クッカサーリ騒動記

結城鹿島

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5女王、憤る

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怒りで顔を赤くしたオルランドと、残りの騎士たちは麓のクレーグラへと引き下がって行った。
残ったのは一人の老騎士。恐らく、オルランドのお目付け役なのだろう。

「儂はバルトロ・ルカーノと申します。こちら、賊の資料をお持ちしましたので、どうぞ」

バルトロが差し出した書類をヨニが受け取る。ただの書類のやり取りなのに、あまりの眼光の鋭さに殺気さえ感じるほどだ。
(そうだ、思い出した。ルカーノ家といえば、ラズワルディアの北方での戦でよく聞く名前だわ。随分な脅しじゃないの……。期限内に見つけられなければ実力行使待ったなしだって言っているようなものね……)
ティルダの心中など知らず、バルトロは待合所の椅子に腰をどっかり下ろした。そして腕を組んで瞑目する。

「まさか、三日間そちらで待つつもりですか?」

尋ねれば、当然といった頷きが返ってきた。

「国境がしかと封鎖されているか監視させて頂く。網を抜けて魚が逃げてはつまらんですからな」
「宿泊施設ではないので、おかまいはできませんが……」

というかティルダにはそのつもりがない。

「結構ですとも」

まだしばらく、審査所の人員には苦労してもらうことになりそうだ。

                 ●

暗い顔の審査官たちにここ最近の入国者の資料提出を頼みつけ、王宮へ戻るために審査所の馬小屋へ向かう途中――ヨニしか背後には居ないのを確認してティルダはへたりこんだ。

「どうした陛下、気分でも悪いのか」

焦った声が頭上から降ってくる。

「喧嘩売ったはいいけど、期限が短すぎて、どうしようって胃が痛くなっているだけよ」
「一応、喧嘩売った気はあったのか、あれ。おっさん達がひやひやしてたぞ」
「ちゃんと相手は選んでいるわよ」
「へ~……選んであれか」

ヨニが苦笑した。

「まあ、へたり込んでる場合じゃないぞ」

ぐっと腕を引っ張られ立たされた。腰を支えられているから、なんだかダンスの途中のような妙な格好だ。そのまま、腰を引き寄せられティルダは軽く息を呑んだ。逆の手を背に回されヨニに抱きしめられていると認識したが、

「陛下、陛下が命令するなら、俺はなんでもするからな」

言い聞かせるような言葉は甘くない。むしろ物悲しさを滲ませている。
いつもは人のことをからかって馬鹿にしてばかりなのに、こんな時だけ狡い。
なんて返したらいいのか、言葉を探す内に息が詰まってしまいそうなティルダの背をぽんぽんとヨニが叩いた。大丈夫だと安心させるように。

「……ヨニ、あなたは私の侍従なんだから、私の雑用とか私の雑用とか私の雑用をしてればいいのよ」
「全部雑用かよ。まあ、いいけど」
「私の雑用が終わって手が開いたら、誰か他の人の雑用してればいいの」
「へいへい、わかったよ」

そっと身を離されて、ティルダは内心でほっとした。
もう少しあのままだったら、顔が赤くならないようにするのも限界だっただろうから。

                 ●

「と、いうわけなのよ」

王宮に戻り、説明を終えると、それぞれの濃度で議員たちは困惑を浮かべた。

「クロセットという街でエルマという十八のメイドが高位貴族を殺し、盗みを働き、クッカサーリに逃げ込んだ、ということかい?」

怪訝な顔でアレクシスに確認され、ティルダは同じように怪訝な顔で頷き返した。
地図で確認したが、クロセットはラズワルディアのほぼ中央。クッカサーリからは近い訳ではない。健康な大人の足で四・五日はかかるだろうか。わざわざクッカサーリに逃げるより、もっと他に逃げる先はある。なにせクッカサーリはラズワルディアの中に存在しているのだ。まだ、ラズワルディアと揉めている北方の国にでも逃げ込んた方がいい。

「まさか言いがかりでしょうか?」

議員の紅一点、キーラが眉を顰める。

「いえ、いない人間を出せだなんて流石に無いとは思うのだけれど……」

そこまで関係は悪くなかった筈だ。向こうの認識は、また違うのかもしれないが。

「確かに、おかしいですな」

考え込んでいた商人組合の長マルッティが重い口を開いた。

「今までにも逃げてきた犯罪者の引き渡し云々の話はありましたが、それだけのことで王子自らが騎士を引き連れてやって来るなんて異常ですわな。なにか裏があると思って当然でしょう」

他の議員も頷く。皆、同じ意見のようだ。

「まあ、裏があろうがなかろうが探すしかないわ」
「ですけど陛下、年の頃が十八前後の女性というだけで、探せますでしょうか? 本当に向こうの言うように悪質な盗賊だというなら、身分証はきっと偽造されていますでしょう?」

キーラの懸念も当然だ。

「ええ。腹立たしいけれど、偽造されているでしょうね。とりあえず、近い年齢層から絞り込めるように頼んで来たから、おっつけリストが届くはずよ」

外でヨニが書類の到着を待ち構えている。

「いや、探すだけなら探せると思いますが、ただで引き渡すかどうかの方が問題なのでは?」

挙手で発言したのはエルンスト。
やはり、こんな無茶を言ってきた理由が気になって仕方ないらしい。短期間とはいえ、国境を閉じては取引に影響が出るので、特に商業組合や職人組合など外との関係が深い議員は悩ましげだ。

「向こうの思惑に乗りたくないってのはあるけど、事情がわからない事にはなんとも言えないのよねえ……」
「殺された高位貴族の身内が騒いだのですかねえ……?」
「王子が出てきた理由にはなっても、待てない理由にはならんのでは?」
「ラズワルディアの考えなんぞ、うちには分かってたまるかい」

議場が考えに沈もうとしていた時、ドアが軽く開かれた。

「陛下! 世の中、捨てたもんじゃないぞ」

資料を持ってやってきたヨニはやけに上機嫌だった。

「ヨニ、いよいよ頭がおかしくなったの?」
「来いよ」

腹の立つことにヨニはティルダを無視して、扉の向こうに声をかけた。
そうしてヨニが招き入れたのはサクルだ。

「このような格好で申し訳ありません陛下。外でヨニ殿に捕まって、埃を落とす間もなかったものですから」

ブーツの泥すら落としていない旅装のサクルが身を低くする。

「でかしたわ、ヨニ!」

机に勢いよく手をついて立ち上がったため、「あら、サクルさん」というやけに嬉しそうなキーラの声に言及する者はなかった。気になるのであとで聞き出してやろう、とティルダは心の隅に記すに留めた。

「先ごろ預けた同胞が亡くなったということで弔いに来たのです。此度はご挨拶だけと思ったのですが――なにやら皆さまお困りのようですね。陛下、我々がお役に立てることは御座いますか?」
「あるわ。大ありよ」

クイ・ヴェントなら、ラズワルディアのクロセットまで三日かからず余裕で往復できる。

「調べてほしいことがあるのよ。間諜みたいな事を頼むのは心苦しいけど」

なにか事情があるなら掴んでおきたい。向こうに一方的にやりこめられるなんて真っ平だ。

「いえ、これも星の導きでしょう。陛下を助けられるなら不幸も吉兆になるというもの」

そうしてサクルは挨拶もそこそこに、すぐさまクロセットへ旅立った。

                 ●

「で、こっちがリストね。やっぱりエルマって名前じゃ該当者は無しなのね……」

サクルをその場で見送り、書類に目を通していく。
ざっと目を通しただけで眩暈がした。頭が痛い。

「で、ラズワルディアが言うような年頃の女性は何人なんだい?」

アレクシスに促され、確認する。

「に、二百人ほど……」

ティルダは呻いた。よくも短い間にピックアップしたものだと、国境審査所の人員を改めて見直さずにはいられない。すさまじく汚い字ではあるけれど。
観光シーズン最盛期ならもっと多かっただろうし、年配男性が対象者よりかはマシだと思うべきだろう。参拝にやってくるのは、子育てがひと段落した中年女性や、息子に家督を譲って隠居した中年男性が圧倒的に多い。

「どうやって調べたらいいのかしら。この人数じゃ一人ずつ取り調べなんて到底できないわよね。時間が足りないもの」

ティルダの疑問に答えたのは工業組合長と商業組合長の二人だ。

「いちいち取り調べなんてせずとも、見ればある程度はわかりますわな」
「そうですね」
「その犯人はメイドとして働いていたのでしょう? 一時的なことかはさておき、労働をする人間はそうでない人間と明確に違いがありますからな」

そういうものなのか。力強く断言されティルダはなんとなく納得する。

「もう手遅れなところもありますが、に観光客には気づかれない方がいいですしな。まずは見当たり調査でふるいにかけましょうや」
「では教会からも人を出しましょう。罪を犯してクッカサーリに来る人間というものはやはり陰りがありますからね」

テキパキと話を進めていく議員たちが実に頼もしい。

「よし、じゃあ、議員の皆さんの選挙区で手分けして捜索だな」
「ヨニ、なんであなたが仕切るのよ」
「まあ、そこは任せろよ陛下」

それぞれの支持基盤の人間を動かし人出を総動員したとしても、観光客には気づかれないように犯罪者を見つけられるだろうか。
クッカサーリは土地家屋の売買に厳しい制限がかかっているし、外国人の就業も簡単ではない。客として逗留することは出来ても、居つくことは容易ではない。だから、これまで逃げ込んできた犯人たちも、時間切れでクッカサーリを出て、麓の街で捕まることが多かった。
ただ、三日という短期間で二百人から不審者を洗い出せるのか――。

「自分は念のため森や山中を見回ります」

日頃惰眠を貪ってばかりのライモ・ティッカがドアへ向かいながらティルダに言った。
相変らず国王を敬おうという気の薄い議員だ。
しかし、欠けていた視点なので有難い。森の中を逃げ隠れされたら三日で探し出すのは厳しいだろう。

「私はどうしようかしら……」

ティルダがぽつりと零すと、アレクシスが盛大に顔を歪めた。

「何言ってるの、君は面会の予定があるでしょう。仕事をしなさい、仕事を」
「え、伯父様、でも――」
「君はいつものように在ることが何よりの優先事項だよ」
「それはそうですけれど……」

一人だけ呑気にいつもどおりなんて出来ない。

「アレクシス殿の言う通りです」「陛下、大丈夫ですよ、任せて下さい」「そうじゃ、お任せ下さい」「ちゃんと眠るのも美貌を保つという仕事の一環ですからね、陛下」

様々な声がかけられ、ティルダはそれ以上何も言えなくなってしまった。子供のように駄々を捏ねて時間を浪費するわけにはいかない。

「わかったわ……」

そうやって、クッカサーリはひっそりと危機に対処することになったのだった。

                 ●

夜を迎えた王宮。
今回の事態の対策本部が設置されたため、普段は静かな時間でも人の出入りがあり、王宮全体がどこか浮足立っている。
王の寝室でも激しい攻防が繰り広げられていた。

「ちょっと!」

問答無用でベッドに叩き込まれ、ティルダは抗議の声を上げた。

「人を猫みたいに放り投げないでちょうだい!」
「相変らず軽いな陛下は、もっと食えよ」

ヨニは、剣呑な眼差しで起き上がったティルダの肩をとんと押してベッドに倒した。

「ほれ、ちゃんと寝るのも陛下の仕事だぞ」
「――っ、不敬罪で牢獄に送るわよ!!」
「夜に抜け出て犯人探しに出かねないと、全員の意見が一致したんでな」
「ぐ…」

衛兵の数も減らして探索に回しているので、抜け出ることは出来ると思ったのに。

「犯人だって夜は寝てるだろうよ」
「そうかしら。国境の審査所にラズワルディアの軍が居たのは噂になったでしょうし。別のところから逃げる気かもしれないじゃないの」

クッカサーリは山の上の小国だ。整備された道は一本で、それ以外からは侵入は困難だが、クイ・ヴェント並みの体力があれば出来ない訳ではないのだから。

「ちゃんと、国境全域に人を配置してるから。心配すんなよ」
「…………そう。ならいいわ」
「じゃあ、陛下はちゃんと眠れよ」

ヨニはティルダの頭を撫でると、部屋を出て行った。閉じるドアの影にふさふさの尻尾があったのでフラーが番をしてくれるのだろう。
多分、ヨニ自身は調査に出るはずだ。
理性ではわかっている。王が直々に出向くことは必要じゃないのだと。能力のあるものに任せるべきだと。
それでももどかしく、いっそ、子守歌でも歌って貰わないと寝むれそうにない。
――と、ここまで脳裏で考えて、ティルダは息を吐いた。

「……まったく、なにを考えているのかしら、私」
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