クッカサーリ騒動記

結城鹿島

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5女王、憤る

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「大変です、陛下……っ!」
その日もたらされた一つの知らせによって、クッカサーリ議会に激震が走った。

「ラズワルディアの軍が迫っているですって……?」

議場のドアが開いた瞬間に嫌な予感はした。入国審査所の役人がわざわざ議会の開かれている時間に王宮にやってくるなんて、ただごとではない。そうして心の準備をしていたにも関わらず、知らせを聞いたティルダは茫然とした。

「こ、国境で制止していますが、強硬に入国を求めています」
「――」
「陛下」

真っ白に飛んだ思考が、聞き慣れたヨニの声で現実に引き戻される。背後の彼へ視線を向けることなく、ティルダはぎこちなく議場を見回した。居並ぶ議員たちは、だれもかれも――普段は不真面目な連中も――一様に腹をくくった顔でティルダを見ている。
だから、ティルダも覚悟を決められた。背筋をすっと伸ばす。
(みっともない顔は見せられないわ)

「おい、陛下。いきなり悲壮すぎんだろ」

軽い声と共に背後から伸びてきた手が顎にかけられ、むにっと上を向かされた。
そして両手でホールド。

「……ちょっと、急に何するのよ。この体勢は苦しいわ」

本当は見た目ほど苦しい訳でもない。両手でティルダの頬を挟むヨニの手は、あくまで優しい。
だだ、座った状態で顔を上向きにされて、真上から覗きこまれてはヨニしか見えない。

「なんだっていうのかしら」

気まずさを隠してムッとして見せれば、いつもより真面目な表情でじっと見つめられた。なんだか、怒っているような気がしなくもない。

「あのなあ、いきなり、そう深刻になるなよ。まだ詳しい事情はわからないんだろ?」

言って、ヨニは溜息を吐いた。
確かに、詳細がわからない内から悲観的な予想をたててみてもどうしようもない。
なにせ、ラズワルディアが本気を出してきたなら、クッカサーリに出来ることなんてほとんどないのだから。
(……それにしても、早く離してくれないかしら)
ティルダが思ったその時、

「肩の力を抜いてこうぜ、陛下」

顔に添えられていたヨニの手が離れた。解放されたティルダはこほん、と空咳をひとつして、

「……確かにヨニの云う通りだわ。ただの脅しって可能性の方が高いものね」

議員たちに聞かせるように溜息交じりに呟いた。

「これから確認してくるから、――何があっても慌てないように備えだけはしておいて」

まっすぐ視線を向けて言ってから、ティルダは立ち上がった。

「待ちたまえ」

ティルダを制止したのはアレクシスだ。冷えた視線に動きが止められる。

「いきなり君が出るのはどうなのかな。王が軽々しく動いては、向こうにつけ込まれる隙を与えることになるんじゃないのかい」

確かに王がのこのこ出て行くのは早計かもしれない。まずは自警団のである長ネストリ・ホルトにまかせるべきなのかもしれない。クッカサーリには大臣だなんだと細かい役職はないので、一議員であっても実務者の対応なら無礼にならずにすむ。
が、他人に任せて大人しくなんてしていられるわけがない。
何か言い訳を探さなくちゃ、と身を固くしたティルダの肩をヨニが軽く叩いた。

「そうだ陛下、確か引退した衛兵のじーさん……ウィズ老が国境近くに住んでたよな」

頭が回っていなかったので、ティルダはヨニが急に何を言い出したのかすぐに理解できなかった。

「そうだけど、それがなによ?」

「ウィズ老の孫が、じーさんが寝込んでて心配だって言ってたぞ。一昨日辺りに。ウィズ老は五十年王宮に勤めた功労者だろ、王直々に見舞いに行ってやったっていいんじゃないのか。ついでに、その帰りに散歩するなら付き合うぞ。そうだな――散歩コース途中に入国審査所が入ってたって、まあいいんじゃないか」
「!」
「そうですね」

ヨニの言に賛同したのはアレクシスだ。いつもの好々爺のような顔ではなく、大陸中の精神的支柱である聖神教会の総司教としての厳かな表情を浮かべている。

「人は星に比べて儚いもの。会える時に会っておきませんと」
「そうね。それじゃ、お見舞いに行ってくるわ。議会は一時休会よ!」

高らかに宣言してティルダは議場を飛び出した。
つまらない体裁だが、必要になるかもしれないのだから、整えておくに越したことはない。
ティルダは殆ど小走りで廊下を駆けていく。小間使いのミルヤミが用意した外套にも走りながら手を通した。

「ヨニ、頼むわね」

背後ではなく、横に並ぶヨニにそれだけを言った。きっと、礼にはまだ早い。

「おう、なんでも任せとけよ」

                 ●

国境の入国審査所には行列が出来ていた。
それは観光客の多いこの時期、いつものことではあるが、まったく列は進んでいない。先頭の一団が、入国審査官とずっと揉めているためだ。
正確には――、ラズワルディアの騎士を率いる少年が、入国審査官と長々揉めていた。

「一体、いつまで待たせるつもりなのか」

金混じりの明るい褐色の髪と灰色がかった青い瞳に彩られ、美少年と呼ぶのになんのためらいも必要としない美貌の持ち主が、横柄な態度で先刻から入国審査官に詰め寄っている。
少年は、一見して高い身分にあると知れる身なりだ。年の頃は十四・五歳だというのに、人を従わせるのが当然という態度が極めて似合っている。
周囲の騎士たちも少年に従うことを当然として受け入れている。

「――ですから、先ほどから説明しているように規定のサイズ以上の武器を持ったままでは入国を許可することは出来ません。刃物で許されている限度は食事に使うナイフです。それ以上の物を持ち込みたい場合は、荷物だけにして別に許可を申請してもらいませんと」

少年に相対する入国審査官は、内心弱り切っていた。
ラズワルディアの貴族が無理難題を言ってくることはこれまでにもあったが、今回の件は桁が違う。少年も、彼に従う騎士たちも堂々と剣を佩いている。その数なんと一個小隊。

「我が国では、帯剣しているだけで国外退去処分になるのをご存じではないのですか」

こんな人数が武装してクッカサーリにやってきたことなんて、聞いたことがない。

「だから、護身のためで、使つもりはないと言っている」

一触即発というわけではないが、時間が経つごとに緊張感は強まっていく。

「なんども同じことを繰り返されるのは、まるで子供扱いされているようで不快だ」

少年は怒りを隠そうともしない。ぬけぬけと法を犯そうという少年の方が断罪されるべきなのに、いいかげん審査官の心が折れそうになった時――

「困りますね。身分に関わらずに決まりを守っていただかなくては」

凛とした声が辺りの空気を一瞬で裂いた。

「陛下」

あからさまにほっとした様子の審査官に、ティルダは僅かに頷きを返した。
随分と荷が重い対応だったことだろう。あとで労わってやらねば。

「入国を希望されるなら、まずは旅券等身分証明書の提示をお願いします」

ティルダが言うと、少年の横に控える老齢の騎士が一歩前にでて応える。

「それは先ほど済ませました」
「そう、で、ごねてらっしゃるのはどなたなの?」

あくまで審査官に向けてティルダは尋ねる。

「ラズワルディア王の子息、オルランド様です」

返ってきた答えに一瞬息を呑んだ。
よりによって何故、王族が軍を率いてくるのか。

「出迎えが遅いぞ! さっさと入国を許可してもらおうか」

オルランドが大声をあげた。
ティルダが役人に『陛下』と呼ばれるのを聞いてこの高圧的な態度とは、碌な話しが待っていないだろう。うんざりする気持ちを隠して、ティルダは微笑みを作った。

「出迎えに来たのではありません。なにせ来訪の知らせもありませんでしたから。私はただ――、長く王宮に仕えてくれた者の具合が悪いというので、見舞いに行った帰り、こちらの様子を窺うために足を伸ばしただけなのです。改めて迎えを寄こしましょうか? もっとも、帯剣しての入国はどなたであっても許可できませんが」

オルランドは喧嘩を買い慣れていないようで、目を丸くしている。そんな扱いをされるなんて全く予想していなかったというように、歯噛みした。

「僕を誰だと思っているんだ!」
「自己紹介なら結構です。必要な情報は旅券に記載されていますので」

オルランドが怒りで顔を朱色に染める一方、クッカサーリの役人たちは紙のように白い顔をしている。これ以上、喧嘩を売ってくれるなという心の叫びが聞こえるが、ティルダは引き下がりたくなかった。

「……僕はラズワルディアの王子だぞ」
「そうですか。私はこの国の女王です」

ぴりっと空気に雷が走った。
王子と王では国の大きさはさておき、王の方が格上だ。実質はラズワルディアの州の一つよりも遥かに小さな国だといえ、確かにそこには身分の差がある。所詮は形式でしかないと分かっているから、そういった物を翳すのはティルダの好むところではない。
しかし、その形式こそがティルダにとっての武器だ。建前上だけは、王子にとやかく言われる筋合いはない。
「……くっ」
オルランドに睨まれ、ティルダは逆に心に余裕が出てきた。
(随分と素直なこと……)
確認するわけにはいかないが、きっと背後のヨニも作った無表情の下で苦笑しているだろう。
思い出せば、オルランド王子は確か現ラズワルディア国王カルロの四男。ティルダより二つ下、十五歳になったかどうかという年齢だ。若いから……というより、素直な振る舞いを許されてきたということなのだろう。今まで自分の云うことを聞かない人間など、ほとんどいなかったに違いない。

「今回の来訪は一体どういう訳なのでしょう? 観光とは到底思えませんが」

オルランドの背後の騎士たちに視線をやりながら、ティルダは尋ねた。

「ラズワルディアで罪を犯した盗賊が、クッカサーリに逃げ込んだとの情報がある。捕縛の命を帯びてここまで追ってきたので、捜査に協力をお願いしたい」

いくらか態度を改めたオルランドが仏頂面で答える。

「いかなる国の軍も国境を越えることはならない。それがクッカサーリの法です。そう説明致しませんでしたか、私の官吏は」

相手が誰だろうと、法を曲げろという要求を呑むわけにはいかない。そんなことはラズワルディア側だって、わかっている筈。
(どういう理屈を用意してきたのかしら……)

「……その賊は、逃げる際に非道なやり方で高位貴族を殺害している。捕縛にも武力が必要なはずだ。クッカサーリは信仰の街で、防備は薄いのだろう? 例えば、司教さまが害されるようなことになればどうする?」
「御心配はありがとうございます。ですが――それは要らぬ心配というものです」
「捕まえるのはこちらでやるし、なんだったら護衛に精鋭を貸すと言っているんだぞ!」

ティルダは内心で溜息を吐いた。脅しが透けて丸見えよ、と言ってやりたい。
治安維持のために兵を送るという話はこれまでにもあった。その都度、クッカサーリの国王が繰り返してきたのと同じ言葉をティルダは口にした。

「我々の国は我々が護ります」

オルランドを真正面から見据え続ける。

「ここより先は私の王国です。そもそもラズワルディアの法の及ぶところではありません」

わななくオルランドの後ろ、騎士たちが睨みを利かせている。視線の端、剣の柄に手をかける若い騎士さえいる。

「罪人を匿うとのたまうのか、クッカサーリの王は」
「いいえ」
「僕を子供だとおもって馬鹿にするなよ」

ひとつ瞬きをする刹那、ティルダは脳裏で算盤を弾いた。譲れるのはどこまでか。

「勿論、犯罪者の隠れ場所に使われるというのも問題ではあります。ですから、そうですね……こちらで犯人を捕まえ、そちらにお渡しします。それでどうでしょう?」

オルランドは即答せずに老騎士を見やった。しばし何事かを小声で相談している。

「わかった。三日だ。それ以上は待たない。それと国境は閉じて貰う」

(三日ですって……?)
交渉の余地は無さそうだった。せめて一週間、と云いたくなるのを喉に押し込んでティルダは

「どうぞ、クレーグラにて吉報をお待ちください」

にこやかな笑みを保ったまま、優雅に一礼した。


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