刈り上げの先に、あなたがいた。

S.H.L

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第7章:愛と髪のない未来へ

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冬の朝は冷たい。

だけど、薫にとってこの季節は心地よかった。朝、地肌に感じる冷気が心をキリッと引き締め、剃りたての頭皮がより一層冴えわたる。

「寒くない?」

彼がブランケットを肩にかけてくれながら、剃毛用クリームを両手で温める。

「ううん、大丈夫。むしろ、気持ちいいくらい」

彼の手が薫の頭を包み込み、円を描くように優しく塗り込めていく。

「本当に……毎日でも飽きないな、この地肌」

「ふふ……それ、告白のつもり?」

「うん。だってさ、俺……この頭に、プロポーズしたいくらい好きなんだよ」

薫は思わず吹き出してしまった。

「なにそれ。頭にプロポーズって……私の存在、頭だけじゃないんだけど」

「いや、もちろん全部含めて!でも……この姿の薫さんをずっと見ていたいんだよ」

それは冗談のようでいて、どこか本気の響きを含んでいた。

剃毛が終わった後、ふたりはコーヒーを飲みながら、静かに将来の話をした。



「ねえ、もし結婚したら、どんな生活になるんだろうね」

「朝は俺が剃って、夜は一緒にお風呂入って、また剃って……で、休日はふたりで美容室の視察ツアー」

「髪の毛がないのに?」

「あるじゃん、俺には」

「……そうだった!」

ふたりで大笑いしながらも、薫はふと真顔になった。

「ねえ、本当に……私、こんな姿のまま、あなたの“奥さん”になってもいいの?」

「……むしろ、スキンヘッドの薫さんじゃなきゃ、イヤだ」

「……ずるいこと言うなぁ。そんなの聞いたら、断れなくなる」

「じゃあ、結婚しよう」

彼は不意に、テーブルの下から箱を差し出した。

「えっ……」

中に入っていたのは、シンプルな銀の指輪だった。宝石も飾りもない。でも、どこか“潔さ”があって、まるで今の薫そのもののようだった。

「……うん、わかった。私でよければ」

ふたりの指に、それぞれの決意が重なった瞬間だった。



結婚式は挙げなかった。だが、両家の顔合わせは避けられない。

「えっと……今日は、娘がちょっと変わった姿で来るかもしれませんが……どうか驚かないでください」

薫の母は、彼の両親に事前に伝えてくれていた。
当日、帽子を脱いだ薫の姿を見ても、彼の母はしばらく沈黙した後、こう言った。

「……最初はびっくりしたけど、きれいね。あなたが自分で選んだって聞いて、少し安心したわ」

「ありがとうございます」

薫は心からの笑顔で頭を下げた。

彼の父もまた、娘を見るような目でぽつりとつぶやいた。

「幸せにしなさいよ、うちの息子を」

「……はい。必ず」



婚姻届を提出した日も、剃毛から始まった。

「ねえ、結婚記念の剃毛って、すごい響きじゃない?」

「でも……毎日が記念日みたいなもんだし」

「……ほんと、それな」

その夜、ふたりは互いの頭を撫で合いながら眠りについた。



やがて、薫はカフェ店員としての仕事を卒業し、地元でフリーランスのライフスタイリストとして活動を始めた。テーマは「自分らしい髪型を選ぶこと」。

相談に訪れる女性たちに、薫は帽子を取って見せる。

「私が証明です。髪がなくたって、こんなに笑えるんです」

初めは驚いていた女性たちも、次第に自分の髪型やスタイルと向き合い始めていった。

そして、いつしか——
「スキンヘッドの薫さん」 という存在が、小さな町でひとつの象徴になっていった。



ある日、薫は彼にこう尋ねた。

「ねえ……私、髪がないまま、おばあちゃんになっても……あなた、好きでいてくれる?」

彼は笑いながら、剃毛用のクリームを手に取り、彼女の額にそっと触れた。

「当たり前でしょ。ツルツルおばあちゃん、大歓迎」

「……じゃあ、約束ね。一生、剃ってもらうから」

「うん。ずっと、俺の手で」

薫は静かに目を閉じ、彼の手にすべてを預けた。

それは、髪のない未来――
でも、深くあたたかい愛に包まれた、唯一の未来だった。



―完―
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