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1女王、議会をボイコットされる
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王宮の厨房。
普段、王が訪れることはない場所だ。勝手のわからぬ不慣れな場所で、ティルダは馴染の顔を見つけた。自分でもわかるほど間抜けに口を開け、立ち尽くす。
こんなところで会うはずがない。だって――
一言も声を出せないティルダに代わってヨニが声を上げた。
「さっそく一人発見、だな」
「おやー、見つかってしまいましたな」
あっさりと両手を挙げて降参のポーズをしている中年男性こそ、クッカサーリの十六人の議員の一人、ミカエル・ルオデだ。
穏健派で王家に対する忠誠は高い。本業にパン屋を営んでおり、王宮に納入されるパンの半分は彼の店の仕事だ。だから、王宮の厨房にいてもおかしくはないと言える。
が、議会を放り出して、菓子を焼いているのはどういうことなのか。
「ここで何をしているのか聞かせて貰っていいかしら……」
拳を握りしめ、念のためティルダは尋ねてみることにした。できれば何かの間違いであってくれと祈りながら。
「それは――」
「申し訳ありません陛下、ルオデさんをいいですか。少々立て込んでおりまして。そろそろ焼き上がりの時間なものですから」
奥からもう一人の議員であり街で食堂を営んでいるニコ・メリカントがやってきて、ミカエルを連れていってしまった。ティルダは茫然とそれを見送るしかできない。ニコは議員の中では真面目な方で、今まで議会を遅刻も欠席もしたことはない。
一人だけでも意味がわからないのに、同年代の議員二人がなぜ、議会を無断欠席して王宮の厨房で菓子を焼いているのか。
頭に疑問符が大量に浮かぶ。
厨房に戻った二人と交代して、顔をだしたのは王宮の料理長。気まずそうに口を開いた。
「えー、その、陛下、厨房にお越しになれると、忙しいのに皆の手が止まってしまいますので……できたらご遠慮願えると有り難いのですが……」
申し訳なさそうな態度ではあるが、その意味するところは「あっち行けよ」である。
ぶちっと己の理性のタガが外れた音をティルダは聞いた。
「ふ、ふふふ……不敬罪よ! 不敬罪で全員捕まえなさいぃぃー、ヨニ!!」
「陛下、陛下、お、落ち着け、な、な?」
使用人たちが皿を持って出入りのしやすいように、厨房はドアがない。直接厨房が見えないように、中折れになった廊下を抱えられるようにして引きずられていく。
ヨニに厨房から連れ出され、必死に押さえられてもティルダは大声で吠えた。
「一体なんなの!? あれはどういうことよ!!」
厨房にまで聴こえているはずだが、ティルダの問いに答えは返ってこない。
代わりに、叫ぶティルダを追ってきたのはキッチンメイドの一人。
「陛下、お弁当でしたね? これをお持ちください」
「お、ありがとな」
右腕でティルダを抑えながら、左腕でヨニが包みを受け取った。
キッチンメイドは用が済むと深く腰を折り、さっと厨房へ戻っていく。
その事務的な様子にティルダは歯噛みした。――しかし、あの子はいつもああだわ、と冷静な自分が頭の中で告げる。
「卵とチーズを挟んだパンかー。肉が足りないぜ……」
器用に片手で包みの中身を窺ったヨニが、げんなりと呟いている。
「冬なのだから我慢なさい。じゃなくて、あれは何なの」
「いいから、陛下は落ち着けって。俺が確認してくるから」
言うと、ヨニはティルダを開放して、一人で厨房へ向かった。
会話は廊下のティルダにも筒抜けだ。
「なー、これでおっさん達を見つけたってことでいいの?」
ミカエルとニコの了承が聞こえた。
「これで二人とも、明日は出てくるんだよな?」
「はい、もちろん」「ええ」
「――っ」
なんなのだ、この軽さは。ティルダはがっくりと肩を落とした。
いっそ、王位簒奪の密談でもしていてくれた方が良かった。
(いや、よくはないけど)
でも、議会より菓子を焼くのが優先事項だなんて、お前はその程度だと言われているとしか思えない。
王宮のコック長と、ニコとミカエルは知り合いだ。特にニコは、王宮の厨房の人員が足りない時に臨時で手伝いをしてもらうこともある。厨房に入る人選はコック長に一任しているので彼らが厨房に居るのは構わないが、なんで二人と一緒に菓子を焼いているのだろう。
いま、大量に菓子を必要とする予定――外国の使者をもてなすようなは会食――はない。単に一緒に料理研究でもしているのか。あまりに呑気だったキッチンの様子を思えば、十分にあり得る。
(でも、それって大事な議会を無断欠席してまでやること……?)
「馬鹿にするんじゃないわ……。私をなんだと思っているのよ……」
ティルダがさらに肩を落として呟くと、
「貴女はクッカサーリの女王陛下です」
戻ってきたヨニが爽やかな顔で答えた。
そう、十四歳という若さで国を継いでから三年、ティルダがほかの何かであったことはない。
クッカサーリは大国ラズワルディアの南西、ルグリス公国にもほど近い山の上の小さな国だ。その国境を全てラズワルディアと接している。もっと端的に云えば、クッカサーリはラズワルディアの中に存在しているのだ。大海に浮かぶ小舟もかくや。その大きさはラズワルディアの州の一つにも及ばない。そんなしがない小国だ。
それでも、どれだけ小さくてもティルダは一国を治める王なのだ。
「ええ……。そうよ。そう――私が王よ」
宥めるようなヨニの視線に、ティルダは頷いた。
(……たった三年でも、人生の先輩だと思えば仕方はないかしら)
ヨニなんかに女王陛下と言われて、落ち着きを取り戻したことがちょっと悔しい。
内心の葛藤を知ってか知らずか、ヨニは呑気に笑う。
「残りの連中も探すんだろ? 陛下」
「勿論よ」
こんなところで萎えている訳にはいかない。
「今度こそ見つけたら詰問してやる……」
ティルダはドレスの裾を持ちあげ、足早に廊下を進んでいく。
●
厨房から主郭へ戻る途中。
「あ、陛下、あれ」
ヨニが窓の外に何か見つけたようだ。王宮の裏手、通用口前の開けた空間。ヨニの指さす先をティルダが追うと、二人の議員と姿の見えなかった衛兵たちが何か荷物を運んでいる。かなり大きな板状の物だが、布に包まれていて正体はわからない。
二人が見入っていると、向こうもティルダとヨニに気がついて動きを止めた。
「ありゃー、見つかってしまったわいー。わはは」
一人が声を上げると、衛兵たちも楽しげに笑っている。
――なんだこれ。何を見ているのだろう。
「…………」
ひくひくと全身を痙攣させているティルダをよそに、ヨニは窓を開け、ひらりと飛び越える。一団のもとへ走り、ティルダにも届く大きな声で訪ねた。
「みなさん、それなにを運んでんの?」
「いやあ、見せられませんぞ。いくらヨニ殿といえど」
そう言ったのは、ネストリ・ホルト、クッカサーリ生産組合の長だ。普段は頼りがいのある議員の一人である。
「――ヨニ、さっさと確認しなさい」
底冷えのする声でティルダは命じた。
ヨニがうわあという顔を向けてきたが、他の連中はどこ吹く風だ。
「あー陛下が確認しろっていうから、俺にだけでも中身見せてもらえる?」
「困りましたな」
ネストリとヨニの押し問答を遠目に見ながら、様々な想像がティルダの脳裏に浮かんで消える。
「なによ、なんなのよ、私に対する不満でも書いてあるの!?」
吠えるように問い詰めれば、
「ち、ちがいますとも。何を仰るんです、陛下!」
慌てて反論するのは大工のパウリ・タルヴェラ――これも議員の一人である。
大柄な体を丸めて狼狽しているのは、なにか後ろめたいことがあるのか。
ティルダは半ば窓から体を乗り出した。
「ああ、もう、いま確認するから、陛下は落ち着いて、そこで待ってろって!」
議員二人と衛兵たちが抱えていた板状の包みの中身を、ヨニが隙間から確認して動きを止めた。なんともいえない顔で困惑している。
「なんだったの」
ヨニはティルダをちらりと見つめ、溜息を吐いた。
「陛下、これただの絵だぞ」
「…………絵?」
きまり悪そうに二人の議員は項垂れている。
「陛下に差し上げようと思いましてな……」
――意味がわからない。いや、わからなくはないのだけれど、何故、今日なのだ。
一国の王であるティルダは、様々な立場の人間から様々な物――例えば美術品――を貰うことだって珍しくはない。
だけど、
(議会を放り出してまですること……?)
人をつかって運べばいいのではなかろうか。どうしても手ずから運びたいのなら別の日時にすればいい。眩暈がするほど頭に血がのぼっている。
不穏な空気を切り裂いたのは、陽気な声。
「あら皆さん、そんなところで止まってないで早く――って陛下、見つかってしまいましたね、ウフフ」
唯一の女性議員キーラ・ユーティライネンが笑いながら、通用口から絵を運ぶ男たちの元へやってきた。
「さあさ、早く運んで下さい。急がないと間に合いませんわ」
「キーラさん、こんちわ」
「ヨニさんこんにちわ」
ヨニが軽く手を上げて挨拶すると、その奥のティルダにも微笑んで、二人の議員と衛兵たちを先導していく。
議会を無断欠席した申し開きしようなんていう姿勢は一切ない。
ティルダの掴む窓枠からばきりと高い音が響いた。
「あぁー。修繕費どこから出すかなー」
「絵を運ぶのに議会をさぼったっていうの……? そんなの人にやらせればいいのでなくて……?」
地獄から響くような呻き声が届いたのか、振り返ってキーラが声を上げた。
「陛下―、私たち以外の者を全員お探しになりました?」
「……まだよ」
だからなんだ、それがどうした、今すぐその首を差し出せと言わんばかりのティルダの視線をさらりと交わし、
「では、まだまだ内緒ですわ。全員を探してからでないと。明日、お会い致しましょう」
キーラと一団はその場にヨニを残し、通用口へ入っていった。絵を献上にきたのなら、宮廷執事が相手をするだろう。
ヨニが頭を掻きながらティルダの元へ戻ってくる。
「あの、さ」
「……」
半眼で睨みつければ、真顔でヨニは黙った。
「ふふ、ふふふ……菓子以下……内緒……? ふふ、ふふっ、ふふふ……」
歩き出したティルダの足取りは覚束ない。後ろのヨニから見れば、ゆらゆらと幽霊のように見えなくもない。
「――陛下、大丈夫か?」
「大丈夫に決まっているじゃないの。私が大丈夫に見えないと言うの? どこが大丈夫じゃないのかしら? 教えてくれる?」
「おもいっきりキレてんじゃねえかよ……」
ヨニの呆れ声を無視して、ティルダは思いを巡らす。
てっきり自宅へ立て籠もって出席拒否しているのだと思った議員たちだが、王宮には来ているようなので、まだ外へ出ずに王宮内を探索した方がいいかもしれない。
普段、王が訪れることはない場所だ。勝手のわからぬ不慣れな場所で、ティルダは馴染の顔を見つけた。自分でもわかるほど間抜けに口を開け、立ち尽くす。
こんなところで会うはずがない。だって――
一言も声を出せないティルダに代わってヨニが声を上げた。
「さっそく一人発見、だな」
「おやー、見つかってしまいましたな」
あっさりと両手を挙げて降参のポーズをしている中年男性こそ、クッカサーリの十六人の議員の一人、ミカエル・ルオデだ。
穏健派で王家に対する忠誠は高い。本業にパン屋を営んでおり、王宮に納入されるパンの半分は彼の店の仕事だ。だから、王宮の厨房にいてもおかしくはないと言える。
が、議会を放り出して、菓子を焼いているのはどういうことなのか。
「ここで何をしているのか聞かせて貰っていいかしら……」
拳を握りしめ、念のためティルダは尋ねてみることにした。できれば何かの間違いであってくれと祈りながら。
「それは――」
「申し訳ありません陛下、ルオデさんをいいですか。少々立て込んでおりまして。そろそろ焼き上がりの時間なものですから」
奥からもう一人の議員であり街で食堂を営んでいるニコ・メリカントがやってきて、ミカエルを連れていってしまった。ティルダは茫然とそれを見送るしかできない。ニコは議員の中では真面目な方で、今まで議会を遅刻も欠席もしたことはない。
一人だけでも意味がわからないのに、同年代の議員二人がなぜ、議会を無断欠席して王宮の厨房で菓子を焼いているのか。
頭に疑問符が大量に浮かぶ。
厨房に戻った二人と交代して、顔をだしたのは王宮の料理長。気まずそうに口を開いた。
「えー、その、陛下、厨房にお越しになれると、忙しいのに皆の手が止まってしまいますので……できたらご遠慮願えると有り難いのですが……」
申し訳なさそうな態度ではあるが、その意味するところは「あっち行けよ」である。
ぶちっと己の理性のタガが外れた音をティルダは聞いた。
「ふ、ふふふ……不敬罪よ! 不敬罪で全員捕まえなさいぃぃー、ヨニ!!」
「陛下、陛下、お、落ち着け、な、な?」
使用人たちが皿を持って出入りのしやすいように、厨房はドアがない。直接厨房が見えないように、中折れになった廊下を抱えられるようにして引きずられていく。
ヨニに厨房から連れ出され、必死に押さえられてもティルダは大声で吠えた。
「一体なんなの!? あれはどういうことよ!!」
厨房にまで聴こえているはずだが、ティルダの問いに答えは返ってこない。
代わりに、叫ぶティルダを追ってきたのはキッチンメイドの一人。
「陛下、お弁当でしたね? これをお持ちください」
「お、ありがとな」
右腕でティルダを抑えながら、左腕でヨニが包みを受け取った。
キッチンメイドは用が済むと深く腰を折り、さっと厨房へ戻っていく。
その事務的な様子にティルダは歯噛みした。――しかし、あの子はいつもああだわ、と冷静な自分が頭の中で告げる。
「卵とチーズを挟んだパンかー。肉が足りないぜ……」
器用に片手で包みの中身を窺ったヨニが、げんなりと呟いている。
「冬なのだから我慢なさい。じゃなくて、あれは何なの」
「いいから、陛下は落ち着けって。俺が確認してくるから」
言うと、ヨニはティルダを開放して、一人で厨房へ向かった。
会話は廊下のティルダにも筒抜けだ。
「なー、これでおっさん達を見つけたってことでいいの?」
ミカエルとニコの了承が聞こえた。
「これで二人とも、明日は出てくるんだよな?」
「はい、もちろん」「ええ」
「――っ」
なんなのだ、この軽さは。ティルダはがっくりと肩を落とした。
いっそ、王位簒奪の密談でもしていてくれた方が良かった。
(いや、よくはないけど)
でも、議会より菓子を焼くのが優先事項だなんて、お前はその程度だと言われているとしか思えない。
王宮のコック長と、ニコとミカエルは知り合いだ。特にニコは、王宮の厨房の人員が足りない時に臨時で手伝いをしてもらうこともある。厨房に入る人選はコック長に一任しているので彼らが厨房に居るのは構わないが、なんで二人と一緒に菓子を焼いているのだろう。
いま、大量に菓子を必要とする予定――外国の使者をもてなすようなは会食――はない。単に一緒に料理研究でもしているのか。あまりに呑気だったキッチンの様子を思えば、十分にあり得る。
(でも、それって大事な議会を無断欠席してまでやること……?)
「馬鹿にするんじゃないわ……。私をなんだと思っているのよ……」
ティルダがさらに肩を落として呟くと、
「貴女はクッカサーリの女王陛下です」
戻ってきたヨニが爽やかな顔で答えた。
そう、十四歳という若さで国を継いでから三年、ティルダがほかの何かであったことはない。
クッカサーリは大国ラズワルディアの南西、ルグリス公国にもほど近い山の上の小さな国だ。その国境を全てラズワルディアと接している。もっと端的に云えば、クッカサーリはラズワルディアの中に存在しているのだ。大海に浮かぶ小舟もかくや。その大きさはラズワルディアの州の一つにも及ばない。そんなしがない小国だ。
それでも、どれだけ小さくてもティルダは一国を治める王なのだ。
「ええ……。そうよ。そう――私が王よ」
宥めるようなヨニの視線に、ティルダは頷いた。
(……たった三年でも、人生の先輩だと思えば仕方はないかしら)
ヨニなんかに女王陛下と言われて、落ち着きを取り戻したことがちょっと悔しい。
内心の葛藤を知ってか知らずか、ヨニは呑気に笑う。
「残りの連中も探すんだろ? 陛下」
「勿論よ」
こんなところで萎えている訳にはいかない。
「今度こそ見つけたら詰問してやる……」
ティルダはドレスの裾を持ちあげ、足早に廊下を進んでいく。
●
厨房から主郭へ戻る途中。
「あ、陛下、あれ」
ヨニが窓の外に何か見つけたようだ。王宮の裏手、通用口前の開けた空間。ヨニの指さす先をティルダが追うと、二人の議員と姿の見えなかった衛兵たちが何か荷物を運んでいる。かなり大きな板状の物だが、布に包まれていて正体はわからない。
二人が見入っていると、向こうもティルダとヨニに気がついて動きを止めた。
「ありゃー、見つかってしまったわいー。わはは」
一人が声を上げると、衛兵たちも楽しげに笑っている。
――なんだこれ。何を見ているのだろう。
「…………」
ひくひくと全身を痙攣させているティルダをよそに、ヨニは窓を開け、ひらりと飛び越える。一団のもとへ走り、ティルダにも届く大きな声で訪ねた。
「みなさん、それなにを運んでんの?」
「いやあ、見せられませんぞ。いくらヨニ殿といえど」
そう言ったのは、ネストリ・ホルト、クッカサーリ生産組合の長だ。普段は頼りがいのある議員の一人である。
「――ヨニ、さっさと確認しなさい」
底冷えのする声でティルダは命じた。
ヨニがうわあという顔を向けてきたが、他の連中はどこ吹く風だ。
「あー陛下が確認しろっていうから、俺にだけでも中身見せてもらえる?」
「困りましたな」
ネストリとヨニの押し問答を遠目に見ながら、様々な想像がティルダの脳裏に浮かんで消える。
「なによ、なんなのよ、私に対する不満でも書いてあるの!?」
吠えるように問い詰めれば、
「ち、ちがいますとも。何を仰るんです、陛下!」
慌てて反論するのは大工のパウリ・タルヴェラ――これも議員の一人である。
大柄な体を丸めて狼狽しているのは、なにか後ろめたいことがあるのか。
ティルダは半ば窓から体を乗り出した。
「ああ、もう、いま確認するから、陛下は落ち着いて、そこで待ってろって!」
議員二人と衛兵たちが抱えていた板状の包みの中身を、ヨニが隙間から確認して動きを止めた。なんともいえない顔で困惑している。
「なんだったの」
ヨニはティルダをちらりと見つめ、溜息を吐いた。
「陛下、これただの絵だぞ」
「…………絵?」
きまり悪そうに二人の議員は項垂れている。
「陛下に差し上げようと思いましてな……」
――意味がわからない。いや、わからなくはないのだけれど、何故、今日なのだ。
一国の王であるティルダは、様々な立場の人間から様々な物――例えば美術品――を貰うことだって珍しくはない。
だけど、
(議会を放り出してまですること……?)
人をつかって運べばいいのではなかろうか。どうしても手ずから運びたいのなら別の日時にすればいい。眩暈がするほど頭に血がのぼっている。
不穏な空気を切り裂いたのは、陽気な声。
「あら皆さん、そんなところで止まってないで早く――って陛下、見つかってしまいましたね、ウフフ」
唯一の女性議員キーラ・ユーティライネンが笑いながら、通用口から絵を運ぶ男たちの元へやってきた。
「さあさ、早く運んで下さい。急がないと間に合いませんわ」
「キーラさん、こんちわ」
「ヨニさんこんにちわ」
ヨニが軽く手を上げて挨拶すると、その奥のティルダにも微笑んで、二人の議員と衛兵たちを先導していく。
議会を無断欠席した申し開きしようなんていう姿勢は一切ない。
ティルダの掴む窓枠からばきりと高い音が響いた。
「あぁー。修繕費どこから出すかなー」
「絵を運ぶのに議会をさぼったっていうの……? そんなの人にやらせればいいのでなくて……?」
地獄から響くような呻き声が届いたのか、振り返ってキーラが声を上げた。
「陛下―、私たち以外の者を全員お探しになりました?」
「……まだよ」
だからなんだ、それがどうした、今すぐその首を差し出せと言わんばかりのティルダの視線をさらりと交わし、
「では、まだまだ内緒ですわ。全員を探してからでないと。明日、お会い致しましょう」
キーラと一団はその場にヨニを残し、通用口へ入っていった。絵を献上にきたのなら、宮廷執事が相手をするだろう。
ヨニが頭を掻きながらティルダの元へ戻ってくる。
「あの、さ」
「……」
半眼で睨みつければ、真顔でヨニは黙った。
「ふふ、ふふふ……菓子以下……内緒……? ふふ、ふふっ、ふふふ……」
歩き出したティルダの足取りは覚束ない。後ろのヨニから見れば、ゆらゆらと幽霊のように見えなくもない。
「――陛下、大丈夫か?」
「大丈夫に決まっているじゃないの。私が大丈夫に見えないと言うの? どこが大丈夫じゃないのかしら? 教えてくれる?」
「おもいっきりキレてんじゃねえかよ……」
ヨニの呆れ声を無視して、ティルダは思いを巡らす。
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