猫妖精と時空をかける陛下様

スノーベル

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穏やかに過ぎる日々*中編継続

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 あれから早くも一ヵ月が過ぎた。


「ああクソッ……意味がわからん!」

 放課後は用があるからと別行動をとった俺は学生寮に戻っていた。
 今頃アンジェリカとマリーは交流会という名のショッピングを楽しんでいるころだろう。あとでアンジェリカについている影の者に詳細を聞く予定だ。

「本当にここが過去だというのか? おい猫」

 幾度となく俺は同じ質問を繰り返す。
 それくらい状況についていけてないのだ。
 一ヵ月経った今でもこの現象がわかっていない。
 相変わらずアンジェリカとマリーは仲良しだし、昼食も三人で一緒にとっている。

 端的に言って、ありえないんだが?
 お前ら虐める側と虐められる側だっただろうが。

 食堂でターゲットを目視した瞬間にティーカップの中身を飛ばして泣かせるのがアンジェリカで、いつもビクビクしながらアンジェリカから逃げているのがマリーだったはずだ。

 それがなんだ? 二人で仲良くオカズのシェアって。
 マリーを良く思っていない令嬢がアンジェリカに餌付けされてるマリーを見てUターンしてったぞ。
 そうだよな。あからさまにマリーを可愛がっているアンジェリカを前に、マリーへの批判なんて言えないよな。
 ここは並行世界パラレルワールドか?


「猫いうにゃし! 猫妖精だにゃ!」

 肩にのっかってうにゃうにゃと抗議する見た目が子猫の猫妖精をチラ見して、俺はため息をついた。

「うっわーこいつ超失礼にゃ。人の姿にもどれば四歳児にゃのに!」
「十分こども……ってか幼女じゃねぇか」
「うっさいにゃ。ともかくここは過去にゃ。お前が考えている並行世界の線は否定するにゃ。だって並行世界の未来を変えたとしてどんなメリットがあるにゃ? ここは間違いにゃくあちし達の世界に繋がっている過去にゃ」
「じゃあなんで俺がその過去を知らないんだ。俺が知ってる過去では、アンジェリカがマリーを酷く嫌悪していて結果、アンジェリカは死んだぞ。なのにここではアンジェリカとマリー、すっげぇ仲がいいんだが? 真逆じゃないか」
「もう一回状況を整理するにゃ。説明せよ腐れメロン!」

 俺は無言で威張り散らしている猫妖精を肩から叩き落した。



 知っている過去…いや未来か? ややこしいうえにどうでもいいか。
 とりあえず、今の相違点を説明するとこんな感じだ。

 まず、アンジェリカの性格が違う。
 この一点に尽きる。

 俺が知る過去では、アンジェリカが一方的にマリーを嫌っていた。
 礼節がなっていない、常識はずれ、元平民のくせに、と色々な理由を付けて彼女を貶めた。
 次第にエスカレートしていき、持ち物を捨てられる汚されるといった嫌がらせが多発した。
 最終的に、マリーは命を狙われた。
 街で暴漢に襲われたのだ。
 最終的にはアンジェリカが俺に刃を向け、近衛兵に切り殺された。

 
 こちらの世界ではアンジェリカとマリー関係がすこぶる友好的なものになっている。
 二人の仲がこれほど友好であれば、間違ってもアンジェリカはマリーを虐めたりしないし、俺に刃を向けて切り殺されることはない……と思う。

 ……うむ。

 アンジェリカの行動で状況が反転しているような状態だ。
 問題の中心にいるのは彼女なのか。

 この記憶の相違はアンジェリカの仕業か?
 
 ぱっと思いつくのは記憶の改ざん。
 どこからどこまでの範囲かわからないし、できるかできないかはこの際置いておくとして。

 ……いや、だが。
 今のアンジェリカに記憶を改ざんする理由はないように思う。
 なら今後、記憶を改ざんしなければならないような、なにかが起きるのか?
 記憶を改ざんした結果が俺の知る過去ならば、それを行ったメリットはなんだ。
 それによって誰が得をした?

 それともアンジェリカではなく第三者が関わっているのか?
 アンジェリカの行動を操ることで、誰が得をする?

「マリー可愛いし、婚約者いいやつだにゃ」
「……ああ。こんな穏やかな学生時代があったんだなぁ」

 愛するマリーに笑顔が絶えない。アンジェリカも日々を楽しく過ごしている。
 いたって平和な時間がここにあった。

 それが何故、俺の知る過去に繋がるのかわからず。
 俺も猫妖精も様子をみるという判断で落ち着いた。
 マリーが寝坊したとかマリーが風邪を引いたとか、ちょっとしたトラブルは起こるものの、穏やかに時間は過ぎていく。
 青春とよべる一コマに、それはあった。

「見てください、アルフレッド様!」
  
 俺は息をのんだ。

 彼女、マリーが俺に見せてきたのはあの夜に見た短剣だった。
 ピンクゴールドの柄にマリーゴールドの装飾。

「……それ、どうしたんだ?」
「護身用にって、アンジーが買ってくれたんです! お揃いなんですよ! うふふ! わたしとアンジーの友情の証なんですって! きゃ~!」

 貴族が護身用に武器を持つのは珍しい事ではないが、こんなところでソレが出てくるとは思ってなくてかなり驚いていた。正直、まともに会話にならなかったと思う。
 あとで短剣をよく見せてもらった。
 猫妖精と確認したが、今は普通の短剣らしい。


「……アルフレッド。今後のことで何かわたくしに言いたいことがあるのではなくて?」 

 ヤバイ。
 アンジェリカの笑顔が怖い。

 
 それは卒業があと一ヵ月と迫ったとある日の放課後のことだった。
 アンジェリカとマリーは今でもすごく仲が良く、そしてアンジェリカと俺はいまだに婚約者の間柄だ。
 けれど、俺がマリーに懸想しているのはバレバレなようだしというか隠してすらないしな。
 しかたないだろう。マリーが可愛いのがいけない。さすが俺の嫁。
 ついついちょっかいをかけてしまうのは仕方がないというもの。
 そのたびに、マリーは可愛らしくテレたり困惑しながらも顔を赤らめたりでとにかく可愛い。

『腐れメロン脳みそお花畑にゃ』

 うるせぇほっとけ。

 脳内に響く猫妖精の声に水を差すなと追いやりながら、アンジェリカの様子を窺えばたいそうご立腹に見える。
 嫉妬からくるものではないと知っているので俺としてはやりやすいが。
 何しろアンジェリカと俺との間にあるのは愛じゃない。政略結婚だしな。ビジネスパートナーのようなものだ。

 だが、政略結婚ゆえに、婚約解除するには根回しが必要になる。
 国王である父上に好きな人ができたから彼女と結婚しますね!と言って解決すれば政治はいらない。
 今回の婚約はクラインドール公爵家と縁を結び第二王子派閥を黙らせるという目的がある。
 公爵家の娘が溺愛している娘との結婚では公爵家は頷かない。
 そもそも婚約を解除してしまえば、アンジェリカの経歴に傷がつく。逆に公爵の怒りを買うだろう。
 つまりアンジェリカの協力が必要不可欠なのだ。

 俺だって馬鹿じゃない。
 これでも国王歴十年だ。しかもここは俺にとって二度目の世界。
 第二王子派を黙らせるネタはいくつも持っている。
 あとは父上に公爵家の盾がなくとも俺の足元は盤石であることを伝え、婚約解除を申し出る。ついでにちょっとした手柄を立てておけば話は進みやすいだろう。マリーを婚約者にするにあたっての養子縁組も目途は立っている。
 告白までアンジェリカの件を含めまだ準備は必要だが、もう少しの辛抱だ。

「……そうだな。きちんとしなければな」

 俺はアンジェリカの視線を正面から受けながら、きっぱりと言い切った。

「俺はマリーを愛している」

 アンジェリカの懐から頑丈そうな扇が取り出され大きく振りかぶって――

「ぐほっ!?」
「このお馬鹿!! わたくしに告白してどうするんですの!? そういうことは本人いってくださいまし! そうではなくて!」
「ッ…ってぇ……いや、待て! これは言わなければならない大前提だろう! というかそれ鉄扇だろクソ痛かったわ!!」
「おだまりなさいな! 今の言葉をマリーがどれほど望んでいるか! 最近のマリーはずっと悩んでいて目を腫らしてくることもあるのですよ! さっさと告白なさいアルフレッド! ヘタレですか貴方は!」
『そうにゃそうにゃ! 玉ナシかにゃ腐れメロン!』

 さりげなく混ざるな猫妖精が!!

「あともう少しで準備が整う! それまで待ってくれ!」
「ですから! それをわたくしに言ってどうしますの!」

 本日二度目の鉄扇が振り下ろされた瞬間だった。

 キレッキレな鉄扇さばきを視界に映しながら――
 
 アンジェリカ……お前、すごくアグレッシブだったんだな。
 
 などと、どうでもいいことを思っていた。


 この時、俺は平和ボケしていたんだ。
 もっとアンジェリカの声を真摯に受け止めるべきだった。
 愛しているなら、マリーの心中を察してやるべきだった。

 いつだって後悔は失ってからするんだ。

 俺は、もう二度と、マリーを失いたくないと思っていたのに。


 すべての問題が片付いた数日後、購入した婚約指輪を胸元に忍ばせた俺に届いたのは――

 マリー・アネットが自殺したという知らせだった。
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