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第4章
供物
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第4章 供物
⸻
雪が強くなっていた。
空は厚い雲に覆われ、霧ヶ峰村全体が灰色に染まっている。
七瀬は宿の一室で座っていた。
机の上にはハサミとバリカンが置かれている。
すでに髪は肩のラインにまで切りそろえられていた。
――髪を剃る儀式。
成宮惣一が語った「村の掟」。
50年前の事件で少女が犠牲になった理由。
そして、今でも儀式が続けられていること。
七瀬はゆっくりと自分の髪を指に絡めた。
「……私が終わらせる」
儀式の意味を断ち切るために、供物になる。
自らの髪を捧げることで、村の掟を終わらせる。
七瀬はハサミを取り上げた。
肩まで切りそろえた髪に刃をあてる。
ざくっ
髪が床に落ちる。
ざくっ、ざくっ
次々と髪が切られていく。
七瀬の目に涙が滲んだ。
長く伸びた髪。
それは姉との思い出だった。
――「髪を切らないで」
姉はあの日、そう言った。
姉が亡くなってから、七瀬は一度も髪を切ることができなかった。
「ごめんね……姉さん」
ばさっ
七瀬の黒髪が床に落ちる。
「これで……私は前に進める」
最後に、耳元でハサミを入れる。
顎のラインまで切りそろえると、七瀬は震える指で自分の髪を梳いた。
――足りない。
これではまだ儀式を終わらせることはできない。
もっと……完全に断ち切らなければ。
七瀬は震える手でバリカンを取り上げた。
「これで……終わらせる」
ブィィィィィィン
バリカンの刃が震え、低い音を立てる。
七瀬は恐る恐るバリカンを頭にあてる。
――ざざざざざっ
バリカンが髪を刈り上げていく。
黒髪が次々と床に落ちていく。
耳の上を刈ると、頭皮が露わになった。
七瀬は歯を食いしばった。
――これで終わる。
姉との繋がり。
事件への恐怖。
自分自身への罪悪感。
すべてを……断ち切る。
ざざざざざっ
最後に襟足を剃ると、七瀬はそっと目を閉じた。
指先が滑らかな頭皮をなぞる。
「……これが……私」
鏡に映る自分を見た。
坊主頭になった自分がそこにいた。
その顔には、確かな決意が宿っていた。
⸻
「七瀬さん!」
部屋の扉が勢いよく開いた。
橘晶哉と成宮悠真が駆け込んできた。
「お前……その頭……」
悠真が息を呑む。
「儀式を終わらせる」
七瀬は立ち上がった。
バリカンを机に置くと、まっすぐに彼らを見た。
「私が神に供物を捧げる。
これで、村の呪いを終わらせる」
「そんなことをしたら……」
「誰かがやらなきゃ、終わらない」
悠真が七瀬の腕を掴んだ。
「危険すぎる」
「でも、これで終わらせなきゃいけない」
七瀬は静かに言った。
「……私はもう迷わない」
⸻
神社の奥へ
七瀬は夜の神社に向かった。
橘と悠真が後ろをついてくる。
「やめろ、七瀬!」
橘が叫ぶ。
「お前が犠牲になる必要はない!」
「でも……」
その時、社殿の扉が音もなく開いた。
「……よく来たな」
成宮惣一が社殿の中に立っていた。
「村を救うつもりか?」
「儀式を終わらせます」
七瀬は静かに言った。
「どうやって?」
「私が……供物になります」
惣一は目を細めた。
「覚悟はあるのか?」
七瀬は自らの坊主頭を撫でた。
「……はい」
「ならば……始めろ」
惣一が手を挙げた瞬間――
社殿の奥から白い着物を着た少女が現れた。
「……あの子は……」
七瀬は目を見開いた。
「姉さん……?」
少女はゆっくりと近づき、七瀬の頬に触れた。
「ありがとう……七瀬」
――ふっ、と少女の体が消えた。
「終わった……?」
七瀬は振り返った。
社殿の髪が、白く燃えるように消えていく。
長年の呪いが……解かれていく。
⸻
「七瀬さん……」
悠真が七瀬を支えた。
七瀬はゆっくりと顔を上げた。
冷たい夜風が頭皮を撫でる。
「終わったんだ……」
七瀬の顔に、一筋の涙が流れた。
⸻
「七瀬……」
橘が優しく声をかける。
「坊主……似合ってるよ」
七瀬は微笑んだ。
「ありがとう……」
⸻
七瀬は村を去った。
橘と悠真が村に残り、村の立て直しを進めている。
七瀬は東京に戻った。
坊主になった自分の姿を、ようやく鏡でまっすぐ見ることができた。
「姉さん……私は、前に進むよ」
七瀬はそっと髪に触れた。
短く刈られた頭皮を撫でながら、静かに微笑んだ。
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雪が強くなっていた。
空は厚い雲に覆われ、霧ヶ峰村全体が灰色に染まっている。
七瀬は宿の一室で座っていた。
机の上にはハサミとバリカンが置かれている。
すでに髪は肩のラインにまで切りそろえられていた。
――髪を剃る儀式。
成宮惣一が語った「村の掟」。
50年前の事件で少女が犠牲になった理由。
そして、今でも儀式が続けられていること。
七瀬はゆっくりと自分の髪を指に絡めた。
「……私が終わらせる」
儀式の意味を断ち切るために、供物になる。
自らの髪を捧げることで、村の掟を終わらせる。
七瀬はハサミを取り上げた。
肩まで切りそろえた髪に刃をあてる。
ざくっ
髪が床に落ちる。
ざくっ、ざくっ
次々と髪が切られていく。
七瀬の目に涙が滲んだ。
長く伸びた髪。
それは姉との思い出だった。
――「髪を切らないで」
姉はあの日、そう言った。
姉が亡くなってから、七瀬は一度も髪を切ることができなかった。
「ごめんね……姉さん」
ばさっ
七瀬の黒髪が床に落ちる。
「これで……私は前に進める」
最後に、耳元でハサミを入れる。
顎のラインまで切りそろえると、七瀬は震える指で自分の髪を梳いた。
――足りない。
これではまだ儀式を終わらせることはできない。
もっと……完全に断ち切らなければ。
七瀬は震える手でバリカンを取り上げた。
「これで……終わらせる」
ブィィィィィィン
バリカンの刃が震え、低い音を立てる。
七瀬は恐る恐るバリカンを頭にあてる。
――ざざざざざっ
バリカンが髪を刈り上げていく。
黒髪が次々と床に落ちていく。
耳の上を刈ると、頭皮が露わになった。
七瀬は歯を食いしばった。
――これで終わる。
姉との繋がり。
事件への恐怖。
自分自身への罪悪感。
すべてを……断ち切る。
ざざざざざっ
最後に襟足を剃ると、七瀬はそっと目を閉じた。
指先が滑らかな頭皮をなぞる。
「……これが……私」
鏡に映る自分を見た。
坊主頭になった自分がそこにいた。
その顔には、確かな決意が宿っていた。
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「七瀬さん!」
部屋の扉が勢いよく開いた。
橘晶哉と成宮悠真が駆け込んできた。
「お前……その頭……」
悠真が息を呑む。
「儀式を終わらせる」
七瀬は立ち上がった。
バリカンを机に置くと、まっすぐに彼らを見た。
「私が神に供物を捧げる。
これで、村の呪いを終わらせる」
「そんなことをしたら……」
「誰かがやらなきゃ、終わらない」
悠真が七瀬の腕を掴んだ。
「危険すぎる」
「でも、これで終わらせなきゃいけない」
七瀬は静かに言った。
「……私はもう迷わない」
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神社の奥へ
七瀬は夜の神社に向かった。
橘と悠真が後ろをついてくる。
「やめろ、七瀬!」
橘が叫ぶ。
「お前が犠牲になる必要はない!」
「でも……」
その時、社殿の扉が音もなく開いた。
「……よく来たな」
成宮惣一が社殿の中に立っていた。
「村を救うつもりか?」
「儀式を終わらせます」
七瀬は静かに言った。
「どうやって?」
「私が……供物になります」
惣一は目を細めた。
「覚悟はあるのか?」
七瀬は自らの坊主頭を撫でた。
「……はい」
「ならば……始めろ」
惣一が手を挙げた瞬間――
社殿の奥から白い着物を着た少女が現れた。
「……あの子は……」
七瀬は目を見開いた。
「姉さん……?」
少女はゆっくりと近づき、七瀬の頬に触れた。
「ありがとう……七瀬」
――ふっ、と少女の体が消えた。
「終わった……?」
七瀬は振り返った。
社殿の髪が、白く燃えるように消えていく。
長年の呪いが……解かれていく。
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「七瀬さん……」
悠真が七瀬を支えた。
七瀬はゆっくりと顔を上げた。
冷たい夜風が頭皮を撫でる。
「終わったんだ……」
七瀬の顔に、一筋の涙が流れた。
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「七瀬……」
橘が優しく声をかける。
「坊主……似合ってるよ」
七瀬は微笑んだ。
「ありがとう……」
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七瀬は村を去った。
橘と悠真が村に残り、村の立て直しを進めている。
七瀬は東京に戻った。
坊主になった自分の姿を、ようやく鏡でまっすぐ見ることができた。
「姉さん……私は、前に進むよ」
七瀬はそっと髪に触れた。
短く刈られた頭皮を撫でながら、静かに微笑んだ。
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