【完結】異世界帰りの錬金術師が、わたしを救う。

シハ

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谷崎春希と魔法使い

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「……例の人は?」

 戸口に立った仲山が、絨毯の上に仰向けに寝ている綾子を動揺した目で見ながら口をひらいた。

「まだ、ここにはいない」

 わたしは綾子の部屋までやってきた経緯を言葉につまりながら説明をした。
 兄からシロに殺された人間を蘇らせる人の連絡先をきいた。
 その人とメッセージのやりとりをして、近所の公園で会った。
 その人はわたしたちの中学校で一学年下だった花園くんだった。

 花園くんの友達が綾子を生きかえらせる。
 公園から花園くんと綾子の部屋まで来る途中、シロと遭遇した。
 花園くんが魔法でシロをふきとばして、不思議なボールで焼いた。
 けれど、花園くんはシロに毒をかけられてしまった。

 そして、花園くんの身体が突然、消えた。
 花園くんは姿を消す直前、戻ってくるといっていた。
 だから、わたしはこの部屋で彼がやってくるのを待っている。

 自分で話しながら、仲山に夢の中の出来事を伝えているようだった。
 正面にあぐらをかいてすわった仲山は、意外にも疑問を口にしないで、わたしの話を黙ってきいていた。

「……マジか」

 わたしが話しおえるとそうつぶやいただけだった。

「わたしもまだ信じられない。花園くんの姿が幻だったんじゃないかって。でも、綾子が今日、生きかえれば、これからあなたと一緒に名古屋までいける」

「……帰ろう。また、この部屋にシロがくるかもしれない」

 仲山が急に立ちあがる。

「これがある」

 わたしはポシェットから花園くんから渡されたボールをひとつとりだして、仲山に見せた。

「玩具だよ。役にたたないよ」

「花園くん、シロを焼いたんだから」

 仲山がわたしの手のひらからボールをとり、リビングの壁に放る。

(燃える)

 部屋に火がつくんじゃないかと身構えたけれど、壁にあたったボールは光らないで、火がでることもなく絨毯におちる。

「……谷崎はショックを受けてる。綾子が死んで」

 仲山は憐れむようにわたしを見る。

「それにつけこんで、花園はきみをだまそうとしてるんだ。今、おかしな宗教とか、やばい犯罪者がでてきてるだろ。なにされるか、わからないぞ」

 仲山はわたしの話を信じたわけではなくて、わたしが花園くんにだまされていると思っているようだった。

「花園はやばいやつだろ」

 仲山は中学時代の花園くんに悪い印象があるようだった。

「花園くん、わたしをだましてない。シロにでくわしたとき、わたしを助けてくれたんだから。花園くんが身代わりになってなかったら、わたしがシロに毒をかけられて殺されていた」

「……谷崎、花園になにかへんなもん飲まされなかったか?」

 仲山は気味悪そうな目をわたしにむける。

「洗脳とかされてない。自分の判断でしゃべってる」

「帰ろう」

 仲山はわたしの腕をつかみ、立ちあがらせようとする。
 わたしは同年代の男子に触れられるのははじめてで怖くなって、仲山の腕をふりはらった。
 仲山は怒ったようにわたしを見おろす。

「仲山くん、綾子が生きかえるかもって思って、ここまできたんでしょ」

「一パーセントくらい可能性があるって思ってた。けど、谷崎の話、きいてわかった。ゼロだ」

「……わたしは、綾子を生きかえらせる。仲山くん、町をでるの少し待ってくれないかな。綾子が生きかえったら、一緒に退避場所まで連れていって」

 わたしがいうと、仲山は少し考えてから、スマホで時間を確認した。

「……一時間だけ待つよ。一時間待っても花園がこの部屋に来なかったら、きみも部屋からでよう」

「わかった。あと一時間、花園くんを待つ」

 わたしが答えると、仲山は渋々、床にすわり直した。

(よかった……)

 仲山が部屋に残ることに肩の力がぬけた。

「……綾子、やっぱり、シロに殺されたのかな」

「……最悪だけど、それしか考えられない。急病とかじゃないだろ。綾子、身体に悪いとこなんかなかったし」

 仲山は綾子の青白くなっている顔を見つめる。
 部屋に生きた人間がいる安心感からか、また涙が流れた。
 涙はとまらないで、わたしは手の甲で涙をふいていた。

 すると、仲山が立ちあがり、リビングからいなくなった。
 戻ってきた仲山は、どこからかもってきたフェイスタオルを手にしている。
 そのタオルを黙ってわたしに渡す。

「……ありがとう」

 わたしは礼をいって、タオルを目にあてた。

(仲山はいいやつなんだろうな……)

 タオルを目にあてていると、外の廊下を歩く足音がした。

(花園くんがきた……)

 一瞬そう思ったけれど、花園くんは綾子の部屋が何号室か知らない。

(マンションに住んでいる人かな……)

 そう思い直していると、足音が近づいてきて、玄関のドアがひらく音がした。

「誰だ?」

 仲山がつぶやいて、音がしたほうを見ると、短い廊下の先の玄関にシロが立っていた。
 たちまち恐怖で全身に寒気が走った。
 仲山は小さな悲鳴をあげて、慌てて立ちあがって後ずさり、壁に背をつける。
 廊下の影に覆われていたシロがゆっくりと部屋に入ってくる。

 部屋が急に狭く感じられる。
 シロから受ける圧迫感で、息がうまくできなくなる。
 口から小さな悲鳴のような息が漏れる。
 わたしは手からタオルを落として、膝をふるわせながら立ちあがった。

 壁に背をつけている仲山はズボンのポケットから護身用に携帯していたのであろう折りたたみのナイフをとりだす。
 手のふるえで揺れているナイフの刃をシロにむける。

「あなた、どうして、またここにいるの?」

 シロが口をひらく。
 ナイフにまったく注意をはらわず、丸眼鏡をかけた青く輝く目を仲山にむける。
 十七、八歳位のわたしたちと同年代の女の子の姿をしていた。
 ノースリーブのブラウスにハーフパンツを穿いてる。
 ショートカットの髪を根本から毛先まで金色に染めていて、眉毛も金色だった。
 表にいたシロと同じように身体から香水のようないい香りがする。

「……わたしはね、建物の外から部屋の中に人間の姿が見えたから、この部屋にきてみたんだ。そうしたら、またあなたがいた」

 シロがきれいな声で仲山にしゃべりかける。
 彼を知っているようだった。

 (どうして?)

 わたしは混乱しながら仲山とシロを交互に見た。
 シロにナイフをむけいてる仲山は目を見ひらいて、顔中に汗を浮かべている。
 
「罪悪感?」

 顔に怒りが浮かべたシロが、厚底サンダルを履いたまっ白な足をゆっくりと仲山のほうに踏みだす。

(……罪悪感? なにをいってるの?)

 わたしはシロの言葉を理解できなくて、さらに混乱した。
 怯んでいた仲山が突然、動いた。

 ナイフをふりまわして、シロの横をすりぬけ、リビングから出ようとする。
 シロは微動だにせず、細い腕を伸ばす。
 仲山のサマーニットの背中を爪にネイルをした指先でつまみ、床に軽々と引き倒す。
 
 仲山は大きな音を立てて床に背中と後頭部を打つ。
 部屋に響くうめき声をあげて、手からナイフを離す。
 
(……バケモノ)

 女の子の姿をしたシロはわたしと同じ背丈しかなくて、腕は華奢だった。
 それなのに指先でつまんで仲山を床に叩きつけた。
 この世のものとは思えない力だった。

「また、逃げるの?」
 
 シロが痛みで顔を歪めている仲山を見おろす。
 丸眼鏡の奥の眼を細める。

「あなたは彼とどんな関係?」

 シロが仲山からわたしに視線をうつす。
 わたしは喉と舌が凍ってまったように声がでなかった。

「彼はよくない人間だね」

 わたしが答えないでいると、シロは尖った顎の先で仲山をさす。

「五時間くらい前かな、わたしがこの部屋にきたとき、彼はそこに彼女といたの」

 わたしを見たままテレビの前に寝ている綾子を指さす。

「そのとき、彼はひとりで逃げだした。彼女をわたしのほうに突き飛ばして。彼女を見捨てて、自分だけ助かろうとしたんだ」

 ベランダの鉄柵に背中をあずけ、すわりこんでいた綾子の姿が頭に浮かんだ。

 (綾子がシロに殺されたとき、仲山はこの部屋にいた……)

「わたし、嫌いだ。自分のことしか考えていないやつ、あなたみたいに。他人が死んでも自分の命は助かればいいと思っているやつ」

 シロがしゃべっている間、息を荒げている仲山が、絨毯に両手と両ひざをつき四つん這いになって、リビングから出ようとする。
 
「あなたは苦しんで死になさい」

 シロが後ろから仲山のズボンのベルトをつかむ。

「仲間を見捨てた罰だ」

 ズボンがさがり、パンツが見えている仲山は、泳ぐように手足をばたばたと激しく動かす。
 けれど、シロの力が強くて前に進めない。

「あなたは苦しまないで眠れるからね」

 シロはわたしに顔をむけて、ありがたくもないことをいう。
 空いている手で後ろから仲山の喉をつかむ。
 シロの力で引っ張りあげられた仲山の両手と両膝が絨毯から離れて、見えない糸で吊るされたように苦痛に歪んだ顔が天井にのけぞる。
 シロの細い指が仲山の首にくいこむ。
 仲山の顔が真っ赤になり、充血した目からは涙が流れる。
 鼻水をたらし、ひらいた口の端からでたよだれが顎先に伝う。
 目が眼窩から飛びだしそうなくらい大きくひらいて、たちまち顔が赤からどす黒くなっていく。

(……仲山が殺される)

 そう思った瞬間、わたしは花園くんからもらった赤いボールを思いだした。
 突然シロが現れたショックで忘れていた。

(気づかないで、気づかないで……)

 わたしはポシェットからボールをそっと取りだして、足音を立てないように背中をむけているシロに近づいた。
 手を伸ばせば届く距離まで近づいて、ブラウスを着たシロの背中に赤いボールを放った。

(燃えろ)

 けれど、シロに当たったボールに変化はなくて、床に落ちただけだった。

(魔法使いの花園くんじゃないと、ボールは使えないの……)

 絶望的な気持ちになった。
 シロがわたしに顔をむける。
 シロの不気味な視線に気圧されるように後ろにさがると、足になにかがあたる感触があった。

(仲山が壁に投げたボール)

 それを拾った。
 
(燃えろ)

 拾った赤いボールをシロにむかっておもいっきり投げた。
 ボールはシロのブラウスの胸元にあたる。
 すると、たちまちボールが強烈に光り、部屋が白い光で満たされる。

(やった、うまくいった)

 光が消えて、目元を覆っていた腕をおろして見ると、シロが仲山の首を絞めていた姿勢のまま頭から足の先まで炎に包まれていた。
 シロの手から逃げた仲山はおおきな悲鳴をあげながら、部屋の隅まで絨毯の上を転がる。
 わたしも火の熱さに後ろにさがった。
 
 火は消火器で鎮火したようにあっというまに小さくなっていく。
 シロは火とともに消えて、絨毯の上にはシロが身に着けていたもの、焦げ跡も残らない。
 壁に背中を預けた仲山は首さをさすり、涙を流しせきこんでいる。

「……役にたったでしょ。花園くんのボール」

(シロを倒した……)

 わたしは膝から力が抜けて、その場にへたりこんだ。

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