クッカサーリ騒動記

結城鹿島

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2女王、迷子に遭遇する

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「ふあ」

往来の少ない早朝の路地。辺りに人気はない。
クッカサーリの女王ティルダ・エイラ・リステェリは己の侍従ヨニ・マケラに顰め面を向けた。あくびなんてみっともない真似を非難するために。

「しゃんとなさい、まったく」
「へいへい。陛下は朝から元気だよなぁー」

了解、了解と首を回して肩を叩くヨニは、だらけきった態度な上にあくびが噛み殺しきれていない。

「しっかりしなさいと言っているの。それに、外で陛下はよしなさい。どこに誰の耳があるともわからないのよ」
「へいへい。気をつけるよ」

どれだけ気を付けても足りはしないというものだろう。なにせ伴を一人しか連れずに国王が、街を散策しているのだから。
もっとも、今のティルダは一国の王には見えない。庶民に見えるように変装している。編み下げにした髪の上から被る木綿の頭巾と、外套の下、手の込んだ刺繍のエプロンはクッカサーリの女の一般的な姿だ。近くで見れば、亜麻色の髪がやけに艶やかなことや、日々の苦労の見えない白い肌に違和感を抱くかもしれないが。
一方クッカサーリにありがちな栗色の髪の持ち主であるヨニは、元々そうであったように商人見習いの姿が馴染んでいる。よく見れば整っていると言えなくもない顔と薄い灰色の瞳はまじまじ見れば目を引くが、街を歩いていると王の侍従には見えない。眠そうでしまりのない顔のせいでなおのこと。

「本当は昼間の方がいいけれど、朝は朝で気持ちがいいわね」

「朝だから陛下の趣味が許されてるんだろうが。また怒られるぞ。ふあ」

そう、こうして、街を自分の足で歩いて見ることはティルダの『趣味』なのだ。

「……みんなうるさすぎるのよ」

小国とはいえ、一国の王がふらふらと街歩きをするなんて、だれが聞いたって驚き呆れるだろう。当然ティルダの周りだっていい顔はしていない。ヨニの言うように、宮中執事や乳母だった侍女頭に何度も何度も怒られている。
しかし、ティルダにはこの趣味を止める気はない。王として色んな施設に視察や慰問に出かけることはあるが、なんでもない住宅街を散策することは難しい。国民のなんでもない日常こそがティルダにとって一番大事なものなのに、だ。
王として無理ならば、変装してこっそりやるまで。ヨニがいれば大抵のことはどうにかなるし、人気のない早朝を選ぶという譲歩はしているのだから、小言なんて無視だ。
空に目をやると、パン屋や、朝早くから働く工房の煙突から煙がたなびいている。
道にごみは落ちていないし、浮浪者が酔いつぶれて寝ているということもない。素朴な白壁の民家は、前に見た時と変わりなく並んでいる。家々の窓に置かれた鉢植えにはまだ色はないが、寒さを乗り越えそろそろ花を咲かすだろう。
街は今日も穏やかに目覚めていく。
自然とティルダの口元に笑みが浮かんだ。

「そろそろ春だなー」

目が覚めてきたらしいヨニに頷いてみせる。

「そうね。忙しくなるわね」

空気から冬の厳しさが消え、本格的な春になれば、巡礼者だけでなく観光客も増えてくる。忙しくなったら、趣味はしばらくお預けだ。一気に押し寄せる仕事をこなさなければならない。

「ま、忙しいのはいいことだ。な、陛下。ふあ」

             ●

工房の多い地区を歩いていた時のことだった。

「そろそろ戻ろうぜ」
「そうね――って、ちょっと黙って」

「サリタ―、サリタ、どこなんだー」
路地裏から男の声が聞えてきた。

「だれか子供とはぐれたのかしらね」
「かもな」

何度も繰り返される呼び声は、段々悲壮感を増していく。どうにもただ事ではなさそうだ。
ヨニに視線を向けると頷きが返ってくる。

「あっちだな」

迷路のように入り組んだ路地を、ヨニは迷わず声の主の元へティルダを導いていく。辿りついたのは、一軒の硝子工房へ続く道の脇。
生垣に顔を突っ込んで「サリター」と、声を上げている男がいた。

「子供じゃなくて猫でも探しているのかしら……。でも旅行者が猫連れてくるかしらね」
「後頭部だけで地元民じゃないと判別できる辺りさすが陛下だなー」

判断基準は後頭部じゃなくて着衣なのだが、それはとりあえずどうでもいい。まずは、

「そこの方、何かお困りですか?」

声をかけてみた。男はびくっと振り向いて、

「あ、ぼくは怪しい物ではありません! その、娘を探しているだけです」

弁明を始めた。少々見た目が怪しいという自覚はあったらしい。よれよれの外套にくたびれた靴からしてあまり裕福ではなさそうだ。

「娘さんとはぐれたのですか?」
「ええ。朝の礼拝まで時間があるので、散歩でも、ってぶらぶらしていたんですけど――いつのまにか居なくなってしまって。まだ七歳なんです。こんなに小さくて可愛い子なんです。明るい栗色のふわふわの髪でリスみたいな子なんですよ」

男はひどく混乱しているのか無駄な動きが多い。リスと娘のサイズがごっちゃになっている。

「まだ小さいのに、ああ、なにかあったらどうしたら。僕のせいだ。僕のせいだ……っ」
「旅の方ですよね? 旅券等の身分証はお持ちですか?」

国を跨いでの移動ならば、通行許可書や何がしかの旅券は持っているものだ。

「あ、ええ。えっと。はい。ぼくはマルコ・カサレスと言います」

男が言いながら身分証を懐から出そうとするのを、ティルダは止めた。

「それは自警団で提示して下さい。ヨニ、案内してあげて」
「あの、ぼくは娘を探さないと――」
「おっさん、一旦自警団に行った方がいい。もしかしたら、もう誰かが娘さんを自警団に連れてきてるかもだから。探すにしても人手があった方がいいだろ?」

ヨニが高い口笛を鳴らすと、どこからともなく一頭の犬が走ってくる。

「あとは頼むな、フラー」

立派な体躯と見事な黒い毛皮のフラーはヨニの飼い犬であり、唯一の女王近衛兵である。護衛を兼ねるヨニ自身は、あくまで侍従という身分だというのに。
フラーは小さく吠えるとティルダの足元に腰を下ろした。
それを確認すると、ヨニは不安げなまマルコを引きずっていく。

「じゃあ、俺はこのおっさんを連れてくから」

無理するなよ、とヨニの視線が言っている。
が、ティルダはしっしと手を振って追いやった。
(子供じゃないんだから、そんなに心配しなくたっていいのよ)
二人を見送ってティルダは考え込んだ。
この辺りは細い路地が迷路のように入り組んでいる。小さな女の子では、元の場所へ戻ることは出来ないだろう。それに金属細工の工房なんかに間違って入り込んだりしたら危険だ。

「やっぱり人海戦術かしら……」

呟くと、フラーが賢げな顔でティルダを見上げてきた。賛成ってことだろうか。大人しいフラーの頭を撫ででから、ティルダはおもむろに最寄りの工房に向かった。ドアを叩くと、中から若い職人が姿を見せた。
工房の中では既に火を熾しているのだろう、冬だというのに職人は薄着だ。彼はドアから侵入する外気を物ともせず、満面の笑顔で

「どうしたんです? 陛下。散歩の途中ですか? 何か飲んでいきます?」
と言った。

ティルダは思わず妙な顔を作った。嬉しいのだが、喜ぶわけにはいかない。怒る理由はないのだけれど、なんだか釈然としない苛々が若干。肩から力が抜けていくのを、押し止めるように気合を入れ直す。

「違うわ。少しお願いがあるのよ。迷子を捜してほしいの――」

言いながら、ティルダは思った。
――これだから『趣味』を止める気にはならない。

そう、実は女王の趣味はこうして国民によく知られており、暗黙の了解になっている。だから止める気になんてならない。ばれて困ることなんて全く無いのだから。
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