【完結】異世界帰りの錬金術師が、わたしを救う。

シハ

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田丸亮二と錬金術師

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「なあ、健斗」

 床にすわっている健斗に声をかけ、アメリカの軍艦が横浜にやってくることを教えようとした。
 けれど、そのとき健斗の目から涙が流れた。

(花園くんがこわいのか……)

「……どうした?」

「眠ったままのほうがよかった……」

 健斗がふるえた声でいった。

「どうしてだよ?」

「次はシロに殺される……」

 健斗の肩がふるえている。
 ぼくは健斗の言葉にはっとした。

(健斗もおれと同じだったんじゃないか……)

 ぼくは駅ビルの前で、シロに毒をかけられたとき、生きるのをあきらめた。
 それと同じように健斗も家の前でシロに殺される直前、もう死んだほうがいいと思った。
 恐怖から逃れるために。
 生きていればいつかシロに殺されるかもしれないという恐怖がつづく。

「おれたちは助かるよ」

 ぼくは動揺したまま健斗に声をかけた。
 死んでいた人間を生きかえらせる。
 いくら弟といっても人を生きかえらせるという行為が、すごく身勝手なことだと思えた。
 ぼくは健斗にこれから生きていけるというたしかな約束はできない。

「……今から横浜にアメリカの軍艦がくるんだ。日本にいる人達を助けるために。おれたちはこれからその軍艦に乗るために横浜にいく」

 静かに涙を流している健斗はぼくの話が耳に入っていないようだった。
 
「……シロがいない外国にいくんだ。外国でもさ、釣りができるぞ」

 ぼくはすわりこんでいる健斗の腕をとって、立たせようとした。

「外にはシロがいる……」

 健斗は立ちあがろうとしない。

(おれがシロから健斗を守る)

 ぼくは喉元まででかかった言葉を飲みこんだ。
 
(健人には気休めにもならないだろう)

 父親と連絡がとれなくなってから、ぼくは健斗を守るといっていた。
 それなのに健斗は家の前でシロに襲われ、一度、死んだ。
 ぼくはシロとでくわしたときに恐怖から自分の死を願った。
 その自分が弟を守れる気がしない。

(……ここに隠れていたほうがいいんじゃないか)

 しだいに迷いがではじめた。
 健斗と二人で自転車で横浜までいくのが無謀なことに思えた。
 途中でシロに遭遇して殺されたらおわりだ。

「田丸くん、横浜までいったことあるか?」

 ぼくが健斗になにもいえずにいると、風井が口をひらいた。

「……あるけど」

「なら、きみたちを横浜まで移動させることができる。シロにみつからないように」
 
 風井がいった。

「錬金術で作ったアイテムがある。それをつかえば、一度いったことがある場所までワープできる」

 風井の言葉をきいて、心が揺れたまま決めた。

(……横浜までいく、外国まで逃げよう)
 
「そのアイテムは建物の中だと使えない。外にでよう」

 風井がドアを指さす。
 
「いこう」

 ぼくは風井が錬金術で作ったアイテムの効果を目にして、彼が作るものを信頼するようになっていた。

「……風井はなんでも作れるんだな」

「錬金釜のおかげ」

 風井は床に置いた釜をバッグにしまいながらいった。

「健斗、シロにみつからないで横浜までいって、船に乗ることができる」

 ぼくがいっても健斗は動こうとしない。
 幼児に戻ってしまったように怯えたまま胡坐をかいてすわりこんでいる。

「いくぞ」

 ぼくは健斗の腕をひっぱって、無理やり立ちあがらせようとした。
 そのとき、ビルの入り口でおおきな音がした。
 鉄のドアが勢いよく動く音だった。
 見ると施錠して閉まっていたドアがひらいている。
 
 ドアの内側には二匹のシロがいた。
 そのシロがドアをこじ開けたようだった。
 こちらに近づいてくる。
 ぼくにビルの前で毒をかけた若い女の姿をしたシロと、少年の姿をしたシロだった。
 二匹はぼくたちから五十メートルほど離れたところにいる。
 ぼくたちのほうに早足で近づいてくる。

 シロの姿を見た健斗が、床にすわったままふるえ、硬直する。
 ぼくは床においていたデッキブラシをもち、健斗の前に立った。
 柄をもつ手はふるえて、ブラシが揺れている。

 風井たちは表情を変えず、落ち着いていた。
 風井は後ろにさがり、小坂さんと花園くんが彼の前にでる。
 シロと対峙したときの三人の決まった行動パターンのようだった。

「動かないでね」

 こぶしを握った小坂さんがぼくと健斗に声をかける。

「二匹なら問題なし。余裕」

 花園くんが片方の手をひらくと、小さな白い光が浮かびあがる。
 驚いたことにその光から杖が現れる。
 その黒い杖には銀色の蛇の彫刻が施され、上に赤い石がついている。
 長身の花園くんの肩まである大きさだった。
 
「どうなってるの? なんで、きみがここにいる?」

 殺したはずのぼくを目にした少年の姿をしたシロが、足をとめて、青い目をひらく。
 混乱していたぼくは、言葉がでてこなかった。

「どうして?」

「かまわない。眠らせましょう。今度は確実に」

 女のシロが腕をあげ、伸ばした指先をぼくにむける。
 今度は目から涙を流していない。
 ぼくを不気味そうに見ている。

「おめえの相手はおれ」

 花園くんがシロにいった。
 巨大な杖の先端を女のシロにむける。

「ルーメン、ラニ」

 錬金術を使った風井のように聞いたこともないような言葉を口にする。
 それは、呪文のようだった。
 杖の赤い石から白い光が発生する。 
 そのバレーボールくらいのサイズの光が、女のシロにむかって勢いよく動きだす。

 女のシロの腹部にあたって、身体をビルのフロアの天井まで突きあげる。
 シロの背中が天井に衝突する。
 衝撃で蛍光灯の照明が音を立てて割れて、破片が床に落ちる。
 女のシロが床に勢いよく落下する。

「みたか、おれのつえー魔法」

 息を弾ませた花園くんが誇らしげにいう。
 
(……すごい。これが花園くんの魔法)

「お姉ちゃんになにをする!」

 少年のシロが指先を花園くんにむける。
 小坂さんが少年のシロのまえに飛びだす。
 少年のシロにむかって、大きく足を踏みこみ、こぶしを顔面に叩きこむ。
 少年のシロの顔が歪み、足が宙に浮き、身体が後方にふっとぶ。
 精肉店のショーケースにぶつかり、ガラスが派手な音を立てて砕ける。

(……つよい、小坂さん)

 花園くんの魔法攻撃をうけた女のシロが立ちあがる。
 足元がふらついてる。

「ルーメン、ラニ」

 花園くんは女のシロに歩み寄りながら杖をむける。
 杖からでた白い光の球は、シロに胸元にあたる。
 女のシロが衝撃で床に倒れる。
 身体がコンクリートの床に音をたててめりこむ。
 光の球が消えたときには、女のシロは動かなくなっていた。

 ショーケースの前に倒れていた少年のシロがふらつきながら立ちあがる。
 指先を小坂さんにむける。

 小坂さんが片方の手の揃えた指先で、少年のシロの額を素早く突く。
 小坂さんの親指以外の四本の指先が、シロの白い額にめりこむ。
 そのまま指先がシロの頭を貫通して、後頭部を突き抜ける。
 小坂さんがシロの頭にめりこんでいた手を引き抜くと、シロは糸が切れたみたいに床に崩れおちる。
 
(……小坂さんと花園くん、シロを倒した。アメリカの軍人、自衛隊でも倒せなかったのに)

 ぼくが呆気に取られていると、小坂さんは攻撃をとめず、倒れているシロの上半身に馬乗りになった。
 険しい表情で、パンチの雨をシロの顔に降らせはじめる。
 小坂さんのパンチの重い音が、フロアに響く。
 シロの顔は原型をとどめないほど変形していく。

「小坂さん、そいつはもう死んでるよ」

 風井が近づいて、背後から小坂さんの肩を叩いた。

「ごめんなさい。見苦しいところを見せて」

 憑き物がおちたように手をとめて、立ちあがった小坂さんは、恥ずかしそうにほほえんだ。

「小坂さんは、攻撃のスイッチが入ると、止まらなくなるんだ」

 風井がいった。
 ぼくは穏やかに見える小坂さんの凶暴さにぞっとした。
 
 健斗は目を丸くしたまま固まっている。
 緊張が解け、ぼくは小坂さんと花園くんに感嘆しながら構えていたデッキブラシをおろした。
 そのとき、側にいる花園くんの異変に気がついた。
 顔に汗が浮かんで、息が荒い。
 口で息をする度に、肩と胸がおおきく動いている。

「……シロに攻撃、されたの?」

 シロは花園くんに触れていない。
 それでも、目に見えない毒をかけられたのではないかと思った。

「見てただろ、やつはおれの魔法の前に指一本触れられなかった」

 花園くんは怒ったようにぼくをにらみつける。

「花園くんはね、魔法を使うとね、体力を消耗するんだ」

 風井がいった。

「今はね、花園くんの体力を回復さえるアイテムを切らせているんだ」

「なんともねえ、アイテムは必要なし」

 花園くんは言葉の合間にぜえぜえと息継ぎをする。
 やせ我慢をしているようだった。

「もう1匹!」

 突然、ぼくの横に立つ健斗が叫んだ。
 ビルの入り口を指さす。

(ほかのやつもいるのか……)

 健斗の指の先を見ると、ドアの内側にシロが立っていた。
 そのシロは、四十代前後で背が高くて痩せた男の姿をしていた。
 バケットハットをかぶり、青いシャツに黒のスラックスを穿いている。
 ぼくたちを見すえている。
 仲間のシロが倒れている状況を把握しようとしているようだった。

 シロが瞬時に動きだす。
 腕をだらりとさげ、奇妙な方法で走りだす。

(はやい……)

 一直線に迫ってくる。
 ぼくがデッキブラシを構え直したときには、白いおおきな鉤鼻の男のシロが目の前に立っていた。
 小坂さんと花園くんが攻撃する間もなかった。
 
 頭のなかが真っ白になった。
 ビルの前で少年のシロになにもできず地面に倒され、女のシロに顔に毒をかけらときの恐怖がよみがる。
 
 青く輝くシロの目がぼくから横に立っている健斗に素早くうつる。
 健斗を見おろして、指先を健斗の頭にむける。
 毒をかけようとする。
 健斗は身体をふるわせて固まっている。

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