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教授のお仕事
しおりを挟む何メートルも高い天井と鏡のように磨かれた床。
その上を学生が走り抜け、立ち止まり、群がる様は日本の大学とそう変わらないのかもしれない。
「Mr. Copper!」
タブレットの液晶画面に映し出された論文に目を通しながら歩いていると、背後から元気な声が聞こえて来た。
「チャーリー君、私をその名前で呼ばないでください」
振り返れば、癖のある茶髪を後ろで無造作に一括りしている青年が立っていた。
「え?アカガネって銅のことなんですよね?じゃあコッパ―先生であってるじゃないですか」
「名前を翻訳しないでください」
彼は冬樹の授業を受けている学生の一人で暇さえあれば冬樹に絡んでくる少しだけ鬱陶しい生徒だ。
「そんなことはどうでもよくて、先生、次の授業こそは実験しましょーよ!ずっと座っているのはつまんないんですから」
「身体を動かしたいならジムにでも行って来たらどうです?」
この廊下にいると、いつもこんな調子で捕まってしまうのだ。
呆れる青年だが、根は良い人物であるため、下手に突き飛ばせないのが悩みの種だ。
「あれ?チャーリー、またコッパ―先生にちょっかい出しているの?そろそろ嫌われるわよ」
「なんだい?先生が僕のことを嫌う訳ないじゃないか、ねえ先生?」
「さあ、どうでしょうね」
濃い化粧をした女子学生がチャーリーを揶揄い、チャーリーは慌てふためいて冬樹を見た。
だが冬樹は特段、彼らの会話に興味もなく、そのまま目的の教室へ歩き出してしまう。
「先生ってば、次の授業は僕もいるんですから置いていかないでくださいよ」
「一緒に行くだなんて約束した覚えもつもりもありません」
急いで冬樹を追って走ってきたチャーリーは、少し拗ねたような口ぶりで言うが、冬樹には全く通じない。
冬樹は学生からよく、優しいけど冷たいと言われる。
でも冬樹はそれを何とも思っていない。他人からどう見られようと、どう言われようと、然程気にならない性格だった。
「そうだ、先生!今晩一緒にディナーにいきましょうよ!僕が奢りますから」
「行きません。年下に奢られるほど落ちぶれていませんよ私は」
チャーリーは必死に冬樹に話しかけるが、冬樹の視線はタブレット端末に注がれている。
「先生はひどいですね、僕がただの学生だからって会話もしてくれないなんて」
「そんなことはありません」
落ち込んだように暗い声で呟くチャーリーを横目に、冬樹は口を開いた。
「チャーリー君のレポートは突拍子もないものが多いですが、いつも新鮮な視点で書かれていることに関心しているんですよ」
「それに、実験も今はできなくても機会があれば設けてみようと思っていますし」
「先生……」
チャーリーは感動するように目をうるうるさせた。
「さ、授業を始めますよ」
冬樹は教室のドアノブに手を掛けるとゆっくりと手前に引いた。
中に入れば、円を描くような階段状の教室に多くの生徒が集まっている。
リーンゴーンと独特な鐘の音が鳴る。
教卓に荷物を置いて、資料を捲り、スクリーンにタブレットの画面を映せば、準備は整った。
「皆さん、席について、前回の復習から入りますので資料は前回と同じ27頁のままでお願いしますね」
学生たちは和気藹々としながらも、教室にはパラパラと紙を捲る音が立つ。
そうして今日もいつも通りの授業が始まる。
「ねえ、コッパ―先生って何歳に見える?」
「アジア人は若く見えるって言うけど、まだ高校生くらいにしか見えないね」
「しかも結構可愛い顔しているし、狙っている人多そう」
「いやでも、あの性格よ?嫌ならズバッと断るタイプだから」
「そこがまたイイじゃない」
教室の端では女子学生が身の回りの恋愛話で盛り上がっている。
だが、その中に自分自身も含まれていることを冬樹はまだ知らない。
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