猫妖精と時空をかける陛下様

スノーベル

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改変を待つマリーゴールド*中編

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「にゃ? 毎日が幸せで不安?」
「そうは言ってない」
「マリッジブルー拗らせたアホメロンにゃ」
「アホメロンはやめろ!」

「国王の仕事が忙しくイチャイチャできにゃい?」
「家族とのだんらん時間すらとれないとは言ったが、イチャイチャしたいとは言ってない」
「したくないにゃ?」
「したいかしたくないかと言われればしたいに決まっているが」
「すればいいにゃ! 忙しくて時間がないは思い違いにゃ。ただたんに腐れメロンがだんらんの時間を作ってないだけにゃ。公務は一時間でも遅れれば死ぬにゃ? 国滅びるにゃ? 現に今あちしと話してる時間があるにゃ。お前にやる気ないだけにゃ。家族突然死したとき、一緒にいる時間作ればよかったと後悔するまえに悔い改めるにゃ」
「お、おう……」
「つぎの悩みを言うにゃ!」

 改めて、俺は歪対策という名目でお悩み相談を受けている。
 この猫妖精がいうような歪とやらが、自分の国もとい身近にあるというのが実感わかないが……

「……あとは……そうだな」

 ちらりと柱時計に目をやれば三時を回ったところだった。

「明日でよくないか?」
「いいけど仕事はキャンセルするにゃ」
「それは無理な話だ。明日中に決定させなければならない案件がいくつもある」
「歪優先にゃ。できないにゃら城もろとも案件ぶっ潰すにゃ」
「……横暴すぎるだろう、夜には時間をつくるから勘弁してくれ……人の世には人のルールがあるんだ。ないがしろにしては人の世が乱れる」
「お前は世界が大穴に飲み込まれるかもしれない未曽有の災禍を前にしても仕事を優先するアホにゃ?」
「大げさすぎないか…?」

 猫妖精はわかりやすくため息をついて、もういいにゃ。と言った。
 今までなんともなかったのに、いきなり未曽有の災禍と言われてもピンとこないのは当たり前だと思うのだが。
 聞いた話だと、歪はあちこちにあるそうじゃないか。
 今現在、放置されている歪がいくつもあるということだろう?
 それでも世界は何事もなく回っているのだから、少しくらい待てるはずだ。
 国王としての仕事も大切で疎かにできるものではないのだから。
 
 ジト目の子猫を肩において俺は寝室へと向かう。
 余談だが、猫なんだからどこでも寝れるだろうと執務室に放置しようとしたら、猫キックを食らった。

「ここは窓が少なくて息苦しいにゃ」
「普段は森とかにいるんじゃないのか?」
「いろんなとこにいるにゃ」

 山も谷もない会話をしているうちに辿り着いた寝室。
 やはり灯りがついていた。
 
 俺は上着を近くのソファにかけて、天蓋ベッドに近づく。
 そこに眠る最愛の人の顔をみやる。

「……なんか、苦しそうにゃ」

 猫妖精の言葉に苦々しい気持ちが広がっていく。
 ふわふわなピンクゴールドの髪は汗に濡れて首に張り付いている。普段なら色っぽいなと思ったかもしれないが彼女の表情は苦悶に満ちていた。
 
 また、悪夢にうなされているのだ。

 枕元には一冊の本が開きっぱなしになっていた。
 ひと昔前に流行った平民と王子の恋物語か……
 彼女はギリギリまで読書をしながら俺を待っていたのだろう。

「最近は情緒不安定になることが多くてな……俺がもっと時間をとってやれれば……」

 俺の最愛の人、マリー。
 元男爵令嬢の彼女が今の地位につくまで努力した時間は計り知れない。王妃になった今でもそれは続いているように思う。
 この間、とある公爵夫人からのリークで不正の証拠を入手してきた。
 俺にとっては十分できた王妃だと思っているのだが、彼女の中にはコレといった王妃像があって、自分ではまだまだそこに至れていないのだと笑っていたのはいつだったか。

「……くるにゃ」

 俺は猫妖精の言葉を聞き逃していた。
 
 マリーが突然、予備動作もなく起き上がったのだ。
 ほっとしたのもつかの間、違和感が襲う。

 彼女の表情がごっそりと抜け落ちている。
 寝ぼけているのか?

 俺と目が合わない。

「マリー…?」

 灯っていた魔法灯が、ふっと消えて薄闇が広がる。
 カーテンが夜風に揺れた。

 今までこんなことはなかった。
 俺はドクドクと脈打つ鼓動を感じながら、魔法灯をつけなおした。

 再び部屋に淡い光が満ちた時、マリーは短剣を首筋にあてていた。

「ッ――!? マリー!!」

 秒でそれを弾き、彼女の首筋を確認する。
 大丈夫だ、切れていない。
 だが、傷一つなかった白い首筋をみても安心することはできなかった。

 床に落ちた時に聞こえたカシャンという金属音が、生々しい現実を突きつけているようで吐き気がした。

「……アンジー」

「……マリー? 起きたのか? マリー」
「寝言にゃ」

 そういえば猫妖精いたな、と見やれば短剣を目の前に浮かせて凝視していた。
 先ほどマリーが持っていたものだ。
 寝室に刃物を持ち込むなんて、マリーらしくない。

 一体なにが起こっている?

 ――歪。

 まさか。

 猫妖精の、金色の目がまっすぐに俺を見据えている。
 それが当たりだというように。

「腐れメロン。お前の嫁しぬけどあちしは理解ある猫妖精だからお前の希望どおり夜まで待ってやるにゃ。嫁しぬけど」
「……いや、仕事は全部キャンセルだ」
「遠慮することないにゃ。人の世のルールってやつを優先してやるにゃ。幸いこの歪は少し放置しても世界にさほど影響はないにゃ。マリーしぬけど」
「マジで悪かった。心から謝罪するから許してくれ。お願いだ、歪とやらをなんとかしてくれ。それでマリーは助かるんだろう?」 

 マリーは俺にとって大切な人なんだ。
 やっと結ばれた最愛の女性なんだ。
 もう、二度と失いたくはない。

 ……?

 一瞬、なにかの違和感が頭をかすめたが正体はわからなかった。

「マリーしぬにゃ。マリーしぬにゃ」
「悪魔か貴様は!?」

 とことん追い詰めていくスタイルかこの畜生め!

 そう思って猫妖精を睨みつけたが、ニャンコは俺のほうを向いていなかった。
 短剣をみている。
 その短剣がモトなのか?

 どこにでもあるような護身用の短剣だ。
 柄の先端はピンクゴールドで、花の模様がきらめいていた。
 装飾物は少ないが細工が巧でマリーをイメージして作られたオーダーメイドのように思う。

 その短剣が、淡く点滅していた。

 猫妖精に反発するように。
 マリーが死ぬという言葉に反発するように。

「この花なんにゃ?」
「自信はないが……パンジーか?」
「アホメロン井戸にかえれにゃ」
「ひどくないか!?」

 浮いている短剣の上に、手のひらサイズの板のようなものが現れた。
 どういう原理かわからないがソレで花を解析しているらしい。

「にゃ。短剣はヒットしなかったけど花はわかったにゃ」
「意味あるのか? それ」
「井戸に沈められたくなかったら少し黙るにゃ」
「…………」

「身につけるものに施す装飾はたいてい意味を持たせるのが普通にゃ。稀だけど意味に力が宿った物が宝剣になるにゃ。だからこの花は重要なのにゃ。ただちょっとこの花選びは正直びみょうなのにゃぁ……」
「不吉な花なのか? 庭園でよく見かける花だが」
「…………絶望。別れの悲しみ」
「マリーは花言葉に疎かったのかもしれないな。いや、敵対するものに絶望を与える宝剣とかどうだろうか」

 痛い子をみるような目で見られた。

「いい意味だと友情、信頼、変わらぬ愛っていうのがあるにゃ」 
「なぁ、その短剣が歪のモトなんだろう? 壊して終わりにはならないのか?」  

 その時、短剣からとんでもない魔力が膨れ上がった。

「壊すなんていうからにゃぁ」
「俺のせいか!? 悠長だな!? マズイんじゃないか!? 爆発するんじゃ――」











 まぶしい。
 青空に輝く太陽、のどかに流れる雲。
 俺は自分自身になにが起こったのかわからなかった。

 目の前に広がるのは制服姿の学生の波。
 十年以上昔にみた光景が、目の前に広がっていた。

 俺は夢をみているのか?

 ドンっと鈍い衝撃が背中にやってくる。
 
「おっと……」

 鈍い衝撃……?

 やけにリアルな感覚。

 これ、夢じゃないわ。どういうことだ。

「あ、ああああっ、あのあの、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 よくわからんが、パニックを起こしている声の主がマリーだということはわかる。
 落ち着け、マリー。そう言おうとしたところで俺の横にいた人物が動いた。

「ふふ……」

 鈴を転がすような透き通った穏やかな声。
 微笑ましいものをみるように、マリーの手を引いたのはクラインドール元公爵令嬢だった。

「だいじょうぶ?」
「だ、だいじょうぶです……!」

 ――なんだ、これは。
 
 俺はなにをみているんだ?

時空ときを超えたにゃ』

 脳内であの猫妖精の声がした。
 
『あの宝剣はあちし達になにかさせたいのにゃ。過去のここがそのスタート地点なんだにゃ』

 待て! 過去とはいうが俺はこの過去を知らんぞ!?

 これによく似たシチュエーションは確かにあったように思う。
 マリーが学園に入学した当日だ。
 彼女は俺にぶつかって、今のように謝りまくっていた。

 この時クラインドール元公爵令嬢は汚いものを見るような冷たい目で俺を背にし、彼女と対峙していたはずだ。 
 
 そしてたしか、そうだ……

『なんて無礼なのかしら。王太子殿下であるアルフレッド様にぶつかっておいてただで済むと思ってませんわよね? 這いつくばって土下座なさい』

 ――そんなような感じのことをクラインドール元公爵令嬢は言っていたはずだ。

 驚愕したのだ。よく覚えている。

 また、だ。
 違和感が脳裏をかすめる。

 ……そうだ。
 クラインドール……アンジェリカはおかしかった。

 普段の彼女はあんなこと言わない人だった。
 弱い立場の者をみれば手を差し伸べる心優しい、穏やかな人だった。

「ほんとうにごめんなさい!」
「そんな、謝らなくてもいいのよ?」

 ああ……
 こんなふうに優しく許すのが俺のよく知るアンジェリカ・クラインドールだ。
 ……って、謝らなくてもいいってどういうことだ俺の婚約者よ。
 
「……おいアンジェリカ。ぶつかったのは俺なんだが?」

 金色のふんわりとした縦ロールを揺らしながら、彼女が振り向いて笑う。

「あら。あなたは頑丈なんだから、むしろ心配なのは彼女のほうでしょう?」
 
 アンジェリカの顔からは侮蔑も怒りもなくて、どこまでもマリーに好意的な気持ちがあふれ出ていた。

 俺の知る記憶とは真逆の光景。
 だが、俺が知る彼女はこれなのだ思う気持ち。

 一体、なにが正しいのか。

「マリーとよんでもよろしくて? わたくしのことはアンジェリカとよんでくださってかまわないわ。仲良くいたしましょう?」
「は、はいぃ! アンジェリカ様!」
「ふふ……アンジェリカでいいわ。わたくしも貴女のことをマリーとよびますし」
「で、でもでも私、爵位が男爵でっ…平民あがりでっ…!」
「わたしなんかが、なんて言わないでくださいましね? わたくしもマリーも、アルフレッドもここでは同じ生徒ですの。そういうふうに過ごしたいと思っているのですから、誰にも文句は言わせませんわ?」
「アンジェリカ様…!」
「マリー? アンジェリカ、よ? ふふ、真っ赤になって可愛いですわ」
「あうぅ…」

 目の前で繰り広げられる百合百合しい光景に、少し頭が痛くなってきた。 
 アンジェリカはいつもこうだ。
 目下の者や懐に入れたものをとことん可愛がる。
 可愛がられた令嬢はアンジェリカを崇拝する。マリーもすでにその傾向が見えていた。

 はぁ……。

「……オイお前ら……そろそろ行かないと遅刻するんだが?」

『あとで作戦会議にゃ』

 それはもちろんだが、お前どこにいるんだ?

「みゃーん」

 近くの木の上から子猫の声が聞こえた気がした。 
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