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気が合わない
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「いや、そういうの興味ないので」
足元が暗いパブで男女の笑い声が響く中、銅冬樹は二人の女性に迫られていた。
「ねぇ、連絡先だけでも交換しない?」
「一緒にお酒飲むのはどう?エールがいい?ラガーがいい?」
磨かれた木製のカウンターは暖炉の暖かな光を反射し、冬樹の困り顔をありありと照らした。
そんな冬樹の姿を物ともせず、女性はぐいぐいと詰め寄るとその豊満な胸を押し付ける。
冬樹は流石にスキンシップが過剰だと思い、席から立ち上がろうとすると、
「hola!」
突然、サングラスを掛けた金髪の男が二人の女性に話しかけた。
捲し立てるようにペラペラと話続ける男に彼女たちは動揺する。
「あら?貴女の知り合い?顔はとても綺麗だけれど、何を言っているのかさっぱりだわ」
「知らないわ、あなたこそどこでこんな男を引っかけたのよ」
「あたしじゃないわよ!もう、訳わからないから行きましょ!」
二人の女性はスペイン語を理解できず、逃げるようにパブから出て行ってしまった。
「あいつら、今日もいつも通りだな」
男は彼女たちを鼻で笑うと、当たり前かの様に冬樹の隣へ腰かけた。
スペイン語は彼女を追い払うためだけに話していたのだろう。
「彼女たちを知っているんですか?」
「俺はここの古い常連だからな、あいつらはここ最近このパブに入り浸って悪目立ちしていると聞いた」
男はカウンターの向かいにいるマスターに短く注文すると、直ぐにハーフパイントのエールが届いた。
「助けて頂いて感謝しています」
「堅苦しい喋り方をするなぁ、あんた。まるで英国紳士だな」
「癖ですので」
そう言いながら柑橘系のカクテルに口をつければ、その爽やかな酸味と甘みが口の中を支配する。
「あんたの顔、みたこと無いな」
男は柔らかそうな金髪を揺らし、冬樹の顔を上から覗き込む。
「同僚にお勧めされて、初めて来たんです」
パブに入ったことが無いと同僚に言ったところ、ありえないものを見るかのような目で冬樹を見たために、今宵、冬樹はここにいる。
「最初にこんな渋い所を選ぶとは、その同僚は良い趣味してるな」
「そうなんですね、同僚に伝えておきます」
男は口元に笑みを浮かべると、手元のスナックを冬樹に差し出す。
差し出されたスナックを素直に受け取り、口に放り込むと塩気が広がった。
「楽しんで行けよ」
「もう、随分楽しませてもらっています」
「あいつらに絡まれたこともか?」
男は少しだけ性格が悪そうな微笑みを浮かべた。
「それもパブの醍醐味だと思えば十分に楽しめたと思いますね」
「あれはパブの体験を損なう類のものだと思がな」
男は頬杖をついて、グラスを眺めた。
彼の横顔を見れば、サングラスから覗き見える美しい碧眼に目が奪われる。
「なんで俺があんたを助けたと思う?」
「なんででしょうか」
首を傾げて男の言葉を待つ。
「俺はその席から見える絵画を気に入っているんだ」
男は壁に掛かる草原の風景画を指さした。
そして、その油絵は冬樹の席の真正面にあった。
どうやら、男はいつもこの椅子に座っていたようだ。
「眩い光の描写と柔らかな筆致がよく調和している作品だと思うが、あんたはどう思う?」
「はぁ、芸術にはあまり篤くありませんのでよく分かりません」
確かに太陽光に照らされた草原が風になびいて柔らかそうだとは思うが、それが心に響く感覚は無い。
男は冬樹の態度にフッと笑うと、身体を冬樹の方へ向ける。
「じゃあ、あんたは何に興味があるんだ?」
「なんですか?急に」
マスターに注文をしながら男は流れるように質問をしてきた。
「いや、気が合わないなと思ってな、逆にどんなことに興味を持つのか気になったんだ」
確かにこの男とは性格も趣味も冬樹と重なる所が無い。
「そうでしたか、そうですね……私は物事の道理に興味がありますね」
「物事の道理?」
「はい、自然界の事象は全てにおいて無駄が無く、それぞれに意味があると私は信じているんです。なので、それを追究することに興味がありますね」
冬樹がイギリスの大学で教鞭を取っているのも、これが根本の理由だ。
「全然理解できないな」
男は優し気に笑うが、出た言葉は真逆のものだ。
「無駄なことにこそ浪漫があるんじゃないか、じゃなきゃ酒なんて自ら飲むもんじゃないだろ」
「お酒に含まれるアルコールはγ-アミノ酪酸を強化し、脳の機能を低下させることで気分の高揚や眠気を引き起こすんですよ、それに依存性もあって、」
「何もそんなことを聞きたい訳じゃない」
男は眉を下げて困ったようにくしゃりと笑う。
流石に喋りすぎただろうか、随分と酒が回ってきているのかもしれない。
手元のグラスを見れば、カクテルは四分の一ほどの量になっていた。
「あんたはどんな行動にも意味があると考えているんだな」
「まあ、そうですね」
「じゃあなんで人間はナンパすると思う?」
冬樹は意地悪く口角を上げた男を見上げる。
「恋愛は繁殖活動の一種ではないですか?私はその分野にあまり明るくないもので良く分かりませんが」
「ナンパを繁殖活動だと言う人間に初めて会ったな」
男は心底面白そうに言った。
「そもそもナンパと恋愛は違うものだろ」
「そうなんですか?」
冬樹は理解できないと眉を寄せて考え込む。
グラスの冷気はいつの間にか掌の熱によって失われていた。
「私は恋愛をしたことが無いもので」
「ナンパはよくされるみたいだがな」
男の手にすっぽりと収められたグラスは既に空になっている。
よく見ると男の白い肌は桃色に染まりつつあった。
「あれがナンパなんですね」
先ほどの女性たちは冬樹にナンパを仕掛けていたのだとやっと理解する。
「なんにも知らないんだな」
「はい、ですが知らないということは知る楽しみがあるといことですから」
塩気のあるスナックを生ぬるいカクテルで流し込む。
「前向きだな」
「ただ事実を言ったまでですよ」
サングラスから覗く青い瞳が冬樹をじっと見つめている。
「ナンパというものを知ってどう感じた?」
「あまり良い気にはなりませんでしたね」
相手に興味もないのにあれほどグイグイと攻められては疲れるだけだ。
「なんであんなことをするのでしょうかね」
「あんたは顔が綺麗だからな」
男はそう言ってフフッと笑い声を漏らしたが、冬樹は男の方がずっと綺麗な顔をしていると思った。
「あなたもナンパですか?今日と言う日が嫌な記憶として残りそうです」
男を揶揄うようにわざと溜め息をついてみる。きっとこれもお酒に酔ったことによる症状だろうと信じて。
「最初の印象が悪いものほど後からハマるもんだよ」
冬樹を目を細めて眺める男は余裕を持った態度でそう言った。
その姿がなぜか印象深く冬樹の瞳に映る。
あの風景画よりもずっと心に響くものがあると感じる。
「俺はアルバート、あんたは?」
「冬樹と申します」
冬樹は男の目から視線を離さず名を告げた。
「じゃあフユキ、また会えるか?」
「はい」
「じゃあ、三日後のこの時間にまたここで」
男は言葉数少なく約束を取り付けた。
そうして席を立つとカウンターに数枚の紙幣を置いて颯爽と去ってしまった。
遠くから思い出したかのようにクラシック音楽が流れ込んで来る。
腕時計を見れば随分と夜も更けている時間だった。
「マスターさん、お会計を」
「支払いは済まされていますよ」
会計を済まそうと椅子から立ち上がれば、マスターは先ほどの男が座っていた席を指さした。
「これもナンパですかね」
「さあ、どうでしょうね」
白い髭を生やしたマスターは微笑んだ。
少しだけ酔いが回った足でパブを出れば、心地よい夜風がこめかみを撫でる。
今宵は良い夢が見れそうだ。
アルバートという気の合わなさそうな男のお陰で。
足元が暗いパブで男女の笑い声が響く中、銅冬樹は二人の女性に迫られていた。
「ねぇ、連絡先だけでも交換しない?」
「一緒にお酒飲むのはどう?エールがいい?ラガーがいい?」
磨かれた木製のカウンターは暖炉の暖かな光を反射し、冬樹の困り顔をありありと照らした。
そんな冬樹の姿を物ともせず、女性はぐいぐいと詰め寄るとその豊満な胸を押し付ける。
冬樹は流石にスキンシップが過剰だと思い、席から立ち上がろうとすると、
「hola!」
突然、サングラスを掛けた金髪の男が二人の女性に話しかけた。
捲し立てるようにペラペラと話続ける男に彼女たちは動揺する。
「あら?貴女の知り合い?顔はとても綺麗だけれど、何を言っているのかさっぱりだわ」
「知らないわ、あなたこそどこでこんな男を引っかけたのよ」
「あたしじゃないわよ!もう、訳わからないから行きましょ!」
二人の女性はスペイン語を理解できず、逃げるようにパブから出て行ってしまった。
「あいつら、今日もいつも通りだな」
男は彼女たちを鼻で笑うと、当たり前かの様に冬樹の隣へ腰かけた。
スペイン語は彼女を追い払うためだけに話していたのだろう。
「彼女たちを知っているんですか?」
「俺はここの古い常連だからな、あいつらはここ最近このパブに入り浸って悪目立ちしていると聞いた」
男はカウンターの向かいにいるマスターに短く注文すると、直ぐにハーフパイントのエールが届いた。
「助けて頂いて感謝しています」
「堅苦しい喋り方をするなぁ、あんた。まるで英国紳士だな」
「癖ですので」
そう言いながら柑橘系のカクテルに口をつければ、その爽やかな酸味と甘みが口の中を支配する。
「あんたの顔、みたこと無いな」
男は柔らかそうな金髪を揺らし、冬樹の顔を上から覗き込む。
「同僚にお勧めされて、初めて来たんです」
パブに入ったことが無いと同僚に言ったところ、ありえないものを見るかのような目で冬樹を見たために、今宵、冬樹はここにいる。
「最初にこんな渋い所を選ぶとは、その同僚は良い趣味してるな」
「そうなんですね、同僚に伝えておきます」
男は口元に笑みを浮かべると、手元のスナックを冬樹に差し出す。
差し出されたスナックを素直に受け取り、口に放り込むと塩気が広がった。
「楽しんで行けよ」
「もう、随分楽しませてもらっています」
「あいつらに絡まれたこともか?」
男は少しだけ性格が悪そうな微笑みを浮かべた。
「それもパブの醍醐味だと思えば十分に楽しめたと思いますね」
「あれはパブの体験を損なう類のものだと思がな」
男は頬杖をついて、グラスを眺めた。
彼の横顔を見れば、サングラスから覗き見える美しい碧眼に目が奪われる。
「なんで俺があんたを助けたと思う?」
「なんででしょうか」
首を傾げて男の言葉を待つ。
「俺はその席から見える絵画を気に入っているんだ」
男は壁に掛かる草原の風景画を指さした。
そして、その油絵は冬樹の席の真正面にあった。
どうやら、男はいつもこの椅子に座っていたようだ。
「眩い光の描写と柔らかな筆致がよく調和している作品だと思うが、あんたはどう思う?」
「はぁ、芸術にはあまり篤くありませんのでよく分かりません」
確かに太陽光に照らされた草原が風になびいて柔らかそうだとは思うが、それが心に響く感覚は無い。
男は冬樹の態度にフッと笑うと、身体を冬樹の方へ向ける。
「じゃあ、あんたは何に興味があるんだ?」
「なんですか?急に」
マスターに注文をしながら男は流れるように質問をしてきた。
「いや、気が合わないなと思ってな、逆にどんなことに興味を持つのか気になったんだ」
確かにこの男とは性格も趣味も冬樹と重なる所が無い。
「そうでしたか、そうですね……私は物事の道理に興味がありますね」
「物事の道理?」
「はい、自然界の事象は全てにおいて無駄が無く、それぞれに意味があると私は信じているんです。なので、それを追究することに興味がありますね」
冬樹がイギリスの大学で教鞭を取っているのも、これが根本の理由だ。
「全然理解できないな」
男は優し気に笑うが、出た言葉は真逆のものだ。
「無駄なことにこそ浪漫があるんじゃないか、じゃなきゃ酒なんて自ら飲むもんじゃないだろ」
「お酒に含まれるアルコールはγ-アミノ酪酸を強化し、脳の機能を低下させることで気分の高揚や眠気を引き起こすんですよ、それに依存性もあって、」
「何もそんなことを聞きたい訳じゃない」
男は眉を下げて困ったようにくしゃりと笑う。
流石に喋りすぎただろうか、随分と酒が回ってきているのかもしれない。
手元のグラスを見れば、カクテルは四分の一ほどの量になっていた。
「あんたはどんな行動にも意味があると考えているんだな」
「まあ、そうですね」
「じゃあなんで人間はナンパすると思う?」
冬樹は意地悪く口角を上げた男を見上げる。
「恋愛は繁殖活動の一種ではないですか?私はその分野にあまり明るくないもので良く分かりませんが」
「ナンパを繁殖活動だと言う人間に初めて会ったな」
男は心底面白そうに言った。
「そもそもナンパと恋愛は違うものだろ」
「そうなんですか?」
冬樹は理解できないと眉を寄せて考え込む。
グラスの冷気はいつの間にか掌の熱によって失われていた。
「私は恋愛をしたことが無いもので」
「ナンパはよくされるみたいだがな」
男の手にすっぽりと収められたグラスは既に空になっている。
よく見ると男の白い肌は桃色に染まりつつあった。
「あれがナンパなんですね」
先ほどの女性たちは冬樹にナンパを仕掛けていたのだとやっと理解する。
「なんにも知らないんだな」
「はい、ですが知らないということは知る楽しみがあるといことですから」
塩気のあるスナックを生ぬるいカクテルで流し込む。
「前向きだな」
「ただ事実を言ったまでですよ」
サングラスから覗く青い瞳が冬樹をじっと見つめている。
「ナンパというものを知ってどう感じた?」
「あまり良い気にはなりませんでしたね」
相手に興味もないのにあれほどグイグイと攻められては疲れるだけだ。
「なんであんなことをするのでしょうかね」
「あんたは顔が綺麗だからな」
男はそう言ってフフッと笑い声を漏らしたが、冬樹は男の方がずっと綺麗な顔をしていると思った。
「あなたもナンパですか?今日と言う日が嫌な記憶として残りそうです」
男を揶揄うようにわざと溜め息をついてみる。きっとこれもお酒に酔ったことによる症状だろうと信じて。
「最初の印象が悪いものほど後からハマるもんだよ」
冬樹を目を細めて眺める男は余裕を持った態度でそう言った。
その姿がなぜか印象深く冬樹の瞳に映る。
あの風景画よりもずっと心に響くものがあると感じる。
「俺はアルバート、あんたは?」
「冬樹と申します」
冬樹は男の目から視線を離さず名を告げた。
「じゃあフユキ、また会えるか?」
「はい」
「じゃあ、三日後のこの時間にまたここで」
男は言葉数少なく約束を取り付けた。
そうして席を立つとカウンターに数枚の紙幣を置いて颯爽と去ってしまった。
遠くから思い出したかのようにクラシック音楽が流れ込んで来る。
腕時計を見れば随分と夜も更けている時間だった。
「マスターさん、お会計を」
「支払いは済まされていますよ」
会計を済まそうと椅子から立ち上がれば、マスターは先ほどの男が座っていた席を指さした。
「これもナンパですかね」
「さあ、どうでしょうね」
白い髭を生やしたマスターは微笑んだ。
少しだけ酔いが回った足でパブを出れば、心地よい夜風がこめかみを撫でる。
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