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1・言葉よりも口づけで
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なぜ此処に貴方がいるの?
そう問いたいのに、マリーツァの喉からはひゅうひゅうと頼りない喘鳴しか出てこない。
声が出せないことが、こんなにも辛いのだとは思わなかった。あって当たり前のものだから、失って初めてその有難さに気づく。
黄昏の薄暗闇の中、マリーツァは大勢に囲まれ、それでいて一人だった。周囲を取り囲むのは、固い表情の兵士たち。彼らの持つ松明に辺りが怪しく照らされ、ただの峠道があの世へ通じているような、そんな錯覚に目が眩む。そんなわけあるわけないと思っても、ここしばらくの自分の境遇は現実感が薄い。
故郷のラードゥガラーから遠く離れたレオフルスへ向かう途上、こうして襲われたのはマリーツァを花嫁として運ぶ行列だったのだから。自分がレオフルスへ嫁ぐなんて――決まった日からずっと嫌な夢のようだった。
「マリーツァ、なぜ何も答えない?」
行列を襲った相手から問われても、マリーツァは答えることができない。その冷たい声と突き刺すような視線が恐ろしくて堪らない。例え、喉が無事だったとしても、何も答えられなかったかもしれない。
乾いた風にドレスがはためき、マリーツァはよろけそうになる。
(リェフ……)
行く手を遮るように立つのは見知った顔なのに、まるで知らない男に対するように恐怖を感じる。
リェフは、隣国ルニエダリーナの王子で、幼馴染であり、婚約者だった人だ。
彼の怒りが分からない訳ではない。花嫁行列が向かう先はルニエダリーナではなく、レオフルスだったのだから。
一方的な婚約破棄はマリーツァの父の決めたことで、決してマリーツァの望んだものではない。だから、マリーツァは抵抗したし、逃げ出そうともした。リェフに助けに来て欲しいと、ずっと思っていた――けれど、まさか彼自身が兵を引きつれてくるなんて。
(てっきり、盗賊か、人買いの襲撃だと思ったのに……)
突然行列が襲われ、悲鳴と怒号、武器を交える響きに包まれた。
全てが静まった後に、恐る恐る馬車を降りてみたら――
血に濡れた剣を手にしたリェフに声をかけられたのだ。
「マリーツァ、一体どこへ行くつもりで?」と。
道の脇では負傷した護衛の兵士や、侍女たちが縛られている。
何かを云わなくてはと思うのに、口からは掠れた吐息しか出てこない。
名を呼べないことが苦しく、もどかしい。
ずっと黙ったままのマリーツァに、リェフは顔を歪めた。
「……私に、答える云われはないということか」
紫水晶のようだと謳われる眼差しに責められ、マリーツァは思わず後ずさる。
(あ。ち、ちがうの!)
リェフから逃げたい訳ではない。
レオフルスになんて行きたくなかったから、助けにきてくれたことは本当に嬉しい。
ただ、尋常ではないリェフの様子が怖い。それに、どうしても辺りに広がる血の臭いに嫌な記憶が呼び起こされ、体が竦んでしまう。
リェフは俯き、薔薇色の髪で表情を隠した。
(リェフ……?)
再び顔を上げたリェフの瞳には、これまで見たことのない怒りが燃えていた。元々、壮絶な彼の美貌が、恐ろしいまでに際立っている。
「なぜ、なにも言わない、マリーツァ! 本心を読まれるのがそんなに嫌なのか。やはり――……」
何かを言おうとして、だが、リェフは口を閉じた。
改めて告げられたのは、
「時間はいくらでもある。ゆっくりと君の話を聞くことにしよう」
マリーツァにとって絶望的な言葉だった。
そうして、マリーツァはかつての許嫁に攫われることになった。
◇
ラードゥガラーとルニエダリーナの二国の土地には、有史以前にマグノリアという妖精の国があったという伝承がある。
人々がそれを信じる理由は二つ。
まず一つには、両国にはしばしば人間離れした美貌の持ち主が生まれるためだ。焼けた金と嫌われる赤毛ではなく、輝く薔薇色の紅い髪と紫水晶の瞳を持ち、肌は白く陶器のように滑らかで、妖精どころか天使のようだと称されるリェフのように。
そして、もう一つ。しばしば異能の持ち主が生まれることが、より大きな理由だ。犬のように鼻の利く者や、鳥のように歌う者、怪我を治す治癒の力や、空を飛ぶという極めつけの奇跡など種類な異能がある。
美貌も異能の顕現も、マグノリアの妖精たちが人間と交わった名残であり、妖精たちが居た証だとされている。
妖精の子孫だから美しく、奇跡の力を持って生まれるのだと、信じられているのだ。実際のところどうなのかは誰にもわからない。
ただ、人間離れした力の持ち主が、稀にでも生まれることは事実だ。
リェフも、人の言ったことが本当かどうか、それが瞬間的に分かるという異能を持っている。
嘘や建前を聞いただけで暴いてしまう暮らしがどんなものなのか、どんな気持ちなのか、マリーツァは何度となく想像したことがある。いつもなら、想像さえすることができずにその考えを霧散させていた。
――『なぜなにも言わない』
あれは、問いただす言葉でも、咎めるだけの言葉でもない。
マリーツァの沈黙を、心を明かしたくないという、リェフへの拒絶だと受け取ったのだろう。
(ちがうのに……)
マリーツァは泣きたい気分で扉に目をやった。
扉は外から鍵をかけられている。
馬車を乗り換えさせられ、兵士たちに周囲を固められてルニエダリーナにやってくる道中、リェフは全くマリーツァに声をかけようとしなかった。それどころか視線を合わせてもくれなかった。
ルニエダリーナの王宮に連れてこられてからも、対面は叶わない。訳があってマリーツァは声を失ってしまったから、それを乞う事も難しい。
意思の疎通をとることが、こんなに大変だなんて考えもしなかった。
筆談できるようにペンとインクを用意してもらいたいのに、侍女にそう伝えることすら満足にできないのだ。リェフに用意された侍女たちはマリーツァの面倒を見てくれるものの、最低限の接触しか許されていないのか、すぐに下がってしまう。身振りだけでやりとりするには限度があった。
二日しか経ってはいないが、マリーツァは気が急いて仕方ない。
(早く、知らせなきゃならないことがあるのに……)
◇
「マリーツァの声が出ないというのは本当なのか」
リェフは気だるげに息を吐いて、部下へ投げやりな目線を向けた。
人払いをした執務室。
向かいあう側仕えのロジオンは、凡庸な栗毛と妖精の血を感じさせる深みのある青い瞳を併せ持つ印象的な男だ。日頃は快活で無駄に明るい彼の表情が硬い。
「そうみたいだな。医者が言うにはかなり酷いらしい」
ロジオンが書きつけを読み上げていく。
「強い毒で喉を焼かれたようで、直後は命の危機もあったんじゃないかとさ。水を飲むにも苦労したかもしれんと」
確かにリェフの記憶の中にある姿よりも、マリーツァは痩せていた。黒髪のせいで肌の白さも際立って、儚く消えてしまうのではないかと思った。美しい碧眼が翳っていたのは、その怪我のせいもあるのだろう。
彼女の沈黙が、体の問題に起因しているのは救いではある。
自信の意思で沈黙を貫いているのならば、それはリェフを拒絶しているのと同義だから。
しかし、
「治るのか?」
「それは……姫を見せた医者全員が無理だと言っている」
「本当に、治らないのか?」
確認の必要はないのだが、それでも、もう一度訊ねた。
真正面からリェフを見据えロジオンは頷く。
「ああ。嫌になるが本当だ。リェフ」
(――こいつは真実を言っている)
異能の力がそうリェフに教える。ただ、聞くだけで、それが本当か嘘か分かってしまう。
ラードゥガラーからレオフルスへ向かう峠でマリーツァを攫って連れ帰るまでの道すがら、彼女が喋れないとわかったが、まさか治らないほどに酷いとは思わなかった。もう、鈴を転がすようなマリーツァの可憐な声が聞くことが出来ないのだと思うと、気が滅入って仕方ない。
「一緒に捉えた召使いたちからの聞き取りは、済んだか? 一体なぜそんなことに……」
「一通り話は聞いたけど、姫さんが喉を傷めた理由を知っている人間はいなかった。新しく用意された人間ばっかりみたいでな、昔から勤めてるってのは一人もいなかった。誰もかれも知らないの一点張りだ。……どうにも妙だけどな」
確かに花嫁を送る行列にしてはおかしな雰囲気だった。まるで囚人を護送するかのような物騒な空気が漂っていたのは、リェフも感じた。
「まあ、理由は姫さん本人に聞けば早いだろ。話せなくたって、筆談はできるんだから」
当然のように言われたがリェフは聞き流した。そんなことは、分かっている。
「兵士たちからも聞き取りを進めてくれ」
「そっちはあんまり進んでないな。……リェフ、落ち込み過ぎるなよ。やることは山積みなんだから」
明るく作られたロジオンの声に、心からの思いやりが見え、笑みが漏れてくる。
さすが、多くの人間が恐れるリェフの異能を「便利でいいな」の一言で済ませた男だ。
話すことの一つ一つを計られていると知りながら、自分を恐れない野放図な変わり者というだけでなく、繊細な心根の持ち主でもある。
「リェフ、聞いてんのか?」
「そうだな、やることはある。例えば、花嫁強奪の後始末とか、だな」
内心を悟られないように、おどけた調子で返せば、
「そうだよ、まったく」
と、肩を竦めロジオンは部屋から出て行った。一方的な婚約破棄に激怒して、隣国の姫を攫うという凶行に出たリェフを諌めなかった殆どの者は、恐れから口にしなかっただけだ。
だが、ロジオンは「お前が人間であるために必要なら、俺は止めない。協力する」と言ってくれた。リェフが気が狂ってしまわないで、今まで生きてこられたのは、マリーツァやロジオンのような人間がいたからだ。
ロジオンの去った執務室で、一人リェフは天井を見上げる。
(もう、何を聞いてもマリーツァが答えることはないのか)
いや、ロジオンも言ったように、声で紡ぐ言葉だけが意思を伝える手段ではないはずだ。筆談でも十分に意思疎通はできる。そう理解はできる。
けれど、筆談や身振りでは、自分の異能は働かない。口から発せられる言葉の虚実を計ることは出来ても、書いた文字が本当の想いなのかどうかは判別できない。
それは既に明らかで、だからこそ棘のようにリェフを苛んでいる。
「なぜ毒など……」
何気なく口にした言葉の既視感に笑わずにはいられない。同じ言葉を吐いた覚えがある。相手は勿論違った。あの時は、なんて答えが返ってきたのだったか。
思い出して自嘲が浮かんだ。くつくつと肩を震わせリェフは笑う。あの時も、相手は答えられずに――そして死んだのだった。何を考えていたかは、もう永遠にわからない。
机の引き出しの奥から手紙を取り出すと、リェフはマリーツァを閉じ込めてある部屋へと向かった。
そう問いたいのに、マリーツァの喉からはひゅうひゅうと頼りない喘鳴しか出てこない。
声が出せないことが、こんなにも辛いのだとは思わなかった。あって当たり前のものだから、失って初めてその有難さに気づく。
黄昏の薄暗闇の中、マリーツァは大勢に囲まれ、それでいて一人だった。周囲を取り囲むのは、固い表情の兵士たち。彼らの持つ松明に辺りが怪しく照らされ、ただの峠道があの世へ通じているような、そんな錯覚に目が眩む。そんなわけあるわけないと思っても、ここしばらくの自分の境遇は現実感が薄い。
故郷のラードゥガラーから遠く離れたレオフルスへ向かう途上、こうして襲われたのはマリーツァを花嫁として運ぶ行列だったのだから。自分がレオフルスへ嫁ぐなんて――決まった日からずっと嫌な夢のようだった。
「マリーツァ、なぜ何も答えない?」
行列を襲った相手から問われても、マリーツァは答えることができない。その冷たい声と突き刺すような視線が恐ろしくて堪らない。例え、喉が無事だったとしても、何も答えられなかったかもしれない。
乾いた風にドレスがはためき、マリーツァはよろけそうになる。
(リェフ……)
行く手を遮るように立つのは見知った顔なのに、まるで知らない男に対するように恐怖を感じる。
リェフは、隣国ルニエダリーナの王子で、幼馴染であり、婚約者だった人だ。
彼の怒りが分からない訳ではない。花嫁行列が向かう先はルニエダリーナではなく、レオフルスだったのだから。
一方的な婚約破棄はマリーツァの父の決めたことで、決してマリーツァの望んだものではない。だから、マリーツァは抵抗したし、逃げ出そうともした。リェフに助けに来て欲しいと、ずっと思っていた――けれど、まさか彼自身が兵を引きつれてくるなんて。
(てっきり、盗賊か、人買いの襲撃だと思ったのに……)
突然行列が襲われ、悲鳴と怒号、武器を交える響きに包まれた。
全てが静まった後に、恐る恐る馬車を降りてみたら――
血に濡れた剣を手にしたリェフに声をかけられたのだ。
「マリーツァ、一体どこへ行くつもりで?」と。
道の脇では負傷した護衛の兵士や、侍女たちが縛られている。
何かを云わなくてはと思うのに、口からは掠れた吐息しか出てこない。
名を呼べないことが苦しく、もどかしい。
ずっと黙ったままのマリーツァに、リェフは顔を歪めた。
「……私に、答える云われはないということか」
紫水晶のようだと謳われる眼差しに責められ、マリーツァは思わず後ずさる。
(あ。ち、ちがうの!)
リェフから逃げたい訳ではない。
レオフルスになんて行きたくなかったから、助けにきてくれたことは本当に嬉しい。
ただ、尋常ではないリェフの様子が怖い。それに、どうしても辺りに広がる血の臭いに嫌な記憶が呼び起こされ、体が竦んでしまう。
リェフは俯き、薔薇色の髪で表情を隠した。
(リェフ……?)
再び顔を上げたリェフの瞳には、これまで見たことのない怒りが燃えていた。元々、壮絶な彼の美貌が、恐ろしいまでに際立っている。
「なぜ、なにも言わない、マリーツァ! 本心を読まれるのがそんなに嫌なのか。やはり――……」
何かを言おうとして、だが、リェフは口を閉じた。
改めて告げられたのは、
「時間はいくらでもある。ゆっくりと君の話を聞くことにしよう」
マリーツァにとって絶望的な言葉だった。
そうして、マリーツァはかつての許嫁に攫われることになった。
◇
ラードゥガラーとルニエダリーナの二国の土地には、有史以前にマグノリアという妖精の国があったという伝承がある。
人々がそれを信じる理由は二つ。
まず一つには、両国にはしばしば人間離れした美貌の持ち主が生まれるためだ。焼けた金と嫌われる赤毛ではなく、輝く薔薇色の紅い髪と紫水晶の瞳を持ち、肌は白く陶器のように滑らかで、妖精どころか天使のようだと称されるリェフのように。
そして、もう一つ。しばしば異能の持ち主が生まれることが、より大きな理由だ。犬のように鼻の利く者や、鳥のように歌う者、怪我を治す治癒の力や、空を飛ぶという極めつけの奇跡など種類な異能がある。
美貌も異能の顕現も、マグノリアの妖精たちが人間と交わった名残であり、妖精たちが居た証だとされている。
妖精の子孫だから美しく、奇跡の力を持って生まれるのだと、信じられているのだ。実際のところどうなのかは誰にもわからない。
ただ、人間離れした力の持ち主が、稀にでも生まれることは事実だ。
リェフも、人の言ったことが本当かどうか、それが瞬間的に分かるという異能を持っている。
嘘や建前を聞いただけで暴いてしまう暮らしがどんなものなのか、どんな気持ちなのか、マリーツァは何度となく想像したことがある。いつもなら、想像さえすることができずにその考えを霧散させていた。
――『なぜなにも言わない』
あれは、問いただす言葉でも、咎めるだけの言葉でもない。
マリーツァの沈黙を、心を明かしたくないという、リェフへの拒絶だと受け取ったのだろう。
(ちがうのに……)
マリーツァは泣きたい気分で扉に目をやった。
扉は外から鍵をかけられている。
馬車を乗り換えさせられ、兵士たちに周囲を固められてルニエダリーナにやってくる道中、リェフは全くマリーツァに声をかけようとしなかった。それどころか視線を合わせてもくれなかった。
ルニエダリーナの王宮に連れてこられてからも、対面は叶わない。訳があってマリーツァは声を失ってしまったから、それを乞う事も難しい。
意思の疎通をとることが、こんなに大変だなんて考えもしなかった。
筆談できるようにペンとインクを用意してもらいたいのに、侍女にそう伝えることすら満足にできないのだ。リェフに用意された侍女たちはマリーツァの面倒を見てくれるものの、最低限の接触しか許されていないのか、すぐに下がってしまう。身振りだけでやりとりするには限度があった。
二日しか経ってはいないが、マリーツァは気が急いて仕方ない。
(早く、知らせなきゃならないことがあるのに……)
◇
「マリーツァの声が出ないというのは本当なのか」
リェフは気だるげに息を吐いて、部下へ投げやりな目線を向けた。
人払いをした執務室。
向かいあう側仕えのロジオンは、凡庸な栗毛と妖精の血を感じさせる深みのある青い瞳を併せ持つ印象的な男だ。日頃は快活で無駄に明るい彼の表情が硬い。
「そうみたいだな。医者が言うにはかなり酷いらしい」
ロジオンが書きつけを読み上げていく。
「強い毒で喉を焼かれたようで、直後は命の危機もあったんじゃないかとさ。水を飲むにも苦労したかもしれんと」
確かにリェフの記憶の中にある姿よりも、マリーツァは痩せていた。黒髪のせいで肌の白さも際立って、儚く消えてしまうのではないかと思った。美しい碧眼が翳っていたのは、その怪我のせいもあるのだろう。
彼女の沈黙が、体の問題に起因しているのは救いではある。
自信の意思で沈黙を貫いているのならば、それはリェフを拒絶しているのと同義だから。
しかし、
「治るのか?」
「それは……姫を見せた医者全員が無理だと言っている」
「本当に、治らないのか?」
確認の必要はないのだが、それでも、もう一度訊ねた。
真正面からリェフを見据えロジオンは頷く。
「ああ。嫌になるが本当だ。リェフ」
(――こいつは真実を言っている)
異能の力がそうリェフに教える。ただ、聞くだけで、それが本当か嘘か分かってしまう。
ラードゥガラーからレオフルスへ向かう峠でマリーツァを攫って連れ帰るまでの道すがら、彼女が喋れないとわかったが、まさか治らないほどに酷いとは思わなかった。もう、鈴を転がすようなマリーツァの可憐な声が聞くことが出来ないのだと思うと、気が滅入って仕方ない。
「一緒に捉えた召使いたちからの聞き取りは、済んだか? 一体なぜそんなことに……」
「一通り話は聞いたけど、姫さんが喉を傷めた理由を知っている人間はいなかった。新しく用意された人間ばっかりみたいでな、昔から勤めてるってのは一人もいなかった。誰もかれも知らないの一点張りだ。……どうにも妙だけどな」
確かに花嫁を送る行列にしてはおかしな雰囲気だった。まるで囚人を護送するかのような物騒な空気が漂っていたのは、リェフも感じた。
「まあ、理由は姫さん本人に聞けば早いだろ。話せなくたって、筆談はできるんだから」
当然のように言われたがリェフは聞き流した。そんなことは、分かっている。
「兵士たちからも聞き取りを進めてくれ」
「そっちはあんまり進んでないな。……リェフ、落ち込み過ぎるなよ。やることは山積みなんだから」
明るく作られたロジオンの声に、心からの思いやりが見え、笑みが漏れてくる。
さすが、多くの人間が恐れるリェフの異能を「便利でいいな」の一言で済ませた男だ。
話すことの一つ一つを計られていると知りながら、自分を恐れない野放図な変わり者というだけでなく、繊細な心根の持ち主でもある。
「リェフ、聞いてんのか?」
「そうだな、やることはある。例えば、花嫁強奪の後始末とか、だな」
内心を悟られないように、おどけた調子で返せば、
「そうだよ、まったく」
と、肩を竦めロジオンは部屋から出て行った。一方的な婚約破棄に激怒して、隣国の姫を攫うという凶行に出たリェフを諌めなかった殆どの者は、恐れから口にしなかっただけだ。
だが、ロジオンは「お前が人間であるために必要なら、俺は止めない。協力する」と言ってくれた。リェフが気が狂ってしまわないで、今まで生きてこられたのは、マリーツァやロジオンのような人間がいたからだ。
ロジオンの去った執務室で、一人リェフは天井を見上げる。
(もう、何を聞いてもマリーツァが答えることはないのか)
いや、ロジオンも言ったように、声で紡ぐ言葉だけが意思を伝える手段ではないはずだ。筆談でも十分に意思疎通はできる。そう理解はできる。
けれど、筆談や身振りでは、自分の異能は働かない。口から発せられる言葉の虚実を計ることは出来ても、書いた文字が本当の想いなのかどうかは判別できない。
それは既に明らかで、だからこそ棘のようにリェフを苛んでいる。
「なぜ毒など……」
何気なく口にした言葉の既視感に笑わずにはいられない。同じ言葉を吐いた覚えがある。相手は勿論違った。あの時は、なんて答えが返ってきたのだったか。
思い出して自嘲が浮かんだ。くつくつと肩を震わせリェフは笑う。あの時も、相手は答えられずに――そして死んだのだった。何を考えていたかは、もう永遠にわからない。
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