16 / 21
5女王、憤る
2
しおりを挟む
怒りで顔を赤くしたオルランドと、残りの騎士たちは麓のクレーグラへと引き下がって行った。
残ったのは一人の老騎士。恐らく、オルランドのお目付け役なのだろう。
「儂はバルトロ・ルカーノと申します。こちら、賊の資料をお持ちしましたので、どうぞ」
バルトロが差し出した書類をヨニが受け取る。ただの書類のやり取りなのに、あまりの眼光の鋭さに殺気さえ感じるほどだ。
(そうだ、思い出した。ルカーノ家といえば、ラズワルディアの北方での戦でよく聞く名前だわ。随分な脅しじゃないの……。期限内に見つけられなければ実力行使待ったなしだって言っているようなものね……)
ティルダの心中など知らず、バルトロは待合所の椅子に腰をどっかり下ろした。そして腕を組んで瞑目する。
「まさか、三日間そちらで待つつもりですか?」
尋ねれば、当然といった頷きが返ってきた。
「国境がしかと封鎖されているか監視させて頂く。網を抜けて魚が逃げてはつまらんですからな」
「宿泊施設ではないので、おかまいはできませんが……」
というかティルダにはそのつもりがない。
「結構ですとも」
まだしばらく、審査所の人員には苦労してもらうことになりそうだ。
●
暗い顔の審査官たちにここ最近の入国者の資料提出を頼みつけ、王宮へ戻るために審査所の馬小屋へ向かう途中――ヨニしか背後には居ないのを確認してティルダはへたりこんだ。
「どうした陛下、気分でも悪いのか」
焦った声が頭上から降ってくる。
「喧嘩売ったはいいけど、期限が短すぎて、どうしようって胃が痛くなっているだけよ」
「一応、喧嘩売った気はあったのか、あれ。おっさん達がひやひやしてたぞ」
「ちゃんと相手は選んでいるわよ」
「へ~……選んであれか」
ヨニが苦笑した。
「まあ、へたり込んでる場合じゃないぞ」
ぐっと腕を引っ張られ立たされた。腰を支えられているから、なんだかダンスの途中のような妙な格好だ。そのまま、腰を引き寄せられティルダは軽く息を呑んだ。逆の手を背に回されヨニに抱きしめられていると認識したが、
「陛下、陛下が命令するなら、俺はなんでもするからな」
言い聞かせるような言葉は甘くない。むしろ物悲しさを滲ませている。
いつもは人のことをからかって馬鹿にしてばかりなのに、こんな時だけ狡い。
なんて返したらいいのか、言葉を探す内に息が詰まってしまいそうなティルダの背をぽんぽんとヨニが叩いた。大丈夫だと安心させるように。
「……ヨニ、あなたは私の侍従なんだから、私の雑用とか私の雑用とか私の雑用をしてればいいのよ」
「全部雑用かよ。まあ、いいけど」
「私の雑用が終わって手が開いたら、誰か他の人の雑用してればいいの」
「へいへい、わかったよ」
そっと身を離されて、ティルダは内心でほっとした。
もう少しあのままだったら、顔が赤くならないようにするのも限界だっただろうから。
●
「と、いうわけなのよ」
王宮に戻り、説明を終えると、それぞれの濃度で議員たちは困惑を浮かべた。
「クロセットという街でエルマという十八のメイドが高位貴族を殺し、盗みを働き、クッカサーリに逃げ込んだ、ということかい?」
怪訝な顔でアレクシスに確認され、ティルダは同じように怪訝な顔で頷き返した。
地図で確認したが、クロセットはラズワルディアのほぼ中央。クッカサーリからは近い訳ではない。健康な大人の足で四・五日はかかるだろうか。わざわざクッカサーリに逃げるより、もっと他に逃げる先はある。なにせクッカサーリはラズワルディアの中に存在しているのだ。まだ、ラズワルディアと揉めている北方の国にでも逃げ込んた方がいい。
「まさか言いがかりでしょうか?」
議員の紅一点、キーラが眉を顰める。
「いえ、いない人間を出せだなんて流石に無いとは思うのだけれど……」
そこまで関係は悪くなかった筈だ。向こうの認識は、また違うのかもしれないが。
「確かに、おかしいですな」
考え込んでいた商人組合の長マルッティが重い口を開いた。
「今までにも逃げてきた犯罪者の引き渡し云々の話はありましたが、それだけのことで王子自らが騎士を引き連れてやって来るなんて異常ですわな。なにか裏があると思って当然でしょう」
他の議員も頷く。皆、同じ意見のようだ。
「まあ、裏があろうがなかろうが探すしかないわ」
「ですけど陛下、年の頃が十八前後の女性というだけで、探せますでしょうか? 本当に向こうの言うように悪質な盗賊だというなら、身分証はきっと偽造されていますでしょう?」
キーラの懸念も当然だ。
「ええ。腹立たしいけれど、偽造されているでしょうね。とりあえず、近い年齢層から絞り込めるように頼んで来たから、おっつけリストが届くはずよ」
外でヨニが書類の到着を待ち構えている。
「いや、探すだけなら探せると思いますが、ただで引き渡すかどうかの方が問題なのでは?」
挙手で発言したのはエルンスト。
やはり、こんな無茶を言ってきた理由が気になって仕方ないらしい。短期間とはいえ、国境を閉じては取引に影響が出るので、特に商業組合や職人組合など外との関係が深い議員は悩ましげだ。
「向こうの思惑に乗りたくないってのはあるけど、事情がわからない事にはなんとも言えないのよねえ……」
「殺された高位貴族の身内が騒いだのですかねえ……?」
「王子が出てきた理由にはなっても、待てない理由にはならんのでは?」
「ラズワルディアの考えなんぞ、うちには分かってたまるかい」
議場が考えに沈もうとしていた時、ドアが軽く開かれた。
「陛下! 世の中、捨てたもんじゃないぞ」
資料を持ってやってきたヨニはやけに上機嫌だった。
「ヨニ、いよいよ頭がおかしくなったの?」
「来いよ」
腹の立つことにヨニはティルダを無視して、扉の向こうに声をかけた。
そうしてヨニが招き入れたのはサクルだ。
「このような格好で申し訳ありません陛下。外でヨニ殿に捕まって、埃を落とす間もなかったものですから」
ブーツの泥すら落としていない旅装のサクルが身を低くする。
「でかしたわ、ヨニ!」
机に勢いよく手をついて立ち上がったため、「あら、サクルさん」というやけに嬉しそうなキーラの声に言及する者はなかった。気になるのであとで聞き出してやろう、とティルダは心の隅に記すに留めた。
「先ごろ預けた同胞が亡くなったということで弔いに来たのです。此度はご挨拶だけと思ったのですが――なにやら皆さまお困りのようですね。陛下、我々がお役に立てることは御座いますか?」
「あるわ。大ありよ」
クイ・ヴェントなら、ラズワルディアのクロセットまで三日かからず余裕で往復できる。
「調べてほしいことがあるのよ。間諜みたいな事を頼むのは心苦しいけど」
なにか事情があるなら掴んでおきたい。向こうに一方的にやりこめられるなんて真っ平だ。
「いえ、これも星の導きでしょう。陛下を助けられるなら不幸も吉兆になるというもの」
そうしてサクルは挨拶もそこそこに、すぐさまクロセットへ旅立った。
●
「で、こっちがリストね。やっぱりエルマって名前じゃ該当者は無しなのね……」
サクルをその場で見送り、書類に目を通していく。
ざっと目を通しただけで眩暈がした。頭が痛い。
「で、ラズワルディアが言うような年頃の女性は何人なんだい?」
アレクシスに促され、確認する。
「に、二百人ほど……」
ティルダは呻いた。よくも短い間にピックアップしたものだと、国境審査所の人員を改めて見直さずにはいられない。すさまじく汚い字ではあるけれど。
観光シーズン最盛期ならもっと多かっただろうし、年配男性が対象者よりかはマシだと思うべきだろう。参拝にやってくるのは、子育てがひと段落した中年女性や、息子に家督を譲って隠居した中年男性が圧倒的に多い。
「どうやって調べたらいいのかしら。この人数じゃ一人ずつ取り調べなんて到底できないわよね。時間が足りないもの」
ティルダの疑問に答えたのは工業組合長と商業組合長の二人だ。
「いちいち取り調べなんてせずとも、見ればある程度はわかりますわな」
「そうですね」
「その犯人はメイドとして働いていたのでしょう? 一時的なことかはさておき、労働をする人間はそうでない人間と明確に違いがありますからな」
そういうものなのか。力強く断言されティルダはなんとなく納得する。
「もう手遅れなところもありますが、に観光客には気づかれない方がいいですしな。まずは見当たり調査でふるいにかけましょうや」
「では教会からも人を出しましょう。罪を犯してクッカサーリに来る人間というものはやはり陰りがありますからね」
テキパキと話を進めていく議員たちが実に頼もしい。
「よし、じゃあ、議員の皆さんの選挙区で手分けして捜索だな」
「ヨニ、なんであなたが仕切るのよ」
「まあ、そこは任せろよ陛下」
それぞれの支持基盤の人間を動かし人出を総動員したとしても、観光客には気づかれないように犯罪者を見つけられるだろうか。
クッカサーリは土地家屋の売買に厳しい制限がかかっているし、外国人の就業も簡単ではない。客として逗留することは出来ても、居つくことは容易ではない。だから、これまで逃げ込んできた犯人たちも、時間切れでクッカサーリを出て、麓の街で捕まることが多かった。
ただ、三日という短期間で二百人から不審者を洗い出せるのか――。
「自分は念のため森や山中を見回ります」
日頃惰眠を貪ってばかりのライモ・ティッカがドアへ向かいながらティルダに言った。
相変らず国王を敬おうという気の薄い議員だ。
しかし、欠けていた視点なので有難い。森の中を逃げ隠れされたら三日で探し出すのは厳しいだろう。
「私はどうしようかしら……」
ティルダがぽつりと零すと、アレクシスが盛大に顔を歪めた。
「何言ってるの、君は面会の予定があるでしょう。仕事をしなさい、仕事を」
「え、伯父様、でも――」
「君はいつものように在ることが何よりの優先事項だよ」
「それはそうですけれど……」
一人だけ呑気にいつもどおりなんて出来ない。
「アレクシス殿の言う通りです」「陛下、大丈夫ですよ、任せて下さい」「そうじゃ、お任せ下さい」「ちゃんと眠るのも美貌を保つという仕事の一環ですからね、陛下」
様々な声がかけられ、ティルダはそれ以上何も言えなくなってしまった。子供のように駄々を捏ねて時間を浪費するわけにはいかない。
「わかったわ……」
そうやって、クッカサーリはひっそりと危機に対処することになったのだった。
●
夜を迎えた王宮。
今回の事態の対策本部が設置されたため、普段は静かな時間でも人の出入りがあり、王宮全体がどこか浮足立っている。
王の寝室でも激しい攻防が繰り広げられていた。
「ちょっと!」
問答無用でベッドに叩き込まれ、ティルダは抗議の声を上げた。
「人を猫みたいに放り投げないでちょうだい!」
「相変らず軽いな陛下は、もっと食えよ」
ヨニは、剣呑な眼差しで起き上がったティルダの肩をとんと押してベッドに倒した。
「ほれ、ちゃんと寝るのも陛下の仕事だぞ」
「――っ、不敬罪で牢獄に送るわよ!!」
「夜に抜け出て犯人探しに出かねないと、全員の意見が一致したんでな」
「ぐ…」
衛兵の数も減らして探索に回しているので、抜け出ることは出来ると思ったのに。
「犯人だって夜は寝てるだろうよ」
「そうかしら。国境の審査所にラズワルディアの軍が居たのは噂になったでしょうし。別のところから逃げる気かもしれないじゃないの」
クッカサーリは山の上の小国だ。整備された道は一本で、それ以外からは侵入は困難だが、クイ・ヴェント並みの体力があれば出来ない訳ではないのだから。
「ちゃんと、国境全域に人を配置してるから。心配すんなよ」
「…………そう。ならいいわ」
「じゃあ、陛下はちゃんと眠れよ」
ヨニはティルダの頭を撫でると、部屋を出て行った。閉じるドアの影にふさふさの尻尾があったのでフラーが番をしてくれるのだろう。
多分、ヨニ自身は調査に出るはずだ。
理性ではわかっている。王が直々に出向くことは必要じゃないのだと。能力のあるものに任せるべきだと。
それでももどかしく、いっそ、子守歌でも歌って貰わないと寝むれそうにない。
――と、ここまで脳裏で考えて、ティルダは息を吐いた。
「……まったく、なにを考えているのかしら、私」
残ったのは一人の老騎士。恐らく、オルランドのお目付け役なのだろう。
「儂はバルトロ・ルカーノと申します。こちら、賊の資料をお持ちしましたので、どうぞ」
バルトロが差し出した書類をヨニが受け取る。ただの書類のやり取りなのに、あまりの眼光の鋭さに殺気さえ感じるほどだ。
(そうだ、思い出した。ルカーノ家といえば、ラズワルディアの北方での戦でよく聞く名前だわ。随分な脅しじゃないの……。期限内に見つけられなければ実力行使待ったなしだって言っているようなものね……)
ティルダの心中など知らず、バルトロは待合所の椅子に腰をどっかり下ろした。そして腕を組んで瞑目する。
「まさか、三日間そちらで待つつもりですか?」
尋ねれば、当然といった頷きが返ってきた。
「国境がしかと封鎖されているか監視させて頂く。網を抜けて魚が逃げてはつまらんですからな」
「宿泊施設ではないので、おかまいはできませんが……」
というかティルダにはそのつもりがない。
「結構ですとも」
まだしばらく、審査所の人員には苦労してもらうことになりそうだ。
●
暗い顔の審査官たちにここ最近の入国者の資料提出を頼みつけ、王宮へ戻るために審査所の馬小屋へ向かう途中――ヨニしか背後には居ないのを確認してティルダはへたりこんだ。
「どうした陛下、気分でも悪いのか」
焦った声が頭上から降ってくる。
「喧嘩売ったはいいけど、期限が短すぎて、どうしようって胃が痛くなっているだけよ」
「一応、喧嘩売った気はあったのか、あれ。おっさん達がひやひやしてたぞ」
「ちゃんと相手は選んでいるわよ」
「へ~……選んであれか」
ヨニが苦笑した。
「まあ、へたり込んでる場合じゃないぞ」
ぐっと腕を引っ張られ立たされた。腰を支えられているから、なんだかダンスの途中のような妙な格好だ。そのまま、腰を引き寄せられティルダは軽く息を呑んだ。逆の手を背に回されヨニに抱きしめられていると認識したが、
「陛下、陛下が命令するなら、俺はなんでもするからな」
言い聞かせるような言葉は甘くない。むしろ物悲しさを滲ませている。
いつもは人のことをからかって馬鹿にしてばかりなのに、こんな時だけ狡い。
なんて返したらいいのか、言葉を探す内に息が詰まってしまいそうなティルダの背をぽんぽんとヨニが叩いた。大丈夫だと安心させるように。
「……ヨニ、あなたは私の侍従なんだから、私の雑用とか私の雑用とか私の雑用をしてればいいのよ」
「全部雑用かよ。まあ、いいけど」
「私の雑用が終わって手が開いたら、誰か他の人の雑用してればいいの」
「へいへい、わかったよ」
そっと身を離されて、ティルダは内心でほっとした。
もう少しあのままだったら、顔が赤くならないようにするのも限界だっただろうから。
●
「と、いうわけなのよ」
王宮に戻り、説明を終えると、それぞれの濃度で議員たちは困惑を浮かべた。
「クロセットという街でエルマという十八のメイドが高位貴族を殺し、盗みを働き、クッカサーリに逃げ込んだ、ということかい?」
怪訝な顔でアレクシスに確認され、ティルダは同じように怪訝な顔で頷き返した。
地図で確認したが、クロセットはラズワルディアのほぼ中央。クッカサーリからは近い訳ではない。健康な大人の足で四・五日はかかるだろうか。わざわざクッカサーリに逃げるより、もっと他に逃げる先はある。なにせクッカサーリはラズワルディアの中に存在しているのだ。まだ、ラズワルディアと揉めている北方の国にでも逃げ込んた方がいい。
「まさか言いがかりでしょうか?」
議員の紅一点、キーラが眉を顰める。
「いえ、いない人間を出せだなんて流石に無いとは思うのだけれど……」
そこまで関係は悪くなかった筈だ。向こうの認識は、また違うのかもしれないが。
「確かに、おかしいですな」
考え込んでいた商人組合の長マルッティが重い口を開いた。
「今までにも逃げてきた犯罪者の引き渡し云々の話はありましたが、それだけのことで王子自らが騎士を引き連れてやって来るなんて異常ですわな。なにか裏があると思って当然でしょう」
他の議員も頷く。皆、同じ意見のようだ。
「まあ、裏があろうがなかろうが探すしかないわ」
「ですけど陛下、年の頃が十八前後の女性というだけで、探せますでしょうか? 本当に向こうの言うように悪質な盗賊だというなら、身分証はきっと偽造されていますでしょう?」
キーラの懸念も当然だ。
「ええ。腹立たしいけれど、偽造されているでしょうね。とりあえず、近い年齢層から絞り込めるように頼んで来たから、おっつけリストが届くはずよ」
外でヨニが書類の到着を待ち構えている。
「いや、探すだけなら探せると思いますが、ただで引き渡すかどうかの方が問題なのでは?」
挙手で発言したのはエルンスト。
やはり、こんな無茶を言ってきた理由が気になって仕方ないらしい。短期間とはいえ、国境を閉じては取引に影響が出るので、特に商業組合や職人組合など外との関係が深い議員は悩ましげだ。
「向こうの思惑に乗りたくないってのはあるけど、事情がわからない事にはなんとも言えないのよねえ……」
「殺された高位貴族の身内が騒いだのですかねえ……?」
「王子が出てきた理由にはなっても、待てない理由にはならんのでは?」
「ラズワルディアの考えなんぞ、うちには分かってたまるかい」
議場が考えに沈もうとしていた時、ドアが軽く開かれた。
「陛下! 世の中、捨てたもんじゃないぞ」
資料を持ってやってきたヨニはやけに上機嫌だった。
「ヨニ、いよいよ頭がおかしくなったの?」
「来いよ」
腹の立つことにヨニはティルダを無視して、扉の向こうに声をかけた。
そうしてヨニが招き入れたのはサクルだ。
「このような格好で申し訳ありません陛下。外でヨニ殿に捕まって、埃を落とす間もなかったものですから」
ブーツの泥すら落としていない旅装のサクルが身を低くする。
「でかしたわ、ヨニ!」
机に勢いよく手をついて立ち上がったため、「あら、サクルさん」というやけに嬉しそうなキーラの声に言及する者はなかった。気になるのであとで聞き出してやろう、とティルダは心の隅に記すに留めた。
「先ごろ預けた同胞が亡くなったということで弔いに来たのです。此度はご挨拶だけと思ったのですが――なにやら皆さまお困りのようですね。陛下、我々がお役に立てることは御座いますか?」
「あるわ。大ありよ」
クイ・ヴェントなら、ラズワルディアのクロセットまで三日かからず余裕で往復できる。
「調べてほしいことがあるのよ。間諜みたいな事を頼むのは心苦しいけど」
なにか事情があるなら掴んでおきたい。向こうに一方的にやりこめられるなんて真っ平だ。
「いえ、これも星の導きでしょう。陛下を助けられるなら不幸も吉兆になるというもの」
そうしてサクルは挨拶もそこそこに、すぐさまクロセットへ旅立った。
●
「で、こっちがリストね。やっぱりエルマって名前じゃ該当者は無しなのね……」
サクルをその場で見送り、書類に目を通していく。
ざっと目を通しただけで眩暈がした。頭が痛い。
「で、ラズワルディアが言うような年頃の女性は何人なんだい?」
アレクシスに促され、確認する。
「に、二百人ほど……」
ティルダは呻いた。よくも短い間にピックアップしたものだと、国境審査所の人員を改めて見直さずにはいられない。すさまじく汚い字ではあるけれど。
観光シーズン最盛期ならもっと多かっただろうし、年配男性が対象者よりかはマシだと思うべきだろう。参拝にやってくるのは、子育てがひと段落した中年女性や、息子に家督を譲って隠居した中年男性が圧倒的に多い。
「どうやって調べたらいいのかしら。この人数じゃ一人ずつ取り調べなんて到底できないわよね。時間が足りないもの」
ティルダの疑問に答えたのは工業組合長と商業組合長の二人だ。
「いちいち取り調べなんてせずとも、見ればある程度はわかりますわな」
「そうですね」
「その犯人はメイドとして働いていたのでしょう? 一時的なことかはさておき、労働をする人間はそうでない人間と明確に違いがありますからな」
そういうものなのか。力強く断言されティルダはなんとなく納得する。
「もう手遅れなところもありますが、に観光客には気づかれない方がいいですしな。まずは見当たり調査でふるいにかけましょうや」
「では教会からも人を出しましょう。罪を犯してクッカサーリに来る人間というものはやはり陰りがありますからね」
テキパキと話を進めていく議員たちが実に頼もしい。
「よし、じゃあ、議員の皆さんの選挙区で手分けして捜索だな」
「ヨニ、なんであなたが仕切るのよ」
「まあ、そこは任せろよ陛下」
それぞれの支持基盤の人間を動かし人出を総動員したとしても、観光客には気づかれないように犯罪者を見つけられるだろうか。
クッカサーリは土地家屋の売買に厳しい制限がかかっているし、外国人の就業も簡単ではない。客として逗留することは出来ても、居つくことは容易ではない。だから、これまで逃げ込んできた犯人たちも、時間切れでクッカサーリを出て、麓の街で捕まることが多かった。
ただ、三日という短期間で二百人から不審者を洗い出せるのか――。
「自分は念のため森や山中を見回ります」
日頃惰眠を貪ってばかりのライモ・ティッカがドアへ向かいながらティルダに言った。
相変らず国王を敬おうという気の薄い議員だ。
しかし、欠けていた視点なので有難い。森の中を逃げ隠れされたら三日で探し出すのは厳しいだろう。
「私はどうしようかしら……」
ティルダがぽつりと零すと、アレクシスが盛大に顔を歪めた。
「何言ってるの、君は面会の予定があるでしょう。仕事をしなさい、仕事を」
「え、伯父様、でも――」
「君はいつものように在ることが何よりの優先事項だよ」
「それはそうですけれど……」
一人だけ呑気にいつもどおりなんて出来ない。
「アレクシス殿の言う通りです」「陛下、大丈夫ですよ、任せて下さい」「そうじゃ、お任せ下さい」「ちゃんと眠るのも美貌を保つという仕事の一環ですからね、陛下」
様々な声がかけられ、ティルダはそれ以上何も言えなくなってしまった。子供のように駄々を捏ねて時間を浪費するわけにはいかない。
「わかったわ……」
そうやって、クッカサーリはひっそりと危機に対処することになったのだった。
●
夜を迎えた王宮。
今回の事態の対策本部が設置されたため、普段は静かな時間でも人の出入りがあり、王宮全体がどこか浮足立っている。
王の寝室でも激しい攻防が繰り広げられていた。
「ちょっと!」
問答無用でベッドに叩き込まれ、ティルダは抗議の声を上げた。
「人を猫みたいに放り投げないでちょうだい!」
「相変らず軽いな陛下は、もっと食えよ」
ヨニは、剣呑な眼差しで起き上がったティルダの肩をとんと押してベッドに倒した。
「ほれ、ちゃんと寝るのも陛下の仕事だぞ」
「――っ、不敬罪で牢獄に送るわよ!!」
「夜に抜け出て犯人探しに出かねないと、全員の意見が一致したんでな」
「ぐ…」
衛兵の数も減らして探索に回しているので、抜け出ることは出来ると思ったのに。
「犯人だって夜は寝てるだろうよ」
「そうかしら。国境の審査所にラズワルディアの軍が居たのは噂になったでしょうし。別のところから逃げる気かもしれないじゃないの」
クッカサーリは山の上の小国だ。整備された道は一本で、それ以外からは侵入は困難だが、クイ・ヴェント並みの体力があれば出来ない訳ではないのだから。
「ちゃんと、国境全域に人を配置してるから。心配すんなよ」
「…………そう。ならいいわ」
「じゃあ、陛下はちゃんと眠れよ」
ヨニはティルダの頭を撫でると、部屋を出て行った。閉じるドアの影にふさふさの尻尾があったのでフラーが番をしてくれるのだろう。
多分、ヨニ自身は調査に出るはずだ。
理性ではわかっている。王が直々に出向くことは必要じゃないのだと。能力のあるものに任せるべきだと。
それでももどかしく、いっそ、子守歌でも歌って貰わないと寝むれそうにない。
――と、ここまで脳裏で考えて、ティルダは息を吐いた。
「……まったく、なにを考えているのかしら、私」
0
あなたにおすすめの小説
七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす
蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。
追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。
しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。
港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。
イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。
犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。
被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。
追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる