瞳の石と魔女の物語

結城鹿島

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4章 器の瞳の魔女

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魔女が目を開くと、そこは懐かしい森だった。
だが、なぜ懐かしいのかは全くわからない。ともかくも、腰を下ろすのに小屋の一つでも欲しいと魔女は思った。
すると目の前に小屋が現れる。
「もうちょっと、マシな小屋を作ったらどうなんだい」
小屋の屋根にとまった鴉が呑気に言った。
魔女本人はまるで覚えていないことだったが、その小屋は魔女になる前の彼女が生まれた家と同じ形だった。

「どうせ、中身は好きにいじれるんだから構わないだろうよ。外見なんてね」
「ところで僕の代償ってなんだい。いつの間に僕は支払いを済ませていたんだっけ?」
鴉は人間だった時より、気軽な調子で話しかけてくる。
魔女が手を振ると、手の平の中に二つの丸い石が現れた。
「それは……?」
「瞳には、人間のそれまで見てきたものの全てが詰まっているといっても過言じゃない。これは、アンタの人生ってとこさね」
「僕の瞳?」
「時を止めて、石に変え、力を顕在化してやれば魔法道具の出来上がりさ」

魔女の力は融通が利かなすぎる。だから、もう少し自分でコントロール出来るように魔法道具を介して人間の願いを叶えられるようになればいいとでも思ったのだろう。
魔女は、若者の瞳を代償に選んだ時のことをそう、解釈した。
他に理由も浮かばない。
けれど、影になりきる前の魔女が思ったのは、そんなことではなかった。
ただ、美しいと思ったからだ。
あの日の若者が、魔女を正面から見た最後の人間だろう。
その瞳を切り取りたかったからだ。
誰かに見られた自分を確かめたかった。
それが、魔女に墜ちきる前のメラナが思ったことだった。
もう、そんなこと影の魔女は覚えていない。
人の願いを叶え続けて、自分の望みなど失ってしまった。自らの中には何もない。魔女は空の器、それも底の抜けた器も同然だ。

「その、僕の瞳にはどんな力があるんだい?」
「大した力はないね」
「それは残念」
「これを使えば、憎む相手を決して見失うことがない。それだけのことさ」

鴉は何とも言えないような声で一声啼いた。

                 ◇

影の魔女は、人々の願いを叶える代償に『瞳』を望むようになった。
想いは石に留められ、人々の願いを叶えるごとに増えていく。
直接に願いを叶えるのではなく、望む力を持つ石を与えることで願いを叶えるようにできるようになるまで、それだけ瞳の石が集まるまで、どれほどの時が掛かっただろうか。
魔女はまったく覚えていない。

「やあ、魔女。炎の瞳の石を回収してきたよ」
これもまた、変わらぬ鴉の小間使いが、呑気に空から滑り下りてくる。
魔女は石を受け取りながら、鴉をまじまじ観察した。

「そろそろその身体もおしまいかね。新しい体を用意しなけりゃね」
「そうかい。クルーガは酷く寒かったからなあ。傷みが早まったかな」
鴉の身体が死にかけるたびに弱った別の鴉を用意して、魂を繕い続けている。あの日の契約は簡単に終わりはしない。
「その身体で最後の仕事をしてもらおうかね。また人間が来たようだけど、どうにも危なっかしい。案内しておあげ」
「やれやれ人使いが荒いなあ。まあいいけど。あれ、でも――、珍しいな。案内してあげろなんて。自力で魔女の元に辿り着けなかったら、その人間には資格がないってことなんじゃないの?」
「アタシもそんなに心が狭くないつもりさ。今日はそんな気分ってことかねえ」

お行き、と追い立てられ、鴉は森へ人間を探しに行く。
森の中には生き物がいないから、すぐに見つかるだろう。
人間の案内なんて珍しいことだが、たまには魔女だって気まぐれを起すのだろう。かくいう自分がまさに魔女の気まぐれの産物だ。
瞳の石を介して人々の願いを叶えるようになってから、魔女は随分自由に振る舞っている。時には気まぐれで人間達を引っ掻き回すようなことすらしている。何が目的なのかわからないが、もはやほとんど人間ではない鴉は、それも構わないと思っていた。
魔女にだって願いがあっていいと思っているから。
鴉には、魔女の中を覗いているような気分の時がある。
あまりにも魔女に近づきすぎたせいだろうか。特に、魂を移される時に、強く感じる。
魔女には何か望みがあると思う。果たしてその願いが叶うことがあるのか。益体もないことを考えながら飛んでいく。

しばらく探すと、木の陰で休んでいる人影を見つけた。少女のようだ。

「やあ、こんにちは。お嬢さん」

鴉は上空から挨拶をした。少女は僅かに困惑しつつも、丁寧に頭を下げる。
「こんにちは」
予想外の反応の訳はすぐにわかった。少女は目が見えないようだ。
「ああ、だからか。僕がのっぽだと思ってびっくりした? 違うよ。僕は鴉なんだ」
言われて、少女は喜んだ。
「ああ。では、此処は魔女の住む森なんですね? 私、辿りつけたのですね? ……良かった」
この森は異界だか、外見はただの森だから、不安だったのだろう。喋る鴉がいるなら、魔女の暮らす森の証左になる。
「うん。そうそう。足元が悪いだろうから。案内してあげるよ」
「まあ、ありがとうございます」
少女は勢いよく立ちあがった。それから鴉の先導で魔女の元へ向かう。
「それで? 君の願いはなんなのさ?聞いちゃまずいかな?」
「いいえ、構いませんわ。助けてほしい人がいるのです」
「え? 目を見えるようにしてほしいとかじゃないの?」
「この目のことはかまいませんわ」
「いや、まあ、慣れてるかもしれないけどさ。それで誰を助けてほしいのさ?」
「王女さまですわ」

「はあ?」
鴉は素っ頓狂な声を上げた。
「なにそれ。王女さまがどんな状態なのか知らないけどさ、君なんかが願わなくても他の人が助けるために頑張ってると思うけど?」

「誰かの助けを期待して待つような私なら、此処には来られないのでしょう?」
「まあねえ」
「いま、私の国では長い戦争が続いているのです。戦争を終わらせるためには王女さまに王位を継いでもらわねば」
「王女さまは反戦派なんだ? いいね」
「ええ。賢く優しい立派な方です。――戦争が終われば、二人の兄も帰ってこれます」
「ああ、なるほど。鍵になる一人を助けることで大勢を助けたいってことか」
それなら理解できる。


魔女は二人の話を聞いていた。森で起こるすべてのことは魔女に伝わる。
一人の命で大局を動かそうという、あの少女はなかなかいい。できればもっと強欲だったらよかったが、あれも悪くはない。試してみようと思う程度には見込みがある。
世界の何もかもを自分の意のままに出来る様な力を望む強欲な人間がやってくることを、魔女は望んでいる。
霧の魔女も、霧の魔女に力を譲った魔女も、その前の魔女も、その前の魔女もみな、同じように願った。魔女の願いはどの時代も同じだ。
最初の願いは魔女になること。

そして、最後の望みは――
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