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1女王、議会をボイコットされる
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クッカサーリの年若き女王ティルダ・エイラ・リステェリは困惑していた。
議会出席のため、議場である王宮の一室に足を運んできたが、人っ子一人いない。
そう広くもない空間で、円形のテーブルと椅子たちだけが存在を主張している。
「……なによこれ」
時間を、いや、日にちを間違えたのだろうか。自問自答しかけて、そんな筈はないと思いなおす。
だって、議会でないならドレスはもっと動きやすいものにするし、まとめた髪に髪飾りをつけたりはしない。女官も、今日から議会だと認識していた証左だ。ティルダ自身の好みは動きやすい恰好なのだから。
スケジュールの管理は自分一人でやっている訳ではない。
だいたい議員だけでなく、議場の入り口に立っている筈の衛兵の姿もないのはおかしい。これは一体どういう事なのだろう。
ただ、何か異変があったにしては静かすぎる。ここへ来るまでに不穏な気配もなかった――と、思う。
「陛下? だいじょぶかよ?」
ティルダが考え込んでいると、後ろに控える侍従のヨニが気遣わしげに覗き込んできた。
一見凡庸な顔の中、色素の薄い灰色の瞳に自分が映ってティルダは落ち着きを取り戻した。ヨニは一見華奢に思える体格だが、不逞の輩にも彼がいれば問題はない。
「大丈夫かよって何よ、私は大丈夫に決まってるわよ! だけど、どうして誰もいないのかしら?」
「さあ全員、遅刻中なのかもな」
ヨニがあっけらかんと言った。
「はあ!? そんなわけ、ない、でしょ……!?」
一人なら遅刻してくることはあったが、全員が揃いも揃って遅刻だなんて、あり得ない。
でも、そうであってほしいような気持ちが段々と湧いてきた。だって、議会の日にちを全員忘れているなんてことだったら、国王としての自信が天に召されてしまう。
(でもそんな馬鹿な……っ)
部屋の中を見回しつつ、ティルダは用心深く己の席へ歩みを進めていく。
すると、一枚の紙切れが王の席に置いてあるのが目に付いた。
「これは……」
そこに書かれていた文章を読んで、ようやくティルダは事態を理解した。
いや、理解したからこそ――さっぱり意味がわからない。
「なんなのこれは!」
紙切れを持つ手がわなわなと震える。
「ん? どした、どーした?」
横から覗き込んできたヨニが、紙切れに書かれた文章を読み上げていく。
「なになに、『女王自身で我々全員を見つけなければ議会には出席しない。なお期限は明日の昼まで』って……ぷ、陛下、ボイコットされてやんの」
「――っ!」
ヨニの顔を思い切り殴りつけてやろうかと思ったが、ティルダはどうにか自分を抑えつけることに成功した。寛大さは主人の大事な資質だ。それに、人前に出す侍従の価値を自ら損なうのは愚かしい。よく見れば整っていると言えなくもない顔なのだから。
(寛容と忍耐、寛容と忍耐、寛容と忍耐よ……!!!)
怒鳴りつけたくなるのを堪えて、ティルダはヨニを睨みつける。
「なんで、私の侍従のあなたがへらへらできるのかしら? 王を蔑ろにするってことは、あなただって馬鹿にされているってことなのよ?」
「や、だって、明日ってこれ――」
ティルダの剣呑な眼差しをあっさり流して、ヨニは笑いを浮かべている。
「ヨニ、いい? わかっているの? クッカサーリの政を話し合う議会を、議員全員が出席拒否するなんてどれだけの非常事態だと思って!?」
「落ち着けってば陛下」
「だから!落ちつける訳がないでしょう!?」
クッカサーリは一枠を除き、直接民衆から選ばれた議員と王とで国の運営がなされている。最終議決権は王にあるが、議会の力は決して弱くない。
「文句があるなら議会でそういえばいいでしょう? こんな形で私に対する抗議をするなんて……」
なんのための議会だというのだ。
落ち込みよりも怒りが湧きあがってくる。話しを聞かない王だと思われているというのか。否、聞かせたところで意味のない――無能な王だとでもいうのか。
「あー、陛下、陛下ってば、いいから、ちょっと落ち着けよ!!」
「ふ、ふっ、ふふふふふふふ」
「おい、それは王様がしちゃいけない類の笑顔だぞ」
知ったことか。
冷や汗を流しはじめたヨニを置いて、ティルダはその場を後にする。
「待てよ。どうするつもりなんだよ?」
背中にかけられた問いには、振り向かずに答えた。
「決まってるじゃない。全員探し出して――一人一人ボイコットした理由を聞かせてもうわ。……相応しい厳罰を考えておかなくちゃ」
「陛下、陛下、ちょおーっと、意気込みすぎじゃないか? ほら、たまたま全員用事があっただけかもだしな」
「ねえヨニ? 国の行方を話し合うことより大事な用事ってなにかしらね?」
顔だけ振り向いて絶対零度の笑顔で問えば、ヨニは大人しく口を閉じた。
(そんなものある訳ないじゃない)
個々人には何かがあるかもしれない。だとしたって、黙って優先されるのは腹立たしい。
かつかつと足音をさせながら、ティルダは王宮の廊下を進んでいく。
(議員全員というと、十六人だけれど、どこから探したものかしら)
やっぱり家を押さえることから始めるべきだろうか。ティルダは顎に手をあて考え込んだ。
クッカサーリの狭い国土は、馬を使えば一日で巡ることは可能だ。もしも、本気で議員たちが議会を開かせたくないのなら、国境沿いにばらばらに隠れている可能性だってある。ならば、
「まずは厨房に行きましょう。外に出たらいちいち戻るのも面倒だし、簡単に食べられる物を包んでもらいましょう」
足音を立てずに後ろに従うヨニに言うと、小さな溜息が返ってきた。
「弁当持って議員探しかよ……」
ティルダはその溜息を黙殺した。
議会出席のため、議場である王宮の一室に足を運んできたが、人っ子一人いない。
そう広くもない空間で、円形のテーブルと椅子たちだけが存在を主張している。
「……なによこれ」
時間を、いや、日にちを間違えたのだろうか。自問自答しかけて、そんな筈はないと思いなおす。
だって、議会でないならドレスはもっと動きやすいものにするし、まとめた髪に髪飾りをつけたりはしない。女官も、今日から議会だと認識していた証左だ。ティルダ自身の好みは動きやすい恰好なのだから。
スケジュールの管理は自分一人でやっている訳ではない。
だいたい議員だけでなく、議場の入り口に立っている筈の衛兵の姿もないのはおかしい。これは一体どういう事なのだろう。
ただ、何か異変があったにしては静かすぎる。ここへ来るまでに不穏な気配もなかった――と、思う。
「陛下? だいじょぶかよ?」
ティルダが考え込んでいると、後ろに控える侍従のヨニが気遣わしげに覗き込んできた。
一見凡庸な顔の中、色素の薄い灰色の瞳に自分が映ってティルダは落ち着きを取り戻した。ヨニは一見華奢に思える体格だが、不逞の輩にも彼がいれば問題はない。
「大丈夫かよって何よ、私は大丈夫に決まってるわよ! だけど、どうして誰もいないのかしら?」
「さあ全員、遅刻中なのかもな」
ヨニがあっけらかんと言った。
「はあ!? そんなわけ、ない、でしょ……!?」
一人なら遅刻してくることはあったが、全員が揃いも揃って遅刻だなんて、あり得ない。
でも、そうであってほしいような気持ちが段々と湧いてきた。だって、議会の日にちを全員忘れているなんてことだったら、国王としての自信が天に召されてしまう。
(でもそんな馬鹿な……っ)
部屋の中を見回しつつ、ティルダは用心深く己の席へ歩みを進めていく。
すると、一枚の紙切れが王の席に置いてあるのが目に付いた。
「これは……」
そこに書かれていた文章を読んで、ようやくティルダは事態を理解した。
いや、理解したからこそ――さっぱり意味がわからない。
「なんなのこれは!」
紙切れを持つ手がわなわなと震える。
「ん? どした、どーした?」
横から覗き込んできたヨニが、紙切れに書かれた文章を読み上げていく。
「なになに、『女王自身で我々全員を見つけなければ議会には出席しない。なお期限は明日の昼まで』って……ぷ、陛下、ボイコットされてやんの」
「――っ!」
ヨニの顔を思い切り殴りつけてやろうかと思ったが、ティルダはどうにか自分を抑えつけることに成功した。寛大さは主人の大事な資質だ。それに、人前に出す侍従の価値を自ら損なうのは愚かしい。よく見れば整っていると言えなくもない顔なのだから。
(寛容と忍耐、寛容と忍耐、寛容と忍耐よ……!!!)
怒鳴りつけたくなるのを堪えて、ティルダはヨニを睨みつける。
「なんで、私の侍従のあなたがへらへらできるのかしら? 王を蔑ろにするってことは、あなただって馬鹿にされているってことなのよ?」
「や、だって、明日ってこれ――」
ティルダの剣呑な眼差しをあっさり流して、ヨニは笑いを浮かべている。
「ヨニ、いい? わかっているの? クッカサーリの政を話し合う議会を、議員全員が出席拒否するなんてどれだけの非常事態だと思って!?」
「落ち着けってば陛下」
「だから!落ちつける訳がないでしょう!?」
クッカサーリは一枠を除き、直接民衆から選ばれた議員と王とで国の運営がなされている。最終議決権は王にあるが、議会の力は決して弱くない。
「文句があるなら議会でそういえばいいでしょう? こんな形で私に対する抗議をするなんて……」
なんのための議会だというのだ。
落ち込みよりも怒りが湧きあがってくる。話しを聞かない王だと思われているというのか。否、聞かせたところで意味のない――無能な王だとでもいうのか。
「あー、陛下、陛下ってば、いいから、ちょっと落ち着けよ!!」
「ふ、ふっ、ふふふふふふふ」
「おい、それは王様がしちゃいけない類の笑顔だぞ」
知ったことか。
冷や汗を流しはじめたヨニを置いて、ティルダはその場を後にする。
「待てよ。どうするつもりなんだよ?」
背中にかけられた問いには、振り向かずに答えた。
「決まってるじゃない。全員探し出して――一人一人ボイコットした理由を聞かせてもうわ。……相応しい厳罰を考えておかなくちゃ」
「陛下、陛下、ちょおーっと、意気込みすぎじゃないか? ほら、たまたま全員用事があっただけかもだしな」
「ねえヨニ? 国の行方を話し合うことより大事な用事ってなにかしらね?」
顔だけ振り向いて絶対零度の笑顔で問えば、ヨニは大人しく口を閉じた。
(そんなものある訳ないじゃない)
個々人には何かがあるかもしれない。だとしたって、黙って優先されるのは腹立たしい。
かつかつと足音をさせながら、ティルダは王宮の廊下を進んでいく。
(議員全員というと、十六人だけれど、どこから探したものかしら)
やっぱり家を押さえることから始めるべきだろうか。ティルダは顎に手をあて考え込んだ。
クッカサーリの狭い国土は、馬を使えば一日で巡ることは可能だ。もしも、本気で議員たちが議会を開かせたくないのなら、国境沿いにばらばらに隠れている可能性だってある。ならば、
「まずは厨房に行きましょう。外に出たらいちいち戻るのも面倒だし、簡単に食べられる物を包んでもらいましょう」
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「弁当持って議員探しかよ……」
ティルダはその溜息を黙殺した。
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