刈り上げの先に、あなたがいた。

S.H.L

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第6章:剃るという愛のかたち

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それは、静かな朝から始まった。

「……じゃあ、今日からここが“ふたりの家”だね」

薫が荷物を整理し終え、畳んだタオルをソファに置きながらふとつぶやいた。

彼は台所でコーヒーを淹れながら、振り向いて微笑む。

「うん。これからは、毎朝も毎晩も、ずっと一緒」

「ねえ……ここに来て最初にすること、わかってる?」

「……もちろん」

彼は剃毛用のクリームとシェーバーを洗面所に持っていき、風呂場にタオルを敷いた。

薫は慣れた手つきで服を脱ぎ、バスタオルを巻いて椅子に座る。

「やっぱり……落ち着く、この瞬間」

「俺も。ここから一日が始まる感じがする」

彼はクリームを手に取り、ゆっくりと薫の頭皮へと伸ばしていく。ぬるっとした感触が肌を包み、指がマッサージのように動く。

薫は目を閉じて、彼の手の温度に身を委ねた。

「もう、自分で剃る気しないよ……全部、あなたに任せたい」

「うれしいな……俺、薫さんの地肌の形、覚えちゃったくらい、好きだから」

シェーバーのスイッチが入り、うなる音が静かに風呂場に響く。

「ぶぃぃぃぃん……」

刃がクリームごと微かな産毛をなぞり取っていく。その滑らかな音と、刃が皮膚の上をすべる微細な感覚は、もうふたりにとって愛撫のようなものだった。

「後ろ、少しザラついてるね。昨日の夜剃ってなかった?」

「うん……ちょっと疲れてて。でも、今日はリフレッシュしたいから、お願い」

「任せて」

耳の裏、首筋のライン。細かい部分まで丁寧に剃り落とし、やがて眉毛へと刃先が向けられる。

「……ね、眉も薄くなってきたけど、やっぱり毎日剃る?」

「うん。生えると、落ち着かないから」

「じゃあ……そのまま、今日もきれいにしておこう」

鼻筋にかかる産毛も一緒に剃り落とし、薫の顔は再び“完成された無”となった。

タオルで泡を拭き取りながら、彼は小さく呟いた。

「……ほんとに綺麗だ。まるで……彫刻みたい」

「やめてよ、恥ずかしいってば」

「だって……この姿、俺だけのものって思うと、たまらないんだよ」

「うん……私も、この頭を見せられるのは、あなただけだよ」

ふたりは目を合わせ、小さく口づけを交わした。



新しい生活は、思っていた以上に穏やかだった。

朝は剃毛、昼は別々の仕事や授業、夜は一緒にご飯を食べて、お風呂でまたスキンヘッドを保つ時間。薫は職場では帽子を被り、必要以上の詮索を避けながら、淡々と日常を送った。

時にはふたりで美容室へ行き、他の客のイメチェンに反応したり、SNSで髪型フェチのアカウントを見て一緒に盛り上がったりもした。

「ねえ、見てこれ。この子もスキンヘッド女子だよ」

「へえ……なんか、増えてきてる気がするよね。私たちだけじゃないんだなって」

「でもやっぱり、薫さんが一番だよ」

「はいはい、またうまいこと言って……でも、ありがとう」

夜、寝る前にお互いの地肌を撫で合う時間が、いつしか“愛してる”と伝え合う代わりの儀式のようになっていた。



だが、ある日——

職場での研修中、店長から突然声をかけられた。

「薫さん……最近、帽子ずっと被ってるよね。ちょっと、一度外してくれない?」

(来た……)

「……はい」

帽子を取った瞬間、会議室はざわついた。

店長も、美帆も、他の店舗のスタッフたちも、薫の頭に一瞬、言葉を失った。

けれど、薫は逃げなかった。深くお辞儀し、ゆっくりと顔を上げて言った。

「これは、私のスタイルです。自分で決めて、毎日手入れしています。見た目でご迷惑をおかけしているなら、申し訳ありません。でも、私にとっては……これが“自分らしさ”なんです」

沈黙のあと——店長が口を開いた。

「……よし。接客に支障がないなら、何も言わない。お客様の評判もいいし、あなたはいつも通り、頑張ってくれたらそれでいいよ」

涙が出そうになった。

「……ありがとうございます」

美帆が、横でそっと手を握ってくれた。

「かっこよかったよ、薫。ほんとに」



その日の夜。

薫は彼の胸に顔をうずめながら、ぽつりと言った。

「今日ね……ちゃんと、頭を見せて、説明したの」

「……ほんと?」

「うん。そしたら、誰も何も言わなかった。むしろ、受け入れてくれた。……私、これからもこの頭で、生きていくって決めた」

彼は薫を強く抱きしめた。

「ずっと、剃ってあげるよ。俺が、薫さんを一番綺麗にする」

「……うん。お願いね」

スキンヘッドであること、それはもう単なる髪型ではなかった。

それは、彼と薫の“愛の形”だった。
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