7 / 7
第7章:愛と髪のない未来へ
しおりを挟む
冬の朝は冷たい。
だけど、薫にとってこの季節は心地よかった。朝、地肌に感じる冷気が心をキリッと引き締め、剃りたての頭皮がより一層冴えわたる。
「寒くない?」
彼がブランケットを肩にかけてくれながら、剃毛用クリームを両手で温める。
「ううん、大丈夫。むしろ、気持ちいいくらい」
彼の手が薫の頭を包み込み、円を描くように優しく塗り込めていく。
「本当に……毎日でも飽きないな、この地肌」
「ふふ……それ、告白のつもり?」
「うん。だってさ、俺……この頭に、プロポーズしたいくらい好きなんだよ」
薫は思わず吹き出してしまった。
「なにそれ。頭にプロポーズって……私の存在、頭だけじゃないんだけど」
「いや、もちろん全部含めて!でも……この姿の薫さんをずっと見ていたいんだよ」
それは冗談のようでいて、どこか本気の響きを含んでいた。
剃毛が終わった後、ふたりはコーヒーを飲みながら、静かに将来の話をした。
⸻
「ねえ、もし結婚したら、どんな生活になるんだろうね」
「朝は俺が剃って、夜は一緒にお風呂入って、また剃って……で、休日はふたりで美容室の視察ツアー」
「髪の毛がないのに?」
「あるじゃん、俺には」
「……そうだった!」
ふたりで大笑いしながらも、薫はふと真顔になった。
「ねえ、本当に……私、こんな姿のまま、あなたの“奥さん”になってもいいの?」
「……むしろ、スキンヘッドの薫さんじゃなきゃ、イヤだ」
「……ずるいこと言うなぁ。そんなの聞いたら、断れなくなる」
「じゃあ、結婚しよう」
彼は不意に、テーブルの下から箱を差し出した。
「えっ……」
中に入っていたのは、シンプルな銀の指輪だった。宝石も飾りもない。でも、どこか“潔さ”があって、まるで今の薫そのもののようだった。
「……うん、わかった。私でよければ」
ふたりの指に、それぞれの決意が重なった瞬間だった。
⸻
結婚式は挙げなかった。だが、両家の顔合わせは避けられない。
「えっと……今日は、娘がちょっと変わった姿で来るかもしれませんが……どうか驚かないでください」
薫の母は、彼の両親に事前に伝えてくれていた。
当日、帽子を脱いだ薫の姿を見ても、彼の母はしばらく沈黙した後、こう言った。
「……最初はびっくりしたけど、きれいね。あなたが自分で選んだって聞いて、少し安心したわ」
「ありがとうございます」
薫は心からの笑顔で頭を下げた。
彼の父もまた、娘を見るような目でぽつりとつぶやいた。
「幸せにしなさいよ、うちの息子を」
「……はい。必ず」
⸻
婚姻届を提出した日も、剃毛から始まった。
「ねえ、結婚記念の剃毛って、すごい響きじゃない?」
「でも……毎日が記念日みたいなもんだし」
「……ほんと、それな」
その夜、ふたりは互いの頭を撫で合いながら眠りについた。
⸻
やがて、薫はカフェ店員としての仕事を卒業し、地元でフリーランスのライフスタイリストとして活動を始めた。テーマは「自分らしい髪型を選ぶこと」。
相談に訪れる女性たちに、薫は帽子を取って見せる。
「私が証明です。髪がなくたって、こんなに笑えるんです」
初めは驚いていた女性たちも、次第に自分の髪型やスタイルと向き合い始めていった。
そして、いつしか——
「スキンヘッドの薫さん」 という存在が、小さな町でひとつの象徴になっていった。
⸻
ある日、薫は彼にこう尋ねた。
「ねえ……私、髪がないまま、おばあちゃんになっても……あなた、好きでいてくれる?」
彼は笑いながら、剃毛用のクリームを手に取り、彼女の額にそっと触れた。
「当たり前でしょ。ツルツルおばあちゃん、大歓迎」
「……じゃあ、約束ね。一生、剃ってもらうから」
「うん。ずっと、俺の手で」
薫は静かに目を閉じ、彼の手にすべてを預けた。
それは、髪のない未来――
でも、深くあたたかい愛に包まれた、唯一の未来だった。
⸻
―完―
だけど、薫にとってこの季節は心地よかった。朝、地肌に感じる冷気が心をキリッと引き締め、剃りたての頭皮がより一層冴えわたる。
「寒くない?」
彼がブランケットを肩にかけてくれながら、剃毛用クリームを両手で温める。
「ううん、大丈夫。むしろ、気持ちいいくらい」
彼の手が薫の頭を包み込み、円を描くように優しく塗り込めていく。
「本当に……毎日でも飽きないな、この地肌」
「ふふ……それ、告白のつもり?」
「うん。だってさ、俺……この頭に、プロポーズしたいくらい好きなんだよ」
薫は思わず吹き出してしまった。
「なにそれ。頭にプロポーズって……私の存在、頭だけじゃないんだけど」
「いや、もちろん全部含めて!でも……この姿の薫さんをずっと見ていたいんだよ」
それは冗談のようでいて、どこか本気の響きを含んでいた。
剃毛が終わった後、ふたりはコーヒーを飲みながら、静かに将来の話をした。
⸻
「ねえ、もし結婚したら、どんな生活になるんだろうね」
「朝は俺が剃って、夜は一緒にお風呂入って、また剃って……で、休日はふたりで美容室の視察ツアー」
「髪の毛がないのに?」
「あるじゃん、俺には」
「……そうだった!」
ふたりで大笑いしながらも、薫はふと真顔になった。
「ねえ、本当に……私、こんな姿のまま、あなたの“奥さん”になってもいいの?」
「……むしろ、スキンヘッドの薫さんじゃなきゃ、イヤだ」
「……ずるいこと言うなぁ。そんなの聞いたら、断れなくなる」
「じゃあ、結婚しよう」
彼は不意に、テーブルの下から箱を差し出した。
「えっ……」
中に入っていたのは、シンプルな銀の指輪だった。宝石も飾りもない。でも、どこか“潔さ”があって、まるで今の薫そのもののようだった。
「……うん、わかった。私でよければ」
ふたりの指に、それぞれの決意が重なった瞬間だった。
⸻
結婚式は挙げなかった。だが、両家の顔合わせは避けられない。
「えっと……今日は、娘がちょっと変わった姿で来るかもしれませんが……どうか驚かないでください」
薫の母は、彼の両親に事前に伝えてくれていた。
当日、帽子を脱いだ薫の姿を見ても、彼の母はしばらく沈黙した後、こう言った。
「……最初はびっくりしたけど、きれいね。あなたが自分で選んだって聞いて、少し安心したわ」
「ありがとうございます」
薫は心からの笑顔で頭を下げた。
彼の父もまた、娘を見るような目でぽつりとつぶやいた。
「幸せにしなさいよ、うちの息子を」
「……はい。必ず」
⸻
婚姻届を提出した日も、剃毛から始まった。
「ねえ、結婚記念の剃毛って、すごい響きじゃない?」
「でも……毎日が記念日みたいなもんだし」
「……ほんと、それな」
その夜、ふたりは互いの頭を撫で合いながら眠りについた。
⸻
やがて、薫はカフェ店員としての仕事を卒業し、地元でフリーランスのライフスタイリストとして活動を始めた。テーマは「自分らしい髪型を選ぶこと」。
相談に訪れる女性たちに、薫は帽子を取って見せる。
「私が証明です。髪がなくたって、こんなに笑えるんです」
初めは驚いていた女性たちも、次第に自分の髪型やスタイルと向き合い始めていった。
そして、いつしか——
「スキンヘッドの薫さん」 という存在が、小さな町でひとつの象徴になっていった。
⸻
ある日、薫は彼にこう尋ねた。
「ねえ……私、髪がないまま、おばあちゃんになっても……あなた、好きでいてくれる?」
彼は笑いながら、剃毛用のクリームを手に取り、彼女の額にそっと触れた。
「当たり前でしょ。ツルツルおばあちゃん、大歓迎」
「……じゃあ、約束ね。一生、剃ってもらうから」
「うん。ずっと、俺の手で」
薫は静かに目を閉じ、彼の手にすべてを預けた。
それは、髪のない未来――
でも、深くあたたかい愛に包まれた、唯一の未来だった。
⸻
―完―
21
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
離れて後悔するのは、あなたの方
翠月 瑠々奈
恋愛
順風満帆だったはずの凛子の人生。それがいつしか狂い始める──緩やかに、転がるように。
岡本財閥が経営する会社グループのひとつに、 医療に長けた会社があった。その中の遺伝子調査部門でコウノトリプロジェクトが始まる。
財閥の跡取り息子である岡本省吾は、いち早くそのプロジェクトを利用し、もっとも遺伝的に相性の良いとされた日和凛子を妻とした。
だが、その結婚は彼女にとって良い選択ではなかった。
結婚してから粗雑な扱いを受ける凛子。夫の省吾に見え隠れする女の気配……相手が分かっていながら、我慢する日々。
しかしそれは、一つの計画の為だった。
そう。彼女が残した最後の贈り物(プレゼント)、それを知った省吾の後悔とは──とあるプロジェクトに翻弄された人々のストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる