2 / 4
改変を待つマリーゴールド*中編
しおりを挟む
「にゃ? 毎日が幸せで不安?」
「そうは言ってない」
「マリッジブルー拗らせたアホメロンにゃ」
「アホメロンはやめろ!」
「国王の仕事が忙しくイチャイチャできにゃい?」
「家族とのだんらん時間すらとれないとは言ったが、イチャイチャしたいとは言ってない」
「したくないにゃ?」
「したいかしたくないかと言われればしたいに決まっているが」
「すればいいにゃ! 忙しくて時間がないは思い違いにゃ。ただたんに腐れメロンがだんらんの時間を作ってないだけにゃ。公務は一時間でも遅れれば死ぬにゃ? 国滅びるにゃ? 現に今あちしと話してる時間があるにゃ。お前にやる気ないだけにゃ。家族突然死したとき、一緒にいる時間作ればよかったと後悔するまえに悔い改めるにゃ」
「お、おう……」
「つぎの悩みを言うにゃ!」
改めて、俺は歪対策という名目でお悩み相談を受けている。
この猫妖精がいうような歪とやらが、自分の国もとい身近にあるというのが実感わかないが……
「……あとは……そうだな」
ちらりと柱時計に目をやれば三時を回ったところだった。
「明日でよくないか?」
「いいけど仕事はキャンセルするにゃ」
「それは無理な話だ。明日中に決定させなければならない案件がいくつもある」
「歪優先にゃ。できないにゃら城もろとも案件ぶっ潰すにゃ」
「……横暴すぎるだろう、夜には時間をつくるから勘弁してくれ……人の世には人のルールがあるんだ。ないがしろにしては人の世が乱れる」
「お前は世界が大穴に飲み込まれるかもしれない未曽有の災禍を前にしても仕事を優先するアホにゃ?」
「大げさすぎないか…?」
猫妖精はわかりやすくため息をついて、もういいにゃ。と言った。
今までなんともなかったのに、いきなり未曽有の災禍と言われてもピンとこないのは当たり前だと思うのだが。
聞いた話だと、歪はあちこちにあるそうじゃないか。
今現在、放置されている歪がいくつもあるということだろう?
それでも世界は何事もなく回っているのだから、少しくらい待てるはずだ。
国王としての仕事も大切で疎かにできるものではないのだから。
ジト目の子猫を肩において俺は寝室へと向かう。
余談だが、猫なんだからどこでも寝れるだろうと執務室に放置しようとしたら、猫キックを食らった。
「ここは窓が少なくて息苦しいにゃ」
「普段は森とかにいるんじゃないのか?」
「いろんなとこにいるにゃ」
山も谷もない会話をしているうちに辿り着いた寝室。
やはり灯りがついていた。
俺は上着を近くのソファにかけて、天蓋ベッドに近づく。
そこに眠る最愛の人の顔をみやる。
「……なんか、苦しそうにゃ」
猫妖精の言葉に苦々しい気持ちが広がっていく。
ふわふわなピンクゴールドの髪は汗に濡れて首に張り付いている。普段なら色っぽいなと思ったかもしれないが彼女の表情は苦悶に満ちていた。
また、悪夢にうなされているのだ。
枕元には一冊の本が開きっぱなしになっていた。
ひと昔前に流行った平民と王子の恋物語か……
彼女はギリギリまで読書をしながら俺を待っていたのだろう。
「最近は情緒不安定になることが多くてな……俺がもっと時間をとってやれれば……」
俺の最愛の人、マリー。
元男爵令嬢の彼女が今の地位につくまで努力した時間は計り知れない。王妃になった今でもそれは続いているように思う。
この間、とある公爵夫人からのリークで不正の証拠を入手してきた。
俺にとっては十分できた王妃だと思っているのだが、彼女の中にはコレといった王妃像があって、自分ではまだまだそこに至れていないのだと笑っていたのはいつだったか。
「……くるにゃ」
俺は猫妖精の言葉を聞き逃していた。
マリーが突然、予備動作もなく起き上がったのだ。
ほっとしたのもつかの間、違和感が襲う。
彼女の表情がごっそりと抜け落ちている。
寝ぼけているのか?
俺と目が合わない。
「マリー…?」
灯っていた魔法灯が、ふっと消えて薄闇が広がる。
カーテンが夜風に揺れた。
今までこんなことはなかった。
俺はドクドクと脈打つ鼓動を感じながら、魔法灯をつけなおした。
再び部屋に淡い光が満ちた時、マリーは短剣を首筋にあてていた。
「ッ――!? マリー!!」
秒でそれを弾き、彼女の首筋を確認する。
大丈夫だ、切れていない。
だが、傷一つなかった白い首筋をみても安心することはできなかった。
床に落ちた時に聞こえたカシャンという金属音が、生々しい現実を突きつけているようで吐き気がした。
「……アンジー」
「……マリー? 起きたのか? マリー」
「寝言にゃ」
そういえば猫妖精いたな、と見やれば短剣を目の前に浮かせて凝視していた。
先ほどマリーが持っていたものだ。
寝室に刃物を持ち込むなんて、マリーらしくない。
一体なにが起こっている?
――歪。
まさか。
猫妖精の、金色の目がまっすぐに俺を見据えている。
それが当たりだというように。
「腐れメロン。お前の嫁しぬけどあちしは理解ある猫妖精だからお前の希望どおり夜まで待ってやるにゃ。嫁しぬけど」
「……いや、仕事は全部キャンセルだ」
「遠慮することないにゃ。人の世のルールってやつを優先してやるにゃ。幸いこの歪は少し放置しても世界にさほど影響はないにゃ。マリーしぬけど」
「マジで悪かった。心から謝罪するから許してくれ。お願いだ、歪とやらをなんとかしてくれ。それでマリーは助かるんだろう?」
マリーは俺にとって大切な人なんだ。
やっと結ばれた最愛の女性なんだ。
もう、二度と失いたくはない。
……?
一瞬、なにかの違和感が頭をかすめたが正体はわからなかった。
「マリーしぬにゃ。マリーしぬにゃ」
「悪魔か貴様は!?」
とことん追い詰めていくスタイルかこの畜生め!
そう思って猫妖精を睨みつけたが、ニャンコは俺のほうを向いていなかった。
短剣をみている。
その短剣がモトなのか?
どこにでもあるような護身用の短剣だ。
柄の先端はピンクゴールドで、花の模様がきらめいていた。
装飾物は少ないが細工が巧でマリーをイメージして作られたオーダーメイドのように思う。
その短剣が、淡く点滅していた。
猫妖精に反発するように。
マリーが死ぬという言葉に反発するように。
「この花なんにゃ?」
「自信はないが……パンジーか?」
「アホメロン井戸にかえれにゃ」
「ひどくないか!?」
浮いている短剣の上に、手のひらサイズの板のようなものが現れた。
どういう原理かわからないがソレで花を解析しているらしい。
「にゃ。短剣はヒットしなかったけど花はわかったにゃ」
「意味あるのか? それ」
「井戸に沈められたくなかったら少し黙るにゃ」
「…………」
「身につけるものに施す装飾はたいてい意味を持たせるのが普通にゃ。稀だけど意味に力が宿った物が宝剣になるにゃ。だからこの花は重要なのにゃ。ただちょっとこの花選びは正直びみょうなのにゃぁ……」
「不吉な花なのか? 庭園でよく見かける花だが」
「…………絶望。別れの悲しみ」
「マリーは花言葉に疎かったのかもしれないな。いや、敵対するものに絶望を与える宝剣とかどうだろうか」
痛い子をみるような目で見られた。
「いい意味だと友情、信頼、変わらぬ愛っていうのがあるにゃ」
「なぁ、その短剣が歪のモトなんだろう? 壊して終わりにはならないのか?」
その時、短剣からとんでもない魔力が膨れ上がった。
「壊すなんていうからにゃぁ」
「俺のせいか!? 悠長だな!? マズイんじゃないか!? 爆発するんじゃ――」
まぶしい。
青空に輝く太陽、のどかに流れる雲。
俺は自分自身になにが起こったのかわからなかった。
目の前に広がるのは制服姿の学生の波。
十年以上昔にみた光景が、目の前に広がっていた。
俺は夢をみているのか?
ドンっと鈍い衝撃が背中にやってくる。
「おっと……」
鈍い衝撃……?
やけにリアルな感覚。
これ、夢じゃないわ。どういうことだ。
「あ、ああああっ、あのあの、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
よくわからんが、パニックを起こしている声の主がマリーだということはわかる。
落ち着け、マリー。そう言おうとしたところで俺の横にいた人物が動いた。
「ふふ……」
鈴を転がすような透き通った穏やかな声。
微笑ましいものをみるように、マリーの手を引いたのはクラインドール元公爵令嬢だった。
「だいじょうぶ?」
「だ、だいじょうぶです……!」
――なんだ、これは。
俺はなにをみているんだ?
『時空を超えたにゃ』
脳内であの猫妖精の声がした。
『あの宝剣はあちし達になにかさせたいのにゃ。過去のここがそのスタート地点なんだにゃ』
待て! 過去とはいうが俺はこの過去を知らんぞ!?
これによく似たシチュエーションは確かにあったように思う。
マリーが学園に入学した当日だ。
彼女は俺にぶつかって、今のように謝りまくっていた。
この時クラインドール元公爵令嬢は汚いものを見るような冷たい目で俺を背にし、彼女と対峙していたはずだ。
そしてたしか、そうだ……
『なんて無礼なのかしら。王太子殿下であるアルフレッド様にぶつかっておいてただで済むと思ってませんわよね? 這いつくばって土下座なさい』
――そんなような感じのことをクラインドール元公爵令嬢は言っていたはずだ。
いつもの彼女らしくなくて驚愕したのだ。よく覚えている。
また、だ。
違和感が脳裏をかすめる。
……そうだ。
クラインドール……アンジェリカはおかしかった。
普段の彼女はあんなこと言わない人だった。
弱い立場の者をみれば手を差し伸べる心優しい、穏やかな人だった。
「ほんとうにごめんなさい!」
「そんな、謝らなくてもいいのよ?」
ああ……
こんなふうに優しく許すのが俺のよく知るアンジェリカ・クラインドールだ。
……って、謝らなくてもいいってどういうことだ俺の婚約者よ。
「……おいアンジェリカ。ぶつかったのは俺なんだが?」
金色のふんわりとした縦ロールを揺らしながら、彼女が振り向いて笑う。
「あら。あなたは頑丈なんだから、むしろ心配なのは彼女のほうでしょう?」
アンジェリカの顔からは侮蔑も怒りもなくて、どこまでもマリーに好意的な気持ちがあふれ出ていた。
俺の知る記憶とは真逆の光景。
だが、俺が知る彼女はこれなのだ思う気持ち。
一体、なにが正しいのか。
「マリーとよんでもよろしくて? わたくしのことはアンジェリカとよんでくださってかまわないわ。仲良くいたしましょう?」
「は、はいぃ! アンジェリカ様!」
「ふふ……アンジェリカでいいわ。わたくしも貴女のことをマリーとよびますし」
「で、でもでも私、爵位が男爵でっ…平民あがりでっ…!」
「わたしなんかが、なんて言わないでくださいましね? わたくしもマリーも、アルフレッドもここでは同じ生徒ですの。そういうふうに過ごしたいと思っているのですから、誰にも文句は言わせませんわ?」
「アンジェリカ様…!」
「マリー? アンジェリカ、よ? ふふ、真っ赤になって可愛いですわ」
「あうぅ…」
目の前で繰り広げられる百合百合しい光景に、少し頭が痛くなってきた。
アンジェリカはいつもこうだ。
目下の者や懐に入れたものをとことん可愛がる。
可愛がられた令嬢はアンジェリカを崇拝する。マリーもすでにその傾向が見えていた。
はぁ……。
「……オイお前ら……そろそろ行かないと遅刻するんだが?」
『あとで作戦会議にゃ』
それはもちろんだが、お前どこにいるんだ?
「みゃーん」
近くの木の上から子猫の声が聞こえた気がした。
「そうは言ってない」
「マリッジブルー拗らせたアホメロンにゃ」
「アホメロンはやめろ!」
「国王の仕事が忙しくイチャイチャできにゃい?」
「家族とのだんらん時間すらとれないとは言ったが、イチャイチャしたいとは言ってない」
「したくないにゃ?」
「したいかしたくないかと言われればしたいに決まっているが」
「すればいいにゃ! 忙しくて時間がないは思い違いにゃ。ただたんに腐れメロンがだんらんの時間を作ってないだけにゃ。公務は一時間でも遅れれば死ぬにゃ? 国滅びるにゃ? 現に今あちしと話してる時間があるにゃ。お前にやる気ないだけにゃ。家族突然死したとき、一緒にいる時間作ればよかったと後悔するまえに悔い改めるにゃ」
「お、おう……」
「つぎの悩みを言うにゃ!」
改めて、俺は歪対策という名目でお悩み相談を受けている。
この猫妖精がいうような歪とやらが、自分の国もとい身近にあるというのが実感わかないが……
「……あとは……そうだな」
ちらりと柱時計に目をやれば三時を回ったところだった。
「明日でよくないか?」
「いいけど仕事はキャンセルするにゃ」
「それは無理な話だ。明日中に決定させなければならない案件がいくつもある」
「歪優先にゃ。できないにゃら城もろとも案件ぶっ潰すにゃ」
「……横暴すぎるだろう、夜には時間をつくるから勘弁してくれ……人の世には人のルールがあるんだ。ないがしろにしては人の世が乱れる」
「お前は世界が大穴に飲み込まれるかもしれない未曽有の災禍を前にしても仕事を優先するアホにゃ?」
「大げさすぎないか…?」
猫妖精はわかりやすくため息をついて、もういいにゃ。と言った。
今までなんともなかったのに、いきなり未曽有の災禍と言われてもピンとこないのは当たり前だと思うのだが。
聞いた話だと、歪はあちこちにあるそうじゃないか。
今現在、放置されている歪がいくつもあるということだろう?
それでも世界は何事もなく回っているのだから、少しくらい待てるはずだ。
国王としての仕事も大切で疎かにできるものではないのだから。
ジト目の子猫を肩において俺は寝室へと向かう。
余談だが、猫なんだからどこでも寝れるだろうと執務室に放置しようとしたら、猫キックを食らった。
「ここは窓が少なくて息苦しいにゃ」
「普段は森とかにいるんじゃないのか?」
「いろんなとこにいるにゃ」
山も谷もない会話をしているうちに辿り着いた寝室。
やはり灯りがついていた。
俺は上着を近くのソファにかけて、天蓋ベッドに近づく。
そこに眠る最愛の人の顔をみやる。
「……なんか、苦しそうにゃ」
猫妖精の言葉に苦々しい気持ちが広がっていく。
ふわふわなピンクゴールドの髪は汗に濡れて首に張り付いている。普段なら色っぽいなと思ったかもしれないが彼女の表情は苦悶に満ちていた。
また、悪夢にうなされているのだ。
枕元には一冊の本が開きっぱなしになっていた。
ひと昔前に流行った平民と王子の恋物語か……
彼女はギリギリまで読書をしながら俺を待っていたのだろう。
「最近は情緒不安定になることが多くてな……俺がもっと時間をとってやれれば……」
俺の最愛の人、マリー。
元男爵令嬢の彼女が今の地位につくまで努力した時間は計り知れない。王妃になった今でもそれは続いているように思う。
この間、とある公爵夫人からのリークで不正の証拠を入手してきた。
俺にとっては十分できた王妃だと思っているのだが、彼女の中にはコレといった王妃像があって、自分ではまだまだそこに至れていないのだと笑っていたのはいつだったか。
「……くるにゃ」
俺は猫妖精の言葉を聞き逃していた。
マリーが突然、予備動作もなく起き上がったのだ。
ほっとしたのもつかの間、違和感が襲う。
彼女の表情がごっそりと抜け落ちている。
寝ぼけているのか?
俺と目が合わない。
「マリー…?」
灯っていた魔法灯が、ふっと消えて薄闇が広がる。
カーテンが夜風に揺れた。
今までこんなことはなかった。
俺はドクドクと脈打つ鼓動を感じながら、魔法灯をつけなおした。
再び部屋に淡い光が満ちた時、マリーは短剣を首筋にあてていた。
「ッ――!? マリー!!」
秒でそれを弾き、彼女の首筋を確認する。
大丈夫だ、切れていない。
だが、傷一つなかった白い首筋をみても安心することはできなかった。
床に落ちた時に聞こえたカシャンという金属音が、生々しい現実を突きつけているようで吐き気がした。
「……アンジー」
「……マリー? 起きたのか? マリー」
「寝言にゃ」
そういえば猫妖精いたな、と見やれば短剣を目の前に浮かせて凝視していた。
先ほどマリーが持っていたものだ。
寝室に刃物を持ち込むなんて、マリーらしくない。
一体なにが起こっている?
――歪。
まさか。
猫妖精の、金色の目がまっすぐに俺を見据えている。
それが当たりだというように。
「腐れメロン。お前の嫁しぬけどあちしは理解ある猫妖精だからお前の希望どおり夜まで待ってやるにゃ。嫁しぬけど」
「……いや、仕事は全部キャンセルだ」
「遠慮することないにゃ。人の世のルールってやつを優先してやるにゃ。幸いこの歪は少し放置しても世界にさほど影響はないにゃ。マリーしぬけど」
「マジで悪かった。心から謝罪するから許してくれ。お願いだ、歪とやらをなんとかしてくれ。それでマリーは助かるんだろう?」
マリーは俺にとって大切な人なんだ。
やっと結ばれた最愛の女性なんだ。
もう、二度と失いたくはない。
……?
一瞬、なにかの違和感が頭をかすめたが正体はわからなかった。
「マリーしぬにゃ。マリーしぬにゃ」
「悪魔か貴様は!?」
とことん追い詰めていくスタイルかこの畜生め!
そう思って猫妖精を睨みつけたが、ニャンコは俺のほうを向いていなかった。
短剣をみている。
その短剣がモトなのか?
どこにでもあるような護身用の短剣だ。
柄の先端はピンクゴールドで、花の模様がきらめいていた。
装飾物は少ないが細工が巧でマリーをイメージして作られたオーダーメイドのように思う。
その短剣が、淡く点滅していた。
猫妖精に反発するように。
マリーが死ぬという言葉に反発するように。
「この花なんにゃ?」
「自信はないが……パンジーか?」
「アホメロン井戸にかえれにゃ」
「ひどくないか!?」
浮いている短剣の上に、手のひらサイズの板のようなものが現れた。
どういう原理かわからないがソレで花を解析しているらしい。
「にゃ。短剣はヒットしなかったけど花はわかったにゃ」
「意味あるのか? それ」
「井戸に沈められたくなかったら少し黙るにゃ」
「…………」
「身につけるものに施す装飾はたいてい意味を持たせるのが普通にゃ。稀だけど意味に力が宿った物が宝剣になるにゃ。だからこの花は重要なのにゃ。ただちょっとこの花選びは正直びみょうなのにゃぁ……」
「不吉な花なのか? 庭園でよく見かける花だが」
「…………絶望。別れの悲しみ」
「マリーは花言葉に疎かったのかもしれないな。いや、敵対するものに絶望を与える宝剣とかどうだろうか」
痛い子をみるような目で見られた。
「いい意味だと友情、信頼、変わらぬ愛っていうのがあるにゃ」
「なぁ、その短剣が歪のモトなんだろう? 壊して終わりにはならないのか?」
その時、短剣からとんでもない魔力が膨れ上がった。
「壊すなんていうからにゃぁ」
「俺のせいか!? 悠長だな!? マズイんじゃないか!? 爆発するんじゃ――」
まぶしい。
青空に輝く太陽、のどかに流れる雲。
俺は自分自身になにが起こったのかわからなかった。
目の前に広がるのは制服姿の学生の波。
十年以上昔にみた光景が、目の前に広がっていた。
俺は夢をみているのか?
ドンっと鈍い衝撃が背中にやってくる。
「おっと……」
鈍い衝撃……?
やけにリアルな感覚。
これ、夢じゃないわ。どういうことだ。
「あ、ああああっ、あのあの、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
よくわからんが、パニックを起こしている声の主がマリーだということはわかる。
落ち着け、マリー。そう言おうとしたところで俺の横にいた人物が動いた。
「ふふ……」
鈴を転がすような透き通った穏やかな声。
微笑ましいものをみるように、マリーの手を引いたのはクラインドール元公爵令嬢だった。
「だいじょうぶ?」
「だ、だいじょうぶです……!」
――なんだ、これは。
俺はなにをみているんだ?
『時空を超えたにゃ』
脳内であの猫妖精の声がした。
『あの宝剣はあちし達になにかさせたいのにゃ。過去のここがそのスタート地点なんだにゃ』
待て! 過去とはいうが俺はこの過去を知らんぞ!?
これによく似たシチュエーションは確かにあったように思う。
マリーが学園に入学した当日だ。
彼女は俺にぶつかって、今のように謝りまくっていた。
この時クラインドール元公爵令嬢は汚いものを見るような冷たい目で俺を背にし、彼女と対峙していたはずだ。
そしてたしか、そうだ……
『なんて無礼なのかしら。王太子殿下であるアルフレッド様にぶつかっておいてただで済むと思ってませんわよね? 這いつくばって土下座なさい』
――そんなような感じのことをクラインドール元公爵令嬢は言っていたはずだ。
いつもの彼女らしくなくて驚愕したのだ。よく覚えている。
また、だ。
違和感が脳裏をかすめる。
……そうだ。
クラインドール……アンジェリカはおかしかった。
普段の彼女はあんなこと言わない人だった。
弱い立場の者をみれば手を差し伸べる心優しい、穏やかな人だった。
「ほんとうにごめんなさい!」
「そんな、謝らなくてもいいのよ?」
ああ……
こんなふうに優しく許すのが俺のよく知るアンジェリカ・クラインドールだ。
……って、謝らなくてもいいってどういうことだ俺の婚約者よ。
「……おいアンジェリカ。ぶつかったのは俺なんだが?」
金色のふんわりとした縦ロールを揺らしながら、彼女が振り向いて笑う。
「あら。あなたは頑丈なんだから、むしろ心配なのは彼女のほうでしょう?」
アンジェリカの顔からは侮蔑も怒りもなくて、どこまでもマリーに好意的な気持ちがあふれ出ていた。
俺の知る記憶とは真逆の光景。
だが、俺が知る彼女はこれなのだ思う気持ち。
一体、なにが正しいのか。
「マリーとよんでもよろしくて? わたくしのことはアンジェリカとよんでくださってかまわないわ。仲良くいたしましょう?」
「は、はいぃ! アンジェリカ様!」
「ふふ……アンジェリカでいいわ。わたくしも貴女のことをマリーとよびますし」
「で、でもでも私、爵位が男爵でっ…平民あがりでっ…!」
「わたしなんかが、なんて言わないでくださいましね? わたくしもマリーも、アルフレッドもここでは同じ生徒ですの。そういうふうに過ごしたいと思っているのですから、誰にも文句は言わせませんわ?」
「アンジェリカ様…!」
「マリー? アンジェリカ、よ? ふふ、真っ赤になって可愛いですわ」
「あうぅ…」
目の前で繰り広げられる百合百合しい光景に、少し頭が痛くなってきた。
アンジェリカはいつもこうだ。
目下の者や懐に入れたものをとことん可愛がる。
可愛がられた令嬢はアンジェリカを崇拝する。マリーもすでにその傾向が見えていた。
はぁ……。
「……オイお前ら……そろそろ行かないと遅刻するんだが?」
『あとで作戦会議にゃ』
それはもちろんだが、お前どこにいるんだ?
「みゃーん」
近くの木の上から子猫の声が聞こえた気がした。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる