猫妖精と時空をかける陛下様

スノーベル

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神はハピエンをお望みです*後編

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 こんな方法で、終わらせてしまうことを許してください。

 私はアルフレッド殿下に恋をしてしまいました。
 好きになってしまいました。
 でもでも、私はアンジーも大好きです。
 二人が大好きなんです。
 だから、私はこの選択を選びます。
 どうか、どうか幸せになってください。
 私の分まで、幸せになってください。



 それは愛の告白であり、別れの言葉でもあった。
 
 
 マリーが残した手紙。

 遺書。


 アンジェリカは壊れたように泣いた。泣いて泣いて泣きはらしたついでにぶん殴られた。鉄扇なんて出てこなかった。素のグーで殴られまくった。

 俺も殴られたかった。アンジェリカに殴られなかったら俺が自分でどこかの壁に頭をガンガン打ち付けていただろう。

「だから言いましたのに! 言いましたのに!! 貴方が悪いんですの! 貴方がマリーを殺した! マリーを返して!! この人殺しッ…うっ…あああああああっ!!!」

「…………」

「ちがうんですの……ちがうんですの……マリー…マリー…! ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、わたくしがわるいんですの、わたくし知っておりましたのに、マリーが悩んでいることを知っておりましたのに! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


 悲痛な二人の様子をまんまるな金色の目が捉えている。
 正直、見ていられないにゃ。

 大切な人をこんな形で失うなんてあんまりだ。

 こんなの、ちょっとしたすれ違いじゃないか。

 好きな人と一緒になるために影で活動していたアルフレッド。
 アルフレッドは気づいていないけどアンジェリカはアルフレッドに恋心があった。
 けれど両想いならばとマリーを応援していたアンジェリカ。
 そして、アンジェリカの気持ちを知りながらアルフレッドを好きになってしまったマリー。

 どこにでもあると言えば失礼だけど、ありふれた青春だ。

 結末がマリーの死で終わらなければ、だけど。

 アンジェリカが胸に抱いているのはマリーが命を絶った時に使った短剣だ。
 ……友情の証。

 ああ、ほんとにクソったれな話だ。
 よりによって、身を護るためにと渡したソレで命を絶ったなんて。
 それが余計にアンジェリカを追い詰める結果になるなんて、マリーは考えなかったんだろうなぁ。
 ……考える余裕すらなかったんだよなぁきっと。

 アンジェリカ、大丈夫か? 壊れるんじゃないか?

 これまでずっと傍観に徹していた猫妖精は考える。
 もし、自分だったらどうするのか、と。

 愚問だ。

 大切な人が死んでしまう世界なんてクソっくらえだ。
 
 ならそんな未来、変えてやる。

 そもそも。
 私はそのために猫妖精としての格を上げるため修行している。

 見えなかったピースがそろい始め、真実を形作っていく。
 死んでしまったマリー。
 アルフレッドの知る世界ではマリーは生きていて、死んだのがアンジェリカ。

 まだアルフレッドは辿り着けていないんだろうな。
 マリーが死んでしまう現在進行している過去。
 これはちゃんと存在した過去だったけど、望まれていない過去。
 そしてきっと、この後にもう一度過去がくる。

 マリーが生き続けることを望む者によって引き起こされる過去が。

 それが誰かって?

 そんなん、アンジェリカに決まってる。

 ああ、やっとやるべきことが見えた。




猫妖精竜巻蹴ケットシー・ハリケーンキック!!」

 あれから五年が経った。
 マリーがいなくなったことでアンジェリカとアルフレッドの婚約解消計画は水の泡と消え、二人はそのまま結婚した。アルフレッドは王太子から国王になった。アンジェリカは王妃だ。
 二人の仲は冷めているが、険悪というわけではなかった。
 闇の中を仲良くさまよっているような感じだ。
 マリーという太陽が消えて二十四時間夜なんです、って感じだ。
 暗すぎる。
 
 そんなめっきり笑わなくなり、目が死んでいる腐れメロンの頭に蹴りを放った。
 きちんと魔力を纏って攻撃したのでアルフレッドはしっかり吹き飛んで壁に強打した。

 猫妖精はくるりと回転して、アルフレッドの前に着地する。

「いつまで腑抜けてるにゃ!」
「……ああ、猫妖精か」
「アンジェリカに殴られる方が良かったにゃ? このドM変態メロン」
「今更なんだ。もう、ほっといてくれないか」
「この腐れメロン角度45度のチョップで正常に戻ったりしないかにゃふっるいテレビの要領で」

 猫妖精は深いため息をついた。
 たまにこの猫妖精はよくわからないことを言う。
 猫妖精ジョークか?とアルフレットは思う。

「いい加減ショックから抜け出すにゃ! あちし達が何のためにここに来たのか思い出すにゃ!」
「……歪」
「そうだにゃ。歪にゃ。あと思い出すにゃ。お前はマリーが生きてる世界からこの過去に戻ってるにゃ。それがどういうことか考えるにゃ。腑抜けてる場合じゃないにゃ!」

 ……たしかに、そうだ。
 俺が知る世界では、マリーが生きている。
 こんな地獄、俺は知らない……

 ――ほんとうに?

 我が妻マリーが夢にうなされるたびに、不安になった。
 なにか悩みがあるのではないか。辛いことがあるのではないか。
 漠然とした不安がどんどん広がっていった。
 マリーが消えてしまう気がして。
 悩みぬいた先に、マリーが消えてしまう気がして。
 
 ――、マリーが死んでしまう気がして?

「アンジェリカが宝物庫から出たにゃ」
「……宝物庫?」
「転移するにゃ!」
「は?」

 俺の混乱をお構いなしに、猫妖精は高位魔法をなんなく使って見せた。
 
 一瞬の慣れない浮遊感がさらに混乱を加速するも、アンジェリカの後ろ姿を見て冷静になった。
 ここは王妃の部屋だ。
 マリーの時は可愛らしい家具で統一されていたが、今は高価だがシンプルな家具で統一されている。
 この部屋に入るのは今の過去では初めてだった。
 マリーの時と比べてしまい辛かったのだ。

 だが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。

 彼女……アンジェリカの手にはあの短剣が握られていたから。

「おい」

 俺の声にアンジェリカは振り返った。
 突然の俺の出現に驚きもしない。きっとどうでもいいのだろう。

「あら陛下。こんばんわ。今日は月が綺麗ですわね?」

 薄暗い部屋で、バルコニーに続くカーテンが風に揺れた。
 月明りがアンジェリカを照らし、まるで女神のような佇まいだった。

「宝物庫に行ったそうだな」
「耳が早いんですのね。ええ、行きましたわ? なにか問題がありまして?」

 クスクスと笑うアンジェリカは優し気に微笑んだ。
 あれからずっと笑っていなかったのに。
 俺と一緒で腑抜けているのだとばかり思っていたが違っていたようだ。
 
 彼女の目には強い意志が宿っていた。
 笑っている今も、怖いくらいに。

 俺が足を一歩踏み出すと、短剣をゆっくりとこちらに向けた。
 まるで俺がアンジェリカを断罪したあの日の再現のようだ。

「何をする気だ?」
「決まってるでしょう」

 訪ねておいてなんだが、薄々と気づいている。
 アンジェリカの望むことなんて一つだ。
 そしてそれは俺の望みでもある。

「やり直すのです」

 ああ、やっぱり。
 すべてが確信に変わる。
 そして過去と過去が繋がる。

「あの子は、幸せにならなければいけないんですの。わたくしはマリーがいてとても幸せでしたわ」

 俺に向けていた刃の切っ先が、月明りに照らされた細い喉元にあてられる。

「だから、今度はマリーの番ですわ」
「そうやって、次はお前が犠牲になるのか。マリーとてお前と過ごした日々が幸せであったはずだ」
「結局、苦しませて終わりましたわ。次は間違えないんですのよ」

 刃が音もなく喉元に吸い込まれていく。

「俺だってな――次は間違えない!」

 最後にアンジェリカの目が見開いた気がした。










 そして二度目の――いや、おそらく三度目の過去に辿り着いた。

 まぶしい。
 青空に輝く太陽、のどかに流れる雲。
 目の前に広がる学生たちの波。
 学園へ続く通学路。

 隣を歩くのは俺の婚約者アンジェリカ・クラインドール公爵家令嬢。
 彼女は今なにを考えているのか。
 無表情が逆にわかりやすい。

 どんっ…と鈍い衝撃が背中に来た。

「………」

 無言で振り返った時には、アンジェリカがすでに動いていた。
 俺を背にし、マリーと対峙する形で。

 俺の知る過去だ。

「あ、ああああっ、あのあの、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 謝りまくるマリーに対して、アンジェリカが返す言葉は。

『なんて無礼なのかしら。王太子殿下であるアルフレッド様にぶつかっておいてただで済むと思ってませんわよね? 這いつくばって土下座なさい』

 すぅっと小さく息を吸って吐いたアンジェリカが口を開き――
 
「なんて無れ」

 ――言わせるか!

 俺は即座に行動していた。

「無礼ぃ――あひゃぅ!? やっ!? あっひゃひゃぁぁぁ!?」
 
 マリーがぽかーんと口を開けているのが見える。
 よし。成功だ。

 俺は知っているのだ。
 アンジェリカの弱点を。

 彼女は、横腹をくすぐられるのが弱い!

「あっははははははっ! ちょっやめっあははははっ――おやめと言ってるでしょう!!」

 護身術によって鍛えられた回し蹴りを俺はなんなく避けて見せる。
 ちぃっと舌打ちしそうなくらいアンジェリカに睨みつけられた。

「なんのつもりですの? いくら婚約者である貴方とて年頃の女性にすることではありませんことよ?」
マリーが死んだ俺をボコボコにした時のお返しだ」

 受け入れていた俺が言うのもなんだが、あれはやりすぎだったと今は思う。

 目を大きく見開いたアンジェリカに、宣戦布告だ。
 俺はニヤリと笑った。

「次は間違えないって言っただろうが」
「なっ…なっ、なっ…」

 俺とアンジェリカが対峙する中、とことこと小さな子猫がやってきてマリーの胸に飛び込んだ。

「わわっ!? あっ! 猫ちゃんだ!?」

 言わずもがな。あの猫妖精である。

「みゃーん」
「ふふ…! かわい~!」

「子猫と戯れるマリーが可愛いすぎる件……」
「それはわたくしも同意しますが、貴方どうして記憶が残ってますの! わたくしの邪魔をしないでくださいませ!!」
「ミャァァァー!?」
「あ、マリー! そのように子猫を抱きしめては子猫が死んでしまいますわ!?」
「猫妖精だからあれくらいでは死なん。もっとやれ」
「猫妖…はぁ!?」
「もっふもふ~! かわいい気持ちいい~!」
「ミャアアァァァァッ 助けろにゃぁぁぁぁぁっ」
「しゃべった!? しゃべりましたわ!? 本当に猫妖精なんですの!?」
「マリーは可愛いなぁ……」
「ああこのっ…! マリーのことになると本当にポンコツぅぅぅぅぅ!!」

 ギャイギャイと騒ぐアンジェリカと俺とマリーは、当然のごとく遅刻が確定した。




「……うにゃぁ……危うくこの世とあの世でめたもるふぉーぜするところだったにゃぁ」
「なに言ってんだお前」

 あの後しばらくマリーにもみくちゃにされた哀れな猫妖精は、ぐったりとテーブルに突っ伏していた。
 そんな猫妖精の姿ですら愛らしく映るのか、マリーはにっこにこで眺めている。
 
 ちなみにここは学生寮の俺の部屋だ。
 猫妖精の転移で移動した。

 どうせ遅刻だしな。
 それより重要案件だしな。

 アンジェリカも勿論一緒だ。
 今も納得がいかないと俺を睨んでいるが知らん。

 唐突にピカっと光った。

 何事かと思ったら、テーブルの上にいた子猫が消えて、かわりに幼女がいた。
 ゆるやかにウェーブがかったふわふわの赤い髪、頭の上にひょっこり生えた赤毛の耳、ぱっちりとした大きな金色の瞳、可愛らしいドレスの後ろに見える赤い尻尾。
 控えめに言っても将来有望な可愛らしい幼女である。

「……お前、人の姿になれたのか」
「めっちゃ修行した。あの五年間は無駄じゃなかった」

 おう、そうか……

 腑抜けていた俺との違いを見せつけられ少し気落ちした。

 言葉を無くしているアンジェリカと目をキラッキラに輝かせている二人の反応をみていたら猫妖精が先陣を切った。猫妖精も猫妖精なりに言いたいことがあったのだろう。

「マリー。お前ちょっとそこ正座」
「ふぇ? え? せいざ??」

 正座が何かわからずきょとんとしていると、猫妖精が、こう! とお手本で座って見せた。
 マリーは素直に正座する。慣れていないのが見てわかるくらいは戸惑っている。
 そんな彼女の前に立って、幼女な猫妖精が言う。

「これから説教を開始する!」

 マリーはぽかーんと口を開けた。
 そんなマリーも可愛い。と思っていたらアンジェリカに睨まれた。
 いや、さっきからずっと睨まれていたか。

「今のマリーに言ってもわからないかもしれないけど、それでも言うわ! 私はお前のやったことが許せない!」
「…えっ……? えっとぉ…?」

 その後、猫妖精はぶっちゃけてくれた。
 俺やアンジェリカが過去をやり直していることから、マリー自身が命を絶ってしまったこと、マリーを死なせないためにアンジェリカが命をかけて時間を戻したところまで。

 普通はいきなりそんなことを言われれば常識を疑うだろう。
 でもマリーはとても素直な子だ。
 まだ起こっていない未来を一生懸命想像してくれたのようで、神妙に聞き入っていた。

「……私がアンジェリカ様と親友で、親友の婚約者を好きになって……その、二人の幸せを願いながら自殺した、ってことで間違いないですか……?」
「うん。そう」

 ちなみにアンジェリカは説明を始めた当初は、猫妖精を止めようとしていたが俺がそれを許さなかった。
 彼女一人、拘束することなど造作ない。
 今では観念して、マリーを心配そうに見ている。

「お前とそこのアンジェリカはガチの親友。お前はこれからアンジェリカとごはん食べて騒いだり街に遊びにいったりするの。あとパジャマパーティもしてたわ」

 リアルな話をされて想像したのだろう、それは楽しそうだとマリーは顔をほころばせた。

「アンジェリカとの楽しい思い出が増えると同時に、お前はアルフレッドのことも好きになっていったわ」

 マリーはアルフレッドを見た。
 そうなの? と首を傾げるのはまだマリーの中で恋が育っていないからだ。
 それが少し寂しい。

 するとマリーは少しだけ目を見開いた。

「……うん。ちょっと、わかるかもしれない……子犬みたいな顔にキュンときた」

 うん? なんて?
 子犬? 誰が?

「腐れメロン、こっち見んな腐る!」
「ひどくないか!?」

 気が散ると言いたいのだろう。そう思うことにする。クソ猫が!

「話の流れ、わかった?」
「は、はい…」

 猫妖精の空気におされて、マリーはしゅんとした。

「じゃあ続けるけど。
 今からいう言葉は、お前が残した遺書よ」

『アンジーも大好きなんです。二人が大好きです。どうか私の分まで幸せになってください』

「わたし、ずっとお前に言いたかったの。
 ……ねえ、お前は考えた?
 残された二人の気持ち。
 想像するのが難しいなら私が見せてあげる。猫妖精なめんな!」

 キラリと金色の目が輝いてマリーを捕らえた。

「…………ッ!」


『あ、ああああっ、あのあの、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!』
『ふふ……だいじょうぶ?』 

 謝る私に優しくしてくれる彼女の光景に、マリーは目の奥が熱くなった。
 ……なんで……?

『マリー! 風邪を引いたと聞いたわ! ああ、まだ顔が赤いわね、ほら横になってくださいまし。わたくしが看病して差し上げますわ!』
『アンジー、ありがとう……でもタオルの水はぎゅってしぼって……』
『あらー…?』

 ぐっしょり水を吸ったまま顔全面にかぶせられ死にかけた光景。

『これを受け取ってくださらない?』
『わぁっ…綺麗なナイフ…短剣? この花はマリーゴールドですか?』
『ふふ。友情の証ですの。そういう花言葉があるんですのよ』

 わたくしとお揃いです、と夕日を背景にして微笑むアンジェリカ。
 嬉しくて飛びつくマリー。
 すごく、すごくうれしい。そんな感情が伝わってきた。

 ああ、わかる。
 私はすごくアンジェリカ様が、アンジーが好きだ。
 それと同時に……

『お前は本当に可愛いな、マリー』
『……アルフレッド殿下……恥ずかしいからやめてください』
 
 ぽん、と頭を撫でられて、顔を赤くするマリー……わたし。

『もう、もう! からかわないでください、アルフレッド殿下!』
『呼び捨てにしていいんだぞ? マリー。アルフレッド、と』

 絡まる熱を持った甘い視線。
 ドキドキする心臓。

 私は涙がこぼれた。
 アルフレッド殿下に恋をしている私を知ってしまった涙? 

 何度目かの景色が変わる。

『マリー。何か悩んでいることはない? 貴女のかわいい笑顔が曇っているわ……』
『…悩みなんて……あ、えっと最近ちょっと太っちゃったかな、って!』
『あら。貴女は少し太っても可愛いわ?
 ……ねぇマリー。無理しなくてもいいのよ? 私じゃあマリーの力になれないかしら……?』

 アンジーが私を心配してくれる。そのことが苦しい。
 こんなにも優しく心配してくれるアンジーに、貴女の婚約者を好きになってしまった、なんて言えるわけがない。
 他人の婚約者を好きになるなんて……私は最低だ。

 マリーの感情が、わたしの感情が流れ込んでくる。
 とても辛い。悲しい。苦しい。切ない。

 ……こんなの、たえられないよ……

 ああ、だから私は、自分で命を絶ったのか。

 アンジーのことが大好きで、アルフレッド殿下のことも好きでつらかった。
 けれどアルフレッド様はアンジーの婚約者だ。
 いつもはなんてことなくアルフレッド様と接してるアンジーも本当は彼のことを好きなの、私、気づいてる。知ってる。
 だって私はアンジーの親友だから。

 でも、私は二人にとって邪魔者で。
 これ以上二人といるのは辛くて。
 きっと私さえいなければ、二人はうまくいくはずで。
 二人は幸せになれるはずで。

 これが一番の最善なのだと免罪符を握りしめて、命を絶った。

 ――それが歪の始まり。
 
 血で染まった『友情の証』が歪む。

『マリー…! マリー! ……嘘よ…っ…こんなの嘘ですわ…!』

 取り乱すアンジーの目は真っ赤に腫れていた。
 その横では顔のあちこちを腫らしたアルフレッド様がいた。彼は、表情がごっそり抜け落ちていた。

『だから言いましたのに! 言いましたのに!! 貴方が悪いんですの! 貴方がマリーを殺した! マリーを返して!! この人殺しッ…うっ…あああああああっ!!!』
『…………』
『ちがうんですの……ちがうんですの……マリー…マリー…! ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、わたくしがわるいんですの、わたくし知っておりましたのに、マリーが悩んでいることを知っておりましたのに! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…』

 泣きながら謝り続けるアンジー。

 違う、違う。
 これは私が望んだ未来じゃないと首を横に振る。
 こんな光景、見たくない!
 
 ……でも、私の死を乗り越えてアンジーとアルフレッド様はきっと幸せに…――

 そんな私の希望を猫妖精は完全に砕いてくる。
 私は目を見開いた。
 やめて、やめて! 
 声を上げるけど、その声がアンジーに聞こえることはない。
 なんでアンジーが死のうとしてるの!?

『あの子は、幸せにならなければいけないんですの。わたくしはマリーがいてとても幸せでしたわ。
 だから、今度はマリーの番ですわ』
『そうやって、次はお前が犠牲になるのか。マリーとてお前と過ごした日々が幸せであったはずだ』
『結局、苦しませて終わりましたわ。次は間違えないんですのよ』

 刃が音もなく喉元に吸い込まれていく。




「やめて! お願いやめてよぉ!!」

 泣きの入ったマリーの声が部屋に響いた。
 この部屋の防音は完璧だ。なんら問題はない。マリーが泣きだしたこと以外はな。

「おいクソ猫。やりすぎじゃないのか」
「うっさいにゃ。あちしだって怒ってるにゃ」

 力を使いすぎたのか幼女から子猫の姿に戻っている。ついでに口調も。

「いくら口で説明したって限度があるにゃ。わからせるにはやっぱりこれが一番なのにゃ」

 泣き崩れているマリーをぎゅっと抱きしめたのはアンジェリカだ。
 気づいたマリーもアンジェリカに抱きつく。
 まるで生きていることを確認しあっているような仕草にも思えた。

「残された者の気持ちを考えるにゃ!! 
 お前たちは三人がそろって生きてないと幸せになれないのにゃ!!」

 泣きながら頷くマリーと、肩を震わせるアンジェリカ。

「アンジェリカ。お前のことでもあるんだぞ」

 ぎゅっとマリーを抱きしめる腕に力がこもるアンジェリカにきっちりと楔を打つ。
 今後二度と、こいつが阿呆なことを考えないように。

「俺やマリーが幸せになるのに、悪役令嬢などいらん。
 次期国王の名にかけてお前もマリーも幸せにしてやるから絶対に生き続けろ」

「…………鈍感王子がよく言いますわ」

 涙声のアンジェリカを今度はマリーが力強く抱きしめる。

「……それは同感です」

 帰ってきたマリーの言葉に顔を上げたアンジェリカ。
 二人の目が合って、どちらともなく笑った。

「はぅっ!? あ、足がジンジンしてっ…! なにこれ足がっ足がぁぁぁっ!?」
「マリー!? 大丈夫ですの!?」

 ざまぁ見ろだにゃ! とその様子を見ていた猫妖精の体が淡く光り始め、今度は何だと三人が見やる。

「歪が解けたにゃ。だから元の時間軸に戻るにゃ」

 元の時間軸?
 それって――

 顔を顰める俺に気づいた猫妖精が言う。

「あー。戻るのはあちしだけにゃ。お前は……お前たちはこれから新しい未来を築くにゃ」
「なあ、未来が変わるとお前は」

 歪があったからこそ巡り会えた縁だが、そんなのなんてことないように猫妖精は笑う。

「いつか遊びにいくから、とびきり美味しいピーナッツ用意して待ってろにゃ!」

 そういって猫妖精は消えていった。



 
 時がしばらく進んだ頃。
 コレクティア国で一冊の本が話題になった。
 それは猫妖精と何度も過去に戻った数奇な運命を持つ国王陛下の物語。
 幸せとはなんなのか。
 友情あり愛情あり、そして命の尊さが描かれた感動のお話である。

 そして、これはまったくの余談であるが。
 さらに時が進んだ数年後。
 月の女神に愛された猫妖精が治める町では。
 赤毛の女の子が誕生した時、大量のピーナッツが届いて受け取り先の領主が困惑したとかしないとか。
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