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サイドストーリー:刃は救いのために
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1. 傷跡の女理容師
青梳庵の女主人・アトリの頬には、一本の真っ直ぐな傷跡が走っている。
客の誰もが一度は目を止めるが、誰も深くは聞かない。
それは彼女がまだ王都近衛の一員として剣を振るっていた頃の名残だった。
魔導戦役の夜。
アトリは前線で剣を抜き、敵の魔法兵と斬り結んだ。閃光の中で頬を裂かれ、血が目に入り、仲間の声も風の音も遠ざかる。
その時、耳の奥に残ったのは――剃刀の**シャリ…**という記憶だった。
戦地に赴く前夜、近衛隊舎で受けた断髪。軍理容師が剃刀で頭を撫でた時の冷たさ。あの音が、刃は「傷」ではなく「整え」にもなるのだと教えてくれた。
戦を退き、王都へ戻ったアトリは剣を置いた。
代わりに、刃を研ぎ直し、髪を切る道を選んだ。
――刃で奪うのではなく、刃で救う。
⸻
2. 初めての弟子
青梳庵を開いて三年目。
扉を押して入ってきたのは、まだ十二歳の少年だった。
髪は伸び放題で視界を覆い、目の奥は怯えたように揺れている。
孤児院で暮らすその子は、街の子どもに「魔力が濁ってる」とからかわれ、髪を切る金も持たなかった。
「椅子に」
アトリが言うと、少年は小動物のように身を縮めた。
布を巻き、霧を吹き、櫛で髪を梳かす。
カシャリ、カシャリと鋏を入れるたび、床に落ちる黒が布の白に映える。
耳の形が現れ、目にかかっていた前髪が眉の上で切り揃えられると、少年は初めて顔を上げた。
「見えるか」
「……はい」
彼の瞳に宿ったのは、恐怖ではなく光だった。
アトリはその夜、帳簿に「今日一人、刃で救えた」と書き残した。
⸻
3. エリスが来た日
やがて蒼銀魔法学園の断髪令が強化され、若い生徒たちが次々と青梳庵を訪れるようになった。
中でも、村娘出のエリスは特別だった。
腰までの髪を儀式で切ったはずなのに、まだ目の奥に「髪を残している影」があった。
「動ける髪にしよう」
「……怖いです。でも、切りたい」
白布を巻き、バリカンのスイッチを入れる。
ウィィン――低い音が椅子の背を震わせる。
アトリは額から正面へ、一本の道を刈り開いた。
黒が帯のように落ち、白布を転がり、床で束になる。
「風は、髪の重さを嫌う。恐怖は、刃の音で削れる」
エリスの目が鏡越しに揺れ、やがて澄んでいった。
その瞬間、アトリは確信した。
――この子は、自分の刃で救える。
⸻
4. 理容師の祈り
夜、青梳庵の椅子を磨きながら、アトリは独りごちる。
「刃よ。もう二度と血を流させるな。
ここで落ちるのは、髪だけでいい」
床に積もる黒や金の毛は、誰かの恐怖や迷いのかけら。
それを掃き集めるたびに、彼女は心の奥で祈るのだ。
――どうか、この刃が誰かを救うためだけに使われますように。
青梳庵の女主人・アトリの頬には、一本の真っ直ぐな傷跡が走っている。
客の誰もが一度は目を止めるが、誰も深くは聞かない。
それは彼女がまだ王都近衛の一員として剣を振るっていた頃の名残だった。
魔導戦役の夜。
アトリは前線で剣を抜き、敵の魔法兵と斬り結んだ。閃光の中で頬を裂かれ、血が目に入り、仲間の声も風の音も遠ざかる。
その時、耳の奥に残ったのは――剃刀の**シャリ…**という記憶だった。
戦地に赴く前夜、近衛隊舎で受けた断髪。軍理容師が剃刀で頭を撫でた時の冷たさ。あの音が、刃は「傷」ではなく「整え」にもなるのだと教えてくれた。
戦を退き、王都へ戻ったアトリは剣を置いた。
代わりに、刃を研ぎ直し、髪を切る道を選んだ。
――刃で奪うのではなく、刃で救う。
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2. 初めての弟子
青梳庵を開いて三年目。
扉を押して入ってきたのは、まだ十二歳の少年だった。
髪は伸び放題で視界を覆い、目の奥は怯えたように揺れている。
孤児院で暮らすその子は、街の子どもに「魔力が濁ってる」とからかわれ、髪を切る金も持たなかった。
「椅子に」
アトリが言うと、少年は小動物のように身を縮めた。
布を巻き、霧を吹き、櫛で髪を梳かす。
カシャリ、カシャリと鋏を入れるたび、床に落ちる黒が布の白に映える。
耳の形が現れ、目にかかっていた前髪が眉の上で切り揃えられると、少年は初めて顔を上げた。
「見えるか」
「……はい」
彼の瞳に宿ったのは、恐怖ではなく光だった。
アトリはその夜、帳簿に「今日一人、刃で救えた」と書き残した。
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3. エリスが来た日
やがて蒼銀魔法学園の断髪令が強化され、若い生徒たちが次々と青梳庵を訪れるようになった。
中でも、村娘出のエリスは特別だった。
腰までの髪を儀式で切ったはずなのに、まだ目の奥に「髪を残している影」があった。
「動ける髪にしよう」
「……怖いです。でも、切りたい」
白布を巻き、バリカンのスイッチを入れる。
ウィィン――低い音が椅子の背を震わせる。
アトリは額から正面へ、一本の道を刈り開いた。
黒が帯のように落ち、白布を転がり、床で束になる。
「風は、髪の重さを嫌う。恐怖は、刃の音で削れる」
エリスの目が鏡越しに揺れ、やがて澄んでいった。
その瞬間、アトリは確信した。
――この子は、自分の刃で救える。
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4. 理容師の祈り
夜、青梳庵の椅子を磨きながら、アトリは独りごちる。
「刃よ。もう二度と血を流させるな。
ここで落ちるのは、髪だけでいい」
床に積もる黒や金の毛は、誰かの恐怖や迷いのかけら。
それを掃き集めるたびに、彼女は心の奥で祈るのだ。
――どうか、この刃が誰かを救うためだけに使われますように。
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