得意気に言われ、反論ができない。紗希は凛斗と出逢うきっかけになっただけでなく、上手くまとまった際にも一役買っているのだ。


「じゃあ程々にしてあげてください」

「凛斗の扱いには慣れてるから大丈夫。ちゃんと怒らせないように加減してからかってるから」


 同じ歳なのに愁も凛斗も完全に弄ばれてる。やはり女の子の方が精神面では大人だ。愁と凛斗が男性同士で付き合ってると知っても紗希の反応は淡白だった。あまつさえ、電話越しではあるが濡れ場を聞かれた翌朝、顔を見るなり「……獣」と片口を上げて言ってきた。最初から理解ある態度を見せた紗希と愁が親しくなったのは、専門学校に入ってすぐの頃だ。


 愁は高校を卒業後、両親や兄達の影響で美容師を目指して専門学校に入った。自然と出来上がった交流の輪の中に紗希はいた。一際目立つ女の子らしい可愛い容姿と、いつも明るく人当たりの良さもあって男女問わず人気があった。ある日、仲間内で食事会が開かれた時に誰かが愁と紗希がお似合いだと言いだしカップル扱いされた。そして周りの圧力でそのまま付き合う事になってしまった。

 場の雰囲気を壊したくなくて言えなかったが、愁はしばらくは学業に専念したくて彼女を作るつもりはなかった。ここ最近も先輩や同期の女の子から告白されたが断ったばかりだった。食事会の帰り道、やはり気乗りがしなくて正直に打ち明け「この話はなかった事にしてほしい」と謝ると紗希から意外な提案をされた。


「実は私も同じなんだよねー。今は彼氏とかより趣味に没頭したいのに、何故か周りは世話を焼いてくるんだよね。だからさ、このまま彼氏のフリしといてくれない?」


 話を聞いてみると半分は愁と境遇が同じだった。見た目がいいせいか、本人の意思に反して異性が寄ってくる。更に紗希には執拗に口説いてくる先輩がいて、そちらを何とかしたいというのもあるらしい。

 ていの良い虫除けか、と愁はしばらく考えたが、結局了承した。実は周りに猫をかぶっていた紗希は本来さっぱりとした性格で、思いのほか愁と気が合って「付き合ってるフリ」は上手く続いていた。

 書店に並ぶファッション雑誌の表紙に載っててもいいくらい可愛い顔で、服装やヘアスタイルも手を抜かず性格も明るい。三拍子揃った子で良い子だとは思うのに、愁の心は少しもグラリと揺れなかった。

 愁の心が大きく反応したのは、偶然会った紗希の幼馴染、凛斗だった。一目惚れ、まさにその言葉が当てはまる衝撃。顔とか髪とか雰囲気とか、もう全てが胸に突き刺さった。自分から狩りにいく恋は初めてで、最初は慎重に、そして徐々に間合いを詰めてから一気に食いついた。手の中に収める事ができて浮かれてたのも手伝って気持ちが暴走し、すんなり逃げられてしまった。

 もうダメかもしれない。でも諦められない。悩んでいた愁の前に凛斗を連れ出してくれたのは紗希だった。紗希にどう背中を押されたのか凛斗に訊ねると、「紗希に怒られそうだったから」と腕の中で情けない顔をした。「あいつ怒るとめっちゃ怖ぇんだよ」そうブツブツ言いながらも、紗希が突っついてくれなければ自分からは怖くて動けなかったと語った。

 確かに紗希のお陰で凛斗と出逢えて付き合ってる。しかし自分の恋人にちょっかい出されるのは面白くない。


「凛斗は僕のですからね」

「まだ半年の付き合いでしょ?私なんて歳の数と同じだもん」

「ぐ……。紗希ちゃんより僕の方が濃度な付き合いですから!」

「じゃあその濃度な付き合いとやらを今度見せてみなさいよ」

「ううう……」


 それは、やりたくても出来ない……!

 愁は所構わずベタベタしたいしイチャイチャしたい。しかし凛斗はオンオフ切り替えるタイプらしく、外では絶対甘えてくれないのだ。不満はあるが逆に自分以外に甘える顔を見られなくて済むという安心はある。凛斗の性格を把握していて無理だとわかってるくせに、紗希はよくこのネタで挑発してくる。


「公園で凛斗がいい声出してるの聞いてスッゴイ興奮した! 目の前でいちゃついてるとこ見たいのになぁ」


 ちょっと変わった面のある紗希は、何だかんだいっても愁と凛斗のよき理解者だ。


 ***


 専門学校の授業が終わり、凛斗の都合が良ければ待ち合わせする。最初の頃は愁が凛斗の大学まで迎えに行ったり、逆に凛斗が専門学校まで来たりしていたが、次第にお互いの中間地点の駅での待ち合わせに落ち着いた。約束を取り付ける時などのメールでのやり取りで、凛斗からの返信が「大丈夫」「了解」など単語ばかりだが、紗希に言わせると「あの凛斗がすぐに返事してくるなんて……!!」と凛斗の成長具合に驚いて感動していた。以前はどれだけメール嫌いだったんだと逆に驚いた。

 今日も先に着いた愁が駅の構内で待っていると帰宅ラッシュの波と共に凛斗は到着した。どんなに人が多くても愛しい人はすぐに見つけられる。調教された警察犬並みに素早く発見し、尻尾の代わりに手を振る。


「凛斗っ」


 ここだよ、といつも立ってる所から声をかけたが、わかってるよと苦笑いされた。二日ぶりの恋人の横には今日はおまけがついていた。


「賢治くん、久しぶりですね。今日はどうしたんですか?」

「こんにちはー、愁さん。あ、もうこんばんはの時間帯かな? 俺すぐそこの店でバイトしてるんだけど急に今から入る事になって」


 久しぶりに顔を合わせた愁に明るく笑いかける賢治は、凛斗の大学での友達だ。そう、ただの友達。のハズだけど、並んでいる二人を見るとかなり心を乱され複雑だ。凛斗の側に自分以外の男がいるのが気に入らなくて「あまり仲良くしないで」と凛斗に頼んだ事があるがその時はケンカになってしまった。だが、すぐ仲直りできたので、愁の願いは少しくらい受け入れてもらえたのかと思っていたが、その考えは甘かった。「賢治はあくまでも友達だから」と今後も友達づきあいに変化をつけない事を宣言された。凛斗と話している賢治を見る限り、 親しそうだが今のところ特別な感情を抱いていないとは思う。ただ、次に会った時に今と同じとは限らない。


「バイト先こっから近いのか?」

「あそこの赤い看板の店だよ。今度食べに来いよ」

「ああ。そのうちな。奢ってくれるんなら今すぐ行くけど?」

「今日はダメ! バイト代入ってからにしてくれ!」

「ははっ、冗談だよ。今は金欠なんだろ?」


 大学での凛斗はこんな感じなのかと黙って二人のやり取りを見守る。自分以外にどんな顔を見せているのか確認もできる。そして相変わらず自分は嫉妬深いと自覚する。本当は凛斗をこの場で抱きしめてキスをし、自分のモノだと周りに知らしめたい。


 じゃあ、と笑顔で軽く挨拶すると賢治はバイト先へ向かって行った。凛斗にはバレないようにやっと消えてくれたとホッと息を逃し、早く二人きりになりたなりたい思いで、横に立つ恋人に顔を向ける。同じようにこちらを見上げてくれないかと期待したのはやはり期待に終わり、凛斗はどこか遠くを眺めていた。


(……賢治くんが去って行った方向?)


 賢治の姿はすでになく、視線の先の何が凛斗を引き止めているのかがわからなかった。そして凛斗は意味深なため息をひとつ零した。


「凛斗? どうしたの?」

「えっ? あ、何でもない」


 一瞬、しまったという顔をしてから誤魔化すように笑った。どう見ても何でもなくない。知らず知らずため息がでるような思いを抱えているなら、何故頼ってくれないのか。いま目の前に僕がいるのに。


「何かあった?」

「……ん、まぁ……ちょっと」


 指摘されて認めたが、言いにくいのか視線を外した。えっ、何その態度、気になる。


「何? 僕に言えない事?」

「…………。」


 返事がこない。一気に不安がのし上がり、感情のまま詰め寄った。


「凛斗、僕に言えない事したの?されたの?」

「おまえに言う必要ない」


 はっきりそう言われ、思わず耳を疑った。肩に置いた手に力が入り、指先が厚手の冬コートに食い込む。きっと凛斗は痛かったんじゃないかと思う。


「俺の問題だから自分で考える」


 だからこれ以上聞くなと下から睨まれ、後ろ髪を引かれる思いで肩から手を離した。


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