6 / 7
第6章:剃るという愛のかたち
しおりを挟む
それは、静かな朝から始まった。
「……じゃあ、今日からここが“ふたりの家”だね」
薫が荷物を整理し終え、畳んだタオルをソファに置きながらふとつぶやいた。
彼は台所でコーヒーを淹れながら、振り向いて微笑む。
「うん。これからは、毎朝も毎晩も、ずっと一緒」
「ねえ……ここに来て最初にすること、わかってる?」
「……もちろん」
彼は剃毛用のクリームとシェーバーを洗面所に持っていき、風呂場にタオルを敷いた。
薫は慣れた手つきで服を脱ぎ、バスタオルを巻いて椅子に座る。
「やっぱり……落ち着く、この瞬間」
「俺も。ここから一日が始まる感じがする」
彼はクリームを手に取り、ゆっくりと薫の頭皮へと伸ばしていく。ぬるっとした感触が肌を包み、指がマッサージのように動く。
薫は目を閉じて、彼の手の温度に身を委ねた。
「もう、自分で剃る気しないよ……全部、あなたに任せたい」
「うれしいな……俺、薫さんの地肌の形、覚えちゃったくらい、好きだから」
シェーバーのスイッチが入り、うなる音が静かに風呂場に響く。
「ぶぃぃぃぃん……」
刃がクリームごと微かな産毛をなぞり取っていく。その滑らかな音と、刃が皮膚の上をすべる微細な感覚は、もうふたりにとって愛撫のようなものだった。
「後ろ、少しザラついてるね。昨日の夜剃ってなかった?」
「うん……ちょっと疲れてて。でも、今日はリフレッシュしたいから、お願い」
「任せて」
耳の裏、首筋のライン。細かい部分まで丁寧に剃り落とし、やがて眉毛へと刃先が向けられる。
「……ね、眉も薄くなってきたけど、やっぱり毎日剃る?」
「うん。生えると、落ち着かないから」
「じゃあ……そのまま、今日もきれいにしておこう」
鼻筋にかかる産毛も一緒に剃り落とし、薫の顔は再び“完成された無”となった。
タオルで泡を拭き取りながら、彼は小さく呟いた。
「……ほんとに綺麗だ。まるで……彫刻みたい」
「やめてよ、恥ずかしいってば」
「だって……この姿、俺だけのものって思うと、たまらないんだよ」
「うん……私も、この頭を見せられるのは、あなただけだよ」
ふたりは目を合わせ、小さく口づけを交わした。
⸻
新しい生活は、思っていた以上に穏やかだった。
朝は剃毛、昼は別々の仕事や授業、夜は一緒にご飯を食べて、お風呂でまたスキンヘッドを保つ時間。薫は職場では帽子を被り、必要以上の詮索を避けながら、淡々と日常を送った。
時にはふたりで美容室へ行き、他の客のイメチェンに反応したり、SNSで髪型フェチのアカウントを見て一緒に盛り上がったりもした。
「ねえ、見てこれ。この子もスキンヘッド女子だよ」
「へえ……なんか、増えてきてる気がするよね。私たちだけじゃないんだなって」
「でもやっぱり、薫さんが一番だよ」
「はいはい、またうまいこと言って……でも、ありがとう」
夜、寝る前にお互いの地肌を撫で合う時間が、いつしか“愛してる”と伝え合う代わりの儀式のようになっていた。
⸻
だが、ある日——
職場での研修中、店長から突然声をかけられた。
「薫さん……最近、帽子ずっと被ってるよね。ちょっと、一度外してくれない?」
(来た……)
「……はい」
帽子を取った瞬間、会議室はざわついた。
店長も、美帆も、他の店舗のスタッフたちも、薫の頭に一瞬、言葉を失った。
けれど、薫は逃げなかった。深くお辞儀し、ゆっくりと顔を上げて言った。
「これは、私のスタイルです。自分で決めて、毎日手入れしています。見た目でご迷惑をおかけしているなら、申し訳ありません。でも、私にとっては……これが“自分らしさ”なんです」
沈黙のあと——店長が口を開いた。
「……よし。接客に支障がないなら、何も言わない。お客様の評判もいいし、あなたはいつも通り、頑張ってくれたらそれでいいよ」
涙が出そうになった。
「……ありがとうございます」
美帆が、横でそっと手を握ってくれた。
「かっこよかったよ、薫。ほんとに」
⸻
その日の夜。
薫は彼の胸に顔をうずめながら、ぽつりと言った。
「今日ね……ちゃんと、頭を見せて、説明したの」
「……ほんと?」
「うん。そしたら、誰も何も言わなかった。むしろ、受け入れてくれた。……私、これからもこの頭で、生きていくって決めた」
彼は薫を強く抱きしめた。
「ずっと、剃ってあげるよ。俺が、薫さんを一番綺麗にする」
「……うん。お願いね」
スキンヘッドであること、それはもう単なる髪型ではなかった。
それは、彼と薫の“愛の形”だった。
「……じゃあ、今日からここが“ふたりの家”だね」
薫が荷物を整理し終え、畳んだタオルをソファに置きながらふとつぶやいた。
彼は台所でコーヒーを淹れながら、振り向いて微笑む。
「うん。これからは、毎朝も毎晩も、ずっと一緒」
「ねえ……ここに来て最初にすること、わかってる?」
「……もちろん」
彼は剃毛用のクリームとシェーバーを洗面所に持っていき、風呂場にタオルを敷いた。
薫は慣れた手つきで服を脱ぎ、バスタオルを巻いて椅子に座る。
「やっぱり……落ち着く、この瞬間」
「俺も。ここから一日が始まる感じがする」
彼はクリームを手に取り、ゆっくりと薫の頭皮へと伸ばしていく。ぬるっとした感触が肌を包み、指がマッサージのように動く。
薫は目を閉じて、彼の手の温度に身を委ねた。
「もう、自分で剃る気しないよ……全部、あなたに任せたい」
「うれしいな……俺、薫さんの地肌の形、覚えちゃったくらい、好きだから」
シェーバーのスイッチが入り、うなる音が静かに風呂場に響く。
「ぶぃぃぃぃん……」
刃がクリームごと微かな産毛をなぞり取っていく。その滑らかな音と、刃が皮膚の上をすべる微細な感覚は、もうふたりにとって愛撫のようなものだった。
「後ろ、少しザラついてるね。昨日の夜剃ってなかった?」
「うん……ちょっと疲れてて。でも、今日はリフレッシュしたいから、お願い」
「任せて」
耳の裏、首筋のライン。細かい部分まで丁寧に剃り落とし、やがて眉毛へと刃先が向けられる。
「……ね、眉も薄くなってきたけど、やっぱり毎日剃る?」
「うん。生えると、落ち着かないから」
「じゃあ……そのまま、今日もきれいにしておこう」
鼻筋にかかる産毛も一緒に剃り落とし、薫の顔は再び“完成された無”となった。
タオルで泡を拭き取りながら、彼は小さく呟いた。
「……ほんとに綺麗だ。まるで……彫刻みたい」
「やめてよ、恥ずかしいってば」
「だって……この姿、俺だけのものって思うと、たまらないんだよ」
「うん……私も、この頭を見せられるのは、あなただけだよ」
ふたりは目を合わせ、小さく口づけを交わした。
⸻
新しい生活は、思っていた以上に穏やかだった。
朝は剃毛、昼は別々の仕事や授業、夜は一緒にご飯を食べて、お風呂でまたスキンヘッドを保つ時間。薫は職場では帽子を被り、必要以上の詮索を避けながら、淡々と日常を送った。
時にはふたりで美容室へ行き、他の客のイメチェンに反応したり、SNSで髪型フェチのアカウントを見て一緒に盛り上がったりもした。
「ねえ、見てこれ。この子もスキンヘッド女子だよ」
「へえ……なんか、増えてきてる気がするよね。私たちだけじゃないんだなって」
「でもやっぱり、薫さんが一番だよ」
「はいはい、またうまいこと言って……でも、ありがとう」
夜、寝る前にお互いの地肌を撫で合う時間が、いつしか“愛してる”と伝え合う代わりの儀式のようになっていた。
⸻
だが、ある日——
職場での研修中、店長から突然声をかけられた。
「薫さん……最近、帽子ずっと被ってるよね。ちょっと、一度外してくれない?」
(来た……)
「……はい」
帽子を取った瞬間、会議室はざわついた。
店長も、美帆も、他の店舗のスタッフたちも、薫の頭に一瞬、言葉を失った。
けれど、薫は逃げなかった。深くお辞儀し、ゆっくりと顔を上げて言った。
「これは、私のスタイルです。自分で決めて、毎日手入れしています。見た目でご迷惑をおかけしているなら、申し訳ありません。でも、私にとっては……これが“自分らしさ”なんです」
沈黙のあと——店長が口を開いた。
「……よし。接客に支障がないなら、何も言わない。お客様の評判もいいし、あなたはいつも通り、頑張ってくれたらそれでいいよ」
涙が出そうになった。
「……ありがとうございます」
美帆が、横でそっと手を握ってくれた。
「かっこよかったよ、薫。ほんとに」
⸻
その日の夜。
薫は彼の胸に顔をうずめながら、ぽつりと言った。
「今日ね……ちゃんと、頭を見せて、説明したの」
「……ほんと?」
「うん。そしたら、誰も何も言わなかった。むしろ、受け入れてくれた。……私、これからもこの頭で、生きていくって決めた」
彼は薫を強く抱きしめた。
「ずっと、剃ってあげるよ。俺が、薫さんを一番綺麗にする」
「……うん。お願いね」
スキンヘッドであること、それはもう単なる髪型ではなかった。
それは、彼と薫の“愛の形”だった。
21
あなたにおすすめの小説
離れて後悔するのは、あなたの方
翠月 瑠々奈
恋愛
順風満帆だったはずの凛子の人生。それがいつしか狂い始める──緩やかに、転がるように。
岡本財閥が経営する会社グループのひとつに、 医療に長けた会社があった。その中の遺伝子調査部門でコウノトリプロジェクトが始まる。
財閥の跡取り息子である岡本省吾は、いち早くそのプロジェクトを利用し、もっとも遺伝的に相性の良いとされた日和凛子を妻とした。
だが、その結婚は彼女にとって良い選択ではなかった。
結婚してから粗雑な扱いを受ける凛子。夫の省吾に見え隠れする女の気配……相手が分かっていながら、我慢する日々。
しかしそれは、一つの計画の為だった。
そう。彼女が残した最後の贈り物(プレゼント)、それを知った省吾の後悔とは──とあるプロジェクトに翻弄された人々のストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる